第164話 新たな時代

今回は2話更新です。




★★★★★★★


 エーデルシュタインの生ける英雄、マティアス・ホーゼンフェルト伯爵。

 彼に捧げられた軍葬は、終始厳粛な空気に包まれていた。

 軍葬でありながら、葬列が王都の通りを練り歩く際は多くの民が自主的に集まり、長きにわたって王国を守った英雄の最後の行軍を見届けた。その後、王都の中央教会でアリューシオン教の総主教によって祈りが捧げられ、継嗣であるフリードリヒ、女王クラウディア、王国貴族たち、数百人の王国軍人たちが黙祷をもって英雄を見送った。

 華美な演出はなく、哀愁を誘う演説もなく、ただ静かに、ただ厳かに。誇り高く寡黙な英雄に捧げるにふさわしい、誰の目から見ても見事な葬儀だった。


 続く先代国王ジギスムント・エーデルシュタインの国葬も、彼の威厳を象徴するように、荘厳な空気の中で執り行われた。中央教会の聖堂で。あるいは王都の沿道で。王国全土の教会で同時刻に鳴らされた鐘の音の前で。貴族から平民まで、誰もがそれぞれのかたちで祈り、偉大な王に別れを告げた。


 二つの葬儀が終わって少し経ち、最後に開かれるのは戦勝の宴だった。

 贅を尽くした料理が並び、高価な酒が振る舞われ、王国の権勢を表すように華美な装飾が施された大広間。その前方で、クラウディアは出席者たちの注目を集めながら口を開く。


「エーデルシュタイン王国貴族の諸卿。そして、共に戦った友邦の隣人たち。まずは、今宵この宴の場へと集ってくれたことに感謝する。この場に並ぶ皆と、この日を迎えられたことを心より嬉しく思う」


 語りながら、クラウディアは大広間を見回す。

 クラウディアに近い位置には、王家の直臣たちが立っている。ヘルムート・ダールマイアー侯爵やアルフォンス・バルテン伯爵をはじめとした文官の重鎮。そして王国軍の将たち。軍を退いたヨーゼフ・オブシディアン侯爵も、今は椅子にも杖にも頼らず義足でしっかりと立っている。

 新たな英雄フリードリヒ・ホーゼンフェルト伯爵も、他の二人の連隊長と並び、クラウディアの言葉を静かに聞いている。

 彼らから少し離れて、帝国の代表者たちも並んでいる。傍らに秘書官を控えさせたエドウィン・リガルド皇太子。帝国大使クリストファー・ラングフォード侯爵。騎士の代表として招かれたチェスター・カーライル子爵。

 そして後方には、その他の宮廷貴族や領主貴族たちが、酒の杯を手に並んでいる。

 彼らに視線を巡らせたクラウディアは、前に向き直って言葉を続ける。


「同時に、共にこの日を迎えることが叶わなかった者たちのことも思っている。北方平原での緒戦から始まるいくつもの戦いで、それ以前の係争で、死んでいった騎士や兵士たち。決戦を前に散ったエーデルシュタインの生ける英雄マティアス・ホーゼンフェルト伯爵……そして、我が父。先代国王ジギスムント・エーデルシュタイン。我が国の勝利を祝うこの宴、戦争の犠牲となった全ての者たちと共に、父も神の御許から見ていると信じたい」


 そう言って、クラウディアは後ろを振り向く。

 大広間の正面に飾られているのは、ジギスムントの肖像画。先王は在りし日の威厳をそのまま放ちながら、宴に集った者たちを睥睨していた。


「父は偉大な王だった。若き日の父は、父を支える多くの者たちと共に戦い、共に歩み、エーデルシュタイン王国に偉大な時代をもたらした……私にもまた、共に戦う者たちがいる。共に歩む者たちがいる。我が治世を支えてくれる者たちがいる。だからこそ、私は女王としてこの国に勝利をもたらすことができた。これは私だけの勝利ではない。王家だけの勝利ではない。ここに集う全ての者、この国に生きる全ての者と、頼もしき友邦の隣人たち、皆の手で掴んだ歴史的勝利である」


 手にした黄金の杯を、クラウディアは皆に向けて掲げる。


「勝利の先にも時代は続く。私たちが共に築く時代だ。先祖より受け継いだ誇りを、私たちが未来へと繋いでいくのだ……エーデルシュタイン王国に栄光あれ!」


 クラウディアが高らかに言うと、一同は杯を掲げて唱和した。勝利の高揚が、未来への期待が、大広間を満たした。

 そして宴が始まる。皆が語らい、酒を飲み、勝利を祝う。

 戦勝の宴は区切りでもある。過酷な戦争を生き残った者たちが、明日を向いて歩き出すための大きな区切りになる。

 宴を終えれば新たな時代が訪れる。明日の夜明けは新たな時代の幕開けとなる。

 明るく楽しい夢のような時代ではあるまい。新たな苦難も待っていることだろう。新たな戦いも起こるだろう。

 だが、少なくとも今日は、このひとときは、新たな時代の前夜を祝おう。


 女王として場を見守りながら、クラウディアは微笑を浮かべた。

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