5.『ネットニュースの片隅』


「あれ……紗那さん……?」

「えっ」


 また会えた。

 再会は思いのほか早かったのだ。


 嬉しい話だよ。こうしてまた、無事に出会えて。

 そう、こうして再び出会えたからには、積もる話が……ない。

 それから彼の近況だって……別に気にならない。

 だって、


「昨日ぶりですね! この辺りに住んでるんですか?」


 昨日ぶりだもん。

 例の魔物に本気の魔術をぶつけて、魔力を蓄積する器官ごと凍りつかせて。

 なんとか勝利をもぎとったあと、求婚されて。

 そんな色々あったあの日から、まだ1日しか経ってないもん。


「祐人くん……その、ナイショだよ?」

「え? あぁ、言いませんよ。紗那さんがこの辺に住んでるってこと!」

「……うん、ありがとう」


 それもだけど。

 それもなんだけど……!


「それとも、紗那さんが思ったより大食いってことですか?」

「言うな!」


 私のカゴに無造作にぶち込まれたコンビニ弁当は、実にバラエティに富んでいる。

 パスタと牛丼と、おいなりさんに、一応サラダと……。

 い、一食分じゃないよ? さすがに!


「それとも、近所のコンビニくらいだったらパジャマで出かけちゃうことですか? しかも猫耳の」

「君、私のこといじめたいの!?」


 そうだよ!

 夜だし、近いし、いいかなって思ったの!

 

 最近は夜も冷えてきたし、もふもふの生地に猫耳フードまで付いちゃってるパジャマだからちょっと恥ずかしいけど、まぁ地元じゃないから知り合いもいないし、ちょっとコンビニ行くくらいなら大丈夫かなって腹を括っちゃったの!


「眼鏡、似合ってますね! 普段はコンタクトなんですか?」

「あぁ、うん……そうだよ」


 もうなんでもいい……。

 一番知り合いに見られたくない姿を見られた。私は死んだ。


「僕もこの辺に住んでるんですよ。また会えて嬉しかったです」

「それは……そうだね」


 とはいえ、再会は素直に嬉しいことだ。

 こんな仕事をしていると、一度の出会いと別れの意味が重くなるものだから。


 それはそれとして、通うコンビニを変えることは考えよう。


「あっ、ごめんなさい。僕、急いで帰らないとお母さんに怒られるんです! 塾帰りなので!」

「じゅく……」


 若ぇな。

 将来性バツグンってか。けっ。アタシのお先は真っ暗だよ。

 大学中退、職歴ナシ。自称個人事業主ってね!

 このシノギでひと山当てて起業してやるんだい!


 冗談だ。

 

 まぁ、彼は探索者としても優秀な腕前を持っているだろうけど、選択肢は多いに越したことはない。

 勉強して、いい学校に進学して、いい企業に就職する。

 その方が、少なくとも命の危険は少なくなるだろう。


 普通に考えたら、そっちの方がいい。

 そのためにもぜひ勉強を頑張ってほしいところだ。


「それじゃあ、また!」

「うん、またね。くれぐれも私の私生活をSNSで喧伝することのないように」

「しませんよ、そんなこと……あ、そうだ」


 くるりと背を向けて、レジに向かおうとしたところで、祐人くんが振り向いた。


「見ましたか? ネットニュース」

「え? 見てないよ」

「そうですか。帰ったら見てみるといいですよ! それじゃ!」

「どういう……おーい」


 詳しい話を伝えることなく、彼は去っていった。

 なんだろ。また新しいダンジョンが見つかったとか?

 いやいや、そんなの日常茶飯事すぎてあえて触れる話題でもないか。


「ま、いいか。あっ、ブリトーも食べよ〜!」


 美味しいものをカゴいっぱい、ささやか幸せを胸いっぱいに、私はレジへ進んだ。



 ごろごろと一時の自堕落を楽しみながら、惰性でスワイプを続ける。

 やれ人気アイドルのスキャンダルだとか、やれ配信者の問題発言だとか、そんな下世話なゴシップを流し込んでいたとき。


 とあるネットニュースの、こんな見出しが目に入った。


【人気配信者、未確認の魔物を一撃で屠る。人命救助も】


 すぐに昨日のことだと悟った。

 人気だなんて、でへへ、照れちゃうね。

 と思いながら記事を開くと、そこには私たちの戦いが、誇張されたドラマティックなものとして記されていた。


「仲間の無念を胸に、1人の少女が心折れた3人の探索者を救う、ねぇ……」


 苦笑いが漏れる。

 亡くなった4人は無念だっただろう。

 でも私は彼らの仲間ではないし、私が辿り着いた時にはすでに手遅れだった。

 

