34.欲求不満


 民衆への聖女御披露目式を翌日に控えて、フレデリカは王宮でスケジュールの確認や関係者の挨拶対応をしていた。


 プログレイス王国内におけるフレデリカの立場は大きく変わった。

 ついこの間までは1人のDランク冒険者だったのだが、形式上、実権は無いが王に次ぐ権威者となっている、端的に言えばそれはつまりお飾り、偶像である。

 

 権威者と言ってもそれはまだ形式上のもので、現段階においては謁見の間にいて実際に力を受けた上位貴族でも無い限り、たまたま少し強い力を授かった若い女、と言う程度の認識・扱いである。

 

 そしてフレデリカの見目麗しい姿は王宮内でも一際目立っていた。

 王宮で貴族とすれ違う際、露骨に欲に塗れた視線で見られたりする事もあり、以前のフレデリカなら視線に気付かないか、気付いてもまあ男だしな、という程度で気にもしなかったのではあったのだが、いつからか悪寒を覚えるようになっていた。

 それは確かな変化であった。


 挨拶対応が終わり、エメリー家別邸に戻り、寝室でやっとゆっくり出来る時間となった。


「なんか愛想笑いばっかり上手くなりそうだな」


「まあ暫くはしょうがないんじゃない?レイフ様も顔を覚えてもらう事は大事だって言ってたし」


「そりゃ分かってるけどさ……」


 フレデリカはつまらなそうにベッドに倒れ込んだ。


◇◆◇


 フレデリカは欲求不満だった。

 最近スキルを使う事も無く、結果としてレオと触れ合う機会が全く無くなっている。

 10日近くもレオと触れ合えてないなんて村を出てから初めての事だった。

 寝室は一緒だが当然ベッドは違うし、今は朝の寝起きも着替えも、身の回りの全てをメイドがやっている、だから冒険者時代よりレオと接触する時間が無いのだ。

 それに別邸の外だと親衛隊もすぐ後ろに控えているのでずっと聖女モードを続けないといけないし、息も詰まりそうだ。

 せめて寝室くらいは気を張らずにレオと触れ合いたい、そういう欲求が高まっていた。


 何か良い方法はないものかと考えたフレデリカはふと閃いた。


「なあレオ、最近は剣も振ってないし鈍ってるだろ?今からちょっと庭で汗かかないか」


「確かに暫く剣どころか身体も動かせてないし、うん、それならフレデリカに師事して貰おうかな」


「よし行くか!」


 作戦はこうだ、スキルを使用してレオに剣の鍛錬をさせて俺もレオも疲れさせる、そこへ回復のために手を繋いだり、場合によっては……。

 ほくそ笑むフレデリカはレオを伴って庭に出た。


 レオに【身体強化】を掛け、そして【白の防壁】を張る、そしてこの状態のフレデリカに対してレオに打ち込みをさせた、反射を使用してレオの手にも反動が行くようにして、極力疲労とダメージが蓄積されるように。


 打ち込みを受けてフレデリカは驚いた、以前同じように防壁に対して打ち込みをさせて訓練した事もあったが、その時とは比べ物にならないくらい打ち込みにキレがあり、また衝撃も相当なもので、曲がりなりにもオークキングを一撃で切り伏せただけの力があったと納得した。


「あ、そうだ、一回【超強化】を使ってみてくれよ」


 何度かの打ち込みの後、フレデリカは提案した。


「あー、あれね……うん、じゃあ行くよ」


 少し距離を取り、レオが剣を構え直す、そして紅い炎をレオが纏った。


 そして、次の瞬間【白の防壁】はパキンと音を立てて割れた。


 今までのように防壁の中心部を狙って打ち込んでいたらそのままフレデリカをも断ち切っていた事だっただろう。

 それほどの威力だった。

 その打ち込みの威力は防壁の防御力を上回ったと言う事だ、オークキングの時のように消耗しきって防壁が壊れたわけじゃない。


 いやその前に、いつ打ち込んできたのかも全く分からなかった。

 

「あっ、……良かった、防壁の端に打ち込んでて。大丈夫?フレデリカ」


 紅い炎が消えたレオは予想通りという表情だった。防壁が壊れた事に驚きもしていなかった。

 フレデリカは呆然としていた、防壁には自信があった、壊される事などないと信じていた。だけどそれはあっさりと、レオによってなされた。そしてその剣筋は見えなかった。

 ぺたんと座り込み、何が起きたのか把握するまでに少しの時間を要した。


「あっ!フレデリカ!大丈夫?当たらないようにしたつもりだったんだけど」


 レオは引き起こそうとフレデリカに手を伸ばした。


 フレデリカは考えていた。

 【身体強化】があったとはいえあの威力、防壁を壊されるなんて夢にも思わなかった。

 そもそも切り込む前に出たあの紅い炎はなんだ?オークキングを斬った時はあんなの出てなかった、それにここまでの威力も無かった。そして目にも見えない速度での打ち込み。


「……もしかして、オークキングを斬った時って【超強化】を使ってなかったのか?」


 フレデリカはレオの手を取り、引き起こしてもらう。


「……うん、あの時はフェルナンドに気を使って嘘ついちゃったんだ。ああでも、スキルは覚えたんだけど使う余裕が無くて」 


 フレデリカはそのまま無言で【身体強化】を解除した。


「その状態での本気の一撃をかましてくれ」


 もう一度【白の防壁】を張り直し、レオの一撃を待った。

 

