35.聖女御披露目式
聖女御披露目式当日の朝。
後にメイドは語る。
その日の朝は中々起きてこないので寝室に入るとお二人仲睦まじく裸で抱き合ってお眠りになられていました。お二人が深い仲なのは存じておりましたが、そういう事は初めてだったので驚きましたよ。
起こした時はお二人共に照れて恥ずかしがっておりましたね、私がいたからでしょうか?
それにお二人共に汗が気になるのかお風呂に入りたいという事でしたので入って貰いました。
──ああ、流石にご一緒では無く別々でしたよ。
上がった後はいつも通りでした、あ、でもちょっとだけ様子が変でしたね、随分と上機嫌で……昨夜何かあったのかと……あ、いえいえ、詮索なんてとんでもない、私は何も存じません。
両名共に、当日朝はごきげんだったようだ。
約10日振りに肉体的にも精神的にも充足感を得て、寝室で、お風呂で、食堂で、浮かれる二人を目撃した者は多数いた。
そしてイアンがそれをたしなめるのであった。
「フレデリカ様、レオ様、朝から少々浮かれすぎております。今日は民衆への聖女御披露目式です、そんな事ではとんでもない失敗をやらかしかねません!気をお引き締めください」
「えー、別にいいじゃんか少しくらいさ。それに今日は御披露目式と言ってもいつものように【聖女の癒やし】を使うだけだろ?言葉使いや所作に気をつけてれば大丈夫だって」
「確かに、今日は御披露目式ですから何があるか分かりませんね」
フレデリカとレオ、対照的な2人だった。
「フレデリカ様、そんな心持ちでは危険です、十分にお気をつけください」
「分かったよ、でも俺なら大丈夫だって、何かあったらレオが守ってくれるしな」
「それでも、です」
こんな感じでフレデリカは気が抜けていた。
またレオも、言葉でああ言っていたが、やはり何処か浮つき気味だったのをイアンは見逃さなかった。
この時2人は目を瞑ると、いや、そうでなくとも、お互いの身体が思い出され、その感触、匂い、熱、肌触りなどを思い出し、何かに集中出来るような状態では無かった。
◇◆◇
一度王城へ向かい、聖女御披露目式の内容を確認する。
その時、レオが護衛ルートなどのすり合わせについての相談を受け、珍しく席を外した。
聖女御披露目式とは、聖女が現れた事を広く世間に知らしめ、喧伝する事が目的である。
また、今代の聖女の力の程を示す場でもあった。
それをもって、力を持つ聖女が現れた事を王政の正しさに結びつけ、権威を示す場としても使われる。
そのまま内容の確認が終わり、アルバート王、エメリー伯爵、聖女フレデリカ、聖女親衛隊、それぞれ従者と護衛を伴い民衆エリアにある大広場へ向かう。
大広場、中央は囲いで囲まれた場所があり、そこを中心として民衆を見下ろす舞台のような高さと広さの演壇があり、それ以外の場所は民衆が集っていた。
聖女だけでなく、王が姿を見せる事も相まって警備兵や衛兵など、普段とは比較にならない程に警備は厳しくなっていた。
そして聖女の御披露目という事で民衆は大いに賑わっている。
(レオのやつ、なんで帰ってこねえんだ、なんかあったのか……)
「レオ殿はこの大事な時に何処へいかれたのだ、お前たち、見てないか」
従者へレオの行方を確認するエメリー伯爵、しかし従者の誰もレオの行方を知る者はいなかった。
「フレデリカ様、何かご存知ありませんか?」
「いえ、私も心配していたところです、時間を忘れるようなレオではありません。打ち合わせの時から一度も見てませんので、何かあったとしか思えません」
「確かにそうですね、とはいえ、もう時間も無い。……フレデリカ様、我らだけでも壇上へ行くしかあるまい」
アルバート王、エメリー伯爵、フレデリカの3名に続いて聖女親衛隊が壇上に上がり、心配するフレデリカをよそに、アルバート王の宣言により、聖女御披露目式が始まった。
エメリー伯爵の前口上、過去の聖者、聖女の逸話などを話し、いかに影響力が大きかったか民衆に喧伝する。
そして今代の聖女は過去の聖女と比較しても大きな力である事を証明する、と力説し、民衆の期待を多いに煽った。
民衆にも伝説的な行いは聖者聖女の逸話として残っており、決して知らない事ではない、ただそれが実在するという事は今日初めて知った者が大多数であった。
そして聖女の力の御披露目という事で広場に怪我人や病人総勢20人程度が運び込まれ、それは異様な雰囲気へと様変わりした。
