32.少し早い誕生日プレゼント


 食後、フレデリカが寝室で寛いでいるとレオが緊張した面持ちでフレデリカの正面に立った。


「フレデリカ、その……そろそろ誕生日だよね?少し早いけど16才の誕生日おめでとう」


 フレデリカは最近は特に忙しかった事もあり、すっかり自分の誕生日を忘れていた。

 レオに少し早い誕生日を祝われて、レオが昼間に買った全く理由が分からなかったアレは、多分そういう事だと結びついた、やはり自分へのプレゼントだったのだ。

 一気に込み上げてくるがまだ早い、まだ祝辞を貰っただけだ。


「おう、まあまだ少し早いけどな」


 声が少し震え、照れ隠しに普段より少しぶっきらぼうになってしまった。違う、そんなつもりじゃないのに。

 本当は、それが自分にとってどれくらい嬉しいのか、全身で喜びと、許されるなら好意で表したいくらいなのに。

 男の時にもレオから誕生日プレセントを貰った事はある、だけど、こんな気持ちになった事は一度も無かった、それはフレデリカが女として、レオを異性として好きになった事の証でもあった。


「うん、なんだか明日からはフレデリカ忙しくなりそうだったから今渡したくて、それでね、一緒に買ったから知ってるとは思うけど、これ、誕生日プレゼント、受け取ってくれると嬉しい」


 それは綺麗なリボンに包まれた小箱だった。

 エメリー街に着いた頃のフレデリカなら、こんな可愛く飾った物なんて貰えるか、と怒っただろう。

 しかし今のフレデリカは包装がどんな物でも気にならなかった。


「ありがとう……開けても良い?」


「うん、良いよ」


 受け取り、丁寧にリボンを外して小箱を開ける、そこには飾り気の無い綺麗な銀の指輪があった。

 店で一度、目にしていたはずなのに、それを初めて目にした気がした。それほどに眩しく輝いて見えた、それは店の売り物ではなく、レオから自分へのプレゼントだからだろうか。


「邪魔にならないように飾りが無くてシンプルなのを選んだんだけど……。今のフレデリカなら指輪が似合うかなと思って……」


 フレデリカは指輪をレオに返し、手の甲を上に、両手を広げて差し出した。


「ん」


 フレデリカは顔を真っ赤にし、それだけ言った。


「え?……フレデリカ……?……良いの?」


 レオは指輪を返され、直ぐにフレデリカに気付き、……察した。


「それじゃ……はめるね」


 ゴクリと唾を飲み、震える指でフレデリカの右手を支え、そのまま細く綺麗な薬指に指輪を通す。

 その瞬間を、フレデリカもレオもしっかりと心に刻んだ。


「ありがとうレオ。絶対に大事にするから」


 フレデリカは指輪がはめられた右手を抱えるようにして、そう応えた。

 その美しさに心を奪われたレオはただ頷く事しか出来なかった。


 この後、メイドに指輪を気付かれ、その場所の意味を知り、その日のフレデリカはずっとテンションが高く、事ある毎に右手を広げ、薬指の指輪を眺めてはニヤニヤしていた。


◇◆◇


 日が明けて、王城への登城日となった。

 迎えが来るまでに着替えを済ませる。


 フレデリカはレイフから貰った白いドレスに身を包んで何時でも出掛けられる状態で待っていた。

 その右手薬指にはレオから貰った指輪があった。


 レイフもリズ夫人もイアンも皆が似合っていると言ってくれて、お世辞でも嬉しかった。


 それは本当に似合っていた、シンプルな銀のリングと色白な肌、白のドレス、金髪、それは全てが絶妙に、指輪だけが浮く事もなく、しかし存在感があって、バランスが取れていた。


 レオも白を基調とした聖騎士に合わせて作られた礼服を着ていた。

 それはまだ、ややぎこちなく、レオの緊張が見て取れた。


「お似合いでございます、レオ様」


「ありがとう……。だけどやっぱり慣れないね」


「何言ってんだ、凄く似合ってるからシャンとしろ、俺の聖騎士なんだろ」


 そうだ、フレデリカの言う通りだ、僕が情けない姿を見せていたらフレデリカが恥ずかしい思いをするのだ。そう思い直したレオはピシと背筋を伸ばし、堂々と、聖女の騎士として恥ずかしくないよう姿勢を正した。


