26.【治癒】


 何体のオークを斬ったか、オークは偵察で見えていた数より遥かに多く、倒した数だけでも20を超えていた。

 レオが息を切らせながらもちらとフレデリカを見ると、その姿には疲労が見えていた、あのままでは早々に防壁が破られるだろう、時間は無い。


 フェルナンドはオークキングの下半身を集中して攻撃し、ダメージを与え続けていた。

 オークキングはまとめてなぎ払おうと大振りの横なぎでムキになって攻撃を続けていて、もうフレデリカには余裕は無く、疲労も限界だった。


 膝をつき、限界を見せるフレデリカを見たフェルナンドはオークキングの横なぎに対し、防壁より前に出て、その大楯で全身に力を込めて横なぎに構えた。


 ドンッ!!と鈍い音がして、大楯毎フェルナンドは吹っ飛ばされた。

 オークキングは吹っ飛ばされたフェルナンドには目もくれず、もう一度大きく振りかぶり、横なぎに攻撃を仕掛けてきていた。


 ガキンッ!!


 横なぎが弾き返されたがキン!という甲高い音と共にとうとう防壁は壊された。

 オークキングはニヤリと笑い、もう一度横なぎを繰り出そうと振りかぶった。

 確実に仕留めようとしている。


 もうフレデリカは一歩も動けない、座り込み、力無い瞳でオークキングを睨みつける事しかできなかった。

 もう終わりを覚悟していた。

 そして思う、ああ、これで終わりか、レオ……レオ、せめて逃げてくれよ、と。


 そして観念し目を瞑る。




「フレデリカッ!!」


 聞き馴染みのある声が聞こえた。

 幻聴かと思い、目を開け、そして、幻かと。


「ウオォォォ!!!」


 その声の主は、フレデリカの頭上を飛び越え、オークキングの目を突いて動きを止め、そのまま肩口から【火焔剣】で袈裟斬りに切り裂いたのだ。


「フレデリカ、大丈夫?怪我は無い?」


 剣を引き抜き、オークキングを倒した事を確認すると振り返り、いつもの優しい表情でフレデリカを見つめ、ニコリと微笑む。


 それはフレデリカにとって、絶体絶命から救い出してくれた英雄で、唯一無二の親友で、何より大切な想い人だった。


 大粒の涙を流し、顔をぐしゃぐしゃにして、レオに飛び付いた。

 レオはフレデリカの綺麗な金髪を優しく撫でる。


「良かった、フレデリカが無事で、君のお陰で他のオークを殲滅する事も出来たし、助かった、ありがとう、よく頑張ったね」


 フレデリカは何も答えられなかった、ただ感無量で、感情が溢れて、レオの胸で泣いていた。


 なんとか意識を取り戻したフェルナンド、そしてアーロン、さらに囚われた女性を救出したリディア、マチアス、エリザも駆けつけて来て、辺りの光景を目に絶句していた。


 想定より遥かに多数のオーク、そしてオークキング、この規模は明らかにDランクの依頼では無い事は明白で、討伐できた事が奇跡と呼べた。


 少しの静寂と誰かの唾を飲むゴクリという音が響いた。



◇◆◇


 静寂の中、ピクリとわずかにオークキングに反応があった。

 そして武器を握ったままの右腕が薙ぎ払われた、それはフレデリカを狙ったもので、オークキングのタフネスさから来る最後っ屁だった。


「!!」


 即座に反応したレオがフレデリカを突き飛ばし、前に出てバックラーで受け止める。

 まともに受け止めたレオは左腕がバックラーごと砕け、吹っ飛ばされる。


 そのままオークキングは動かなくなり、完全に停止した。


 フレデリカは初め何が起きたのか理解できなかった。

 突然レオに突き飛ばされ、尻餅をついて、レオを見るとレオが大剣で鈍い音と共にスローモーションのように腕が砕ける様やそのまま飛ばされる様を見せられたのだ。


 理解出来ない、いや、したくない。

 もう討伐が終わったはずだ、もうオークキングは倒されたはずだ、なのになんでレオの腕が砕け、酷い目に遭っているんだ。おかしいだろう!


 リディアがレオに駆け寄る。

 レオの左腕はもちろん、体も、内臓もやられているだろう事は見てとれた。

 これは助からない、リディアだけでなく、他のメンバーも同様に感じた。


 遅れてフレデリカがレオに駆け寄り、抱き抱える。


「レオッ!なんでッ!」


 レオはそれには答えず、ただか細い声で


「……フレデリカが無事で、良かった」


 それだけ言って、口から血を吐いた。


 その瞬間、フレデリカに周りは見えなくなった。

 レオしか見えない。

 今自分の身体は疲労の極限にいる、ここで【治癒】を使うとこの後自分がどうなるか、……そんなの構うものか!レオを無くす事と比較できるか!


 レオは殺させない!俺なら助ける事が出来る!

 他人の前で使わない約束なんてクソ喰らえだ!


 杖を構え【治癒】の発動、杖が光り、そしてレオの身体が光に包まれて輝いた。

 腕が、内臓が、骨や皮膚が再生していく。

 そして生気が戻り、元気になっていく。


 その【治癒】の奇跡を目の当たりにしたリディア達はただ驚愕し、言葉を失った。


 フレデリカに抱き抱えられたままのレオは目を覚まし、フレデリカに目をやるとフレデリカは今にも倒れそうな顔色をしていた。


「あ……レオ……良かった……」


「フレデリカ……なんで……」


 フレデリカは応えず、目を瞑り、気を失った。


 今までのように沢山の人を直した時ほどじゃない、だけど十分に危険に思えた。

 レオは直ぐに手を握り、朝のような強い反応が起きるがフレデリカは全く反応がない。


 レオは考えていた、以前は裸で触れ合い、一晩かけた、手を繋ぐとそれ以上に回復が早い、それ以上の回復を求めるなら、次に試す事は……。


 桜色の唇は柔らかそうで、艶があり、自分の唇ごと引き寄せられそうだ。

 それを、フレデリカの了承を得ずに勝手にしても良いのだろうか、いや、良いはずが無いに決まってる。

 だけど、こんな状態のフレデリカを頬って置く事なんて出来ない。

 レオは覚悟を決め、フレデリカの両頬に手をかけ、そのままキスをした。


 唇が触れ合うだけの優しいキス、だけどそれは効果覿面だった。

 今までとは比較にならない程に活気に溢れてくる、フレデリカの顔もみるみる生気が戻っていく。

 

 いつしか恋人繋ぎで握り合い、手と口からとでフレデリカは生気を取り戻した


 ただ、止め時がなく、唇を啄み合い続けていた。

 これはただのキスではない、身も心も生気を活性化させる行為なのだ。

 その心地よさに2人は行為に没頭していた。


 そこへ声をかけられる人物など、1人しか居ない。


「はい、2人ともそこまで!続きは戻ってからにしようね!」


 満面の笑みを浮かべるリディアである。

 もはや少し前まであった悲壮な空気は微塵も無く、ただ、いたたまれない空気があるだけだった。


 他のメンバーはオーク討伐の証を回収したり、帰り支度をしていた。


 リディアに声を掛けられやっと我に返った2人は、慌てて離れ、お互いが反対方向に身体を向ける。


「ご!ごめん、フレデリカ!そ、その……もしかしたらこれなら効果があるかもって思ったんだ!別に、そ、その、やましい気持ちがあってしたわけじゃないから!信じて!」


 レオは早口で捲し立て、弁明をする。


「俺こそゴメン、約束破って皆の前で【治癒】使っちゃって。それにその……別に俺は……嫌なんかじゃ……」


 フレデリカも約束を破ってしまった事を謝った、がその後に続く言葉は声は小さく、幸か不幸か誰の耳にも届かなかった。

 ただ1人、リディアを除いて、だが。


「全くいつの間に2人はそんな深い仲になっちゃったのか、お姉さん置いてきぼりは寂しいな~」


「ち、違います!これはフレデリカが大変な事になったから!」

「違うって!レオを助ける為に仕方なく!」


「ん~?まあ詳しい話は帰りにでもじっくり聞かせてね。みんなー!こっちやっと終わったよー!」


 リディアが大きな声でメンバーに呼びかける。

 

「よう!お前らは本当にどこでもイチャイチャするとは思ったけどよ、流石にアレはやり過ぎだろ」


 いつものようにマチアスが突っ込むとエリザも同調する。


「フレデリカちゃんが【治癒】……で合ってるのよね?あんなに凄いの使えるなんて知らなかったけど、まさかそのままキスまでするなんてねー、治って嬉しいのは分かるけど、我慢してってあれだけ言ったのに全くもう」


「そうそれだ。アレほどの【治癒】となるとギルドへ報告しないといけない。良いな?」


 フェルナンドが【治癒】について指摘する。どうやら拒否権は無いようだ。


「まあこれだけの人の前でしたんだ、誤魔化す事もできんしな」


 マチアスが同情を込めた瞳でフレデリカを見つつも仕方なしと手を広げた。


「よし!それじゃ撤収するぞ、村へ戻る」

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