30.お別れ


 食堂の扉が開くと、部屋に静寂が訪れた。

 それは主役が登場したという空気が伝わってきたからだ。


 フレデリカが背筋をピシと張り、手は両手を重ねてお腹の前で組んで室内に姿を現した。

 その姿は聖女という言葉がピッタリと合う、白を基調として小さな水晶が散りばめられ光を反射してキラキラと輝いてみえるドレス姿で、それはフレデリカの金髪と相まってとても良く似合っている。

 一見すると清楚なのだが、肩と胸の上半分から上は露出させている、それは今までの服と変わらないのだが、全体のイメージが清楚さを醸し出しているため、パッと見ただけではその露出に気付きにくく、気付いたら清楚さと相まって色っぽさを増すという服装だった。


「フレデリカちゃん綺麗……」


「うん、すっごく似合ってるよフレデリカ」


 そのドレス姿の綺麗さを褒めるエリザとリディア。


「確かに綺麗だけど、なんというか、その……」


「ああ、凄く色っぽいな、これは」


 その色気に気付くと男性陣はゴクリと唾を飲むしかなかった。


 その姿は見事に男性も女性も魅了させるに十分だった、それはドレスだけでなく、フレデリカ自身の美貌とスタイルあっての事なのは言うまでも無い。


 その後ろから入ってきたレオは先ほどまでの姿と変わらず、そのフレデリカとの落差はひどかった。


「いやすまないね、レオ殿の聖騎士用の礼装はまだ準備出来ていなくてね、もう何日か待ってくれたまえ。それにしても、フレデリカ様、とても美しい、これは私も守り甲斐があるというものです、な?イアン」


「そうでございますね、旦那様」


 扉から入ったところで恥ずかしさで固まっているフレデリカの緊張を解すようにレオは言う。


「ほらフレデリカ、皆が褒めてくれてるよ、何か返そう、ね?」


 そう言ってフレデリカの前に手を差し出した。

 フレデリカはそのレオの手を取り、前を向いて話した。


「皆、ありがとう。それにレイフ様、こんな綺麗な服を用意して頂いて感謝します、この服を着て、これから聖女としての役目を果たしていきます、よろしくお願いします」


 まだまだぎこちない感謝の言葉、だが皆が拍手をした。

 フレデリカは嬉しく、レオに振り向き、極上の笑顔を見せて応えた。


「レオ、いつもありがとう」


「こちらこそだよ、フレデリカ」


 見つめ合う2人。


「あ、2人の欠点あった、直ぐに2人の世界に入っちゃって周りが見えなくなる事だ」


「ああ、確かに」


「お二人さーん、まだ2人の世界に入らないで私たちも相手してよー」


 言われてハッと気付き、照れ笑いする2人を見てほっこりする。


 その後レイフとリザは席を外し、夜遅くまでパーティとの最後の夜を過ごすのであった。


◇◆◇


 翌日朝、朝食後にパーティの面々を領主館の前で見送る。


「フレデリカ、また街に来たら必ず冒険者ギルドに顔を出してね、待ってるから」


「うん、必ず寄るよ、今までありがとうリディア」


 最後にリディアとの挨拶を交わし、明けの明星の面々とのお別れ。

 フレデリカとレオにとって、色々とお世話になった人達だった、特にリディアは前の村からの付き合いで、フレデリカとレオの1番の友達といえた。

 別れは寂しい、でも死んでしまったわけじゃない、またきっと会えるだろうし、その時にはさらに成長した姿を見せられれば良い、そうフレデリカは思う。



「それでは今日から王都の迎えが来るまでにフレデリカ様には聖女としてマナーと言葉使いを学んでいただきます、レオ様も聖騎士として色々と学んでください」


 別れの余韻に浸っていると背後から執事のイアンから声を掛けられる。

 というわけで領主館にてマナーと言葉使いを矯正される事となった。

 プライベートはともかく、公の場で聖女が“俺”はよろしくない、ということだった。


 それは元々の言葉使いが良くなかったフレデリカにとっては大変な日々だった。

 ふとした瞬間に思わず“俺”と言ってしまうのだ、特にプライベート時に“俺”と言ってレオと会話をしているため余計に出てしまうのだった。


「レイフ様がゆっくり寛いでと言っていたのはなんだったんだ……」


「フレデリカ様が早く身につけてくださればゆっくり寛げますよ」


「頑張ろうフレデリカ」


 レオに励まされ必死に努力するフレデリカだった。


 他にも姿勢や歩き方などの所作、女性らしく、気品、優雅、丁寧さなど、フレデリカはある意味地獄のような日々を耐え抜き、レオに応援されたり、褒められたりといった報酬もあって、見事に習得したのだった。

