27.偽りの恋人


 無事にオーク討伐クエストが終わり、村への帰路、フレデリカとレオはあれ以来、言葉を交わす事も、顔を合わせる事も出来なかった。


 レオはキスをしてしまった事を何度も思い出し、恥ずかしく、嬉しく、フレデリカに申し訳ないと思っていて、なんと話していいか分からなくなっているのだ。

 フレデリカは元男で、僕達はフレデリカを男に戻すため、呪いを解くために冒険者になったはずだったのに、好きになってしまったのはともかく、キスまでしてしまうなんて、絶対にフレデリカに嫌われただろう、と、そんな風に思っている。


 フレデリカはフレデリカで、レオにピンチを助けて貰った事でより好きに、キスされた事も始めは驚いたがその活力まで溢れる心地よさに全てを委ねたくなるほどで、リディアに止められなければ何時まででも続けられたと思うほどだった。

 しかし段々とレオとキスしたという事実に恥ずかしくなり、レオの顔を見られないでいた。

 そしてレオの悩みと同様に旅の目的、呪いを解いて男に戻る、という事からレオに対する好意を表す事は出来ない、と思っている。

 【治癒】を使った事は後悔していなかった、むしろあそこで使わずに何処で使うのか、と大きな胸を張って言えるほどだった、ただこれで"聖女"なんて呼ばれるようになるのは嫌だなと思う程度だった。


 お互いに何かを話そうと相手の顔を見るとキスが脳裏に浮かび、思わず顔を背けてしまう。

 そんな事を何度も繰り返していた。


 フレデリカは真っ赤になった顔を両手で覆っていて、それはまさに女の子の仕草だった。

 リディアが見れば良い感じに女の子になって来たねえ、なんて揶揄っていただろう。


 そのリディアはエリザと一緒に後方で救出した女性3人の面倒を見ていた。


 そして村長へのクエスト達成報告が終わり、翌日朝の出発が決まった。


◇◆◇


 その日の夜は酒場でパーティメンバー全員で卓を囲み、今日のクエストを振り返っていた。

 そうなると当然話題の中心はフレデリカとレオの事となる。


「俺が苦労してたオークキングをまさか一撃で斬り伏せるなんて、レオは想像以上に強かったんだな、凄いぞ」


「実はあの瞬間に【超強化】が発現して、それでなんとか倒す事が出来たんです、そうでもないと一撃なんてとても無理でした」


 フェルナンドは元々大盾で敵を引き付けたり、防ぐのが役割なので攻撃力はそこまで高くない、そしてそれを差し引いても【超強化】込みだとはいえ一撃でオークキングを倒したレオは凄い事をしたのだが。

 実はフェルナンドも吹き飛ばされたとはいえオークキングの一撃を大盾で無傷で耐えたのだから十分に凄いのではあるが。


 そしてレオは赤の加護【超強化】が発現した、とはいえ【超強化】があればそれだけで一撃で倒せるわけでは無い。元々の強さの下地があっての事なのだ。


 赤の加護【超強化】とは、身体中が燃えたぎるように熱くなり、極短時間の大幅な身体能力の向上が起こるスキル。

 それがレオという下地にフレデリカの【身体強化】と相乗効果でレオの身体能力が爆発的に強化され、一撃でオークキングを袈裟斬りに出来るほどとなったのだ。


「なるほどなあ、愛する恋人の窮地を救う為に発現したってわけだ、加護も粋な事するねえ。俺もなんか発現しねえかな」


 アーロンが揶揄い半分で言うとレオは慌てて否定した。


「いえ!そんなんじゃないです!……ただフレデリカを助ける事に必死になったら偶然発動して、無我夢中だったので……」


「それの何が違うんだよ。それにアーロン、お前みたいに色んな女に手を出してたらそりゃ発現しねーよ、これを機に一途になってみたらどうだ?」


 マチアスがアーロンを茶化す。

 客観的な事実として、周りの認識としては好きな人を助ける為で何も間違っていないし、レオも本心ではその通りだと思う、しかしフレデリカの手前、それを肯定する事は出来なかった。


「なるほど一途か、って違うぞマチアス、俺はその一途になれる女を探す為に色々な女を見て回っているんだからな!」


 その言葉にマチアスやフェルナンド、リディアやエリザも、打つ手無しとばかりに呆れた顔をしていた。


 ちなみにフレデリカはアーロンの揶揄いから終始顔を真っ赤にしてレオから顔を背けていた。


「レオくん、もう隠さなくて良いんだよー、2人が恋人同士って事はフレデリカちゃんから聞いたんだから」


 それはエリザの発言だった。

 当然エリザに悪気は無い、ただ昨夜にフレデリカから聞いた事実をそのまま述べただけ、のつもりだった。


「え!?」


 レオは慌ててフレデリカを見ると、フレデリカは顔を背けたまま両手で顔を覆っていた。


「……え、それは……どういう事ですか?」


 付き合ってるなんてフレデリカが言うはずが無い、そう思っていたレオは事態が飲み込めず聞き返すしか無かった。


「2人は隠してたつもりだったんだろうけど、バレバレだったからね、昨日の夜にエリザに問い詰められたフレデリカが白状したんだよね、恋人同士だ、って」


 ウィンクでレオに合図を送りながらリディアが説明する。

 それは、"合わせろ"という意味だったのだろう。


「え、えーと……」


 リディアの意図を測りかねるレオは辺りをキョロキョロと見回すと、フレデリカを除いた皆が一様にレオを見ていた。

 そしてフレデリカは両手を合わせて、ゴメン、とでもいうかのようなポーズを取っていた。


 それを見てやっと察したレオは仕方ないなという風に応える。


「なるほどそういう事なんですね、ええ、僕らはまあ、その、……付き合ってますよ」


 エリザとリディア、そしてフレデリカの反応を見る限り、エリザに問い詰められたフレデリカはそう答えるしか無かったのだろう、そしてとりあえず恋人同士という事にした、と。

