5.白い杖と発現


「う……ん……、!!」


 レオは意識を取り戻し、眠りから覚めた。

 やけに頭がスッキリしている気がする。

 しかし身体の上に何かが伸し掛かっているように感じる、視線を身体に移すとそこにはフレデリクがいて、レオの胸の上で眠っていた。金髪の女の子が可愛い寝顔をこちらに向けている。

 レオの横に座り、そのままレオの身体に覆い被さったまま寝ているようだ。


 左腕の痛みや右脇腹の痛みは感じない。

 右脇腹はフレデリクが覆い被さっていて確認出来ないので左腕を確認する。


 フォレストウルフにしっかり喰い込まれ、そして剣を振るう為に振り回したのだ、大きな傷跡が残っているはずのその腕は、歯型どころか傷跡すら存在せず、まるで戦った事が夢のように感じられるほどに全く違和感が無かった。


 これは一体どういう事だろうか、今レオが生きている事から考えれば、多分脇腹の傷も治っている可能性が高い。

 そもそも脇腹の傷は内蔵にもダメージがあったはずだし、傷が無くても出血多量でもあったはずだ。

 こんなに体調が良くなっている事がおかしいとしか思えない。


 もしかして、本当に夢だったのだろうか。


 そう思い周りを見ると焼け焦げた物体が何個か転がっている。

 昨日の戦闘が実際に行われていればこれはフォレストウルフの残骸という事になる。


 となると、夢じゃない!?


 分からない、もうレオには何も分からなくなっていた。

 そうなるとフレデリクに聞くしか無い。


「おーい、フレデリク、起きてよ」


 金色の頭をペシペシと軽く叩き、起こそうと声を掛ける。


「んー、もう少し……」


 そう言ってフレデリクはレオの手を払った。

 しかし直ぐにバチッと目を開けて、レオとしっかり目が合った。


「あ、おはよう、レオ……」


「おはようフレデリク、よく眠れた?」


「あー、うん、バッチリ眠れた」


「そろそろ身体を起こしてくれない?」


 ババッと慌てて身体を起こし、恥ずかしそうに身なりを整えるフレデリク。


「ご、ごめん!安心したらそのまま寝ちゃって、そんで、こんな姿勢で」


「良いよ良いよ、別に重くは無かったし、それより聞きたい事あるんだけど、聞いても良い?」


「良いけどちょっと待って、俺も寝起きでまだぼんやりしてるし、それに頭の整理してからで良いか?」


「良いよ、じゃあ顔洗って、ご飯でも食べてからにしよう」


「分かった、じゃあ説明出来るようにしとく」


 なんだか昨日と違って、フレデリクに元気が少し戻っているような気がする、レオはそう感じていた。


 朝食が終わり、一息つく。

 レオの身体は万全と言える状態で、昨夜の怪我など無かったかのように感じる。

 自分の身体に一体何が起きたのか。

 昨夜の事情を詳しく聞くために、レオは話を切り出した。


 「そろそろ昨日あの後何があったか聞かせてくれる?」


 「そうだな。正直今でも信じられないが……。レオが【火焔剣】でフォレストウルフを撃退した所までは覚えてるか?」


 「あー、そういえばそうだったかも、無我夢中であんまり覚えてないけど赤の剣技が発現したんだよね」


 「そう、そしてフォレストウルフのリーダーを倒して、残りは逃げ出した。そしてレオは意識を失って倒れた──」


◇◆◇


 フレデリクは倒れたレオに駆け寄り抱き起こし、声を掛けた。


「おいッ!!レオッ!!目を覚ましてくれ!!レオ!!」


 脇腹は服ごと食いちぎられ、破れていて、そこから覗くのは多分内蔵の一部だろう。

 出血は続き、辺りは真っ赤に染まっている。

 顔も血色が悪くなっているように見え、さらに血を吐き出した。

 腕はだらんと力なく垂れている。


 もう駄目かも知れない、そうフレデリクの脳裏に浮かび、その考えを頭を振って否定する。


 非力で足を引っ張り、役立たずな自分を庇い、敵を撃退し、致命傷を負ったレオ。

 男の自分であるならここまで酷い事にはならなかっただろう事は明白で、自分が女になったのも元を正せば全て自分のせいだ、祠に行こうと誘わなければ、棺を開けなければ、杖を手に取らなければ、と後悔は押し寄せてくる。


 親友のレオが今、死に瀕している。こんな俺ではなく、レオが。

 俺が犠牲になれば良かった、俺が囮にでもなって、レオには逃げて貰えば良かった。


 ……いや、レオはきっとそんな手段で自分だけ助かった所で後悔はしても喜んでくれたりはしない、レオはそういうやつだ。

 もしかしたら、今も俺を守れた事を喜び、自分の死には見向きもしないかも知れない。


 でもそんな自己犠牲は駄目だ。レオは良くても、俺は認めない!


 フレデリクはレオの手を両手で握る、その手からは何の反応も無く、生気も感じない。

 フレデリクの涙は溢れ、自然と気持ちが言葉に出た。


「レオ!俺を置いて逝かないでくれ!まだ旅は始まったばかりで、剣の指南だってしてないじゃないか!一緒だって約束したじゃないか!俺も絶対強くなるから!レオに並び立てるくらいに!レオ!こんな終わり方は嫌だ!……レオ!頼むから元気に……なってくれ……」


 すると、白い杖が淡い光りを放ち始めた、まるで何かを訴えるように。

 フレデリクはそれに気付き、一縷の望みを掛け、杖を拾って両手に握り、祈りを捧げた。


 俺はこんな所で、こんな形で、レオと離れ離れになるなんて、耐えられない!

