16.金髪ロング


 その日の夜、フレデリカとレオとリディアの3人で冒険者ギルドの食堂で晩ご飯を食べているとフレデリカはポツリと言った。


「なあ、髪が長くて邪魔だから切りたいんだけど」


「!!?」


 フレデリカは元男で元々短髪であった、髪型を整えたりこまめな髪の手入れなどした事が無い。

 それが女になり、ボサボサのワイルドな黒髪から綺麗な金髪へ、そして腰まであるサラサラロングになったのだ。

 呪いのせいか手入れをしなくても艶が保たれ、汚れが付きにくいのは良いが、長くて視界の邪魔だし毛量が多くて意外と重たく、汗をかくと肌に貼り付くのがうっとおしい。

 それに今後はこの長い髪を梳いたり纏めたりしなきゃいけないとなると、面倒臭さが上回ってしまっていた。


 そもそも時間さえあればロッジ村でバッサリ切るつもりだったのだ。

 だけどその時間が無く、ズルズルと此処まで引っ張ってしまった。


「それはッ──」

「そんなの絶対駄目だからねフレデリカ!」


 レオとリディアが同時に驚き、そして即座に否定する。


「え?なんでだよ」


 レオからすれば、そのフレデリカのその長い髪は他に類が無いほどに綺麗で、さらさらで、金髪は光を反射して神々しさすら覚えるほどで、撫でた時の感触は忘れられないものだった。


 リディアからしても、その金髪は女性からも見た事が無いほどの艶があり、さらにその長さ、この髪質と合わせて腰までの長さにする事は不可能と思える代物だった。


 そしてその長い金髪はもはやフレデリカの象徴とさえ思えた。

 それを切るなんてとんでもない!2人の思いは一致した。


 まずはリディアが説得を仕掛ける。


「髪は女の命!それにそんなに綺麗なのに勿体無い!そこまで伸ばすのにどれだけ掛かると思うの?」


「だって俺は起きたら急にこんな長さの髪だったんだぜ?一晩でだよ?大変って言われても何もしてないしな」


 そう、フレデリカからすればその髪は一晩で伸びたもので、少しずつ伸ばして愛着が湧いたようなものでは無かった。

 どうやら髪を伸ばす事と髪質の維持の大変さを説いても今のフレデリカには全く伝わらないようだ。

 

 今度はレオが思い留まるように説得する。


「フレデリカ。フレデリカはさ、髪の長い女の人好きだったよね?」


「あー、うん、男の時はそうだったけど、でもなあ」


 フレデリカはもう髪の長い女どころか、女に性的な興味を持たなくなっていた、だから髪の長い短いはどうでも良い、しかしそれを口にはしていない。

 そんな事を口走ったらきっとレオに自分が男に興味があると勘違いされるに違いない、今は興味は無いがそう思われるのは心外だとフレデリカは思っている。


「フレデリカは"女は髪が長い方が絶対に良い!なんで短くするんだろうな"って言ってたんだよ?」


「確かに言ったけどな、今でもその気持ちは分かるといえば分かるけどなあ……」


 男の時にはそんな事を口走った気もする、だけど今は違うしな、と思うフレデリカだった。


 しかしレオには奥の手があった、まだ男の意識が残ってるならば、フレデリクならば、必ず反応せずにはいられない言葉がある。


「だったら切ったら駄目だと思う!人には長くして欲しいのに自分がなったら切るなんて、男らしくない、カッコ悪いと思わない?」


「う、いや……確かにそうだけど」


 どうやら効果があったようだ、"男らしい"というのは今のフレデリカにはまだ重要なキーワードのようだった。

 フレデリクの時は男らしさで判断する事も多かったのだ。


 どうやらまだフレデリカはしっかり男としての意識があるようでレオは安心する。

 効果がある事を確認するとリディアが追撃を仕掛ける。


「それにねフレデリカ、長くて綺麗な髪なら、男の人は好きだし、レオだって好きだと思うよ。ね?レオ?」


 その追撃は思わぬ方向に流れ弾が飛んだ。


「え!?」


 フレデリカは驚きレオを見、レオは鳩が豆鉄砲を食ったような表情でもってリディアを見る。

 リディアはパチっとレオにウィンクする。

 レオはまさか自分に振られるとは思わず、なんでそこで僕が出てくるの!?と戸惑いながらも少し考えて応えた。


「あー、うん、僕も短い髪より今の長くてサラサラな金髪の方がす……い、良いと思うよ」


「え?そうか……レオもこのままの方が良いかー、うーん」


 後一押しであると判断したリディアがフォローをする。

 面倒くさいと思っているならそれをある程度助ける事を伝える。


「幸か不幸か呪いのお陰で手入れはしなくても良いみたいだし、髪を梳いて整えるのと洗うだけで良いんじゃない?それならそこまで面倒くさくないでしょ?」


「それは有り難いけど、……少し考えさせて」


 実はフレデリカにはもう面倒くさいという理由は消えている。

 今フレデリカはよく分からないモヤモヤした感情で一杯だった。

 切らずに残す判断には何か足りない、そう感じていた。

 ただ何が足りないか、それはフレデリカには分からないでいた。

 

