28.聖女候補


 翌日、村を出て街への帰路、帰りは馬に乗りゆっくりとした道のりだった。


 馬に乗るときには、フレデリカとレオは昨夜のようなぎこちなさは取れたように見受けられた。

 そして今までと同様に1頭の馬に2人で乗り、手綱はレオが握っていた。


 フレデリカは始めレオにもたれ掛かるのを遠慮していたがやはりバランス取りが難しく、危なっかしいのでレオが声を掛け、以前のようにレオに背を預けるように戻った。


 以前と同じ様にレオの胸に背中を預けているだけだというのに、フレデリカは全く違う感覚を味わっていた。

 レオの大きな身体、逞しい胸板、レオの暖かさ、レオの匂い、そして顔の距離。

 その全てが全く違うものの様に魅力を感じ、心臓が早鐘を打ち、暫くは安心より緊張が上回っていた。


「そういえば……昨日の夜の事なんだけど」


「んー?」


 フレデリカがレオの胸でやっと落ち着いていた頃、レオが声を掛けてきた。

 それは昨夜の恋人同士で話を合わせた件だった。


「あ、あー、あれは……エリザがちょっとしつこくて、それでなんか言い逃れも出来なくて、いっそそういう事にしちゃったほうが楽かなと思って……ごめん、迷惑だったよな」


 フレデリカが申し訳なさそうに謝る、勝手に恋人同士としてしまった事を気にしているようだった。

 レオにとっては別に嫌な事でもなんでもなく、むしろ嘘でもその形として広めてフレデリカにちょっかいを出す男を減らしたいと思っている。

 それに本音としては本当の恋人同士になりたいと思っている。


「いいよ別に、2人一緒の時間が多いからそういう事にしたほうが良いと思うし。それにもし聖女になるなら今後はもっと昨日みたいな事も増えそうだし、ね」


「……あ、そ、そうだな」


 フレデリカは昨日のキスを思い出し、顔を真っ赤にして俯いた。


◇◆◇


 3日目の昼過ぎ、少し早いが野宿の準備に入った。街から村への行程は駆け足で2日目の夜には到着する距離である、村から街へと戻る行程も少し急げば3日目の夜には街に着く距離だった。

 あえて時間をかけるようなそのフェルナンドの決定に誰1人と異を唱える者はおらず、それはまるでパーティ全員がフレデリカとの別れを惜しむかのようだった。


 フレデリカとレオは街に近づくに連れて離れたくない気持ちがより強くなり、馬に乗っている時は言葉少なく、身体を寄せ合うようにして、残り少ない時間を噛みしめるようでもあった。


