21.2度目の奇跡
フレデリカ達と食堂で合流する少し前、リディアとマチアスは2人で話し合っていた。
それは昨日の夜、ソーンバッファローの肉祭りが行われている最中、診療所で起きた奇跡についてだ。
ライリー村で起きた奇跡と同じ様に眩しい光に包まれ、重症者の傷が回復、再生し、元気になったという事だ。
それはまさに奇跡としか言い様が無く、それを目の当たりにした者でも始めは何が起きたのか把握出来ないほどだった。
ライリー村の奇跡は後に冒険者ギルドで調査を行ったが結局ハッキリとした事は判らず仕舞いだった、可能性の一つとして【治癒】が上がったが村に居た【治癒】使いにそこまでの力を持つ者はおらず、そのような冒険者を見た者はいなかった。
そしてまた此処でも同じ事が起きた。
1度なら奇跡で済ます事も出来たが、この短期間で2度も起きたとなると奇跡では無い可能性が高いとリディアもマチアスも感じた。
しかも今回は強い白の加護の力を持つ者がすぐそばにいる、フレデリカは白の加護を受ける者でそのスキルはどれも今まで見た事も聞いた事も無い程に強い効果を持っている、もしフレデリカに【治癒】があればそれくらい可能なのではないか、と言うのが2人の見解だった。
「【治癒】を使う者が1人もいない、白の加護持ちはまあ、村人含めるとそれなりだが効果が強いとなるとフレデリカしかいない、【治癒】を持っているとは聞いていないがな」
「もしフレデリカだとしたら、奇跡と呼ばれる程の事が起きても不思議じゃないのよね」
「そうだな、というか、あれほどの事が起きたんだ、可能性が奇跡しかなかったのが、奇跡かフレデリカの【治癒】のどちらか、となればそりゃ【治癒】の方が納得する」
「ふーん、マチアス、もしフレデリカが【治癒】を持ってて、回復させたのだとしたらどうするつもり?」
「フレデリカがした、と言うならギルドに報告する義務がある、【治癒】は持ってないと言うならそこまでさ、それ以上追求するつもりは無い」
「私としてはフレデリカが聖女として祭り上げられて国に持っていかれるのは嫌なんだよね。フレデリカとレオには幸せになって欲しいと思ってるし」
でもきっと聖女になる方がフレデリカの名を上げる事になるんだろうけどね、とリディアは思った。
男に戻るどころじゃ無くなるだろうけど、とも。
「まあ聖女として国に招かれて大事にされるわけだから別に良いんじゃないかとも思うけどな。大勢の傷を癒す聖女様、そしてあれ程の美貌だ、口の悪ささえなんとかすれば国の象徴としても大活躍だろうぜ」
そう言うマチアスをリディアは膨れっ面で見てため息をついた。
「分かってるわよそんな事、私達と一緒にいるより聖女になった方が色んな人達の役に立てるって事は、でもそれじゃあ……」
「ま、全てはフレデリカ次第だ、馬鹿正直で無い事を祈るよ」
◇◆◇
「おうフレデリカ、丁度良いところに来た」
「おはようフレデリカ、調子はどう?」
話が終わり一段落ついた頃、タイミング良くフレデリカとレオが食堂に現れ、マチアスが声を掛ける。
「おはようリディア、マチアス。なんかすげえ調子良いんだよな、レオのお陰かもな」
「お?まさか昨日はレオが頑張ったのか?」
「ああ、レオがな……ん?ってちょっと待て!そう言う意味じゃねえ!」
「照れるな照れるな、全くレオが羨ましいぜ」
「違うっつってんだろ!な、レオ!そういう関係じゃねえって言ってやれ!」
「う、うん、マチアスが思っているような事はしてないよ」
フレデリカとレオは裸で抱き合っていたので、当たらずとも遠からずではあるのだが。
心底意外そうな顔をしてマチアスが驚く。
「え!?なんだお前ら、まだだったのか、てっきりそう言う関係だとばかり」
「だから何べんも違うって言ってただろ!」
「ただ照れてるだけかと思ってたぜ。っと、話が逸れたな、実はフレデリカに聞きたい事がある」
「ん?なんだよ」
マチアスは昨日の夜に起きた奇跡をフレデリカとレオに話した。
奇跡の事、強い力を持つ【治癒】使いでないと同じ事は起こせないだろうという事、そしてもしも【治癒】使いなら聖女として国に仕える事になるだろう事まで、それはまるでフレデリカに否定して欲しくて話しているようでもあった。