「お、ちょっとは良くなったんじゃないか?な、イアン」


「流石ですフレデリカ様。レオ様も良い心掛けでございます」


「うん、フレデリカやレイフ様に恥はかかせられないからね」


 そんなやりとりをしていると王城からの迎えの使者が来た。


「フレデリカ様、王城の使者ペーギル様がお迎えにいらっしゃいました」


 メイドから連絡が入り、身支度をする。といっても杖を持つ程度で他の荷物は従者達が準備するのだが。

 レオは腰に剣を差す。王との謁見では預かられる事になるが、持っていかないわけにはいかないものだった。


「聖女フレデリカ様、ペーギルが迎えに参りました、レイフ・エメリー伯爵と共に王城へのご同行をお願いします」


 表で使者ペーギルが恭しく頭を垂れてフレデリカとレイフを出迎える。


「ペーギル様、本日はよろしくお願いします。お迎えありがとうございます」


 フレデリカは一礼して挨拶すると、ペーギルは恐縮した。


「フレデリカ様、勿体ないお言葉です」


 まだ聖女候補であるフレデリカには余り下手に出る理由もないのだが、その力を、行いをペーギルは目にしたため聖女だと信じている。そして崇拝している。

 だから自分の出来る限り、フレデリカへの応対には最大の敬意と細心の注意を払って失礼の無いよう心掛けていた。

 そこへ先程の言葉は、あの程度であってもペーギルにとっては報われるものだった。


◇◆◇


 王城に着き、その壮厳さや美麗さ、そして立派な騎士達に驚きつつ、控室へと通される。


「今から向かう場にいる貴族達はフレデリカ様の事を冒険者上がりの村娘として侮っています。そして聖女候補だとしても大した力ではないだろうと高を括っています。」


 レイフはアルバート王との謁見の前に、フレデリカへ説明をしていた。

 今までも数年に一度の割合で聖女候補と呼ばれる者が現れるが【治癒】【浄化】を持つ者事態が少ない事もあって、実際は一般的なレベルと殆ど変わらない者達ばかりだった。

 しかし貴族としては聖女が自らの領地から現れた、という事には大きな影響があり、領地を持つ貴族であれば誰でも聖女がいてくれたら、という思いが強いという、だからこそ、その力を持つ者が現れたら強くない力であっても聖女だと騒ぎ立て認定の儀式の場へ、と勇み足をしてしまう事もあるという。


 その為、本来であれば王との謁見の前に力の披露が行われ、そこで認められてやっと王との謁見となる。

 今回今までと違うのは聖女としての力を王都への道中で使者ペーギル始め複数の者が実際に見て、その効果を受けた事で、王への強い推薦があった事が大きい。

 ペーギル達王城からの使者は貴族の従者では無く、王直属の従者となるため、聖女捜索においてはその言葉は重きに置かれる。


 というわけで今回の聖女候補は期待している者が3割、それでも様々な思惑も含めて茶番もしくは苦々しく思っている者が残り7割、といったところだろうか。


「ですので、アルバート王への紹介の際にそのまま力を披露して下さい。アルバート王は今、【治癒】や【浄化】で治せないほどには状態が悪く、それを治したとなれば誰しも認めるしかありません。不意打ちの様な形になりますが、妨害などでなんだかんだと理由を付けて先送りにされる可能性もあり、これが一番手っ取り早いです。それに貴族連中も私と同様に何処か悪い者も多く、その恩恵を受ければ態度を翻す事でしょう」


 フレデリカは内心、レイフ様も貴族連中の1人では?と思いながらも頷いた。


「分かりました、ですがそれなりに消耗すると思いますのでレオをそばに置かせてください」


 レイフはニコリと頷き、応える。


「当然ですとも、一緒に聖騎士候補として紹介させてもらいます、良いね?レオ殿」


「は、はい!あ、ありがとうござ、ございます!」


「固くなりすぎですよ、レオ」


「あ、そ、そうだね」


 フレデリカに注意され、深呼吸して落ち着き直すレオだった。

 それにしても、今から王との謁見だというのにフレデリカの落ち着きぶりはどういう事だろうか、その器の大きさに、やっぱりフレデリカは凄い、とあらためて思うレオだった。


 フレデリカも当然緊張していたのだが、それ以上にガチガチに緊張しているレオを見て、逆にリラックス出来たのだった。

 それに王の前であっても、直ぐそばにレオが居てくれるという、それだけで心強く、安心出来るものは無い、とも思っていた。


 また、本来であれば聖騎士といえども聖女に対しての言葉遣いはもっと気を付けるべきと考えられたが、レイフが2人の距離の近さをアピールする為にあえて変えないように進言したのだった。


 王との謁見の時間になり、ペーギルでは無い別の使者が迎えに来た。


「では、行こうか」


「はい」


 席を立ち、謁見の間へと向かうフレデリカ達であった。

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