7.ダブルベッド
2人は宿に戻り、部屋に入った。
そして固まった。
確かに宿の主人にはツインで、とお願いしたはずであった。
しかし目の前にはダブルベッドが1個あるだけで、何処からどうみてもツインでは無かった。
男同士の時なら笑いあって、まあいいかで済ませただろう。
しかし今は男と女、しかもついさっきそれを意識させられたばかりだ。
ただ意識しただけならまだ良かった、宿に戻るまでのやり取りで余計に近しい異性として意識してしまっていて、この状態では一緒のベッドなど間違いが起きないと分かっていても恥ずかしさで無理だった。
ただ一緒のベッドで寝るという行為、男同士の時なら気にならないが、今はそれがとても恥ずかしくて、ドキドキして、緊張してしまう。
先に動くのはやはりフレデリクだった。
「ちょっと宿の主人に文句言って変えて貰う」
そう言って部屋を出ていった。
少ししてトボトボと部屋に戻ってくる。
「気を利かせてやったのに文句言うのかと逆に怒られた、それにもうツインの部屋に空きは無いだってよ……」
実は他にも"優しくしてくれそうじゃないか"とか"全て委ねてみろ"だとか、色々と気を使ってくれたのか揶揄われたのだがレオに伝えたくない事だった。
本当にツインの部屋に空きが無いかは兎も角、別の部屋を準備して貰う事は無理そうだと判断する。
今度はレオが口を開いた。
「じゃあフレデリクはベッド使ってよ、僕は床に寝るから!」
「そんなのダメに決まってるだろ!大体なんで俺がベッドでレオが床なんだよ」
「いや、それは……」
決まってる、フレデリクは女の子で、自分より非力で、守らないといけない、大事にしないといけないと思うからだ。
でもそれを口にしてしまったらきっとフレデリクは怒るだろう。
フレデリクは村に着くまで自分が女である事を完全に忘れていた、意識する事が無かった。
だけど村に着いたら嫌でも自分は女であると気付かされた、自分がどう思っていようとも周りは自分を女として見て、接してくる。
それは食堂で冒険者に絡まれた時に芽生えた。
そしてある事を気付かせた。
食堂でも宿屋でも、他にもすれ違う男達はフレデリクの綺麗な顔と大きな胸に視線が交互に行き、欲望の混じった視線を感じる、男としての意識を持つフレデリクにはそれがたまらなく嫌だった。
俺は男だ!と叫びたかった。
だけど今の自分はどこからどう見ても女で、そんな事を言っても何の説得力もないし滑稽に映るだけ。
でも、ライリー村に着くまで意識しないで済んだのはレオが親友として接してくれて、そういう目で見てなかったからだ、と思う。だから──
「──俺を女扱いしないでくれ。レオ、俺達は親友だろ?」
「……うん、僕達は親友だよ」
そう、2人は親友だ。
そう思うからこそ、フレデリクの見た目が可愛い女の子で魅力的でも、レオが努力してそういう風に接しないように、見ないようにしているつもりだった。
レオは男である、男として接するにも限界がある事は分かっていて、どこまでそれが出来るか自分でも分からないのだ。
それほどまでに女の子としてのフレデリクは魅力的だった。
出来る限りはフレデリクの期待には応えたい、親友として信頼してくれている、その期待には。
「だからよ、ダブルでベッドも大きいんだから2人で一緒に寝ようぜ、男同士の時なら気にもしないだろ?」
「……そうだね」
そう言ってフレデリクはさっさとベッドに入ってしまった。
レオも続いてのそのそとベッドに入る。
出来るだけフレデリクに触れないように、背中を向け合うようにして。
幸いな事にフレデリクの身体が小さいお陰で2人で寝ても窮屈さは感じなかった。
「おやすみ、フレデリク」
「おう、おやすみ、レオ」
言葉を交わし、目を瞑り、眠りにつく2人。
そして小一時間ほど経った頃。
2人は寝付けないでいた。
フレデリクもあんな事を言っておきながら、自分は女であると意識していた、それは相手がレオであっても心に残り、根を深く、しっかりと芽生えていた。
女として扱って欲しくないと思う事、それは自分が女だと意識するからこそだった。
だから2人はお互いを意識し、緊張し、ドキドキし、僅かな動きに過敏になり、睡魔が襲って来るはずがなかった。
このままでは埒が開かない、そう判断したフレデリクは吹っ切る事にした。
俺達は親友だ、何を気にする必要がある!
