29.領主レイフ・エメリー
領主の館へ着き、執事のイアンに待合室のような場所へ通される。
そこで待っているとイアンがやって来て応接の間へパーティ全員が通された。
遅れて領主レイフ・エメリーとその妻リズ・エメリーが入ってくる。
レイフ・エメリーは身長175前後、口ひげを生やした37才、スマートな体型と涼やかな目元と合わさったナイスミドルといった容貌。
リズ・エメリーは身長160前後、32才で長いライトブラウンの髪を纏め、こちらもスマートな体型と優しげな雰囲気を纏っている。
「私はレイフ・エメリー、こちらは妻のリズ、ここら一帯の領主をやっている。お見知りおきを」
「明けの明星リーダーのフェルナンドです、そしてこちらがフレデリカ。よろしくお願いします」
お辞儀をするフェルナンドを見て、慌ててお辞儀をするフレデリカ。
「あ!あの、フレデリカです、よろしくお願いします!」
「ははは、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、さあ、座って」
着席するよう促され、全員着席する。
執事のイアンはレイフの横に立っていた。
「さて、早速だが本題に入ろうか。言い伝えや文献によると最上級の【治癒】もしくは【浄化】の力を持つ者が聖女とされている、と。そして……イアンに聞くところによると【治癒】の範疇を越えているとか、確か【聖女の癒やし】……だったかな?私も見てみたかったね」
イアンを見るレイフに頷く執事のイアン。
「イアンが言うにはフレデリカ様は紛うことなき聖女との事だが、私の独断で聖女認定は出来ないのでね、今のところは公には聖女候補となる。数日後には王都から迎えが来る、それまではこの屋敷でゆっくり寛いでくれたまえ、イアンを付けるので何でも気兼ねなく言って欲しい。それにまだやらなくてはいけない事もあるし、パーティの方々とのお別れもあるだろうしね。それでよろしいかな?」
フレデリカはこのタイミングしかないと思い、意を決して話しだした。
「あの!俺が聖女になるなら代わりに条件があります!」
「……ふむ、出来るかは分からないが聞こう、何かね?」
「えっと、俺の力は消耗が激しくて、それを回復させるにはレオが必要なんです。だから……レオも一緒に王都へ、常にそばにいて貰えるようにして下さい!」
聖女の隣にただのDランク冒険者を置いておくなど、普通に考えたら許されるはずがない。
パーティの面々はフレデリカ以外は無理だと思った、リディアでさえ、そうなって欲しいとは思っているが難しいだろうと思っている。
しかしそんな無理難題とも思える条件を聞いてもレイフは動じていないように見える。
レイフはイアンに話しかける。
「イアン、あの事はまだ伝えてないんだね?」
「はい、レイフ様からお伝えすべきかと思いましたので私からは何も」
「そうか、では」
フレデリカ達にはそのやりとりの意図が全く分からなかった、にべもなく棄却されると思っていたからだ。
いや、これからそうなるのだろうと、身構えた。
「聖女フレデリカ様、歴代聖女様は聖女自らが選んだ者を常に傍らに置くしきたりがあります。ですので、フレデリカ様にも誰かお1人、常にそばに置く人物を選ぶ必要があります。ただ、その方は命を賭して聖女を守る信念が必要です。だから強さと信念がある方を選んで頂きたい。そして選ばれた方は聖騎士として聖女の一番そばで聖女を守る役目を担います。よろしいですか?」
それは、フレデリカにとってレオを選ぶ為にあるしきたりとしか思えなかった。
レオなら、何度も命を掛けて守ってくれた、それに強さだって並じゃない、それになにより、親友で、好きな人で、ずっと一緒にいたい。他の人など考えられない。
フレデリカはレオの目を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡いだ。
「俺は……レオが嫌じゃないなら、俺のそばに……聖騎士になって俺を……ずっと隣で守って欲しい」
