20.レオの思い


 フレデリカ達は討伐の証となるソーンバッファローの角を回収し、ラーラグナ村へ戻る。


 村の入り口には村長含め村人達が集まっており、歓迎ムードであった。


「お見事でしたマチアス殿、まさかこんなにあっさりと討伐してしまうとは思いませなんだ。無礼な事を言った件、お詫び申しあげます。そして、ありがとうございました」


 村長と村人達がマチアス達に深々と頭を下げる。

 

「いえ、我々は依頼を受け、それを達成しただけ、報酬を頂けるならそれで十分です。それにお詫びの件なら本人に話してやって下さい。フレデリカ」


 マチアスはフレデリカを呼び、前に出す。


 丁寧に出迎えられ先に謝罪され、毒気を抜かれてしまったフレデリカだった。

 頭は冷静になり、村人達の前で村長にあらためて謝罪させる気にはならなかった。


「あの……俺──」


「お嬢さん、いや、フレデリカ殿でよろしいかな?村から見ておったがフレデリカ殿の白の加護によるスキルは凄いものじゃった。非礼を詫びたい」


「いえ!俺の方こそ生意気言ってすみませんでした。あの後レオに言われたんです、村長さんの言う事ももっともだって。不安になってもしょうがないって。俺は村の人達の気持ちまで頭が回らず、ただレオが侮辱された事に腹が立ってあんな事を言ってしまった。……本当にごめんなさい」


 フレデリカは頭を深く下げ、村長に謝罪した。


「ではお互いに誤解が解けたという事でよろしいですかな?──さあさ、折角マチアス殿らが来てから一人の犠牲者も出さずに解決したのじゃ、盛り上げて行こうではないか。フレデリカ殿もお顔を上げて、……それにしてもフレデリカ殿にそこまで思われるレオ殿が羨ましいですな」