 魔物の襲撃があった時などは、フレデリカは大義名分を得たとばかりに過剰にスキルを発動させ、戦闘後はレオと手を繋ぎ腕を抱き寄せ、浸っていた。


 いつもならイチャつき過ぎると注意するマチアスやエリザもこの時ばかりは何も言わなかった。


 その日の夜から翌日、街が見えるまでの間、2人は冒険に出てからの事を思い出し、語り合った。


◇◆◇


 4日目昼過ぎ、エメリー街に着いた。


 冒険者ギルドでクエスト達成の報告とフレデリカの件を報告する。

 すると受付のジーナはパーティ全員を奥の部屋へと案内した。


 部屋で待つ事暫し、ジーナが戻ってきて、その後ろに執事のような者がいた。

 その執事の胸には家紋が入っており、それはこの街の領主、エメリー家の家紋であった。


 素早く立ち上がり姿勢を正すフェルナンド、リディア、マチアスのCランク冒険者3人。

 そしてアーロン、エリザ、フレデリカ、レオにも立つよう指示する。


「私はエメリー家の執事に過ぎません、そこまで畏まられても困ります。それで、この中に聖女候補様がいらっしゃるとお伺いしました、それは間違いないですね?」


 エメリー家の執事が女性3人に目を向け質問する。

 フェルナンドは頷き応えた。


「はい、私はこのパーティ"明けの明星"のリーダーをしているフェルナンドです、そしてこちらのフレデリカがそうです。彼女は強い【治癒】を持っています」


 執事がフレデリカを見定めるように見据え、ニコリと微笑んだ。


「フレデリカ様、そのお力をお見せしてもらってもよろしいでしょうか?疑うわけではありませんがまれに聖女を騙る者がおりますので、これは必要な事なのです」


 当然の事だと言える、聞伝えだけで信用する事は出来ない。

 また嘘ではなくとも力が足りない事も十分にありうる、その力を見せる事で聖女足り得るか見定める必要があった。


 パーティ全員と執事とで待たせてあった馬車に乗り、街で一番大きな診療所へと向かった。


 そして診療所へ着き、重症人のエリアへと向かう。

 そこには部位が欠損している者、大きな傷を負っている者、呼吸をしているだけの者、病気を患っている者などが十数名おり、そこは端的に言えば治る見込みの無い者のエリアだった。

 一般的な【治癒】では治せない症状ばかり、それをある程度の人数を治せれば十分に聖女足り得るのだった。

 

「それではフレデリカ様、お願いしてもよろしいですか?」


 フレデリカに考えがよぎるが頭を振ってそれを否定した。

 それは、ここで手を抜き、弱い効果を発動させる事だった。

 しかしそれをしてしまったらここに一緒に来ているパーティメンバーには分かってしまうし、嘘だったとなると迷惑をかけてしまうだろう、そんな事は出来ない。

 やるなら本気だ、と決心する。


 レオがある事に気付き、フレデリカに耳打ちする。

 フレデリカはハッとし、レオを見て頷き、執事に話す。


「執事さん」


「おっと、これは失礼しました、私の名はイアンと申します。何か問題でも起きましたか?」


「イアン……さん、一つお願いがある、俺の【治癒】はその反動で消耗が激しいんだ、だから……その、回復のために俺とレオの2人きりになれる部屋を貸して欲しい、それで出てくるまで待っててくれ」


「フレデリカ様とレオ様の……?ふむ、良いでしょう、では空き部屋を一つ準備させます」


 フレデリカは人数や治した重症度合いに応じて消耗する、そしてそれを癒せるのはレオだけとなる。

 そして出来ればその行為は人に見せたくない、だから2人きりになれる部屋が必要だった。


 空き部屋が準備され、カギをレオが受け取る。

 レオがカギを受け取るのを見届けたフレデリカはレオと頷きあい、杖を手に【治癒】を発動させた。


 杖が光を放ち、フレデリカから光が広がる、そしてそのエリアをすっぽりと包み、重症人の他にも執事のイアンやパーティメンバー、そこに居た職員なども光に包まれ光り輝いた。


 全ての重症人の傷が治り、再生し、病気までも回復を見せた。

 そして執事や職員、パーティメンバーの傷や怪我、病気も治り、活気が溢れてくる。


 光が収まる頃、フレデリカはそこにおらず、レオがフレデリカを抱えて空き部屋へと移動していた。


 執事が自身の身体を見、周りを見て驚く。


「これは……凄いですね。聞いていたものより強い効果です。それに【治癒】であるにも関わらず病気まで治っている、それに我々の活力まで……本物を初めて目にして感激しました」


 本来の、いや通常レベルの【治癒】は軽い傷や怪我を治すだけのスキルで病気を治すのは【浄化】と言われている、しかしフレデリカの【治癒】は病気すらも治してしまった。

 それは常識の範疇を超えた、まさに聖女と呼ばれるにふさわしいものであった。


「これは【治癒】と同列に扱わず【聖女の癒やし】と呼ぶべきでしょうね」


 重症人がいたこのエリアは大騒ぎになっていた、そこに居る全ての人が回復、再生し、活気まで戻ったのだ、治らないと言われていたそれが治ったその奇跡に、身体全体で喜ばない者はいなかった。


