6.女の子の自覚
夕方、無事に隣村のライリー村に着いた。
すぐに2人は部屋を借りて鍵を預かり、宿屋の主人におすすめの食事処を聞く。
そしてこの村で一番大きな食堂へ向かう。
ここは昼は食堂、夜は食堂兼酒場となるようだ。
食堂に入ると辺りが暗くなってきている事もあり、既に酒盛りを始めている村人や冒険者らしき人でごった返していた。
そこで晩飯をとり、明日以降どうするかと話しあった。
「何日かは此処でレオに剣の特訓をしたほうが良いと思うけどどうだ?街に行くのはその後で良いと思う」
「うん、そうだね。ここから街までは2~3日掛かるし、これからの事を考えたらお金に余裕がある内に強くなったほうがいいかもね」
「街に付いたら呪いを解くのもそうだけどお金をなんとかしないとな、いきなり騎士見習いで雇ってくれないものかね」
「流石にいきなりは無理だと思う。それが出来るのは騎士か貴族のご子息だけだよ」
「となると……やっぱり冒険者から始めるしか無いかあ」
フレデリクはちらりと酒場にいる冒険者達を見て、ため息をつく。
「まあまあフレデリク、僕たちは読み書きが出来るから頑張れば直ぐにDランク、Cだって行けるよ、そんな顔しないで」
フレデリクとレオは冒険者が嫌いだった、まだ小さい頃、冒険者に憧れていた頃があったが、村に依頼で来た冒険者は粗野で野蛮、文字も読めない。
そして当時レオと一緒に剣の練習をしていた2人に「剣を見てやる」などと言って、叩きのめされ怪我をした。
それ以来フレデリクとレオは冒険者が嫌いになった。
その後、村に立ち寄った騎士は格好良かったし、教養もあった、文字の読み書きは出来るし背筋を伸ばし、丁寧で立派だった、冒険者なんかとは全然違う、フレデリクとレオにはそう映った。
それ以来は冒険者でなく騎士になりたいと変わったのだった。
後に知った事だが、冒険者にはランクがあり、村に来た粗暴な冒険者は最低のEランク、事情を知っている人間からすればその辺のゴロツキと変わらない冒険者だった。
だからと言って、印象が変わるわけでは無かったのだが。
「おいおい、こんな酒場に随分とお可愛いのがいるじゃねーか、おいお前、そんなとこでみみっちく飲んでねーで俺たちと一緒に楽しく飲まねえか、優しくするぜ」
そこへタイミング悪く声を掛けてくる、いかにもなガラの悪そうな冒険者、どうやらフレデリクを誘っているようだ。
フレデリクはまさか自分が誘われているとは思わず、そもそも自分が女である事をすっかり忘れていた。
なんか近くで駄目な冒険者が駄目な事やってんな、ぐらいの感じで完全に無視をしていた。
しかしレオはその冒険者がフレデリクを誘っている事を理解していた。
フレデリクを守らなければいけない、その思いからレオは立ち上がり、応える。
「すみませんがこの娘は僕の連れです、もう此処を出ますので失礼します」
レオの言葉でやっと自分が誘われていた事に気付くフレデリク、驚いた様子でレオと冒険者を見る。
あくまで丁寧にレオは対応する。しかし冒険者は舐めて掛かるだけだった。
「お前にゃあ言ってねえんだよ、ガキが!おい!金髪の娘っ子!こんなやつ放って俺達と一緒に飲もうぜ、楽しませてやるよ」
ニタリといやらしい笑みを浮かべて誘う冒険者、後方にはお仲間だと思われる連中がこちらを見てニヤニヤしていた。
フレデリクは冒険者をキッと睨みつけ、応える。
「お生憎だがお前らみたいなのと飲む気はないんでね、あっち行け」
「おうおう、綺麗な顔して口が悪いなお前も、だがそそる、イイ女だ」
まだ女の自覚が無いフレデリクにその言葉は寒気を感じるだけだった。
いや、普通の女であっても同様かも知れないが。
フレデリクの腕を掴もうと冒険者は腕を伸ばす、しかしレオが素早くその腕を捕まえ捻り上げる。
「あなた達にはこの娘に指一本触れさせません、此処で引いてくれませんか」
レオは騒ぎを起こしたくなく、あくまで穏便に済ませたかった。
しかしこれ以上フレデリクに絡んで手を出すようなら容赦する気も無かった。
更に強く捻り上げて返事を催促する。
「いててッ!分かった、分かったよ!手を離せ!」
レオは村で同年代ならフレデリクに次いで強かったがそれはフレデリクがいたからだ、フレデリクを除けば村全体でも5本の指に入る程の実力があり、腕っぷしだけならフレデリクより強かった。
レオは油断無く腕を離し、冒険者は肩を抑えたまま自分達の席に戻っていった。
仲間達はその冒険者を揶揄っていて、こちらに反撃をする様子は見えなかった。
「フレデリク、早く此処を出よう」
フレデリクはその一部始終をぼんやり眺めていた。
自分が他人に女扱いされた事、手を出されそうになった事、レオに男から助けて貰った事。
