36.TSっ娘は呪いを解きたい!
フレデリカが倒れ、大騒ぎになった。
遅れて聖女親衛隊が聖女に駆け寄る。
親衛隊の面々も癒やしを見るのは初めてで、殆どの者は、所詮は、と侮っていた。
だが違った、このお方は真の聖女だ、そう感じ入るものが殆どだった。
親衛隊員が駆け寄り、親衛隊隊長のクリスがフレデリカの容態を見る。
体温が急激に下がっており、意識も無いようだ、すぐに準備させてあった診療所へと運ぶ事を決める。
そして運ぶ為に身体を持ち上げる際、不審な動きをする親衛隊員がいて、その男の動向を見張っていたクリスがその男の腕をねじり上げた。
その男はジョーダン・ムーア、その手からこぼれ落ちた物は薬液の入った針のようなものだった。
「ジョーダンを押さえて下さい!」
親衛隊長クリスの命令に親衛隊員はジョーダンを押さえつけた。
そして一悶着があった。
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事の経緯はこうだ。
聖女親衛隊隊長クリス・ピアース、あの腰の曲がった、いや、曲がっていたハロルド・ピアース公爵の孫は他の親衛隊員よりも聖女に対する畏敬の念が深かった。
それは敬愛する祖父ハロルドを治し、元気にしてくれた聖女への感謝の思いがあったからだった。
さらにクリスは祖父ハロルドから、密命を受けていた、それはジョーダンの監視。
そして聖女親衛隊員ジョーダン・ムーア、オリバー・ムーア侯爵の息子である。
彼は父オリバーから、消耗した聖女に毒を打ち込み、死に至らせろという密命を受けていた。
プログレイス王国ではなく、リガレス公国の為に、我がムーア家の為に死んでくれ、という思いが強かった。
フレデリカの力を目の当たりにして、その決意はさらに固くなっていた。
権力争いで負けたムーア侯爵家はプログレイス王国を裏切り、密かに隣国リガレス公国のスパイとなった売国奴だった。
以前、聖女の暗殺を仕掛けてきたのもムーア侯爵の手引であった、また、レオの誘拐・監禁も同様である。
アルバート国王にも少しずつ毒を仕込んでいたが、聖女フレデリカの力でそれは無に帰した。
この聖女の力は本物だ、こんなものをプログレイス王国の力としたらリガレス公国は更に窮地に追い込まれてしまうだろう。
そのような思いから聖女と聖騎士の引き離し、消耗したところを毒殺する事を計画したのだった。
そして今、その計画は上手くいっている。万事順調で後はこの毒で確実な止めを刺すだけだった。
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そしてそんな事をしている間にもフレデリカの容態はどんどんと悪化していった。
そんな折、演壇の後方が騒がしくなっていた、どうやら不審者が現れたようだった。
その騒ぎはあっという間に舞台のすぐそば、すぐ後方まで来ていた。
「フレデリカッ!!」
そしてその男は現れた。
その身なりはみすぼらしく、薄汚れた顔で、フレデリカやエメリー伯爵家の者でもなければレオだと分からなかったであろう。
身体は傷ついており、警備兵や衛兵から攻撃を受けた事が窺える。反撃はせず、強引に突破したため傷を負ったのだった。
レオはギョッとした。
壇上に王と伯爵がいるのは想定内であったが、親衛隊同士のいざこざが起きているように見え、フレデリカは倒れていて、そして舞台下の観衆が熱のこもった眼差しでフレデリカを心配そうに見守っているのだ。
そして伯爵を覗く全員が自分を不審者を見る目で見ているのだ。
「僕は聖女フレデリカの聖騎士!レオです!」
言うとすぐにフレデリカに駆け寄り、抱き起こし、すっかり冷たくなった手を握る。
するとフレデリカの指輪が淡い光を放った。
いつもなら何処か別の場所へ移動させていたが、連れて行くほどの時間も無い事を悟ったレオは一度周りを見回した。
そして覚悟を決め、フレデリカの唇に唇を重ねるのだった。
誰もそれを止めたり、引き離そうとする者はいなかった。
それは、唇を重ねる2人の身体は淡い光を放っていて、それは正しく、神聖な行為として人々の目には映ったからだった。
一息つく為、一度唇を離す。
相変わらず、身体は冷たいままだったが、フレデリカは僅かに瞼を開いた。
そしてか細い、レオにしか聞こえないような声量でやっと言うのだった。
「……ようレオ、おせーぞ」
「ごめん、フレデリカ……その……ごめん」
「良いよ……ちゃんと来てくれたんだから……でも俺はダメそうだ、俺の方こそゴメンな……待てなくて」
「そんな!フレデリカは悪くない!僕が、僕がちゃんとしてれば!そばにいれば!」
「レオ……お前はもう1人でも大丈夫だ、俺が保証する……一緒に居れなくて、ゴメン──」
言い終わるとフレデリカは静かに瞼を閉じた。
そして全身から力が抜けていくのを感じる。
レオは信じられなかった、いや、信じたくなかった。
フレデリカをここで失う事になる事が。
「フレデリカッ!!目を開けてくれ!!僕は1人なんて嫌だ!1人なんて意味が無い!僕は君と一緒にいたい!」
その後に続く言葉、それは今までなら絶対に言えなかった言葉だ、しかし今のレオにはそんな事まで考えられなかった。
「君を……愛しているんだ!!!」
そう言うとレオは大粒の涙を流し、フレデリカを抱きしめた。
涙が零れ落ち、フレデリカの頬を伝う、それが口に入ると、消え入りそうだった淡い光がひときわ強くなった。
強くなった光に気付いたレオは、もしかして、と思い切ってもう一度口づけをした。
今度は今までのような唇だけが触れ合う口づけではなく、唇同士を隙間無く密着させてそのまま舌を差し入れた。
反応の無いフレデリカの舌を吸い上げ、口腔内を愛撫し、唾液を流し込む。
するとまたしてもさっきより強い光を2人の身体から放たれた。
唇を離し、フレデリカの表情を見ると、気のせいか顔色も良くなったような気がする。
もう一度、同じように口づけをする、愛情を注ぎ込むように、出来るだけの想いを込めて。
そして何度目かの口づけを離した時、フレデリカに反応があった。
眉がピクリと動き、そのまま瞼を開き、ぼんやりとレオを見た。
レオはまた唇を塞いだ、先ほどまでの口腔内を貪り唾液を流し込む口づけだ。
フレデリカは驚き大きく目を見開いたが、レオは構わず続けた。
そして唇を離すと、フレデリカが何か言葉を発する前に言った。
それは今まで言いたくても言えなかった言葉だった、さっきとは違いフレデリカの意識はあるだろう。
これを言ってしまうと僕達の関係は終わるかもしれない、だけど構うものか、ここで言わないときっと後悔する。今言わずにいつ言えと言うんだ!
