第134話 決戦への軍議①
季節は冬に移り、エーデルシュタイン王国、アレリア王国双方の軍事行動は緩やかになった。両国とも敵側の万が一の奇襲に対応できる規模の部隊を最前線に残しつつ、その後方では物資集積をはじめとした冬明けの決戦準備を進めていた。
その戦場を、再び女王クラウディアが訪れた。近衛隊長グスタフ・アイヒベルガー子爵に加え、今回はアルブレヒト連隊長レベッカ・アイゼンフート侯爵と、外務長官アルフォンス・バルテン伯爵も伴って。時期を合わせ、領主貴族の主要な顔ぶれも参上する。
名目は女王と主要貴族による前線の視察のため。実際は、フリードリヒとディートヘルムが揃って王都に帰還することで、前線に将が不在となる事態を防ぐため。決戦に向けた軍議が、王城ではなく戦場の防御陣地で開かれる。
「俺たち二人揃って、連隊長として女王陛下の御前で軍議か。まったく偉くなったもんだ……二年前に初めて会ったときは想像もしてなかったな」
「……そうだね。生まれからして貴族の君はともかく、僕なんて元は田舎の孤児上がりだ。そんな立場から御前会議に出るほど成り上がった人間なんて、王国の歴史上で何人いるか」
会議場として設営された大天幕に向かいながら、ディートヘルムが言う。フリードリヒは並んで歩きながら、ため息交じりに答える。
平民から高位の貴族や軍人になった者は、過去にいないわけではない。しかし、多くの新興貴族が誕生した王国の黎明期を含めても、孤児の生まれから御前会議に出るほど出世した者を数え上げれば、片手の指で足りる。
「ヴァルトルーデ陛下だって元は平民上がりだ。才覚と成果を示せばふさわしい立場を得られるってことを、他ならぬ建国の母が証明してくださってる」
初代女王ヴァルトルーデ・エーデルシュタインは、元は現在の王領中部、エーデルシュタイン伯爵領の地主の娘だったという。
ルーテシア王国の崩壊後、動乱の時代の最中。村の住民たちをまとめ上げて隣領の掠奪部隊を退けたことで頭角を現した彼女は、その後も民兵を率いて活躍した結果、当時のエーデルシュタイン伯爵に伴侶として迎えられた。伯爵の戦死後は幼い息子に代わって自身が爵位を継ぎ、他領を併合し、ついには国を興した。
身分の低い生まれの者が、実力をもって社会の高みにたどり着くことは、稀ではあるが確かにあり得る。建国の歴史と共にその事実が知られていることも、自分が皆から認められた要因のひとつであると、フリードリヒ自身も考えている。
「だから堂々と胸を張れよ、ホーゼンフェルト伯爵閣下」
気安く背中を叩かれ、フリードリヒは小さく苦笑しながら頷く。
伯爵閣下。そう呼ばれることにもようやく慣れた。
そうして話しているうちに、二人は天幕にたどり着く。それと前後して他の出席者たちも集い、最後にはクラウディアがグスタフを伴って天幕に入り、揃っている全員が礼で迎えた。
「……君主と将の平均年齢が大陸一低い国だろうな」
天幕の最奥に立ったクラウディアは、居並ぶ臣下たち、その中でもクラウディアから見て左手側に並ぶ王国軍の将たちを見て、薄い笑みで言った。それにフリードリヒもディートヘルムも、普段は表情変化に乏しいレベッカも微笑を返す。他の者も一同笑いを零し、議場の空気が和らぐ。
連隊長の中では最年長のレベッカも、未だ齢四十には届かない。マティアスとヨーゼフに代わって三十歳のディートヘルムと二十一歳のフリードリヒが連隊長職についたことで、王国軍の将の平均年齢は大幅に若返った。将たちをまとめる君主も、齢六十を超えていたジギスムントから未だ二十代のクラウディアへと代替わりした。
戦時、それも熟練の軍人たちが次々に死傷する苦戦の渦中でありがちな、将の歪な若返り。二十一年前、亡父が英雄と呼ばれるきっかけになった勝利の前も、きっとこのような状況だったのだろうとフリードリヒは考える。
「畏れながら女王陛下。オブシディアン侯爵閣下より職務を引き継いだこの私も、先代ホーゼンフェルト伯爵閣下より爵位と職務を引き継いだ当代ホーゼンフェルト卿も、国を守る使命感については前任の方々に並ぶものと自負しております。能力の面でもそうあろうと努めております」
答えたのはディートヘルムだった。普段は物静かな質である他の将たちに代わり、威勢のいい言葉をもって場の空気を温める役割を買って出ているのは誰の目にも明らかだった。
ディートヘルム自身は特に意識していないが、それは前任者であるヨーゼフの振る舞いによく似ていた。