レオもフレデリカを真っ直ぐ見つめ返し、応える。
「フレデリカを助ける役目は僕にしか出来ないし、誰かに譲る気もないよ。──僕が命を掛けて君を守るから、安心して欲しい」
そう言ってレオは手を差し出した。
フレデリカはその手を取り、心は暖かさで溢れた。
リディアは1人興奮していた。
「うむ、ではレオ殿はこれで聖騎士候補となる。王都であらためてフレデリカ様から『聖女の誓い』をもって正式な聖騎士となる。それにしてもレオ殿が羨ましい、聖女様に気に入られるとは」
「いえそんな、昔からの付き合いがあって親友で……その……」
「今じゃ恋人同士、だもんね」
「ちッ、ちがッ……わない……けど……」
エリザが補足すると、レイフは大きく頷いた。
フレデリカは一瞬レオと恋人同士だという設定を忘れていたがそういう設定だったのだった、と思い出した。
「なるほど、そういう仲なのだな。レオ殿、フレデリカ様は聖女でさらにこれほどの器量をお持ちになられている、聖騎士になるレオ殿には必ず他の貴族からの妨害などが入るだろう、気をつけられよ」
数十年に1人しか現れないとされている聖女、圧倒的な力を持ち、民衆にも大人気となる存在、当然民衆の人気取り、政争の道具ともみなされ、取り込めば大きな権力を持つ事は予想出来る事だった。
そしてフレデリカほど若く、類まれな美貌を持つとなれば、聖騎士の座を奪おうとする輩が現れ、レオを排除しようという動きがあるのは火を見るより明らかだった。
なぜレイフはこのような忠告をレオにするのか、当然フレデリカが聖女として現れたこの街の領主、レイフにも大きな恩恵があるからだ。
聖女が現れた場所の領主が聖女の身元引受け人とされ、聖女周辺の面倒を見る事を言い渡され、同時に発言権が強くなるのだ。
だからこそフレデリカには勿論、そのパーティ全員を丁重に扱って好感を得ようとしている。
別にこれはレイフが狡っ辛いという事では無く、貴族として当たり前の考え方、行為である。
逆に言えば、だからこそ信用出来るという見方もある。
「ご忠告感謝します。とは言え、僕はどのように振る舞えばいいか分かりません、もっと勉強が必要ですね」
「レオ殿、我々エメリー家がフレデリカ様とレオ殿をバックアップしましょう、出来る限りの事をお約束します」
「「ありがとうございます」」
フレデリカとレオ、声をハモらせて謝意を返した。
◇◆◇
「今日はパーティの方々も一緒に当屋敷に泊まっていって下さい。イアン、ご案内を」
「ではフレデリカ様にレオ様、お連れの皆様も、お部屋にご案内します」
執事のイアンがパーティの寝室へ案内し、続いてレオの寝室に案内しようとした。
「イアン、俺とレオは同室が良いんだけど。今までもずっと一緒だったし、これからは守ってもらう必要があるんだろ?それにレオも心配だ」
「フレデリカ、流石にそれは……」
イアンは少しだけ考え、応えた。
「フレデリカ様がそのようにおっしゃるのであればその様にしましょう、少しお待ちを」
「うん、お願いね、イアン」
イアンに向けられた、その屈託の無い微笑みにイアンは年甲斐も無くドキリとする。
このお方には敵いそうもありませんな、と心の中で溜め息をつくのであった。
◇◆◇
その日の晩餐はレイフとリズ、そしてパーティ全員での食事となった。
食事マナーなどは各自努力する、細かい事は抜きという事で、皆が美味しく食べられるようにレイフの配慮があった。
そして食事が終わるとフレデリカはメイドに連れて行かれ、席を外した。
レオはそれを追いかけていったが、特に咎める者はいなかった、今の彼は、聖騎士候補はそれが仕事なのだと理解していた。
フレデリカとレオには事前に食後、聖女に合わせた召し物に着替え、お披露目するという事が聞かされていた。
フレデリカは抵抗したがこれからは冒険者ではなく、聖女として行動する必要があるから慣れなきゃダメだよ、とレオに説得され、渋々と着替える事を了承した。