 もう少し早く私が行けば助かっていたかもしれないけど、それができなかったから彼らは死んだ。

 彼らからすれば、そんなヤツが仲間ヅラをするなと思っているだろうな。


 そして、あの場に立っていた3人――私を含めて4人は、誰ひとりとして心なんて折れちゃいなかった。

 強いのだ、彼らは。


 あと……うん。

 もうひとつ訂正するところがあるけど、まぁ。


「私はもう少女って歳でもなくなってきたけど、まぁいいや言わせとけ言わせとけ」


 スワイプを続ける。

 記事の本文が終わって、目に入るのはコメント欄だ。


 どうせロクなことは書かれてないと思いながら、一応目を通してみる。

 概ねは私たちを素直に褒めてくれていたけど、中には悪意のある言葉も散りばめられていた。


「魔物の死体をあんなに損傷させる必要はなかった。魔物を無駄なく殺せる火力に調整するべき、ねぇ……」


 そんなこと言って手加減した結果、倒しきれなかったらどうなるかわかってるのかな。

 全員死んでおわり。魔物相手に手加減なんてするもんじゃないよ。


「ま、この人は探索者じゃないんだろうなぁ。しかたないか」


 所詮はネットの片隅にある一意見、それも本人に届くとは思っていないところで呟かれた言葉だ。

 気にしてもしかたないよね。


 とにかく、あんまりこういう書き込みに浸かってもいいことはない。

 今日のネットサーフィンはこの辺りで終わりにして、ぽかぽかのお風呂にでも入るか――と、スマホから手を離しかけたとき、関連記事に気になる一文を見つけた。


【過疎ダンジョンの深層に大量の魔物の死体。風魔術を操る密猟者か】


 どくんと心臓が跳ねた気がした。

 まさか、だ。風魔術を使う人なんて、何千人といる。

 だけどどうしても気になって、私は画面にかぶりついて記事を開いていた。


 密猟者。

 要するにライセンス未所持の人で、所謂『無許可』と呼ばれる人だ。

 私はその呼び方が好きじゃないけど、もはやライセンス制が定着した世間的には悪者なのだろう。


 風魔術。無許可。そして、深層の魔物をまとめて蹂躙できるほどの実力。


 それらを1本の線で繋げると、私にはどうにも、ひとつの心当たりが浮かんだ。


 記事は短かった。

 スワイプしなくても読み終わるくらいの文。


 そこに書かれていたのは、ほんの小さな情報だ。

 見出し以上の収穫といえば、その迷宮の所在地くらいのものだった。


「万花町、西のダンジョン……」


 聞いたことのない町。

 すぐに調べてみてわかったのは、人口3万人程度の町であることと、ここからはそれなりの距離があること。


「……」


 バカバカしいことを考えている自覚はある。

 一晩経てばきっと冷静になって、いつも通り近場の迷宮に潜っている自分の想像がつく。


 だけど、たぶん私は後悔する。

 それはそんなに大きな後悔じゃないかもしれない。

 そのうち割り切れるくらいの、ほんの小さなささくれにしかならない程度のものだと思う。


 でもそれは、嫌だ。


「新幹線で3時間。そう考えればめちゃくちゃ遠いわけでもない」


 自分に言い聞かせたのち、文明の発展に感謝しつつ、私は立ち上がる。


 あまり期待しているわけじゃない。

 件の無許可探索者が私の探している人ではない可能性だって高いし、もしその人だったとしても、この記事は数日前のものだ。

 もう移動していたとしたら、足取りを掴むには遅すぎる。


 わかってる。

 胸の高鳴りに誤魔化され、私がおかしな選択をしていること。

 どうしても会いたくて、ただ一言伝えたくて、闇雲になっていること。


 だから、今なのだ。

 目を閉じて、一晩明ける前。


 冷静になる前に、私は探索用のリュックに荷物を詰めた。

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