そしてエメリー伯爵と入れ替わるようにして聖女フレデリカが壇上に立つ。
白いドレスを纏ったその聖女然とした佇まいに見目麗しいフレデリカの、その表情は鎮痛な面持ちをしており、まるで怪我人や病人を慮っているいるように見えた。
その姿はまさに聖女、民衆の心は一気に掴まれたのだった。
「綺麗」「惚れた」「聖女様」など容姿を褒め称える言葉と好意を示す言葉がざわざわとした中で聞こえてくる。
病人や怪我人へ心を痛めているのは確かにそうだが、それよりもレオが居ない事の方が大きな心配だった。
何か事故に巻き込まれているのではないか、何者かの妨害に合っているのではないか、など悪い事が頭に浮かび、ただただ心配をしていた。
とはいえ、心配ばかりもしていられない、今自分は壇上に立ち、民衆に力を誇示する必要があるのだ。
自分がやるべき事をやらなければ!と気合を入れ直し、眼の前に集中した。
「皆様、私が聖女、フレデリカと申します。今から私の力でこの方々を癒やします」
民衆たちの後方から「フレデリカ様頑張って!」と声援が飛ぶ、見ると王都に来る際に護衛を任されていた冒険者達だった。フレデリカは一礼して謝意を示すと杖を構えた。
傷病人は20名程度、その内重大な怪我人が12名程度と多い。
間違いなく消耗は激しく、気を失ってしまうだろう人数だ、そしてレオは居ない。
それでも、それでもきっとレオは来てくれるだろう、そう信じていた。
気を失わないように気を張って、レオが来るまではなんとか意識を保ち続けないと、と意気込み、観衆が見守る中、【聖女の癒やし】を発動させた。
◇◆◇
その日レオは完全に浮かれていた。
普段なら何と言われようと断っていた事も上手く言いくるめられて流れに身を任せてしまった。
護衛ルートの確認など、それこそフレデリカのそばにいつもいれば良い自分には関係の無い事です、と断れば良かったのだ。
それで何と言われようと自分は聖女の直属だから関係ない、役目を果たす事こそが重要なはずだった。
しかしその日のレオは心が浮ついており、フレデリカを褒められ、自分も持ち上げられ、鈍ってしまった。
しかも護衛ルートについて普段から思っていた事をべらべらと話し、改善を求め越権行為ともとれるような事を偉そうにも話してしまった、今思い出しても恥ずかしい。
そうやって会議で話している最中、突然に背後から手痛い一撃を貰い、気を失ってしまって多分何処かに監禁されてしまったのだろうと思う。
ふと思い出す、そういえば以前王都に来た日のフレデリカとイアンとの城下の散歩帰り、黒尽くめの賊に襲われた事を。
やはりあれはフレデリカを狙っての犯行で、今回のも引き続きそれなんだろう。
そして今日は聖女御披露目式が行われる。
事情を知っている者であれば力の行使が人数と症状の規模に伴いフレデリカが多く消耗する事は分かっているはずだ。
そしてそれを癒せるのは自分しかおらず、消耗しているフレデリカが襲われでもしたら対抗する術が無い。
正直なぜ聖女であるフレデリカの命を狙われているのかは分からないが、分からなくても狙われているなら僕が助ける、理由なんて関係ない。
だから早くフレデリカの元へ戻らないと。
多分そこまでの時間は経過していないはずだ。
まずは自分の状態を確認する。
聖騎士の礼服は脱がされ、簡素な服を着させられている、他にも剣などの武器になりそうな物は取り上げられていて、手枷と足枷が付いている。
そして牢屋のような場所で錠前が掛けられている場所のようだ。
見張りはおらず、周りに人の気配も無い。レオもついでに殺す気なのだろう、生かしておく意味も無い。
バランスを取りつつ立ち上がり、両手、両足に力を込め【超強化】を発動させ、枷を力ずくで外す。
すこし手首や足首を擦りむいてしまうが気にしなかった。
そのまま扉についた錠前を力ずくで壊し、扉を開ける。
そして階段を上がるとそこにはいかにもな用心棒らしき人物が5人、剣を構えて待ち構えていた。
「ネズミがデカい音を立ててやがると思ったらノコノコ出てくるとはな……そんなに早く死にたいのか?」
その中で一番偉そうな男が威嚇しながら吠える。
「僕は早くフレデリカの元へ戻りたいだけです、退いて下さい」
「あー、あの聖女の事か?勿体ねえよなあ、良い女なのによぉ。ま、今頃は力とやらを発動してる頃じゃねえか?なんだったか、力を発動したら即消耗して動けなくなるってどうしようもねえスキルだそうだな、使えねえ。それにどうせ聖女だとかチヤホヤされて浮かれて良いように利用されるだけってのによ」
