17.初クエスト


「おいレオ!朝だぞ!起きろ!」


 フレデリカに起こされてレオが大きく伸びをして起きる。

 今日から冒険者として活動する記念すべき第1日目となる。

 とは言っても今日やる依頼クエストは決まっていて、それは成り立て冒険者にとって必須と言える薬草採取であった。


 冒険者として薬草類の知識は必須であって、この薬草採取のクエストを受けると基本的な薬草知識を書いたレシピを貰える初心者冒険者用として常設されている依頼だった。


 2人は冒険者ギルドに行き、受付のジーナからその薬草採取のクエストを受け、ギルド内の食堂で朝食をとりながら薬草のレシピを読み込んでいた。


「何でも良いから薬草を集めてくるクエストか、まあ初心者用クエストだしな」


「そうだね、僕らみたいな初心者としては薬草知識が覚えられてお金も貰えるんだから有難いクエストだよね」


「その代わり1回しか受けられない、まあそれはしょうがないな。よし、それじゃ行くか!」


「うん」


 今日はリディアは別行動である、流石に薬草採取クエストに初心者でない者がついて行くような事はしない。

 それにもしリディアがついて行くと言ってもフレデリカ達は拒否しただろう。


◇◆◇


 街の門から外に出て、薬草の群生地と言われている場所へ向かう。

 川沿いに小さな林があり、其処に様々な種類の薬草が生えている場所があるらしい。

 そこまでギルドで教えてもらえる、まさに初心者向けの依頼であった。


 その林の入り口近く、薬草が多く生えている辺りは強力な魔物はおらず、危険も少ない。

 それに薬草自体は初心者冒険者でなくとも必要な物なのでEランク冒険者程度ならば同じ地域にいる事は珍しくもない。

つまり危険な魔物がもし現れても助けてもらったり、避難するよう声掛けしてもらったりなどしてもらえるというわけだ。


「うん、こんな物かな、集まったしそろそろ戻ろうか」


「待てよレオ、どうせなら全種類集めたい、もっと奥まで行こうぜ」


「うーん、まだ時間も早いし別に良いけど……」


 フレデリカとレオの2人はさらに奥へと進んでいく。


「良し!これで全種類制覇だ!」


 さらに林を奥まで進み、お昼を少し過ぎた頃、レシピにある薬草を全種類揃えたフレデリカは声を上げた。


「やったねフレデリカ……!!」


 薬草探しから顔を上げフレデリカを見たレオは、その時の嬉しそうなフレデリカの表情とキラキラと汗が光を反射する様はとても美しく映り、見惚れてしまいそうだった。


「待たせたなレオ、目的は達成したし戻るか」


 汗を拭う姿も絵になり美しく、レオはあらためてときめく。

 深いスリットから覗く太ももや汗が伝う肩に視線が吸い寄せられ心臓が跳ねる。

 昨日からずっとこうだ、格好も女性らしく、レオはどこからどう見ても綺麗で妖艶さと清純さも、そしてフレデリカ本来の陽気さや快活さも魅力を倍増させ、彼女の仕草の事ある毎にときめき、レオの心は乱されていた。

 そしてその度に理性を働かせて平常心に戻す必要があるのだった。


 当然、フレデリカにそんな自覚は無く、レオにそんな風に思われ、思わせている事は微塵も気付いていない。


 しかし、レオが平常心を戻す間はフレデリカから視線を外し、精神的な距離を取る、それがフレデリカには心の何処かで不満の種となっていたが、まだその種に彼女自身は気付いていなかった。


◇◆◇


 薬草類を纏め、帰路につこうとすると不意に魔物の気配が漂ってきた。

 レオが顔を上げると前方に牙の大きなイノシシのような魔物が数体いて、フレデリカ達を見て今にも襲ってきそうな雰囲気だった。


 即座に背中に背負った荷物を置き、フレデリカの前に出て剣を構えた。


「フレデリカ、フェロウシャスボアだ、もしかしたらアイツの縄張りに入っちゃったのかもしれない、どうする?」


「どうするったって、言葉が通じるわけでもないし向かってくるなら倒すしかないだろ、背中を向ける方が危険だ」


「うん、やっぱりそうなるよね」


 フレデリカは自分とレオに【身体強化】を掛け、様子を見る。


 レオが見た限りでは3体。

 フェロウシャスボアは山や林に住み、草食性ゆえに時々村の畑などに現れ、作物を食い荒らすなどする気性の荒い魔物だ、その500キロ近い体重と鋭い牙を生かした突進を喰らえば致命傷となり、討伐するには冒険者に依頼する必要があるほどの魔物だった。