フレデリカもレオも話を聞いてる時に少し挙動不審になったように見受けられたが取り乱す事は無く、最後まで大人しく聞いていた。
「と言うわけでな、あらためてフレデリカに聞きたい。【治癒】は使えるか?」
フレデリカは悩む、此処で素直に「使える」と答えてしまえばきっと街に戻り次第聖女として扱われるだろう、と。
しかし嘘をついてしまうのも憚られた、仲間に嘘を付きたくないとも思ったのだ。
レオを見るとフレデリカを見ていた、その目が何を思っているのかまでは分からないが、きっと自分を心配しているのだろう事は分かる。
そうだ、レオと約束したはずだ、この力は他人にはバレないようにしよう、と、であればここはやはり隠し通すしかないと思った。
「【治癒】は使えない。だからその奇跡は俺にはよく分からないな、本当に奇跡なんじゃないのか?」
「そうか、そうだよな、安心したぜ」
リディアもマチアスもホッとしたような表情を浮かべた。
それはまるでフレデリカが否定してくれて安心したかのようだった。
「それじゃあご飯食べたら街に戻りましょうか、私お腹すいちゃったわ」
「あ、僕もです、凄く疲れてて……」
と言ってフレデリカをチラリとみる。マチアスはそれを見逃さなかった。
「……お前ら、本当にそういう関係じゃないんだよな?」
「違いますよ!!」
「違うって!」
◇◆◇
村を出て街への帰路につく。
村へ行くときのように急がず、ゆっくりとした道のりだった。
行きに話をしていた通り、帰りの手綱はレオが握り、フレデリカはバランスを取る為にレオに背中を預けていた。
レオはフレデリカの体の前に手を回し、手綱を握る。
2人で会話し、時々フレデリカがレオを見上げて微笑んでいる様。
それはまるでフレデリカがレオに体を寄せ、レオがフレデリカを後ろから優しく包む、纏わせた空気も合わせて、仲睦まじい恋人同士のようにしか見えなかった。
フレデリカは安らぎを感じていた、レオに包まれて、それは朝に感じた裸で抱きしめ合い、熱さを伴う包まれる感じでは無く、張り詰めた緊張が解れて行くような優しい暖かさだった。
ただ安心して、心が安らぎ、まどろみ、そのままレオの首元に頭を預けて眠ってしまった。
レオは眠りについたフレデリカを慈しむように眺めていた。
レオに身体を預け、安心しきって眠るフレデリカ、それは男の時なら絶対にありえない事で、それもレオにとってはよりフレデリカに惹かれる理由でもあった。
男の時と今のフレデリカの女の子らしい行動の違いをフレデリカだからこそ起きた事と認識し、それが自分に向いている事に喜びを感じ、どんどん彼女に惹かれていった。
それはフレデリカ自身も気付かない内に意識の変化が起こり、それが行動として現れている事の証でもあった。
フレデリカの新たな一面を感じるからこそフレデリカを好きになってしまうのである。
とはいえ全くの別物であったなら好きにはならないだろう、あくまでフレデリクというベースがあってこそのフレデリカで、だからこそ好きになったのだ。
レオは首元に寄り掛かるフレデリカの頭に顔を寄せ、頬ずりするように慈しんでいた。
◇◆◇
村への行程は昼前に出て翌日昼前に着いたが、帰りはゆっくりという事もあり、2泊ほどの野宿を行う予定だった。
帰りの道中は魔物や賊に襲われたりもしたが予定通り2泊野宿して翌日の昼前に街に着いた。
冒険者ギルドでクエストの達成報酬を受け取り、テーブルで分け前を分けた後、リディアは本題に入った。
レオをまっすぐ見据え、問いかける。
「それじゃレオ、返事を聞かせてちょうだい」
「はい、でも……えーと何処か2人で話せませんか?」
リディアはレオの表情を見て、聞かれたく無い事があるのだろうと判断し、受け付けのジーナに声を掛け、個室の鍵を受け取って戻ってきた。
「ごめんねフレデリカ、此処で待ってて」
「ああ、別に良いけどよ……」
リディアとレオの2人で個室に入り、鍵を掛ける。
「さて、それじゃあ聞かせて貰おうかな」
レオは姿勢を正し、緊張した面持ちで話し始めた。
「……ごめんなさい、まだ2人で活動したいと思っています。だから折角のお誘いは嬉しいんだけまだパーティには入れないです」
断られる事を半ば予想していたリディアは頷きつつも質問をした。