 顔を上げ、村長から不意打ちを喰らったフレデリカは慌てて弁解する。


「ちッ、違いますッ!俺とレオはそういうんじゃなくて!幼馴染みで親友なんです!そういうのじゃないです!」


「ほっほっほ、そうですか。しかしご縁は大切にした方が良いですぞ、親友とまで呼べる人に人生でそう何度も出会えるものではありませんからの」


 村長の言葉を聞き、フレデリカは真剣な表情になり頷く。


「はい、俺には過ぎた親友だと思っています、今はあいつに並び立てるよう頑張ってるところです」


「なるほどそこまでとは、頑張ってくだされ、応援してますぞ」


「はい!ありがとうございます!」


「さてマチアス殿、今日は泊まって行きなされ。宿泊費ぐらいは出させていただきますぞ」


「はい、それではお世話になります」


◇◆◇


 その日の夜、ソーンバッファローが解体され、村の広場でその肉が振る舞われた。

 まさに大宴会が開かれ、村人総出かと思われる程の大人数で飲めや歌えの大騒ぎであった。


 フレデリカとレオの2人は自分の村でのやらかしから飲酒量をそこそこに、酔い醒ましを兼ねて村の中を散歩していたのだった。


「ソーンバッファローの肉って意外と旨かったな」


「そうだね、容量の大きいマジカルバッグでもあれば持ち帰りたいくらいだけど……僕らが買えるような値段じゃないからね」


「どっかその辺に落ちてねぇもんかな」


 そう言ってフレデリカが辺りを見回すと窓から明かりが漏れている大きな建物が目に入る。

 窓から除くとそこには大怪我を負っている人達が何人もベッドに寝かされていた。

 そこは治療室のある診療所のような建築物であった。


 レオが診療所の入り口で聞いたところによると、ここに居る人達はソーンバッファローの被害者で薬草や治療で治らないレベルの人達の集まり、という事らしい。


「あーあ、やなもん見ちまった」


「……そうだね」


「ま、被害者がいるから冒険者ギルドに依頼されたわけだしな、そりゃいるんだろうけど」


「どうする?前の時よりは人数も少ないみたいだけど」


 フレデリカは大きく溜め息をつき、頭をポリポリと書きながら仕方なしといった風に応える。


「目にした以上は見捨てるわけにもいかねえだろ、また頼むぜ相棒」


 レオは前回の光景を感触を思い出し、ゴクリと唾を飲んだ。

 しかし頭を振り、払い、相棒の呼びかけに応える。


「うん、任せて!」


 フレデリカが窓の外に立ち、杖を握りしめ【治癒】を発動させる。

 杖が眩しく光り、その部屋はまばゆい光りに包まれた。

 傷が塞がり、寸断された部位も再生し手足は繋がり、全ての傷は再生し回復した。

 そしてさらに部屋の中全ての人の生気が溢れ、元気になる。


 レオはフレデリカが気を失う前に体を支えた。

 フレデリカは残る力でレオを見、任せた、とだけ言い、気を失った。


 フレデリカを抱えて宿に走る。

 今日の宿は村長が取ってくれた部屋で、4人それぞれに部屋が割り当てられた、いつもと違う一人きりの部屋に戸惑いもしたがそれを体験する事はなさそうだ。


◇◆◇


 レオはフレデリカの部屋にフレデリカを抱えて入り、ベッドに寝かせる。

 おでこに手を当てると冷たくはなっているが前回ほどの冷たさは無いようだ、症状が前回より軽く見えるのは前回が10人で今回は7人だったからだろうか。

 単純に人数が少なく症状が軽いと消耗も少ないという事だろう。


 これから肌と肌を重ね、抱きしめ合い、熱を分け与えてフレデリカを温める。

 その為にまず、フレデリカの服を脱がせに掛かる。


 今のレオは前回の時とは明確な違いがある、その違いとはレオ自身の気持ちであった。


 前回のレオはその時点ではフレデリカをまだ男の親友と同様に見ていた、しかし身体は女性のそれであったので女性の身体に興味を持って、そちらが大きく占めていたのだ。


 しかし今は違う、フレデリカを女性として見て、そしていつしか恋に落ちた。心の底から女性としてのフレデリカを好きになってしまっていた。

 そのフレデリカの裸体というのは好きな女性の裸体である、それは思春期の男の子にとって、想像はしても中々お目にかかれないはずの極上のものであった。


 それが今、目の前に無防備にさらけ出されている。

 その白くシミ一つない美術品のような肌艶は更に輝きを増し、メリハリのある神々しさすら感じる身体つきと合わせて、自分のモノにしたい強い欲求が生まれるのも仕方のない事だった。


 レオとフレデリカは親友である、だからそれを心の頼りにして、フレデリカの信頼を裏切りまいと理性を振り絞って、自分の欲求に流されてフレデリカを穢すような真似だけはしまいと踏み止まる事が出来た。


 荒かった呼吸を落ち着かせ、冷静になり、自分の服を脱いで全裸となる。

 踏み止まり、冷静になってはいるが、雄々しくそそり勃つレオのソレは鎮まる事は無かった。


 仕方がないのでそのままの状態でフレデリカに覆い被さり、布団をかぶり、抱き締めてその冷たい身体を温める。

 フレデリカも無意識の内に熱を求めてレオの背中に腕を回し足を絡み付かせる。

 特に燃えたぎるようなソレの熱さを求めるように下腹部を密着させ擦り付けてくる。


 好きな女性と裸で抱き合う気持ち良さと多幸感と興奮にレオは意識を失いそうになるほどだった。

 抱き締める腕に力が入り、頭の中で何度もフレデリカの名前を呼ぶ。


 暫くの時間の後、フレデリカに熱が戻り始めた頃、レオの意識は溶けるように眠りについた。


◇◆◇


 レオの目が覚める、まだ腕の中にはフレデリカが居て、昨夜の事が思い起こされる。

 それは幸せな時間で、今もなおその時間は続いていると言える。


 フレデリカの肌や顔を見ると生気が戻り、唇は桜色をしていて、昨晩の薄紫色に近いような色では無くなっている。

 それに密着している肌からもフレデリカの熱を感じられ、もうすっかり体調が良くなっている事を示していた。


 つまり、もう身体を離しても良いという事だ、いや、離すべきなのだが。

 レオはまだフレデリカを感じていたかった、豊かな胸の感触も、くびれた腰も、大きなお尻も、柔らかくすべすべした下腹部も、その全てにまだ触れていたかった。


 身体を離せずにいるとピクリと反応があった。

 フレデリカが起きそうな気配がする。


 レオはそのまま手を離して起こすなり声を掛ければ良かったのだろうが、フレデリカへの未練から寝た振りをしてしまった。



 フレデリカが目を覚ます。

 始めはぼんやりしていたが周りの状況を確かめるとぽつりと呟く。


「そっか、またレオに助けて貰ったんだっけ」

 

