14.感情の変化


 アントニオが空気を読み、回りとの距離を空ける。

 まるで2人きりのように感じるほどそこは静かで、ギャラリーは大人しく見入っていた。


 フレデリカはレオの腕の中でレオの胸板に頭を預けて、静かに泣いている。

 彼女は今、精神的に弱っていた、本人は気付いていないが、レオに頼りたいと心の底で思っていた。


「フレデリカ大丈夫?ごめんね、僕のせいで」


「……レオは悪くないだろ、煽った俺が悪い、何も出来ない癖に、煽った俺が」


「でもあれは煽らなくても結果は変わらなかったと思うよ、だからフレデリカは悪くないよ」


 心からフレデリカを労る優しい口調、それは男の時ならしなかった、レオ自身も気付かない変化だった。


 フレデリカはレオの胸に頭を預けたまま話を続ける。


「俺、ダサかったな、レオの強さを誇って煽って……自分の強さじゃないものなのに何を勘違いしてたんだろうな……ごめんな、レオ」


「……僕は、嬉しかったよ」


「でも、駄目だろあれは……虎の威を借る狐そのものじゃないか」


「それでもだよ。フレデリカが僕を誇りに思ってくれて、強いって認めてくれて、信頼してくれて……僕に、頼ってくれて、嬉しかった」


「レオ……お前は優しいな」


 レオはあくまでも優しく続ける。


「それにね、僕は自分が許せなかったんだ。僕が不甲斐ないせいでフレデリカが囚われ、あんな事をされた、それが許せなかった。だからその怒りを相手にぶつけた。本当はもっと酷い目に合わせたいと思ったけど。きっと外なら、人がいなければそうしたと思う。だからね、僕は優しくなんかないんだ」


 レオの腕の中に居るフレデリカは確かにレオの怒りを感じていた。

 しかしそれは本当に自分に対する怒りだけだろうか、あの男に対する怒りもあるような気がする。そう感じる。


 そしてこの話は自分の顔が舐められた事を思い出してしまい、またも寒気がする、感触が思い出され、恐怖が蘇る、思わず怖くてレオにしがみつく。

 その行為にレオはフレデリカを怖がらせたと気付いた。


「あ、ごめんね。フレデリカ、大丈夫だよ、大丈夫」


「俺は……自分が情けない。口ではあんな事を言っておきながら、簡単に掴まるし、頬を舐められたくらいで寒気と恐怖を感じるし、もう……ほんとに……」


「良いんだよ、フレデリカは今女の子なんだから、男に力で押さえられて、それにあんな事をされて、恐怖を感じるのはおかしくない、情けなくなんかないよ。それに僕にとってはどんな姿でも親友のフレデリカだよ、だから、またいつものように元気になって欲しいな」


 と、フレデリカの頭を優しく撫でる。

 今のレオは完全にフレデリカを女扱いし、優しく、労り、甘やかしている。

 いつものフレデリカならそれに怒っていただろうが、今の疲弊した精神状態はその優しさに甘えていたいと思った。


 こんなにも情けない自分に、レオは優しくしてくれて、そしてまだ親友だと言ってくれる、必要としてくれる。

 それがこんなにも嬉しい事だなんて知らなかった。

 だから、まだ、もう少しこのままでいたい。

 これが終わったら、きっと前みたいに戻るから。


 だからレオの抱擁を、優しさを、甘さを、心地良く感じ、体も心も委ねる。

 頭を撫でられて、それは心地良く、レオの暖かさを感じたい。


 フレデリカは此処が2人だけの暖かい空間のように感じていた。



 そしてレオは、普段とのギャップでしおらしく、可愛くなっているフレデリカに対し、ずっと抱き締めていたいと、暖かさと柔らかさ、それに匂いも含めて、浸っていたいと思っていた。

 自分は卑怯だとも思っている、フレデリカは今弱っているだけで、それにつけ込んでこんな事をしてはいけない、なぜなら、いつもならこんな事は嫌がるからだ、とも思っていた。