「まあそうかなと思ってた。でも聞かせて、何か理由がある?別のとこに入るとかじゃ無いと思うけど」
「はい、何処にも入る気は無いです。それでその理由なんですけど──」
レオは話し始めた。
そのフレデリカに対する気持ちを、好きになってしまった事を。
そしてパーティ勧誘を断った理由は、それは簡単に言ってしまうとレオの独占欲だった。
今の実力ならEランクのクエストは余程の事が起きない限りは2人でも余裕で達成出来るものばかりだ、特に討伐系は。
Dランク以上ともなれば余程の実力でもなければ2人では難しいクエストが増えていく、だからそれまでは、Eランクの内はフレデリカと2人で活動したい、そういう事だった。
だから本来は今回のソーンバッファローの討伐も拒否したかったのだとか、だけどフレデリカが受けると言ってしまったので仕方がなかったという事だった。
リディアからすれば、Dランク相当のクエストを受ける事で早くランクを上げる手伝いをしたいと考えていたが、それはお節介だったという事になる。
そしてそれとは別に不安もある、それはフレデリカは見目麗しい美少女で、露出も多めの服を来ていて、視線を集めやすい、そして2人で行動するという事はそれだけ外で狙われやすいという事だ。10人以上の大人数で襲われたらひとたまりも無いだろう。
結果として、フレデリカが攫われる事になったら目も当てられない。
それをレオに伝えるとレオは言葉に詰まった。
そうだろう、それを聞いても何も考えずにそれでも2人で行動したいと言ってきたら、それは子供の我儘だ、相手より自分の気持ちしか考えない行動だ。リディアはレオがそういう考えをしない人間だと思っている。フレデリカもきっとそうだろう。
だから2人とも好ましいと思うのだが。
そういう意味では今回の申し出は意外と言える、だがそれだけフレデリカの事が好きで、リディアが思うより自分の気持ちをハッキリ言える人間だという事になる。
リディア以外の人から見ればレオがフレデリカを好きになるのは当たり前のように見える、しかしリディアはフレデリカが元は男で呪いで今の姿になっている事を知っている。
そして、フレデリカは元の男の姿に戻る為に活動している事もリディアも知っていて、レオもそれは分かっているはずだ。
それなのにレオはフレデリカを好きになった、それは叶わぬ恋だ、レオはそう思っている。
しかしリディアはそうは思っていない、様子を見る限りまだフレデリカにはその自覚は無いが、多分このまま行けば両思いになる可能性は十分にあるだろうと。
それはレオには言わないし、フレデリカを焚き付けるような事も余りするつもりは無い、まあ多少の後押しくらいはするかもしれないが。
リディアはその元男の美少女と親友の関係が変わっていくのを近くで見ていたい。
元男だからこそ起きるその反応や感情を見てニヤニヤしたいのだ。
レオは悩んだ後に決意を込めた瞳で言い切った。
「リディア、やっぱり僕はEランク冒険者の内は2人で活動したい。何があっても命がけでフレデリカを守るから」
リディアはレオの瞳を見据えてその本気さを伺い、溜め息を付いた。
「……はぁ、そこまで言うなら待つよ、でもDランクになったら直ぐに来てね。……それと万が一があったら直ぐにお姉さんに言う事。分かった?」
ぱぁとレオの顔が明るくなり、嬉しそうに応える。
「分かった。もしもの時は頼らせて貰うよ、リディア」
「関係が進めると良いね、応援してるよ」
「……ねえ、リディアは僕を軽蔑しないの?フレデリカは元男って事も呪いの事も知ってるのに」
リディアは笑って応える。嬉しそうに。
「そんな事しないわよ、折角の楽し……じゃなくて、ただ、大変だなと思うし、そこまで好きなんだなって思うだけ。むしろ応援したいかな」
「うん、ありがとう。呪いが解けるまでだけど、思い出を沢山作れるように頑張るよ」
そう言って、2人で個室を出て、フレデリカとマチアスのいるテーブルまで戻り、Dランクになったらパーティに入る、という事を伝えた。
フレデリカは「レオが考えて決めた事なら文句はねーよ」とすんなり受け入れた。
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