 とはいえ、あくまでも付け焼き刃なので気を抜けばボロがでる。


 しかしそれでも、ここに来る前のフレデリカから見違えるほどの優雅さと気品を感じられるようになり、レオは感嘆の声を上げた。


「フレデリカ、凄く見違えたよ、こんな事言われて嬉しいかは分からないけど、どこかのお姫様みたいだ」


「レオ、ありがとう、ここまで頑張れたのはあなたのお陰です、これからもよろしくお願いしますね。──なんてな、ありがとなレオ、大丈夫、こんな事でもレオに誉められたら嬉しいから」


 そんなこんなで王都からのお迎えがやって来て、フレデリカとレオ、そしてレイフ・エメリー伯爵とリズ夫人と執事のイアンに幾人かの従者を従えて王都へ向かうのだった。


◇◆◇


 幾台もの馬車と馬が連なり、王都へ向か途中、盗賊に襲われた。

 王都のお迎えが冒険者を雇っており、そちらで対応する事になっていたのだが思いの外に盗賊の数も質も高く、苦戦していたのだった。


「レオ!援護に向かうぞ!」


 馬車を飛び出そうとするフレデリカをイアンが止める。


「フレデリカ様、動いてはいけません!聖女様自ら戦われるなど、貴方様の身に何かあったらどうなさるおつもりですか」


 言いたい事は理解できる、しかし状況は悪く、このままでは冒険者は全滅する可能性もあった、そもそもこの状況で指を咥えて見ているだけなんてフレデリカもレオも出来るはずもなかった。


「このままじゃ全滅するかもしれないんだ、こんなの見過ごして聖女なんて言ってられるか!行くぞレオ!」


「うん、行こう!フレデリカ!」


 イアンの制止を無視し、フレデリカはドレスのまま飛び出した。

 冒険者に駆け寄り、【白の防壁】を使い盗賊の攻撃を防ぎ、レオがそのまま盗賊を切り伏せる。


「もう大丈夫、援護します!」


「あ、ありがとう、って……もしかして聖女様!?いけませんこんなところに出てきては!」


 助けられた冒険者はフレデリカを聖女と認識すると慌てた。

 まさか聖女様自ら出てくるなんて思わないし、もし傷でもつけたら自分達は大目玉、いや、首が飛ぶ。


「そんな事を言ってる場合ではないでしょう、貴方達の命が危ないのですよ。それに戦えない方達もここには大勢いるのです、見過ごすわけには参りません。それに私にはレオがいます。レオならきっとなんとかしてくれます」


 レオには既に【身体強化】が掛かっていて、そのまま猛然と盗賊の群れに突っ込んだ。

 その後、冒険者達にも【身体強化】を掛けて援護をする。


「す、凄い、身体がまるで別人のように強化されている。ありがとう聖女様、これならやれます!」


 その後はレオと冒険者達の活躍もあり、非戦闘員の犠牲者を出さずにすんだ。


 王都のお迎えの使者ペーギルはすぐさま冒険者を叱責し始めた。

 冒険者達だけで対処出来なかった事、聖女様を戦闘に参加させてしまった事、どう責任を取るつもりだ!と鼻息荒く罵っていた。


「今はそんな事をしている場合ではありません!直ぐにここに怪我人を集めてください!」


 フレデリカが指示するも言う事を聞く様子が無かった、まだフレデリカは聖女候補である、だからかペーギルはそれを無視して叱責し続けていた。

 馬車から降りて来たレイフが直接ペーギルに声を掛けた事でやっと収まったのだった。


 10人のCランク冒険者、その内6人の重軽傷者がいた。

 一箇所に集められた人達に向かい、フレデリカは言う。


「今から貴方達の傷を癒します」

 

「俺たちの傷を……?」


 初めは何を言っているのか理解出来なかった冒険者達であったが、フレデリカが杖を構え、【聖女の癒し】を発動するとその場に居たレオとイアン以外の全ての者の表情が変わった。