 しかしそれらと同時に心にブレーキを掛け続けていた、これ以上は違う、と。あくまでも男同士の親友、そのはずだ、と。

 フレデリカを求める心とブレーキを掛ける理性のせめぎあいがあった。


 レオにとっては幸せな時間と共に葛藤の時間でもあった。


◇◆◇


「コホン、えーと、良い雰囲気のところだけど、そろそろいいかな?」


 しかし此処は冒険者ギルド、そういう事をする場所では無い。

 しかも沢山の冒険者達と受け付け嬢達に遠巻きに見られている状況だ。

 リディアに声を掛けられ、我にかえる2人。

 

 慌てて距離を取り、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 お互いにまだ相手の熱が、匂いが残っていて、それが少しずつ失われていくのを寂しいと思ってしまう。


「イチャつくのは宿でしてね。で、アントニオに聞いたんだけど絡まれたってらしいけど大丈夫?怪我してない?」


「あ、はい、僕は問題は無かったですがフレデリカが……」


「いや俺も頬を舐められただけで他は特に無い」


 自分の頬に手をやるフレデリカを見て、リディアは驚き、怒りをあらわにした。


「え!?フレデリカのほっぺたを!?あいつら……!!うん、……そりゃあ駄目だわ、レオが怒るのも無理はないなあ」


「でももう大丈夫だって──」


「ああそっか!レオに慰めて貰ったもんね」


「!!!いや!ちがッ!あれはッ!──」


 顔を真っ赤にして否定するも、先程の光景を見られては誰も信じないだろう。

 否定の言葉を続けるフレデリカを無視してリディアは続ける。


「びっくりしたよー、降りてきたらさ、レオがフレデリカを抱きしめて良い雰囲気だし、それを遠巻きにニヤニヤしながら眺める冒険者達、という図!何事かと思ったよね」


「……お騒がせしました……」


「まあでも悪いのは絡んできた連中だからね、当然お咎め無しだよ。……でもギルド内でイチャイチャはもう止めてね」


「だから!そうじゃねえって!」


「まあまあどっちでも良いじゃない、それじゃこっちの用件は終わったし次行こうか、宿を取るんだよね」


 リディアはそう言って、先にギルドから出ていく。


 ここに残るのも冒険者達の目があり、皆が皆、フレデリカとレオをニヤニヤとした目と慈しむような視線をそれぞれ向けていて、居ても立っても居られず、リディアに付いていく2人だった。


◇◆◇


「Eランクのうちは此処が良いかな、一緒の部屋で問題ないよね?」


 一緒の部屋という言葉に2人は先程の事が思い出されて一瞬躊躇したが2部屋を取るほどの余裕は無い。

 それにここで分かれてしまうとそれを認めてしまう事になりそうな気もした。


「ああ、一緒の部屋で問題ない」


「オッケー、じゃあダブルね!」


「そこは違う!ツインだツイン!」


「えー、ダブルじゃなくて良いのー?さっきの続きとかさあ」


 ニヤニヤして目が笑っているリディアであった。


「だからアレは違うって!」


「もう!リディアは知ってるでしょ!おじさん!ツインね!」


 なんとか無事にツインの部屋を借りる事が出来た2人、一応部屋を確認して、表で待つリディアの元へ。


「あんな事しときながらまだ認めようとしないんだ」


「あれはちょっとした気の迷い!俺達はあくまで男同士の親友なんだよ!な!レオ!」


「え、うん、そうそう僕たちは親友だよ、うん。」


 リディアはジト目で2人を見てヤレヤレと呆れた後、それならそれでも良い、その方が面白そうだ、と今後の楽しみとして考えた。


「それじゃ次は武器防具のお店にレオを案内するわね」


「え?僕だけ?」


「そう、私とフレデリカはちょっと寄る所あるから、終わったら其処のカフェで待ってて」


「うん、わかった。フレデリカ、気をつけてね」


「大丈夫、心配すんな。リディアがいるしな」


「……そうだね」


 そうして、武器防具のお店で少し寂しそうなレオと分かれ、フレデリカとリディアは衣服を扱うお店へ向かうのだった。


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