「うん、分かった、行くよ」


 レオは頷き、構え直して、──踏み込んだ。


 もうそれは男の時のフレデリカを超え、いや、比較にすらならず、見惚れてしまっていた。

 完全に自分を上回られた事、それに悔しさは微塵ももなく、ただ嬉しかった、誇らしかった。

 自分が親友と認めた男が想像を超えて成長してくれたのだ。

 惜しむらくは、自分が競う相手になれなかった事だが、女になった今では些細な事だった。

 好きで好きで、余りの嬉しさにフレデリカは涙が出そうになるほどだった。


 感極まったフレデリカはレオに抱きついた。


「えっ!フレデリカ!?」


「レオ、お前最高だ、最高だよ!」


「えーと、あ、ありがとう?」


 突然の事に困惑するレオから身体を離し、正面に見据える。


「もっと自信をもて!俺はレオに全てを任せるからな!」


「うん、フレデリカの事は僕に任せて!」


 先ほどの困惑した表情から一変して、レオは応えた。


◇◆◇


 それからレオもフレデリカもへとへとになるまで訓練を続け、レオがフレデリカをお姫様抱っこして寝室に戻りベッドに横たわらせる。

 やっとフレデリカのお楽しみタイムであった。レオにとってもお楽しみタイムのはずだが、今回はフレデリカがそれを望んで事を進めたのでそういう認識で間違いないだろう。


「……」


 フレデリカは無言で両手をレオに伸ばす、それはレオとの接触を求めて、回復を求めてである。

 それを察したレオはそれぞれ両手を恋人繋ぎで掴み、そのまま顔をフレデリカに近づけ、唇を重ねる。

 唇を啄んだり、唇を挟んだりなどの唇への愛撫はするが、口腔内への侵入はまだした事が無かった、そしてそこまでしてはマズいのではないかとお互いが思っていた。

 多分それをしてしまったら歯止めが効かなくなる、親友で、呪いを解いて男に戻るのに、それはダメだと歯止めがかかっていた。

 そしてそこまでしなくても生気の流入が心地良いのだった。


 しかし今日はいつもと違っていた。

 フレデリカは欲求不満で、久々のレオとの接触である、とはいえこれ以上先へは進めない、だから今までしてきた事を思い出した。

 そして一つ思い出す、それは2度目の【治癒】を使った時の事、確かレオと裸で抱き合っていたではないか。

 当時は治療行為だからと深く考えなかったが、今考えるととんでもない事をしていた事に気付く。

 え?裸で、レオと、抱き合う?

 あらためて考えると順番がおかしい、しかしおかしいという勿れ、あの時はレオはフレデリカの体温が下がっているので温める必要があると思っていたのだ。


 そう、事の認識が違っていただけなのだ、だから温め合う必要があると思うのはそこまでおかしいわけではないのだ。ないよね?とフレデリカは正当化した。


 そして大事なところはその行為が結果的に間違ってはいなかったという事だ。

 それもちゃんと回復行為であったという事。


 何が言いたいかというと、物足りないフレデリカはそれを追加したいと思ったのだ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいけど、身体全体でレオを感じられるなんて、今思うとなんて幸せなんだろうと思う。


「なあレオ──」


◇◆◇


 レオは欲求不満だった。

 ここ暫く、10日ほどフレデリカと口づけどころか手すら繋いでない。

 あの感触を味わっていないのだ。


 それなのにフレデリカの横か少し後ろの近い位置にいるのだからフレデリカの良い匂いばかり感じてしまう。

 フレデリカは他の貴族女性と違って香水を使っていない、香水はレオにとってはただ臭いだけの代物であった。なぜあんなものを好んでつけるのか理解出来なかった。

 フレデリカは香水をつけていないにも関わらず常に良い匂いをしていた、それは匂いの強さは少ないが仄かに甘いように感じ、暖かさも感じて、安心できて良い匂いと感じるものだった。


 そういうわけで、フレデリカの匂いにずっと当てられて、ずっと親衛隊は一緒だしで、触れ合う事もできず、レオは欲求不満だった。


 聖女御披露目式を翌日に迎えたそんな時、フレデリカが運動不足だからと剣の師事をしてやるという事を言い出して、そういえばそうだと庭で訓練をし始めた。


 そこで【超強化】を見たいという事で見せる事に、フェルナンドの前では嘘をついてしまったが、フレデリカが見たいというのであれば否応も無かった。

 だがそのまま防壁の中心に打ち込むと危険だと感じたので端に打ち込むと防壁が割れた、なんとなくだけどそんな気がしていた、フレデリカの防壁といえども完璧ではないのだ、肝に命じないといけない。