それにこれは呪いを解いて男に戻る旅なんだ。そう、俺は男だ。
だから一緒のベッドで寝たって問題はない!そうさ!そうだな!よし!と。
「レオ、起きてるか?」
「……うん、起きてる」
「俺達は親友だよな?」
「うん、親友だよ」
「だよな!よし!呪いを解いて男に戻るぞ!」
俺達は親友だ、間違いない、だから背中を預けても何も問題は無い!
フレデリクはそういう理屈で安心して眠る事にした。
そしてその考え方が功を奏したのか、フレデリクは眠りにつけた。
レオの耳に寝息が聞こえてくる、レオはフレデリクが眠りにつけた事を理解した。
レオもフレデリクの言葉で思い出した、そうだ、これは呪いを解いて男に戻る旅なのだ、と。
そう、男女じゃなく男の親友同士だ、それを忘れちゃ駄目だ。
だから気にするのはおかしい、無理やりにそう思うとやっとレオも眠りにつけた。
◇◆◇
翌朝、レオが目を覚まし、身体を起こす。
フレデリクを見ると上下逆さまになっていて随分と寝相が悪い。
しかしそれすら可愛く見えてしまうのだからちょっと卑怯だなとレオは思う。
「フレデリク、朝だよ、起きて」
フレデリクを起こして食堂へ。
宿の主人にはニヤニヤされたけど愛想笑いで誤魔化した。
朝食後は予定通りレオの剣の訓練を開始する。
フレデリクは自分がやっていた事の言語化に苦労していたがレオの剣捌きを見て、アドバイスと指南をしていった。
そして晩ごはんを食べて、宿で湯を貰い身体を拭き洗い、眠りにつく。
フレデリクは夜の食堂や村を歩いていると声を掛けられる事がある。
受け答えは相変わらずぶっきらぼうだが、返事は連れがいるので、と断るようになった。
それでもしつこく食い下がるようならレオが出てきて場合によっては腕力で解決してもらう。
Eランク程度の冒険者ならばレオは遅れを取らない事はここ数日で判明した。
多人数で来てもフレデリクの【身体強化】もある、だけど流石にナンパに其処までする者はおらず、事を荒立てずに済んでいる。
そうして何日か過ぎた。
今日はフレデリクの白の加護【光の防壁】を使っての特訓になった。
フレデリクは初お披露目の【光の防壁」を発現させた。
それは少し光を放ちガラスのように透け、フレデリクの身体全体を覆うドーム状のものだった。
「よし、試しに防壁に全力で切りかかってくれ」
「大丈夫?割れたりしない?」
「出来るもんならな」
「よし!それじゃ行くよ!」
フレデリクは余裕そうに人差し指でクイクイと挑発する。
レオは上段に振り被り、全力で防壁に切りつけた。
キンッ!!と弾かれ、手が痺れる。
「ちょっとこれは……硬すぎるな」
「そうだね、これだと刃が欠けそう」
「ちなみにこんな事も出来る、レオ、手を出して」
「え、いいけど」
フレデリクは防壁を張ったまま、レオの出した手を握った。
「え!?防壁を貫通したよ?」
「そう、この防壁は赤みたいな炎と違って俺の意思で通すものと通さないものを区別出来るんだ。便利だろ。サイズもある程度変えられる、まあ大きくすればそれだけ弱くなるけど」
防壁を大きくなり、レオとフレデリクをすっぽり包む程度の大きさまで膨れ上がった。
「へー、便利なものなんだねー。ってことはフレデリクは自分の身は自分で守れる、ってこと?」
「確かに守れるけど攻撃は出来ないからな、時間稼ぎにしかならねーよ」
「ああそっか、なんか安心した」
「安心すんな、そういうわけだから頼むぜ相棒」
「任せてよ、相棒!」
結局いつもの訓練に戻り、お昼を過ぎた時刻、村の入り口が騒がしくなった。
2人は何事かと村の入口まで向かった。
聞いたところ、どうやら冒険者の一団が到着したらしい。
2人は冒険者の一団という事でがっかりし、訓練を再開した。
そしてその日の夜、食堂で冒険者一団の目的を耳にしたのだった。
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