そしてフレデリカが着替えている最中、食堂ではレイフがフレデリカとレオの人となりをパーティメンバーに聞いていた。
「フレデリカは……フレデリカ様は──」
「元の呼び方のままで良いと思うがね、パーティメンバーの君達が急に様付けで呼ぶとフレデリカ様も寂しい思いをするだろう」
「…そうですね、それでは、コホン、フレデリカは見ての通り、見目麗しく、スタイルも良く、男なら思わず振り返るほどの美人です、金髪のフレデリカと呼ばれていたくらいに髪も綺麗で、冒険者ギルドでも大人気でした」
まずはフェルナンドから話をしていく。
「そうだろうね、レオ殿がいなければ、いや、いてもだっただろうね」
「そうですね、しかしフレデリカは一途な性格なのでしょう、レオ以外の男には一切気が無いようでした。それにレオも一部の女性には人気がありましたがフレデリカ同様に一途で、お似合いのカップルです」
その話を聞いたレイフはうんうんと頷いた。
「確かに2人から感じる空気は他人が立ち入れないようなものを感じるね、まるで強い絆で結ばれているかのようだった」
「他にはフレデリカは一言で言うと良い意味で"男らしい"ですね、ガサツだとかいい加減だとか、そういう悪い意味じゃなくて、良い意味で」
マチアスが続けてフレデリカを印象づける言葉を続ける。
「ほう、それは興味深いね、具体的にはどういう事なのかね?」
「筋が通っているというか、曲がったことが嫌いというか、他にも引きずらない事が多くて、さっぱりした性格なところとかですね。それに男の気持ちが分かるような気の利き方が多くて、余計に男人気に拍車が掛かるんですけどね」
「なるほど、あれほどの美貌にしては実に変わった性格だね、他には?」
「男にモテモテでも全て断ってるんですが、それでも男を嫌いというわけではなくて、話なんかはよく聞いてくれるし、相談にも乗ってくれますよ、まあ、常にレオがそばにいるので勘違いする事も少ないんですけどね」
「そう!フレデリカちゃんはいつもレオくんしか見てないんだよね、さっきの男らしいっていうのもレオくんと話を交わす時なんかは恋する乙女になっちゃってて、これが可愛くて」
「ああ、あれはちょっとレオが羨ましく感じるな」
エリザがフレデリカの乙女な部分を強調すると少しづつレオの話へと変わっていく。
「ではレオ殿はどのような御仁なのだろうか、教えてもらえるかな」
「見た目は茶髪でくるくる髪で可愛らしい顔をしていて、普段は優しい性格ですよ。ただしフレデリカの事となると命懸けで本当に聖騎士としては彼しかいないんじゃないかと思います。この前はフレデリカをオークキングから救って倒して、その後も命懸けで守りました」
「ほう、オークキングかね……」
レイフは出てきた魔物の名前に驚いた。
オークキングというとかなりの魔物だ、パーティだったとはいえ、それを倒すとは相当な腕前という事になる、それに命懸けで守ったというのも良いじゃないか、と。
「あの見た目で実は身体を相当鍛えていて、さらにCランク以上の剣の腕前があります。元々は騎士になるのが目標だった事も遭って、フレデリカもですが、読み書きはもちろん、算術も出来るみたいで、冒険者ギルドでは有望株と見られてました」
リディアとフェルナンドがそれぞれレオの事を話す。
「フレデリカもレオも他人から悪く言われるような人物じゃないと思いますよ。あるとすればフレデリカやレオに横恋慕してるやつくらいでしょうね、まあ意外と多いんですけど」
そう言ってハハハと笑うマチアス。
レイフはメンバーの表情を見て、多分誰も嘘や誤魔化しを言ってない事を理解した、どうやらフレデリカ様もレオ殿も聖女、聖騎士として相応しい人物のようだ、と。
そしてそれならば尚の事、エメリー家がしっかりとバックアップせねばと思うのであった。
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