 フェロウシャスボアは唸りをあげ、3体横並びに突進を仕掛けてきた。

 その速度は早く、レオはともかく、フレデリカが回避できるかは微妙なところであった。


「俺に任せろ!」


 言うが早いかフレデリカは即座に杖を構え【白の防壁】の範囲を広げて使い、光輝く透明な防壁に自身とレオの前に出し防ごうとする。


「無茶だよフレデリカ!防壁が保たないよ!」


「いやいける!俺を信じろ!」


 2体のフェロウシャスボアがそのまま防壁にぶつかる。

 ぶつかったフェロウシャスボアは防壁に当たった衝撃をそのまま自身に受け、仰け反り、気絶して倒れる。

 そしてその反動や衝撃はフレデリカ達には届かなかった。


「良し、狙い通り上手く行った!もう1体は任せてレオはそいつらにトドメを刺してくれ!」


「わ、分かった!」


 レオは驚く、フェロウシャスボアの突進を正面から受け止め、びくともしないなんて、と。

 やっぱりフレデリカは凄い、と感心するレオだった。


 そして素早くフェロウシャスボアの心臓を突き、絶命させる。


 残る1体のフェロウシャスボアは2体がやられてるのを見て、そのまま逃げ去っていった。


「あー、すまんレオ、もう1体が逃げた」


「別に良いよ、討伐クエストじゃないんだから。えーと、討伐証明って牙や耳なんかの特徴的な部位で良いんだっけ?」


 魔物の討伐クエストやクエスト以外でも討伐した際にはその証明として、その魔物の特徴となる部位を提出する事で討伐の証とする。

 フェロウシャスボアはその特徴的な牙であろうと考え、レオは牙を根本から切断し、2体分の4本の牙を回収した。


 レオは残ったフェロウシャスボアの死体を【火炎】で燃やした。

 そのまま死体を放置して別の魔物を引き寄せたりしない為の冒険者の常識であった。 


「あーあ、マジカルバッグがありゃそのまま持ってけるのにな」


「その内に買えると良いね、マジカルバッグ」


 いわゆるゲームのアイテムボックスのような、小さな袋にその袋より大きなサイズの物を仕舞い込むマジカルバッグは存在するのだが、当然容量が増えれば増えるほど高価で、駆け出し冒険者が持てるような代物では無かった。


「さて、大荷物になっちゃったけど今度こそ帰ろう」


「だな」


 フレデリカとレオは大量の薬草各種と4本の牙を抱え、街へ戻った。


◇◆◇


 時刻は夕方、そろそろ日が落ちるかという頃合い。

 街の入り口、門番に身分証となる冒険者証を見せる。


「よし、通っていいぞ。ん?そりゃフェロウシャスボアの牙か?若くてEランクなのに中々やるじゃないか、牙も綺麗なもんだ」


「ええ、フレデリカがやったんです」


 門番に褒められ嬉しそうに話すレオ、フレデリカは事も無げに応えた。


「まああれくらいならな、相性も良かった」


 門番はレオとフレデリカを交互に見て、得心したような表情になった。


「はは、実力があるんだな、まあ調子に乗らずに頑張れよ」


 そしてレオに対し肩をぽんと手を置き、


「お前さんも頑張れよ、全く羨ましい限りだ」


「え?あ、はい!」


 羨ましい?何の事か分からないが取り敢えず応えたレオだった。


◇◆◇


 冒険者ギルドに戻りカウンターにて依頼達成報告を行う。

 2人はギルド受付のジーナに持っている薬草を提出した。


「はい、確かに受け取りました。凄いわね、全種類揃えてくる冒険者は中々いないのよ、流石ね」


「どうせなら今のうちに全部目で見て覚えておこうと思ってね」


「良い心掛けね、それじゃあ報酬を出すからちょっと待っててね」


 と一度ジーナは奥に引っ込んだ。

 待っているとリディアが声を掛けてきた。


「お二人さん、調子はどう?薬草採取クエスト以外のクエストは何かした?」


 レオは振り返りリディアに応える。


「あ、リディア、今日のクエストは薬草採取だけ、それが終わって今返ってきたところだよ」


「あら意外、2人なら薬草採取以外のクエストもこなしてそうと思ったんだけどね」


 リディアはお世辞ではなく、本心から思ってそう言った。


「流石に全種類の薬草を集めるのはちょっと大変だったぜ、それなりに時間もかかったし、それにフェロウシャスボアにも襲われたしな」


 フレデリカがそう言うとリディアは驚いて目を見開いた。


「え!?フェロウシャスボア!?それで2人とも無事だったの!?」


「3体いたけど無傷だし余裕だった、2体仕留めたら1体逃げられたけど」


「本当にフレデリカが凄かったんだよ、突進に合わせて防壁を作ってね、それで気絶させたんだから」


「フレデリカはそれを受けて何も無かったの?防壁は無事だった?」


「ああ、余裕。なんなら3体同時でもいけたかもな」


「ええ!?」


「フレデリカ、流石にそれは厳しいんじゃない?」


「いやいや余裕だって」


 さらにフレデリカが驚いた、防壁?たしかフレデリカは白の加護のはず、という事は【白の防壁】だろう、でも2体のフェロウシャスボアの突進に無傷の防壁なんて、そこまで強い防壁は聞いた事も無い。