「頼もしい言葉だ。もちろん私も、卿らが連隊長の役職を継いだことに何らの不安も抱いてはいない。卿らであれば、前任者たちと同様に活躍してくれるものと信じている」
クラウディアもディートヘルムの意図を当然に理解し、彼に調子を合わせて言う。
「では……早速だが軍議の本題に入ろう。バルテン卿」
「はっ」
名を呼ばれ、アルフォンスが一歩進み出る。外務大臣という役割柄、人当たりの良い柔軟な振る舞いを得意とする彼は、文官の中では武官や領主貴族たちからの印象も悪くない。政治的な状況の説明役には最適だった。
「それでは私より、現状で迎える決戦の陣容、その予想についてご説明いたします。傭兵の招集の進捗や、既に領主貴族の方々と話し合って調整した上で決定した民兵の徴集計画。物資集積の進行具合。それらをもとに、エーデルシュタイン王国側のおおよその兵力動員規模が確定いたしました……まず、王国軍からは総勢で三千」
冬明けまでに訓練兵を補充したヒルデガルト連隊とフェルディナント連隊を基幹に、アルブレヒト連隊と、エルザス回廊の監視に充てられている旧バッハシュタイン公爵領軍の部隊、そして近衛隊から集めた応援。それらを合わせて三千が、現実的に決戦に動員できる兵力だとアルフォンスは語る。
「次に、各貴族領軍より二千ほど。多くは王国西部と南部の貴族領から集まる予定です。北部と東部の貴族領軍に関しては、決戦に動員しない兵力を旧ノヴァキア王国や帝国との国境に充てていただきます」
確認するようにアルフォンスが視線を向けると、領主貴族の代表格たちが頷く。
領主貴族たちも戦時に入って戦力拡充に努めているが、バッハシュタイン公爵領軍が消滅した現在、領軍の総兵力は三千に届かない。北や東の国境地帯を空にはできない以上、それら地方の兵力を全て決戦の地に集めるわけにはいかない。二千というのは、一か所に集められるぎりぎりの数と言えた。
「そして、傭兵をおよそ二千五百。国内のみならず、旧ノヴァキア王国や、アレリア王国ミュレー地方などからも集めます。傭兵を集めているのは敵側も同じですが、こちらは国家予算の予備費を投じ、金にものを言わせて数を集める予定です……そして、軍歴のある者を中心にした志願兵がおよそ五百」
戦傷以外の様々な理由から王国軍や貴族領軍を引退した者。元傭兵で、稼いだ金を元手に現在は自作農や商人として生きている王国民。そうした者たちに志願を呼びかけたところ、相当数が集まる見込みだとアルフォンスは説明した。
「性質上、志願兵たちの平均年齢は高く、老人と呼ぶべき者も多くなるものと思われます。それでも、戦いに従事した経験を持ち、なおかつ国家や故郷、現在の生活への愛着を持つ人材は貴重かつ有用です。彼らには主に、徴集兵たちを率いる部隊長として活躍してもらう予定です」
アルフォンスはそこで言葉を切り、一同から異論などが出ないことを確認し、また口を開く。
「……最後に、王国民より徴集する民兵。これは総勢で一万二千から一万五千ほどを見込んでいます。決戦に投じられる国費の余裕や、集積できるであろう物資の量などを計算した結果、財務大臣ダールマイアー侯爵閣下が導き出した数となります。半数を王領民から、残りの半数は各貴族領から人口比に応じて集める計画です」
この点も既に話は済んでいるのか、領主貴族たちはただ認めるように頷いた。
「これらの兵力にリガルド帝国からの援軍三千を加え、こちらの総兵力は二万三千から二万六千となります」
「……凄まじいな。間違いなく、この国が動かす軍勢としては史上最大の規模になる」
隣から小声で話しかけてきたディートヘルムに、フリードリヒも頷く。
他の出席者たちも、左右の者と動員規模への感想を語り合う。感嘆とも呆れともつかない誰かのため息が零れる。
過半が徴集兵になるとはいえ、総人口六十万の国家が揃える軍勢としては、二万以上というのは恐るべき大軍だった。政治的な事情も考慮すると、現実で動員し得る最大規模と言えた。
「これに対するアレリア王国側の動員兵力ですが……全力で情報収集にあたった結果、どれほど少なくとも三万数千、最大の場合で四万近くになるものと予想されます。そのうち王国軍と領軍を合わせた正規軍人が一万ほど、傭兵が数千、残りは志願兵や徴集兵になるかと」
続くアルフォンスの言葉で、軍議の場は再び静まり返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます