31.城下のお散歩


 何台もの馬車と馬が王都アドヴァンアスの門をくぐり、冒険者達と別れてエメリー伯爵の別邸に着く。

 冒険者達との別れの際、フレデリカが手を振ると感激し、うずくまり両手を合わせて祈る者まで出る始末だった。


「では明日にあらためて迎えに参ります、失礼します」


 ペーギルもすっかりフレデリカの聖女然とした姿勢、応対に魅了された者の1人となっていた。心酔すらしていたと言っても良かった。

 つまりレイフ邸で身に付けさせられた事は役に立ったという事である、それを痛いほどに実感するフレデリカとレオであった。


 初めての王都、城下を見て回りたいとフレデリカは思っていた。

 とはいえ今は聖女候補の身である、ただ出掛けたいと言っても難しいだろう、だがレオと一緒ならばどうだろうかと考える。


「レイフ様、初めての王都です、少し城下を見て回りたいのですがよろしいですか?レオも一緒なので大丈夫だと思うのですが……」


 レイフは少し考えて応えた。


「イアンもご一緒させましょう、レオ殿も初めての王都で迷子になるかも知れません。イアン、道案内を頼む。それと着替えも」


 イアンは頭を下げ、丁寧に応える。


「は、それでは早速お着替えをしていただきましょう」


 流石にドレスを来たままでの王都散策は目立つし危険な事に巻き込まれるかも知れない。

 そんな危険な事を聖女様にさせられなかった、だから着替えさせて、レオとイアンが同伴、さらに隠れて見張りをつければ大丈夫だろうとレイフは送り出した。


◇◆◇


 王都アドヴァンアス、その規模はエメリー街とは比較にならないくらい大きく、そして王城も荘厳なものだった。

 王城の周りには貴族の別邸が建ち並び、その周りに高級住宅、高級商店、そしてその周りに冒険者ギルドや商店などが並び、民家なども此処にあった。

 それぞれの区域が城壁や壁、地形で区分けされ、明確に分けられている。


 そして今、一般エリアに3人の姿があった、フレデリカ、レオ、イアンである。

 フレデリカは金髪にポニーテールでつば広帽子を被り、服装も地味な色のワンピースを着ていて目立たないようにしている、服装や格好をあつらえたのはメイド達である。

 メイド達はフレデリカを地味ながらも可愛さを引き立たせる事に成功していて、レオは初めて見るポーニーテールのフレデリカがとんでもない可愛さで、ドキドキしっぱなしだった。

 しかしつば広帽子とワンピースの組み合わせがお嬢様ぽさがあって、庶民のエリアにおいては逆に目立っている事には誰も気付いていなかった。

 普段接している者が今の姿を見ると地味に見えるかもしれないが、それは普段のドレス姿は言わずもがな、館内での服装ですらフレデリカがいかに眩いばかりに輝いていたかを物語るものであった。


 3人で城下を散策しながら色々な店を見て回る、そこでイアンは違和感を覚えた。

 それは行き先が女性が好みそうな小物やアクセサリー、スイーツなどのお店ではなく、武器、防具、冒険者用品など、あまりフレデリカ様のような見目麗しい女性が行かなそうお店が多いからだ。

 確かにフレデリカ様は元冒険者で素の話し方が男のようで一人称が"俺"などとあまり褒められたものではないが、やはり女性らしい部分はしっかりと存在しているのだ。

 なのに回る店の傾向、これはまるで男性の冒険者のようではないか。


 イアンはその理由を考えて無理やり一つの結論を出した。

 それは"レオの為にそういう店を周っている、自分を殺し、合わせている"というものだった。

 その考えに思い至った時、イアンは感動した、なんとフレデリカ様は自分の自由な時間をレオ様の為にお使いになられているのだ、と。やはりこのお方は聖女に相応しい、と。


 当然違う。

 いや、半分は当たっていると言えなくもない、自分とレオが楽しむ為に使っているのだから。


 イアンがそんな事を考えている時、レオがアクセサリー店に行こうと提案した、それは今までの冒険者用品などではなく、普通に身につける、イアンが今日入るだろうと想定していたようなお店であった。