何も分かっていない者のフレデリカへのナメた態度が、バカにする姿勢が許せなかった。
それにあのスキルはとてつもない力を持っているんだ、消耗だけで済むなんて軽いと思わせるものなんだ、見た事も無い癖に、レオは憤っていた。
それに力を発動しているなら、一刻も早く僕がいかなければ大変な事になる。
「フレデリカを侮辱する事は僕が許さない!直ぐにそこを退け」
「ほーう、どう許さないってんだ?武器も何も持たないのに、それにさっき俺に一撃でやられたのは何処のどいつだったか、聖騎士ってのも大した事ねえなあ?」
一撃でやられた、というのは背後からの不意打ちの事だろう、それでよく勝ち誇れるものだ。
だけど確かにあれは自分が未熟だからこそ起きた事だ、普段なら気配を感じていたはずだ、情けない話だ、だけど今、それを自戒してる暇は無い。
「話している暇は無い、退いてもらう」
レオは優しい、身内や知り合いは当然として、それが見知らぬ者であっても明確に敵でも無い限りは穏便に済ませたいと思っている、だけど今回は違う、レオが敵だと判断した者には一切の容赦はしない。
【超強化】を発動し、踏み込み、【火炎】を放ちつつ同時にボディブローを食らわす、それはあたかも炎を纏った拳で殴りつけているようだった。
用心棒のリーダーはそれに反応する事が出来ず、大火傷を負い身体をくの字に曲げ、そのまま倒れて意識を失った。
武器を拾い上げ、残りの用心棒を睨みつける。
「まだ邪魔をしますか?」
残った用心棒はお互いを見合い、武器を捨て、両手を上げて降参した。
急いで屋敷を出ると、そこは貴族の別邸だった。
そのままレオは大広間へ駆けだした。
◇◆◇
【聖女の癒やし】は発動し、杖が輝き、フレデリカが光に包まれた。
そして光が伸びて傷病人を包み、傷の再生、病気の快復、生気の活性化が行われる。
観衆からは光が眩しく回復していく様子はよく見えない、しかし本人には自分がハッキリと見え、回復していく事を感じる。
傷病人達の光が収まり、全員無事に回復し顔に生気が蘇り、回復した事を身体全体で確認していた。
その様子を観衆達を間近に見ていたが事態を把握出来ずにいた。
ある者は両足が欠損していたはずであったのに、今は元気に両足で飛び跳ねているのだ。
遅れてとんでもない事が起きた事を頭が理解し始め、奇跡という言葉が頭に浮かぶ。
そして奇跡では無く、それはそこにいる聖女の力だと順に理解し始めた。
それは癒やしを受けた傷病人も同様だった。
誰ともなく歓声を上げ始め、すぐに爆発するかのような大歓声が起こった。
そしてフレデリカは、そこにまだ立っていた。
表情を崩さず、気力のみで、立っていた。
視界は薄暗く、ぐるぐると世界が周っているように感じる、耳鳴りのようなゴウゴウと音がして、さらに身体の感覚が全く感じられず、真っ直ぐ立っているのかすら疑わしく、それを実感する事は出来なかった。しかし少しでも気を緩めると意識が完全に途切れ、立つどころか何も感じられなくなるだろうと感じた。
だけど、レオが戻ってくるまでは倒れるわけにはいかない、その気持ちだけで、気力だけで立っていた。
そして、せめて最後に一目だけでもレオに会いたかった。
観衆はまさに奇跡を目の当たりにしたように大興奮しており、聖女の名を叫び、跪き、畏敬の念、まるで神を崇めているかのように見えた。
それは民衆だけで無く、警護兵も、衛兵も、親衛隊ですらも、その奇跡に大きな感情の激動を感じずには居られなかった。
しかしその大歓声もフレデリカには届かず、そして限界を迎えた。
(……レオ)
──フレデリカは、張り詰めた糸が切れるように、崩れるように倒れた。
観衆には、スローモーションのように、ゆっくりと倒れたように見え、感じた。
1秒が10秒、それは興奮して、アドレナリンの過剰分泌による影響だったかも知れない。
大歓声から一転、完全な無音、長い静寂、そして、絶叫、悲鳴が巻き起こった。
称えるように聖女の名を呼んでいた者が、泣き叫ぶように聖女の名を呼んだ。
頭を抱える者、何が起こったのか把握出来ずパニックに陥る者、呆然とする者、叫ぶ者、悲鳴をあげる者、まさに阿鼻叫喚であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます