24.他人の視点


 フェルナンドとマチアスが戻ってきて明日の討伐について説明し、そのまま宿へ。


 宿は男4人と女性3人という部屋割りとなっていた。

 フレデリカは女だけの部屋に泊まる事に最後まで抵抗し、せめてレオと一緒に!と主張したが却下された。

 事情を知るレオとリディア以外の4人はそこまで好きなのか、と思うのであったがそういう思いでは無いはずである。


 そしてフレデリカとレオにとっては村を出て初めての別室での就寝となる。


「おいレオ、一途なのも良いけど他の女を知る事でもっと好きになるかも知れないぞ、俺が引っ掛け方を教えてやろうか」


 女を引っ掛ける事に失敗したアーロンはベッドで横になりながらレオへアドバイスをした。


「アーロン、レオに余計な事を吹き込むな。レオ、アーロンの言う事は聞かなくて良いからな」


 フェルナンドはリーダーらしくアーロンに注意を促し、レオにも声を掛ける。


「そうだぞ、それにもっと良い女に出会ったらどうするつもりだ」


「おいマチアス、お前の方がゲスな事言ってるぞ」


 マチアスはアーロンのように女に声を掛けまくる人物ではないが、口は余り良くない、しかし依頼主など場所や相手を弁えて話すので切り分けはしっかり出来ており交渉事に長けている。


「レオが一途になるのも分かるけどな、あれだけの美人でスタイルも抜群ならしょうがない」


「ええ、僕にはフレデリカしか映ってないです、それに僕にとっては最高の女性です」


 アーロンに揶揄われながらも自分の気持ちを答える。

 だけど僕たちは、とも思いながらも。


「少し男らしくなったな、レオ」


 マチアスは3ヶ月という時間を経て、レオが自分の気持ちを話せる様に成長した事を逞しくなったと感じた。


 レオは目を瞑りフレデリカの事を考えると、ふと女性だけの部屋へ引っ張り込まれたフレデリカは大丈夫だろうかと心配するのだった。


◇◆◇


 女性部屋ではリディアがフレデリカを問い詰めていた。


「手を繋ぐようになったってほんと?やっと進展があったんだよね!?何かあったの!?」


「何にもねーよ!ちゃんと理由があるんだって!」


 そのやりとりを見ていたエリザは疑問に思った。


「え、まって。フレデリカちゃんとレオくんって付き合ってるんじゃないの?それなら手を繋ぐくらいは当たり前だと思うんだけど」


 エリザは噂との整合性を図る為に疑問を投げかけてきた、酒場での事といい、まるで2人は付き合ってないように答えるからだ、でも2人を近くで見て、そんなはずはないと思っていた。

 リディアは酒場でのフレデリカの曖昧な返事それ自体が今まで変わったと感じていて、そしてフレデリカが事情を知らないエリザにどう応えるかを待っていた。


 少しの沈黙の後、フレデリカは渋々と応えた。


「実は……俺とレオは付き合ってない。同郷の村出身で俺達は親友だけど、そこまでの関係じゃないんだ」


 その答えにエリザは驚く、ギルドでは2人は付き合ってるという噂だったし、その証拠とでも言うように2人はいつも一緒で、仲良さそうに話をしているし、間に割って入れない空気を漂わせている。

 入っていくのは敢えて空気を読まない一部の男とリディアくらいのものだ。

 それに最近はギルドの外では手を繋いでいる所も目撃されていて、一部の冒険者が嘆いているのを聞いた、それに此処にくる最中だって同じ馬に乗って呼吸もピッタリ仲睦まじく、同じ部屋に泊まってるとも聞いて納得したものだった。


 思い返すとどう考えても付き合ってるとしか思えない。


 本人の口から聞いても嘘を付いてるのではないかと思うほどの2人の間柄に見える。

 仮に親友だとして、男女で親友なんてあり得るのだろうか、そしてそこまでの間柄なんて、どう見ても友達のラインは越えているようにしか見えない。

 男同士や女同士でも親友だからとそこまでの関係や空気感を出していたら付き合ってると見るだろう。


 やっぱり付き合ってるとしか思えない、考えた末にエリザは結論を出した。


「ねえ、フレデリカちゃん……それ嘘だよね?本当は付き合ってるんだよね?」


「いや、付き合ってるわけじゃ……」


「だってね、もし付き合ってないとしたら、男女で手を繋ぐ事とか、一緒の部屋に泊まってるとか、レオくんと話す時の声のトーンが他の人と話す時より少し高いとか、いつもレオくんに寄り添うように近くにいるとか、レオくんのフレデリカちゃんを見る目が優しいとか、2人はいつもお互いを目で追ってるとか、恋人同士にしか見えない事が他にも沢山あるんだよ?」


 エリザの言葉を聞いている最中、フレデリカは段々と恥ずかしくなっていった。

 自分達が他人からそんな風に見えていたのかと、今まで自分が意識的にも無意識にもしていた事を他人の口から聞かされ、そのフレデリカ像は完全に恋する乙女で、確かに恋人同士にしか見えなくて、最後は茹でダコのように真っ赤になっていた。

 自分とは思えなかった。いや、思いたくなかった。

 レオを信頼して、信じて、頼って行動していただけのはずだったのに。

 俺はこんな恥ずかしい事を今まで平然とやっていたのかと思わずにはいられなかった。


「その反応……やっぱり恋人同士……なんだよね?」

 

 猛烈に恥ずかしい、しかしふと思った、これはチャンスかも知れないと。

 今なら恋人同士という事にしておけば面倒くさい男達から絡まれる事もエリザから聞いた自分達がしている恥ずかしい行いも、全部正当化出来るじゃないか。

 もうすでにめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしているならこれくらい対した事じゃないし、誤差だよ誤差!そう思い切って吹っ切った。


「……あ、あ~やっぱりバレちゃったかあ、実は付き合ってるんだよな」


 その言葉にリディアは驚き、そして直ぐに満面の笑みを浮かべ、エリザはやっぱりねという表情へと変わった。


「やっぱりそうなんじゃない!皆そう思ってるから隠す必要無かったのに」


「いや、なんか恥ずかしくて……」


「……そうだね、公にするのって確かに恥ずかしいかもね」


 うんうん、と納得するエリザを見て、フレデリカは一気に気が楽になった、一度認めてしまうと恥ずかしさも消えてきて、これならもっと早く言っておくべきだった、と思い始めていた。


「だからあんなにレオくんと同じ部屋に泊まりたかったのね、納得かな。でもパーティでの行動中は少し我慢してね」


「ああ、うん、我慢するよ」


 その後もおしゃべりは続き、話の中心はレオの事だった。

 この3ヶ月の間の出来事を、レオがしてくれた事を沢山話し、盛り上がった。


 それはフレデリカにとって、この3ヶ月でのレオとの思い出を心に刻み込む時間でもあった。


 リディアは、段々と饒舌になっていくフレデリカを慈しむような瞳で頷きつつ眺め、その幸せそうな顔を見て扉が開いたと感じ、表情には出さないが気分が高揚し歓喜に溢れていた。



 就寝する時間となり、フレデリカは横になる。

 レオと恋人同士、その言葉を噛みしめると段々と気分が高揚してくる、なんだろうか、この胸の内から来るふわふわとした暖かい感覚は、もしかして嬉しいのだろうか。


 いやいや!恋人同士というのは嘘だから!それに男同士とかあり得ない。それにレオだって嫌なはずだ、あいつは優しいから言わないだけだ、勘違いするな!

 それにさっき酒場でエリザに恋人同士って言われた時は即答で違うと言ってたじゃないか!

 そう、レオだって俺みたいなのと恋人同士と言われたら嫌な気持ちになるに違いない、他の男達と違って俺が男なのを知ってるんだから。

 レオは同じ村出身で、親友だから、一緒に活動してるから…………だから嫌々でも合わせてくれているだけだ。


 3ヶ月を振り返り、言葉にしてやっと気付いた。

 レオはいつも、優しくて、頼もしくて、見守ってくれて、助けてくれた。


 でもそれは、弱くて足を引っ張っている俺を気遣い、目が離せないから、じゃないだろうか。

 自分じゃ何も出来ない癖に、レオに頼り切ってる癖に、俺のせいで。

 そう、多分そうだ。


 暖かい感覚は無くなり、胸がきゅうと切なくなる。

 まぶたを開けてもそこにレオは居ない。


 レオ、気付かなくてゴメン。

 でも、それでも俺はお前にそばにいて欲しいんだ、足を引っ張っても、弱くても、レオと一緒に居たいんだ。

 図々しすぎて嫌になるけど、それでもレオと。



 フレデリカは今までもレオと一緒に居たいという感情に気付いていたが、それは心から信頼してるからと思っていた、いや、思い込んでいた、あくまで親友として。

 しかし今夜、もしかして俺は、と気付いた。

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