 杖が光り、フレデリカから光が伸びて怪我人とその場に居た人達を覆うとそれぞれの身体が光り輝き、傷、病気、生気の回復が行われたのだ。

 それを受けた者達はまさに奇跡を目にしたのだった。


 そして光が収まる頃にはフレデリカとレオの姿は無く、馬車の中へと入っていた。


 癒しを受けた人々はそれぞれ顔を見合わせた、その場にいる全員が全くの無傷に、病気も治り、そして活力に溢れている事を認識すると、抱き合い、治った事を喜んでいた。

 レイフも病気と怪我が治った人の1人であった。

 イアンを見ると頷き返され、嬉しさと感動の余り、涙を流した。


 そしてイアンは馬車の前で何人も通さないよう見張っている、案の定、冒険者やペーギル達が聖女様に合わせてくれ、と懇願してくるのだった。


 今回の怪我人や病人の具合は診療所の時ほど重くは無く、1時間もせずフレデリカ達は馬車から出て顔を見せる事が出来た。


 馬車の扉を開けるとそこには冒険者やペーギル達、さらにレイフとレイフ家の従者、全てが待ち構えていた。

 その様子にギョッと驚くフレデリカだったが、教育の賜物、勤めて冷静に対応した。


「皆様、ご無事なようで何よりです、私を待つ必要はありませんよ。気にせず先に進みましょう」


 フレデリカとしてはレオとの楽しい時間をを過ごしているだけなので、正直そんなに畏まられても困るのだった、無視して欲しい思っていた。

 今だってまだレオとのキスの事で頭が一杯で、本当はもっと長い時間していたかったけど、レオが外で待っている人がいると言うので渋々出てきたに過ぎないのだ。

 感謝の気持ちは非常にありがたいが、きっとここから感謝の言葉とそれに返答する時間になるのだ、めんどくせー。それがフレデリカの本音だった。


 まずは迎えの使者ペーギルが口を開いた。

 彼はフレデリカの言葉を無視して冒険者を叱責していた者だ。


「聖女フレデリカ様!先ほどは大変失礼しました。あんな事を言った私も治していただけるなど、身に余る光栄でございます!これからは貴方様を候補では無く聖女様としてご対応させて頂きます!」


「いえ、私は気にしていません、よろしくお願いしますね」


 フレデリカの言葉と営業スマイルでさらに感動しているのだった。

 続いて冒険者が口を開いた。


「聖女フレデリカ様にお助けいただき、本当に感謝、光栄の極みでございます。また聖騎士レオ様の強さに我々は感銘を受けました!レオ様のように強くなれるよう努力させて頂きます。ここから先はお二人がご安心出来るよう、命を掛けて護衛させて頂きます!」


 フレデリカにとって自分を褒められるより、レオが褒められる方が嬉しいのだ。そういう意味では冒険者は大正解だった。

 そのレオを褒める言葉でフレデリカは内心上機嫌となる。

 それだけで冒険者の株は上がった。


「命を掛けてはダメです。そうなる前に私達に援護を求めて下さい。私もレオも直ぐに動けるようにしておきますから、必ずですよ」


「聖女様!勿体無いお言葉です」


 次はレイフ・エメリー伯爵だった。


「フレデリカ様、レオ殿、そのお力、この目で見せて頂きました、そして想像を遥かに上回るその効果、そして強さに私もまだまだ理解が足りなかったと痛感しました。貴方様方は間違いなく聖女と聖騎士です。これより、私の全てを掛けてお二人のご助力になるようさらに努力いたします。ありがとうございました」


「レイフ様、お顔を上げて下さい。レイフ様にお助けいただいているのは私達の方です、こちらこそよろしくお願いします」


 他にもやり取りはあったのだが、似たようなものだった。

 皆が馬車や馬に乗り、やっと進みだした。

 

「お疲れ様でございました、フレデリカ様」


「うん、疲れた。でもまあ、皆無事で良かった。それにレイフさんにも分かってもらえたみたいだし」


 フレデリカはレオと執事のイアンの前でだけ、素の話し方をしていた。


「お疲れフレデリカ、はいお水」


「ありがとレオ」


「フレデリカ様、今回は最初から最後までご対応が素晴らしかったです、この調子で行きましょう」


「この調子で、か。持つかなあ、俺」


 その後は時に魔物の襲撃などはあったが何事も無く、無事に王都の門をくぐるのだった。

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