「なんか買いたいもんでも有るのか?まあ付き合うけどさ」


「うん、ちょっとね、今買っとかないと後悔しそうだし」


 イアンはピンときた。

 レオ様が気を使ってフレデリカ様の為に小物店に行きたいのか、もしくはレオ様がフレデリカ様にプレゼントを買うのであろうと、そう期待した。

 うむうむ、レオ様もフレデリカ様も相手をおもんばかるお気持ち、やはりこのお二人は素晴らしい、と1人で納得するのだった。


 女性の多そうなアクセサリー店に入り、レオは必死に物色し、フレデリカは興味なさげにレオに引っ付いて回っている。

 はたから見れば、彼女へのプレゼントを吟味している男にしか見えなかった。


 悩みに悩んでレオは一つの指輪に決めたようである。

 それは至極シンプルな飾り気の無い、艶のある銀色の指輪だった。


 そしてその頃には流石のフレデリカもそれは自分へのプレゼントでは無いかと勘づき始めたのであった。

 でもしかしなんで??フレデリカは困惑していた。

 レオからのプレゼントは嬉しい、どんなものだって嬉しいだろう、だけどその理由が分からない。

 指輪は安物じゃなかった、このお店基準で見ると結構な額の物だ。

 もしかして、告白だろうか、と思うが直ぐにそれは否定する。もしそうなら天に登るほど嬉しいけど、それだけは無い、俺達の目的は変わっていないからだ、あくまで男に戻るという目的なのだから。

 となると、全く分からない、レオがただなんとなくでそんな事はしないだろう。本当に分からなかった。


「お待たせ、そろそろ帰ろうか」


 フレデリカがそんな事を考えている内に、会計を済ませて店を出て、エメリー家別邸への帰路についた。


◇◆◇


 高級住宅や高級商店が存在する高級エリアは巡回する警備兵などの数も多く治安は比較的穏やかである。

 しかし一般エリアから高級エリアへの境目に差し掛かる場所は人気も少なく、事件や事故などが発生する場所でもあった。

 日が落ち始め、薄暗くなり始めた時間、その場所でそれは起きた。


 矢がフレデリカ目掛けて音も立てずに飛んできた。

 気配に気付いていたレオが事前にフレデリカに話していた為、既に【白の防壁】が張ってあり、矢を防ぐ。

 

 キンと高い音を立てて矢を防いだ事を認識したフレデリカとイアンは驚いた。

 薄暗い場所で黒く塗られた矢は見えず、矢音もたてないとなれば気付かないのも無理は無い。


「流石ですレオ様」


「本当に狙われてるじゃん……毒とか塗られてそうだな」


 フレデリカとイアンが感心していると、今度はヒュウと音を立てて多数の矢が降ってくる。

 それらは全て範囲を広げた防壁によって阻まれ、3人に届く事は無かった。


「だろうね。フレデリカ、相手が姿を現さないならこのまま歩いて行こう」


「え、倒したり急いで行かなくて良いのか?」


「離れるのは危険だし、防壁がある限りは大丈夫だと思うんだよね。姿を現したら相手するけど」


「確かにレオと離れるのは困るな……うん。よし、行こうか」


 歩き始めようとした矢先、前方に黒尽くめの3人が現れた。

 さっきの矢はこの3人の仕業だろうとフレデリカは思った。


「あれだけの矢を防ぐとは中々の防壁を持っているようだが、お前らには此処で死んでもらわないといかんのでな」


 黒尽くめの1人がそう呟き短剣を構える。

 あの矢の雨を防ぐとなれば、【白の防壁】としては中々効果が強いと考えていた。


「レオ」


 フレデリカが小声でレオの名を呼ぶとレオは背後を確認しながら応える。


「大丈夫、このまま進もう、まだ他にも3人は隠れてるしね。それにこちらからわざわざ離れる必要も無いよ、向こうが僕らに用事があるみたいだし。【身体強化】だけお願い」


「……うん、分かった。じゃあこのまま進むぞ」


 レオに【身体強化】を掛け、そのまま前に進む。

 イアンは何も言わなかった、いや、言えなかった。イアンは優秀な執事だが特に戦う力に優れているわけでもないのでフレデリカ様とレオ様を信じてついていく事しか出来ないのだった。


 レオが先頭に立ち、後ろをフレデリカとイアンが続く、3人共に【白の防壁】内にいて、相手からの攻撃を防ぐ事は出来るはずだ、そして攻撃をしてきた時がこちらのチャンスだ、とレオは考えていた。