 呟いた後はレオの顔を見上げて起きているか確認しているようだ。

 その後、直ぐに起き上がるわけでも、レオを起こすわけでも無く、レオの胸をペタペタと触り始める。

 その胸板を確かめるように、男らしさを見るように。

 そして自分の胸を触る。大きく、柔らかく、レオだけじゃなく大勢の男を虜にするそれはレオの胸板と全くの別物だった。


 それからフレデリカはその下、レオの腹筋を触り始め、自分の腹部と同時に触り、違いを確認しているようだ。

 くすぐったいがここで寝た振りがバレるわけにはいかないとレオは必死に耐えた。


「胸板も腹筋もここまで違うんだよな、分かってたけどさ、はぁ……早く男に戻りてえ」



 その言葉にレオはショックを受ける、いや、分かっていた事だった、それでも直接口から聞くのはやはり違う。

 そう、フレデリカは呪いで女になっているだけで、今は男に戻る為に頑張っているところなのだ。

 つまり、自分の思いが叶えられる事は無い、親友を思えば、愛する女性を思えば思うほど、2人は結ばれないのだ。

 分かっていた、分かっていたはずだ。

 それでも、この思いは止められない。フレデリカが好きだという思いは変わらない。


 何度も考えた。

 フレデリカを力尽くでモノにして、冒険者を辞めさせれば、こんな【治癒】の力なんて使わせなければ、どこかの村に2人で住んで、いつかフレデリカも男に戻る事を諦めて、幸せになれるんじゃないかって。

 でもそれはきっと違う、それは僕の好きな、愛するフレデリカじゃない。

 だからその考えは捨てる。これからもきっと何度もその考えは浮かんでくるだろう、だけどその度に捨ててみせる。


 彼女の願いを叶える事が永遠に彼女に会えなくなる事だとしても、それでも僕は彼女の力になりたい。

 僕は、最後に彼女の最高の笑顔を見て、そして永遠に別れるのだ。

 それがフレデリカを愛するという事だ。


 だけどそれまでは、その時が来るまでは、出来る限り2人きりで居たい、誰にも渡したくない、僕だけを見て欲しい。



 フレデリカを薄目で見ると、腹筋のさらにその下に視線をやっていた。

 もはや男の生理現象ではなく、性的興奮から硬く熱くなってフレデリカの下腹部に熱を与えているソレを。


「デカすぎ……」


 レオならば他人のソレに接触されると考えたら即座に距離を取る。

 それくらい他人のものは嫌なのだが、フレデリカはそんな素振りも見せず、下腹部に押し付けられたままで顔を不意に上げた。


 慌てて目を閉じるがバレてないだろうか。


「レオ!そろそろ起きろ!お~き~ろ~」


 丁度言い頃合いだ、寝た振りがバレていたとしてもここで起きるとしよう。


「ん……んん……おはよう」


 わざとらしくならないように、今起きたように演じたつもりだった。


「おう!おはよう!昨夜は迷惑を掛けたな」


「ううん、全然迷惑じゃないから気にしないで」



 レオからすれば生殺しではあるが幸福を感じる時間でもあった。

 そして絶対に他人に譲れない役割でもある。


「まあ、こんな美少女の裸と抱き合えるんだから役得だろうけどな!」


「なッ!何ってるのさ!そんな……」


「冗談だよ冗談、まあ中身が俺でレオには申し訳ないけどな。それに安心しろ、レオ以外に任せるつもりは無いから。他の男に任せたらどうなるかなんて考えたくもねえ」


「まあどうなるか容易に想像できちゃうよね……」


「そういや、前回の時よりすこぶる調子が良いんだけど、変わった事したのか?」


「え?別に変わった事は無いけど……」


 変わった事と言えば、レオのフレデリカに対する感情だけで他は特に無い。


 まさかその気持ちの変化でフレデリカの回復効率が上がり、調子が良くなるとはその時のレオは思いもしなかった。

 もちろん、今よりもっと効率の良い方法もあるのだが。


「まあいっか、さーて着替えるか、ってここは俺の部屋か」


「うん、じゃあ僕は自分の部屋で着替えてくるよ」


 着替え終わったら合流して、食堂でリディア達と食事をとり、村を出る予定だった。


 2人で食堂へ向かうとリディアとマチアスは既に食堂にいて、話し合っていた。


「おうフレデリカ、丁度良いところに来た」


 それはいつものような軽い雰囲気ではなく、少し重たげな、慎重さを含む雰囲気を放っていた。

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