 念の為、全ての対象者の症状を確認し、回復具合などを調べた結果、やはり全ての人が完全に回復しており、あらためて聖女の奇跡の力だと実感させられた。


 そして全ての患者の症状確認が終わっても、フレデリカとレオは部屋から出てこなかった。

 執事のイアンは催促するような事はせず、ただ待ち続けた。


 フレデリカは王都で正式に聖女として認定されるまでは聖女候補だ、しかし執事はフレデリカを聖女として心から認めており、信じて待ち、邪魔はすまいと思っていたのだった。


 そして【聖女の癒やし】から3時間ほど経って、部屋からフレデリカとレオが出てきた。

 その表情は疲労を微塵も感じさせず、回復した面々と同様に活気に溢れていた。

 違う所があるとすれば2人の息が少し荒く、顔が上気している事くらいだった。


 執事が声を掛けるより早く、病人達がお礼を述べた。


「聖女さま!ありがとうございます!この御恩は一生忘れません!」


 各々がそのような感謝の言葉を述べ、涙を流していた。


 フレデリカはなんと応えて良いか分からず、ただ困惑していた。


「フレデリカ、皆治ったんだ、フレデリカが今どう思っているか、それを伝えて応えればいいんじゃないかな」


 レオのアドバイスで難しく考えすぎていた事に気付き、素直な気持ちを伝える事にした。


「皆が治って良かった、俺も嬉しいよ」


 そう言ってニコリと微笑み、軽く手を振った。

 そして起こる大歓声、その言葉に感激し、聖女さまと叫び跪く人々、それはまさに聖女を慕う人々の姿だった。


 その騒ぎから一段落した頃、執事のイアンが口を開いた。


「フレデリカ様、いえ、聖女フレデリカ様、私の想像を遥かに超えるお力をお見せ頂き、さらには私どもまで治して頂き、感謝の念に堪えません」


「いえそんな、俺はただ使える力を使っただけで……」


「それでも、です。フレデリカ様のスキルは【治癒】の枠を超えています、区別する為に【聖女の癒やし】とお呼びさせて頂きます。本来は王都で正式に任命されるまではあくまで聖女候補として扱うべきなのですが、私は貴方様を聖女フレデリカ様として対応させて頂きます。それほどまでに私は感動しました。それに待っている時間で明けの明星の方々にもお話をお聞きしましたが、人格的にも信用出来る人物とお見受けしました、これから先、どこまでになるか分かりませんが、最大限の敬意を持っておもてなしをさせて頂きます」


 執事は深々とフレデリカにお辞儀をし、約束した。


「そしてレオ様、貴方様も……いえこれは領主様からのお言葉をお待ちします、私が述べるべき事ではありませんでした。レオ様、失礼しました」


 レオにも同様に深々とお辞儀をした。


 その後、領主の館へパーティ全員で馬車に揺られて向かうのだった。

 診療所での別れで元病人達は馬車が見えなくなるまで手を大きく振って、感謝の言葉を述べるのだった。

 リディアの応えてあげたら?という言葉で、馬車から手を振ると、さらに歓声をあがるのだった。


「これは……想像以上に凄い事になりそうだな」


「聖女と一緒のパーティだった事が自慢になるな」


 マチアスとアーロンがそう言うとフレデリカが口を尖らせた。


「やめてくれよ2人とも、俺はそんなのガラじゃないぜ」


 フレデリカはそう言うがレオを除いたメンバーは分かっていた。

 執事の驚きと変化、病人達の騒ぎ様、そしてフレデリカが部屋から出てくるのを待つ時の雰囲気。

 さらにフレデリカの見た目と声の良さが拍車を掛けた。

 それは間違いなく、貴族や王族のような権力者とは異質の、自分たちとは違う上位の存在。

 聖女への憧れ、心酔、偶像化、神格化、本人の意思とは関係無く、そういう対象、存在へなるだろう事を感じていた。


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