エピローグ 英雄たちへ

 エーデルシュタイン王国に訪れた新たな時代。統一暦一〇一一年の夏。


 フリードリヒは、ホーゼンフェルト伯爵家の墓の前にいた。

 軍葬では王国軍人に限らず多くの者から悼まれ、その活躍を称える銅像と記念碑が王都の広場のひとつに置かれることも決まっているマティアスだが、その遺灰はこれからも先祖代々の墓に安置される。

 伯爵家の屋敷の敷地内、木々と花々に囲まれた静かな一角で、マティアスはこれからも妻アンネマリーや実子ルドルフと共に眠り続ける。


「……父上。今日は大切なお知らせを伝えにきました」


 亡き養父へ向けて、フリードリヒは静かに語りかける。


「僕はユーリカとの結婚を果たしました。僕の妻として、今日から彼女もホーゼンフェルトの家名を名乗ります」


 フリードリヒの隣には、ユーリカが寄り添っている。いつもの軍服姿ではなく花嫁としての衣装。まるで花のように上品な艶やかさを漂わせ、それでいて彼女のしなやかな美しさを引き立てる、黒を基調としたドレス。長い黒髪にノウゼンハレンの花飾りが彩りを添えている。

 力強く美しい佇まいのユーリカと微笑み合い、フリードリヒは再びマティアスの方へ向き直る。


「エーデルシュタイン王国の新たな時代は、順調に歩みを進めています。ホーゼンフェルト伯爵家にも、今日から新しい日々が訪れます。父上とアンネマリー様、ルドルフ様がこの家で日々を築いたように、僕もユーリカと一緒に、家族として、この家で新しい日々を築いていきます」


 王国の新時代は、復興と発展の時代として始まっている。アレリア王国からの身代金や最初の賠償金も支払われ、功労者たちへの褒賞が配られてもなお余りあるそれらの利益をもとに、様々な施策が始まっている。

 先の戦争で少なからぬ被害を被った、アルンスベルク要塞周辺の復興事業。まだ見ぬ未来に起こるであろう侵攻や、いずれ起こるであろう隣国の混乱に備えるための、王国軍再建と防衛体制の強靭化。

 非公式に進められることとなったノヴァキア地方の再独立支援。リガルド帝国の助力への礼を為すための、鉄鉱山開発のさらなる強化。戦闘での紛失を装って入手した漆黒弩の解析と、エーデルシュタイン王国産の最新式複合弓開発の試み。大敗の影響で混乱するロワール地方東部から流れてくる少なくない難民を利用した、新たな農業地帯の開拓。

 様々な場面で、少しずつ変化が起こっている。その恩恵は王国の支配者層だけでなく、民のもとまで届いている。平和の中で経済は活性化され、社会の糧は戦争で消費されるのではなく、社会をより豊かにするために活用されている。


 おそらく永遠ではない、いつまで続くかは分からない、しかし今は確かに存在する平和と発展の日々。その中で、フリードリヒはユーリカと結ばれた。

 披露宴にはホーゼンフェルト伯爵家の従士たちや王国軍の戦友たちだけでなく、多くの貴族が――おそらくは新たな英雄と仲良くなりたいという打算もあったのだろうが――出席してくれた。女王クラウディアも、自ら英雄とその伴侶を祝福しに訪れた。

 これからも、生涯、一緒にいる。ずっと前から二人を繋いでいる誓いは、神の御前で夫婦の契りを交わしたことで、より確固たるものとなった。

 今日、フリードリヒとユーリカは、名実ともに家族になった。


「……それと、少し前から新しい試みを始めました。自分の人生を自分の言葉で記録して、書物にしようと思っています」


 これまでフリードリヒが読んだ書物の中には、歴史の重要な局面に関わり立ち会った人々の自伝や回顧録も数多くあった。それらの書物の中では、歴史書には残らないような主観的な記憶も文章として刻まれていた。数多の人生の中に、数多の物語があった。

 フリードリヒも、自身の生涯を、その中で見てきたものを、己の物語として書の中に残そうと思った。残さなければならないと思った。


「あなたとの記憶も、言葉にして後世に残します。あなたの語った言葉を。あなたと過ごした思い出を。あなたが確かに僕の父であったことを。僕自身の言葉で伝えます……そして、あなたに見出された後継者としてこれまで歩んだ戦場と、その中で散っていった仲間たちのことを。これから歩む戦場と、そこで散っていく仲間たちのことを。僕の生きた物語として歴史に刻みます。彼らが英雄であることを、人々が忘れないように」


 勝利のため、国を守るために死んだ者たちこそが真の英雄である。

 父は、マティアス・ホーゼンフェルトは、そう語っていた。自らがエーデルシュタインの生ける英雄と呼ばれながら、しかし彼は死者たちこそが英雄だと語った。

 そして、父も国を守って死んだ。彼が戦いの中で見送った多くの英雄たちと並び、彼もまた真の英雄となった。

 今ここにある平和は、多くの英雄たちの犠牲の果てに得られた。彼らがこの国を守った。

 彼らの志を継ぎ、これからは残された者たちが戦い、この国を守る。

 残された者の一人として戦いながら、自分はそれを言葉に残す。彼らが英雄であることを伝えるために。


「……これが正しい行いなのかは分かりません。この行いで、あなたたちにどれほど報いることができるのかは分かりません。だからこそ為していきます。全てを言葉に残しながら、あなたの後を継いだ者として歩んでいきます」


 墓前に膝をつき、フリードリヒは墓に刻まれたマティアスの名にそっと触れる。


「どうか見守っていてください、父上」


 呟くように言い残し、そして立ち上がって振り返る。歴史の一幕となった過去の中に眠る父と、今このときは別れ、ユーリカと手をとり合って未来へ歩いていく。


 多くの仲間が散っていったこの戦争も、やがて過去になる。新たな時代の中で、誰もが明日に進む。女王クラウディアが導き、貴族たちがそれを支え、民衆が社会を営み、そうして時代は築かれていく。

 彼らが守ったこの国で、彼らの死の上にある平和の中で、連綿と続いていくエーデルシュタイン王国の歴史を。この先を生きる人々によって紡がれていく数多の物語を。


 戦場に散った真の英雄たちへ捧ぐ。






★★★★★★★


以上で『フリードリヒの戦場』本編はひとまず完結となります。

ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。皆様より多大な応援をいただいたからこそ完結まで辿り着けました。


少し先になるかと思いますが、いずれフリードリヒたちのその後のエピソードを更新できればと思っております。よろしければお待ちいただけますと幸いです。


また現在、本作の書籍も発売中です。

書籍版でもシリーズを継続させ、この結末まで辿り着きたいと思っております。どうか応援をいただけますと幸いです。



最後にお知らせです。

本日より新作『アクイレギアの楽園』の投稿を開始しました。


今回は異世界転生ものです。

弱小貴族家の次男に転生した主人公が、故国の崩壊による動乱の時代の中で、自分の国を作り上げようと奮闘する戦記/建国記です。


よろしければぜひご覧ください。



あらためて、本当にありがとうございました。

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