 だから白の加護よ!俺に【治癒】のスキルを授けてくれ!この親友を助ける力を!

 お願いだ!どんな犠牲を払っても良い!親友を!レオを助ける力を俺に!

 

 フレデリクは全てをなげうつ覚悟を持って、全身全霊を込めて、祈り、願った。


 

 淡い光を発していた杖が強く光り、輝き、そしてスキルは発現した。

 白の加護【治癒】の発現、さらにいくつかのスキルの発現。


 この【治癒】にどの程度の効果があるか分からない、だけどそんな事を確認する暇も余裕も無い。

 一刻も早くレオを助けたい、その強い思いでフレデリクは即座に杖を構え、レオに【治癒】を発動させた。


 杖が光り、その後レオの身体が強く光り輝き、みるみる内に傷が塞がり、身体が再生し、顔に生気が蘇った。


 その効果は強烈で、フレデリクは驚きを隠せない、ここまで強い効果とは、と。

 それは、死に至ってさえいなければ正常な状態に戻せる、【治癒】の効果としては最上級のものだった。

 当然その反動として消耗は激しく、この効果を何度も使用出来るものでは無いとも感じた。


 フレデリクはレオの心臓の音を確かめる為に胸に耳を当て、心音を確かめる。

 ドクンドクンと鼓動が聞こえる、レオは確かに生きている。


「白の加護よ、白き杖よ、俺の願いを叶えてくれて感謝する。約束通り、どんな犠牲でも払おう。そして誓う、授かった力でこれからもレオを助け、必ず強い男にしてみせると」


 杖を掲げ、そう宣言し、誓う。


 フレデリクは安堵し、【治癒】での消耗に加えて気力の疲労が押し寄せ、強烈な眠気を誘う。

 そのままレオの胸板に突っ伏し、眠りについた。


◇◆◇


「まあこんな感じで、この杖と【治癒】の発現のお陰でレオを助ける事が出来たんだ」


「そんな事が……ありがとうフレデリク、君のお陰で助かったよ」


 レオはフレデリクの両手を握り、感謝の言葉を述べた。


「いや、助けて貰ったのは俺のほうだからな、レオ、身を挺して助けてくれて、本当にありがとうな」


「僕なんかまだまだだよ、本当なら死んでたんだから、もっともっと強くならなくちゃね」


「そうだな、強い男にするって誓ったし、次の村についたら特訓だな!」


「強い男ね……うん、がんばるよ。それにしても僕の為に泣いてくれたなんて嬉しいなあ」


「は!?いやまあそりゃ……ところで、いい加減に手を離さねーか?」


「あッ!ごめん、つい嬉しくて」


 レオは慌てて手を離し、頭をポリポリとかいた。


「ところでフレデリク、他に発動したスキルってどんなの?」


「それは秘密だ、まあ機会がありゃ使うだろ」


「えー、ケチだなあ」


「今使っていざって時に使えないと困るだろ?当然だ」


「まあそれもそうか」


「一つだけヒントをやると攻撃スキルは無いからな、そういうのは当てにするなよ」


「え?つまり魔物と直接戦うのは僕のままなの?」


「そういう事、ちゃんと鍛えてやるから、強くなれよ。レオならもっと強くなれると思うから」


「本当!?フレデリクにそう言われると嬉しいな」


 レオは嬉しかった、昨日のフレデリクが嘘のように元気に、活力に溢れていて、いつものフレデリクに戻っている事に。

 そして気付いてしまった、今のフレデリクは笑顔が素敵で、魅力的だという事に。


「そんじゃそろそろ出発するか」


「あ、だね、今日中には次の村に着きたいね」


「せめて安全な寝床で寝たいしな」


 荷物を纏め、隣村へ出発する。

 途中でゴブリン5匹に襲われたが、レオが事前に気配を感知して身構えていた事や杖で強化された【身体強化】を受けたレオとの力の差が大きく、【火焔剣】を使うまでもなくあっさりと殲滅した。


「ゴブリンくらいなら楽勝だな」


「油断は禁物だけどね」


「それにしても【身体強化】って凄いね、これだけ動いても全然疲れないし、身体は機敏に動くし、力も出て、それに頭の反応速度も、全部上がるってこんな感じなんだな」


「昨日同じの掛けただろ?」


「昨日は無我夢中でやってたからそこまで実感無くて、でも今なら良く分かるよ、フレデリクの【身体強化】は僕を何段階も強くしてくれてるって」


「そうだな、レオが強くなればなるほど効果も強くなる。逆に俺自身に掛けてもそこまで効果は無い、まあ非力過ぎるんだろうけどな。それに強い効果と言ってもこの杖ありきだからな」


「そんな事ないよ、フレデリクならきっと杖無しでも出来るようになるって。他のスキルも楽しみだなあ」


「あんまり期待しすぎないでいてくれると助かる」


 そんな他愛無いやりとりをするほどに2人に余裕と元気が戻っていた。


 そして、隣村のライリー村が見え始めた。

 今日はそこで宿をとり、今後の方針を決める予定だ。

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