 フェロウシャスボア自体はDランク冒険者以上ならそこまで怖い魔物じゃない、それは動きが直線的で避けやすく相手しやすいからだ。

 しかしその突進の威力は高く、相当に強力な盾でも無い限り1体でも正面から無傷で受け止める事は難しい。それこそBランク冒険者が装備するに相応しい強固な盾が必要なレベルだ。

 2体動時に突進を無傷で、となるとその防壁の硬さは信じられないほどの物になるだろう。


 そして【白の防壁】の特性は使用者がその意思で攻撃者にその威力をそのまま跳ね返す攻撃反射だ。

 その代わり防壁その物の硬さは、硬さに純粋に特化した【緑の防壁】には数段劣る。


 その【白の防壁】で2体のフェロウシャスボアの突進を……にわかには信じられない。

 そう思わずにはいられないリディアであった。


「疑うわけじゃないんだけど、その……討伐証明はある?」


「ああ、証ならあるぜ、レオ」


 フレデリカはそう言ってレオに促した。

 レオは抱えていた牙4本をカウンターの上に置く。

 それはリディアが見る限り、武器とやりあった後の見当たらない綺麗な牙だった。


「凄い……うん、これを見ると信じるしかないね。フレデリカもちゃんと強いのね、うん、強い」


「ま、まあ相性が良かっただけだけどな」


「あ、ちょっと照れてる、かわいー」


 リディアはフレデリカに抱きつき、良い子良い子と頭を撫でた。


「ちょ!離せよ!撫でんな!」


「え~、レオは良いのに私は駄目なの~?」


 そしてレオは嬉しそうにレオとリディアを見ていた。

 リディアはそれに気付き、問いかける。


「何よレオ、随分と嬉しそうじゃない?」


「え?う、うん、フレデリカが認められたのが凄く嬉しくて、……その、自慢の親友だから」


「ば!ばか!コレぐらい余裕だっつの!恥ずかしいからそういう事は言わなくて良い!」


「あら~」


 そうやって騒いでいると奥からジーナが戻ってきた。

 直ぐにリディアは声を掛ける。


「ちょっと聞いたジーナ、この2人、フェロウシャスボアを倒したって!」


「え?何それ?聞いてない」


「すみません、言いそびれてしまって、これが討伐の証です」


 いつの間にかカウンターに置かれていた4本の牙に目をやるとジーナは驚いた。

 Eランク冒険者が倒したにしては綺麗すぎる牙と、無傷のように見える2人に。


「リディアが置いた……って事は無いと信じます。凄いわね、それではそちらの討伐報酬も出すから。2体で間違いない?」


 その内容を話すとリディアと同様に大きく驚き、信じられないといった表情だった。

 その後、フェロウシャスボアに何処で会ったか、何体いたか、どうやって倒したかなどを詳しく聞かれ、報酬を貰い、開放された。

 その場で中身を確認し、合っているか確認していたらジーナに褒められた。


◇◆◇


 その後食堂でリディアと一緒に3人で食事をとっているとリディアが提案してきた。


「明日は受けるクエストって決まってる?無いなら一緒に魔物討伐クエスト受けない?」


「何人で行く予定なの?あんまり多いのは嫌だな」


「そうねえ、2人を合わせて4人ってとこかな、それくらいなら良いでしょ?」


 フレデリカとリディアはお互いを見て、頷く。


「ああ、それならいいぜ、明日の朝に此処で良いのか?」


「うん、じゃあ宜しくね」


「うん、こちらこそだよ」


「よろしくな」


 2人はリディアと別れ、宿に戻って約束事を確認した。

 それは他人の前では【治癒】を使わない事、万が一使う場合は極力抑えて、普通の【治癒】使いと同じように見せる事。

 元男である事は基本的に隠す事、リディアには伝えてあるが同様に秘密にする事を条件として教えている。

 これは要らぬ誤解や面倒に巻き込まれないために必要な事だと2人は理解している。


 明日はパーティを組んでの魔物討伐、いかにも冒険者らしいイベントにフレデリカとレオは心を弾ませた。

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