 フレデリカ自身は今日一日で大きく内面の意識が変化した。

 呪いが、下手をすれば一生解けないかも知れないと分かった時からだ。

 冒険者ギルド内でレオに助けられ、胸の中にいる時、芽生えたその意識。

 レオに喜んで貰えるなら、レオが褒めてくれるなら、男同士の親友の時とは違うそういう感情が芽生えた、しかしそれにフレデリカ自身はまだ気付いていない。


 今フレデリカの中にあるモヤモヤとした感情の正体は"レオに気に入られたい"という感情である。

 良いと思う、では足りない、レオが気に入るかどうかである。


 そしてレオは説得は難しいと判断していた、説得出来ないなら、どうせ切ってしまうなら、その前にその髪を触りたい、触れたいという欲求が湧いた。


「フレデリカ、その……髪、触っても良い?」


「ん?別に良いけど」


「じゃあ触るね」


 背後に周り、後頭部から背中、毛先まで、髪を撫で、弄び、眺める。

 手のひらで掬い、さらさらと落とす。

 その金髪は光を反射して更に綺麗に、手触りは上質な絹のようで、心なしかしっとりとしているようにも感じる。


「なんか……くすぐってえな」


「うん、やっぱり凄く綺麗で艶があって細くてさらさらで、こんな綺麗な髪は見た事がないよ、手触りも良いし、ずっと触っていたい」


 それは、レオが気に入った事を示すには十分な言葉だった。

 フレデリカのモヤモヤは晴れ、気分良く髪を切らない事を決断した。


「しょ、しょーがねーな!レオがそんなに気に入ったんなら……もう暫くはこのままにしといてやる。感謝しろよ!」


「うん!それが良いよ!ありがとう!嬉しいなあ」


「良いと思うよ~、お姉さんも色々教えて上げるから頑張ろう!」


 2人は嬉しそうに喜びを表情に出していて、それはフレデリカには嬉しく感じた。

 

「ああ、色々とよろしくな、リディア」


 フレデリカはレオの嬉しそうな表情を見て、そんなに気に入ったなら、と。


「レオ、その……気に入ったなら……時々なら髪を触る事を許可してやってもいいぜ……」


「え!?良いの?じゃあ時々お願いするね」


 リディアは驚き、笑みがこぼれた。

 普通の女性であれば好きな人でも無ければ髪を自由に触らせたりはしない。

 しかしフレデリカは元男で髪に頓着しないからそこのハードルは低いだろう。 

 だとしても、髪を触るという事はその距離、身体的距離が近い事を示す、つまり確実に今までより2人の距離は縮まるという事だ。


 3人の楽しい食事が終わり、フレデリカとレオは宿へ帰っていった。


◇◆◇


 2人は宿に戻り、フレデリカはベッドにドサッっと横になる。


「フレデリカ!そのまま寝ると折角の装備がシワが付いちゃうよ!勿体ない」


「ん?あーそーだな。これ高かったし脱がないとなあ、ってなんだレオ?そうやって注意して着替えが見たいのか?全くしょうがねえなあ」


 今まではベッドで寝る時に着替えたりなどしなかった、だからフレデリカはいつものようにそのままベッドで寝ようと思っていたのだが、言われてみれば確かにこの服は勿体ない。

 しかし母親のように注意するレオにフレデリカは揶揄い返し、そのままレオが居るのも気にせず着替え始めた。


「違うって。って!なんで着替え始めてるの!僕は部屋から出てるから!終わったら教えて!」


「なんだよ気にすんなよ、俺は気にしないぜ」


「僕は気にするの!」


 そう言ってレオは部屋から出ていった。


「なんだあいつ……そういや水浴びの時もそうだったけど俺の裸見たくないのか?……いやまあそりゃそうか。元男の裸なんて見たくもないな、そりゃそうだ」


 フレデリカは自分から逃げるように出ていき、少しの興味も示さないレオの態度に少しの寂しさを感じた。


「ってなんでちょっと寂しい気持ちになってんだよ!ねーわ!……これはあれだ、親友に逃げられたから寂しく感じてるだけだ、そうに違いない」


 着替え終わり、部屋の外に居るだろうレオに声を掛ける。

 扉を開けたレオは驚き、回りを見渡して部屋に入り、すぐに扉を閉めた。


「なんでパ、パンツのままなの!?ちゃんと着てよ!」


「え?いや別にこれでいいだろ、今から寝るんだぜ?」


 上着は男の時から持っている物を羽織っているが、下着は女物そのものだった。

 フレデリカがくるりと振り向くとお尻が丸見えになり、レオは慌てて視線を逸らす。

 なぜそんな際どいパンツを履いているのかと不思議に思ったがそれを口に出すほどの勇気は無い。


 出来るだけフレデリカを見ないようにベッドに入り、声を掛ける。


「フレデリカ、お、お休み」


「ああ、お休み」


 フレデリカは心のしこりを感じながらも眠りにつけたが、レオは眠りにつくまでに暫くの時間を要したのだった。


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