「防壁に随分自信があるようだが、これは防げまい。行け!」


 そう叫ぶと3人の内の1人が大剣を背中から取り出し、大振りでフレデリカに向かって叩きつける。

 しかしそれは今のレオなら攻撃が防壁に当たる前に簡単に止められるほどに遅く感じた。


「ハァッ!」


 レオはそのまま下段から切り上げ、大剣の振り被りに合わせて両腕を斬り飛ばした。

 そしてそのまま切り下ろしで大剣を持っていた男を斬り捨てる。

 その速さはイアンの目には捕らえられないほどだった。


「おいおい、話が違うじゃねえか……」


 短剣を構えた男はレオの強さに愚痴をこぼした。

 この黒尽くめの集団が受けた依頼は、白の加護持ちのお嬢さん一行の暗殺依頼だった。

 Dランク冒険者1人の護衛が居る程度の簡単な依頼と聞いていた。


 最初に音の出ない毒矢で白の加護持ちお嬢様を殺し、Dランク冒険者の戦意を削いであっという間に始末して終わる予定だった。

 ところが、毒矢が気付かれ、白の防壁が想定以上に強く、護衛の冒険者はDランクどころかどうみてもBランク以上の腕前をもっている、話が違うと愚痴りたくもなろう。


 しかし依頼は完遂しなければならない。

 となると方法は一つ、残る5人で一斉に攻撃を仕掛けて殺し切る事だ。


 短剣の男がフレデリカ達の背後に潜ませた3人に合図を送り、距離を詰め寄らせて5人で一斉に攻撃を仕掛けた。

 正面からはレオを狙い、背後からはそれぞれフレデリカとイアンを狙い、護衛対象を分散させて守りにくくする作戦だった。

 しかし背後からの攻撃は防壁で完璧に防がれ、レオを狙った短剣の男を合わせた2人もあっさりと斬り伏せられて、そのままレオは背後の3人に斬り掛かった。


 それはあっという間の事だった。

 まだ息がある短剣の男にレオが依頼主などを聞くが答える事を拒否し、そのまま息を引き取った。


 イアンはレオに畏怖した。

 その冷徹さ、判断力、迷いの無さなど、これが冒険者か、と実感するしか無かった。

 先程までの優しい顔や物腰など微塵も感じられず、全く別人かと思うほどだった。

 そして、そのレオが居なければ最初の毒矢でフレデリカがやられ、自分もとうに殺されていただろう事も理解していた。

 しかしその刃はフレデリカの側に居る限り、自分に向かう事は無いと信じられた。

 なるほど、フレデリカ様が全幅の信頼を寄せるだけはある、とあらためて思うのだった。


 フレデリカには畏敬の念、レオには畏怖の念を抱くイアンだった。


◇◆◇


 程なく高級エリアから警備兵とレイフ家の従者が駆けつけた。

 それは見張りから聖女襲撃の連絡を受けたレイフによる援軍であった。


 しかし既に事は終わり、事後処理をどうしようかと話し合っているところに、そこへタイミング良く現れた警備兵と従者に事後処理を任せて、一足先に屋敷に戻る事となった。


「行こう、フレデリカ」


「あ、ああ、うん……」


 後を付いていく時、フレデリカは思わずレオの袖を掴んだ、そして俯きつつ手を差し出す。

 それはフレデリカの手を握りたいという、精一杯のアピールだった。


「ん、何?フレデリ……」


 振り返るレオはそのアピールに気付き、無言で手を握る。

 そういえば防壁を使ったからね、と1人静かに納得するのだった。


 フレデリカは顔を上げられなかった。

 確かに防壁は使った、だけど今ならその程度で消耗は殆どしない。

 防壁を使った事など頭から消えて、レオの活躍、格好良さに目を、心が奪われていた。

 気配に気付いての防壁展開の指示、その後の大胆な行動、迅速な対処、完璧で、全てが自分の為の事で、レオの事で頭が一杯に、直視出来ず、胸の思いは爆発寸前で、レオに触れたいという思いに溢れていた。


 フレデリカはただただ幸せに浸りながら別邸にたどり着いた。



 屋敷に戻るとレイフ自ら出迎えてくれて、フレデリカの無事を確認すると胸を撫で下ろしていた。

 その後レオとイアンとで事の経緯を説明する。


「まさか王都についた今日の内に襲撃があるとはな……少し甘く見ていたようだ。──それにしてもレオ殿は流石聖騎士と言ったところか、これからも聖女フレデリカ様をよろしくお願いします」


「任せて下さい、フレデリカは僕が命を懸けて守ります」


「うむ、頼もしい言葉だ、さて後の事は我々に任せて……フレデリカ様、お食事はどうなされますか?気分が悪いようなら後ほどでも構いませんが」


「いえ、問題はありません。お気遣いなく」


 普通の女性であれば賊に襲われても殲滅し、血生臭いものを見た事で事で気分が悪くなっていたかも知れないが、冒険者をしていたフレデリカは気にならず、むしろ手を繋いで帰る事が出来て気分良く食事をする事が出来た。

 とはいえレイフが気を使うのは当然な事であった。

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