 フレデリカを引き起こすために手を繋ぐと生気の活性化と流入が起き、久しぶりの感覚に心躍った。しかし僅かの時間だったので結果的により欲求不満が高まる結果となった。


 強化を解除した状態での打ち込みを見たいという事で神経を集中させ、最高の一撃を防壁に繰り出す。

 残念な事にというか、やっぱり防壁は突破出来ず、フレデリカの凄さを実感する。

 

 突然抱きついてきて、「最高だ」と褒めてくれる。

 うん、僕もフレデリカの事は最高の女性だと思っているよ、でもきっと君は、僕を「最高の親友」だと言っているんだろうね、僕もそうだ、君は憧れであり親友だ、だけど僕にとってはそれだけじゃない。

 そう思うとやりきれない気持ちになる。

 でもこれは僕が君を好きになってしまったのが悪いんだ。フレデリカは何も悪くない、だけど、でも……。


 その後も訓練を続け、フレデリカは消耗して立てないほどだったのでそこで切り上げる事に、僕の特権でフレデリカをお姫様抱っこし、寝室へと運ぶ。


 僕の欲求不満は風船が破裂する寸前のぱんぱんな状態になっていた、早くガス抜きをしないと破裂して、きっとフレデリカに取り返しのつかない事をしてしまう、そんな状態にまでなってしまった。

 お姫様抱っこをしたのは失敗だった、フレデリカの程よい重さを感じ、柔らかさ、そして汗で増幅した匂い、全てが僕を狂わせようとした。


 フレデリカが両手を伸ばし、僕の手を求めてきた。

 僕は喜んで恋人繋ぎをし、我慢しきれずそのまま唇を奪った。


 本当はこのまま先へ進みたい、だけどそれだけはダメだ、それに口づけだって生気の流入のおかげで普通の人より遥かに心地良いはずだ、このままだって僕の欲求不満はきっと解消される。

 ああでも、物足りない……。


 そう思っているとフレデリカが口を離し、提案をしてきた。


◇◆◇


「なあレオ、あのさ、その……前にさ、俺が【治癒】を使って気を失った時にな?……は、裸で……抱き合っただろ?」


「え……うん……」


 今思うとあれはやり過ぎだったとレオは思っていた。だけどあの時はそれしか思いつかなかったのだ、そしてそれはフレデリカも流してくれたと思っていた、もしかして今、それを責められるのかとレオは身構えた。


「あれも回復効果はあったわけじゃん?だからさ、それを……今からしないか?」


 フレデリカは思い切って提案をした、それは不要だと思える行為のはずだった。

 レオにとってそれは完全に予想外だった。

 あれはある意味口づけより先の行為だと思うし、その割に効果は薄い、だからする必要も無いと思っていたからだ。


 でも、フレデリカがそれを望むのなら、それを拒む理由は無い、それに口づけの先の行為だと思うけど既に2回もしてるのだから。

 それに……僕はもっとフレデリカを求めていた。


「うん、分かった」


 そう応えて、身体を離した。

 お互いが反対を向いて服を脱ぎ、脱ぎ終わって向き直す。


 以前ならレオの眼の前でも平然と着替えをし、裸を見られてもなんとも思わなかったフレデリカだったが、今は違った、レオの視線が突き刺さり、自分の身体に何処か変なところは無いだろうか。そんな事を気にするなんて。いやそもそも何でこんなに恥ずかしいのか。などで頭の中がぐちゃぐちゃな感情となった。

 ただ、裸をレオに見られる事がひたすらに恥ずかしい。


「あ、あんまジロジロ見るな、恥ずかしいだろ……」


 やっと出た言葉がそれだった。


「あ、ご、ごめん」


 いつもなら目を逸していたレオも今回ばかりはじっと見つめていたが、注意されて顔を背けた。

 しかしフレデリカもじっとレオの身体を見ていたのだが。


「ほ、ほら早くベッドに入ろうぜ」


「う、うん」


 ベッドに入り、裸で抱き合い、手を繋ぎ、口づけを交わして、密着した。


 彼らはお互いを心から親友で、全てを認め、愛している。

 しかしそれを口には出来なかった。

 それは旅の目的、動機、男に戻すと話した事、それらが呪いのように自らを縛り付けているのだ。

 そして目的を達成したらフレデリカは男に戻ってしまう、男同士の親友に戻ってしまう、相手を想っているからこそ、異性として好きだ、なんて言えるわけが無かった。


 それはまさに呪いであった。


 言ってしまえば関係が終わってしまう、そう思っている。

 親友という関係、男同士の時からお互いに憧れ、認めていたからこそ、終わらせたく無かった。

 だから今だけ、理由をつけて少しだけでも相手を感じたかった。


 それは今の彼等が許容出来る、最大限だった。


 そしてそれでも、十分な充足感を感じていて、多幸感に包まれていた。

 お互いの硬さ、柔らかさ、熱を感じ、匂いに包まれていた。

 汗をかいていたお陰でお互いの匂いをより強く感じ、お互いの存在を感じられた。

 回復効果についても以前より強く感じられ、直ぐに疲労や消耗は回復した。

 しかし離れる事はせず、抱き合ったまま、そのまま眠り、朝を迎えるのであった。

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