今まで全く経験の無い出来事が一気に起こり、頭を整理しきれていなかった。
だがレオに促され正気に戻り、席を立った。
食堂を後にして宿に戻る最中、フレデリクは考えていた。
自分が女である事、その自覚が無い事、他の男からレオに助けて貰う立場になった事。
今、女である事は揺るぎようの無い事実、それは呪いが解けるまでは受け入れるしか無い事。
非力になった事や体力が無くなった事は受け入れ始めているが、女である事はすっかり忘れていた。
自分は今、女である、その自覚が徐々に芽生え始めていた。
そして、それはそれとして、レオに助けて貰った事は感謝している。
「レオ、助けてくれてありがとな」
身長がレオより頭一つ分低い所から少し見上げるようにしてニコリと微笑み、レオに感謝を述べる。
レオは少し照れくさそうにフレデリクから視線を外した。
「いや、今のフレデリクは女の子だからさ、僕が守らなきゃって思って、だから、うん、当たり前の事だよ」
女の子、そう聞いてフレデリクはふと思い、聞いてみる事にした。
「なあレオ、俺、女になった自分の顔を見た事無いんだけど、どうなんだ?美人なのか?ブスじゃないか?」
「え!?急に何を言い出すの!」
「いやだってさ、気になるだろ、食堂で声掛けられたから多分ブスじゃないんだろうけど、なあ、レオから見てどう思うんだ?」
「え、そ、それは……」
レオは口籠った、正直に言うと凄く綺麗で可愛い、細く綺麗な金髪も相まって、相当な美少女だ、でもそれをフレデリクに伝えて良い事なんだろうか、そんな事を言われて、それはそれでダメージを受けそうだ。
でも嘘を言うのもフレデリクに失礼な気がするし、正直に答えるべきか、でもそれは、すごく恥ずかしい気持ちになる。
「なんだよー、ハッキリ言ってくれ、俺は自覚しないと駄目だと思うんだ」
「分かった、分かったよ。コホン、……フレデリクは……凄く綺麗で……可愛いよ」
レオは真っ赤になってフレデリクを直視も出来ず、なんとか、やっとの思いで、そう言った。
女の子の容姿を褒めるなんて人生で初めての事だ、照れて当たり前だった。
「お、……おう。……うん、なんだ、なんか……恥ずかしいな」
今度はフレデリクが真っ赤になる番だった。
まさか綺麗で可愛いなんてレオの口から言われると思わず、それは思っていたより嬉しく、想像以上に恥ずかしかった。
2人とも真っ赤になって顔を背け、気まずいけど嫌じゃない空気が流れていた。
沈黙に耐えられず、先に口を開いたのはフレデリクだった。
「そっかー、俺って綺麗で可愛いかー、そっかー、じゃあこれからもレオに守って貰わないとなー」
何か言わなければ、そう思って揶揄う調子で口走った内容がレオに守って貰う宣言だった、フレデリクは言った直後からなんてことを言ってしまったのか、と後悔した。
こんなのまるで──
そしてテンパっているのはレオも同じだった。
「う、うん!これからもフレデリクを守るよ!だから僕から離れないでね!」
レオも言った直後から後悔していた、こんなの、こんなのまるで──
──好きな人にアプローチしてるみたいじゃないか!
お互いにそんな気持ちはまだ無い、ただお互いがフレデリクの非力を悟り、守り守られる立場だと理解し始めているだけ、そしてそれを口にしただけ、そのはずであった。
しかし男と女という立場はそれだけに留まらない事を、口にしてやっと理解した。
もう、男同士では無いのだ。
気まずさと恥ずかしさで沈黙が続き、そして沈黙のまま宿に戻る2人。
宿の主人は初々しく恥ずかしがる2人を見て、これから起こる事を想像して恥ずかしがってると勘違いしニヤニヤしながら見送った。
==========冒険者ギルドと冒険者==========
この世界には冒険者ギルド存在しており、街にそれぞれ支部があり、本部が首都に置かれる。
国で対応しきれない物事に対応するために作られた。
冒険者ランクは6段階で上からSABCDEとなる。
実力も当然だが、ランクの上昇には教養が必要となる。
Sランク:伝説級の活躍をしないと与えられない、特別なランク
Aランク:上澄み、ごく一部の選ばれた者にしか成れない、実力によっては下位ランクで必須技能が無くても聖者や達人など、飛び級で成る者も
Bランク:一般的な上限、貴族や王族に対するマナーが必須
Cランク:中級冒険者、ここからはさらに計算術、交渉出来る程度のマナーと教養が必須、複数PTの纏め役になる事も。
Dランク:下級冒険者、簡単な読み書きが必須、ある程度信用されるようになる。
Eランク:無頼漢と変わらない、読み書きが出来ず、扱いも軽く、信用されにくい。
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