 まああれだけ手を繋いだり、いつも一緒ならそう思われても仕方が無い、それに今日は皆の前でキスまでしたんだ、フレデリカの答えがすんなり受け入れられるのも不思議じゃない、と思うレオだった。

 それにこの状況はレオにとっては好都合と思えた、恋人同士だって話が広まればちょっかいを出してくる男も減るかも知れない。


「うん、だからね、前からバレバレだったんだって、少しも隠す気無かったよね?」


 皆呆れ顔である、リディアとフレデリカを覗いて、だが。


 そして当のフレデリカはレオが恋人同士だと肯定した事が思いの外嬉しかった。

 それは嘘だと、皆を誤魔化す為の振りだと分かって答えたはずである、それでも嬉しかった。

 その嬉しさはレオに謝りたい気持ちを大きく上回り、頬が上気し、ぽーっとレオを見つめてしまうほどに。


 レオが自分を助けたい一心で必死になってくれた事、オークキングを倒した事、その後もオークキングの最後の一撃から身を挺して守ってくれた事。

 以前なら情けない不甲斐ないと思っていたはずの事がそう感じず、まるで騎士に守られている姫のように感じた、ただの恋する乙女のような思考であった。

 レオが俺を守ってくれている、そして恋人だと認めてくれた、嬉しくないはずが無い。


 いつ頃からか、レオの事を好きだと気付いてからだろう、自分でも思考が以前と変わっていってる事には気付いていた、以前の自分なら否定していたその思考に。

 だけどそれに気付いた所でレオに対する想いが変わるわけじゃない、好きなものは好きなんだからしょうがない。


 しかし、お互いの気持ちはお互いを向いているのに、決定的にすれ違っていた。

 それはまさに呪いであった。

 男に戻りたいという呪い、それを行動原理にしている呪い、言葉にした呪い、呪いが解けるからこその呪い、元男という呪い。

 お互い相手を思うが故だった。


 しかしそれがあったからこそ、今のような関係になれたともいえて、悪い事ばかりでは無いのだがその呪いのせいで決定的な一線を超える事が出来ないのであった。


 2人は、自分の気持ちを胸の内に抱えたまま過ごすしか選択肢が無いように思えた。


◇◆◇


 そして話題はフレデリカの【治癒】の話へと移った。


「それにしてもフレデリカの【治癒】は凄かったな、【治癒】自体は見た事があったが、全く、あれは凄かった」


「フレデリカなら【身体強化】も【白の防壁】も見た事が無いレベルだったからな、【治癒】があるならそりゃそうだろうな、という効果だったな」


 アーロンが関心を示すとマチアスがそれに同調する。


「折角強力なメンバーが入ったと思ったんだがな、聖女なら仕方が無いが」


 フェルナンドがそう言うと少し空気が重くなる。

 【治癒】を持つ者が見つかった場合はギルドなどへの報告が義務化されており、聖女と認められればパーティからは離脱するしかない。

 今回は何人にも見られているので誤魔化す事も出来ない状況だった。


 フレデリカとレオは短い時間ではあったがこのパーティに居心地の良さを感じていた。

 それはリディアのような以前からお世話になった人がいるのもそうだったがパーティに所属する前からの付き合いもあり、基本的に良い人たちだと思えたからだった。


「それでレオはどうするんだ?フレデリカが聖女になったら流石に一緒というわけには行かないんじゃないか?出来ればパーティに残って欲しいがな」


「!!」


 フェルナンドの言葉にレオは固まった。


 フレデリカは王都へ行き、聖女としての地位を与えられ、国に貢献する事になる。

 当然それについていく事など出来ない、冒険や旅で行くのではない、考えれば当たり前の事だった。

 レオは今まで無意識にそれを考えないようにしていたが、突き付けられる事になってしまった。


「別れるのが寂しい気持ちは痛いほどに分かる、けどこればっかりはな」


「そ、それは……」


 アーロンの言う事はもっともだ、どうしようも出来ない事だ、だけど。

 レオは言葉に詰まってしまった、別れるなんてまだ早い、まだ僕らはDランク冒険者になったばかりで、まだ全然冒険もしていないじゃないか。それなのに。

 手の届かないところへフレデリカが言ってしまうなんて、考えたくもなかった。

 子供の様に駄々をこねたかった。


 頭が真っ白になったレオは下を向いた。何も考えられない。


 重くなった空気を払拭するように、突然フレデリカが立ち上がり、震える声で言い放った。


「俺が聖女になる事を条件として、いつもそばにレオに居て貰うようにお願いする!」


 別れたくない気持ちはフレデリカも一緒だった、やっと気持ちに気付いたのに、これから沢山冒険をして、思い出を作りたかったのに。

 なんとかしてレオと一緒にいたい、だからお願いする!それくらいしか思いつかなかった。


 レオは顔を上げてフレデリカを見た、フレデリカはレオを見てニコリと笑い、サムズアップするのだった。


「そんな事言ってもな──」


 何か言おうとしたマチアスの口をリディアが塞いだ。


「うん!フレデリカならきっと出来るよ、応援してるから頑張って!」


「ありがとうリディア!俺が頑張って交渉してみるよ。だって聖女だもんな!」


 フレデリカの決意を後に、その後は別の話題へと移り、遅くまで飲み、宿に戻った。

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