僕は、フレデリカが好きで、心から愛しているんだ!
「フレデリカ!僕は君が好きだ!君を失いたくない、君を愛しているんだ。──だからきっと、君を助ける!」
それは大きな声で、周りにもハッキリと聞こえるような声量だった。
だけどレオには関係が無かった、人がいることや立場だとか、そんなものは無くなっても良かった。
今フレデリカに気持ちを伝えて、そして助ける事が出来れば、他の事はどうでも良かった。
そしてまた口づけをしようとして、フレデリカは反応を返した。
やはりまだか細い声で。
「待て、レオ、待って……待って」
その言葉はレオには拒絶に聞こえた、やはりダメだったか、と。いや、わかっていた事のはずだ。当然拒絶されるはずだ、と。
──分かってはいても、簡単には受け入れられるものでは無いのだが。
フレデリカは困惑していた、まだ目覚めたばかりで、今際の際にレオに会えて、話も出来て、ある意味満足出来た、もう死んだと思っていたのに気が付いて、レオと口づけを交わしていたのだ、それも今までのような優しい唇を重ねるだけの口づけじゃなく、自分の口腔内を貪り、荒々しく、でも優しい口づけだった。
初めての感覚に戸惑うも、生気の大量の流入で今まで感じた事の無いような心地良さを感じ、レオとそういう行為をしているという実感が湧いてきて、嬉しさが溢れ、多幸感に包まれ、高揚した。
そしてそれが終わると、レオが告白をしてきたのだ。
それはフレデリカにとっては言えない言葉で、関係を終わらせる呪いの言葉だった。
でもまさか、レオも同じ気持ちで、レオから言ってくれるなんて、フレデリカには堪らなく嬉しくて、天にも昇る気持ちだった。
でも……それでも確認したかった。
「なあレオ、俺達は親友だよな?」
「うん、親友だよ、でも愛しているんだ」
「なあレオ、旅の目的って覚えてる?」
「うん、もしフレデリカが男に戻りたいと望むなら全力で手助けする」
「なあレオ、俺、聖女だぞ?これからもきっと大変な事に巻き込まれるぞ、それでも良いのか?」
「うん、フレデリカと一緒なら、何処までも」
そこまで言ってくれるなら、それなら、もう悩む必要なんてない、俺達が同じ気持ちなら、俺もそれに応えるだけだ。
好きであっても、その気持ちを伝えられない、男に戻るという動機や目的、レオはその為に協力してくれている、それなのに、自分が異性としてレオを好きになったなんて、男に戻りたくないなんて、言えるわけが無かった。
そしてそれこそが悩み、苦しんで、前に踏み出せない理由、まさに呪いであった。
俺もこの呪いを解きたい、しがらみから気持ちを開放して、伝えたい!
「なあレオ、……俺も好きだ、お前に負けないくらい愛してる。ずっと一緒にいてくれ」
──そして、フレデリカを縛るその呪いは、解けた。
「フレデリカ……」
レオはフレデリカの返事に驚き、喜びに打ち震えた。
フレデリカはまだ震え、力の入らない腕を懸命に動かし、レオの首に腕を回し、唇を寄せた。
「まだ辛いんだ、レオ、頼む」
レオは無言で抱きしめる腕に力を込め、唇を重ねた。
今度はフレデリカの舌も蠢き、お互いを求め合う口づけだった。
甘く、脳が痺れ、ハッキリとレオを感じて、さらに求めてしまう。
そして今までに無いほどに心地良かった。
2人の身体は強く光り輝き、今までにないほどの回復効果が発揮された。
◇◆◇
少しの時間が経ち、フレデリカは立ち上がれるまでに回復した。
王や伯爵を含めた観衆は、一部始終を何も言わず、息を呑んで黙って見守っていた。
そして最後の強い光が収まった後、聖女の身体は生気が戻り、聖騎士の手を取って立ち上がり、観衆を見回した。
「皆様、この聖騎士レオのおかげで一命を取り留め、回復できました。ご心配をお掛けしました、もう大丈夫です」
その言葉をきっかけに、観衆は一気に盛り上がり、拍手が巻き起こり、聖女と聖騎士を褒め称えた。
聖騎士を名乗る者が聖女を回復させたという事実は、その前に聖女親衛隊が何も出来なかったのと対照的で、その深い関係を推し量るには十分すぎるほどだった。
聖女様、聖騎士様と観衆は盛り上がりを見せ、聖女御披露目式は結果的には大成功に終わった。
最後まで2人は手を繋ぎ、仲睦まじく、民衆もそれを受け入れたのだった。
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