第68話 処刑①
謀反人たちの処刑当日。公開で処刑が行われる王都中央広場には、多くの民衆が集まっていた。
民衆は賑やかに語らい、酔っ払っている者さえいる。広場の空気はさながら祭りのようで、実際のところ、罪人が刑に処される場は民にとって祭りだった。
広場の正面とされている北側には、死刑台を兼ねた大きな壇が設営されている。周囲は近衛隊が厳重に警備し、壇の脇には公開処刑を見届ける要人たちが集まっている。
平時の公開刑罰ではこれほどの顔ぶれがわざわざ揃うことはないが、王族と大貴族の処刑が行われるとなれば、重要度は段違い。大臣をはじめとした上級文官や、王都に拠点を置く王国軍各部隊の隊長格が勢ぞろいしていた。
その集団の中に、フリードリヒもいた。グレゴールと共にマティアスの傍らに立ち、公開処刑が始まるのを待っていた。
同じ場にはオイゲン・シュターミッツ男爵をはじめとした大隊長格や、貴族家の人間であるオリヴァーなどもいるが、一介の騎士であるユーリカはさすがに随行させられなかった。彼女は他の騎士たちと共に、民衆たちの最前近くに場所を与えられてこの場を見守っている。
正午が近づいた頃。典礼大臣が壇に上がり、公開処刑の開始を告げた。
続いて壇上に立ったのは、王太女クラウディア・エーデルシュタインだった。典礼大臣が皆に礼をするよう命じ、その場に集う全員がクラウディアに向けて一礼した後、彼女は口を開く。
「王は唯一絶対の神より権能を与えられし支配者である。すなわち、王の裁きは神の裁きである。そして私は、国王陛下より国政の権能をお預かりしている。我が名のもとに、謀反人たちへの裁きを下す!」
クラウディアによる力強い宣言の後、いよいよ罪人たちが死刑台に上がる。
まず最初に死刑台に並んだのは、今回の謀反に自らの意思で加担した者たち。主にバッハシュタイン公爵家の重鎮たちだが、中には何人か、宮廷貴族家の人間もいた。
それは、あまり秘密裏に動けないコンラート・エーデルシュタイン王子に代わり、バッハシュタイン公爵家との連絡役を担っていた男爵位を持つ文官とその家族だった。閑職にいたその男爵は、将来の侯爵位と大臣職を報酬に謀反の片棒を担ぎ、彼の妻と、既に成人済みの子供たちも協力していた。
不穏な動きを見せて近衛隊に目をつけられた彼らは、公爵家が敗色濃厚となった後、一家揃っての逃亡準備を進めていたところを捕縛され、こうして死刑台に上がっている。
「この者らは謀反に加担し、王家に牙を剥き、王国の安寧を脅かした大罪人である。よって、全員に死を賜る……この者らの首を刎ねよ!」
公爵家の重鎮たちは、概ね潔く。男爵一家はこうなる覚悟をしていなかったのか、未だ泣きわめきながら。並んだ左端から、近衛騎士によって次々に首を刎ねられる。
王都でもそうそう見られない、高い身分にある複数人の一斉処刑という派手な催しに、民衆が一層沸いた。
「フリードリヒ、大丈夫か?」
「……平民だった頃は深く考えずに公開の刑罰を見ていたけど、この立場になって民衆の有様を目にすると複雑だね。事態に対処した軍人たちの苦労を思うと」
眉根を寄せて民衆たちを眺めていたフリードリヒは、オリヴァーに小声で尋ねられて答える。
ドーフェン子爵領でも、領都では年に数回、重罪人への刑罰が民衆に公開されていた。そうした行事は事前に布告されるため、フリードリヒは休みを合わせ、ユーリカと共に見物に行ったこともある。
教会育ちの身だったので、さすがに酔ってはしゃぐほど品のない真似はしなかったが、それでもやはり他人事の非日常として、刑罰が執行される様を呑気に眺めていた。
当時の自分もあの民衆たちのような有様だったのかと思うと、何とも言えない気持ちになる。
「気にするな。民衆はああいうものだし、あれでいい」
「そうよ。民衆が呑気にしているということは、国の平和が保たれてる証拠なんだから」
「俺たち軍人は、戦功だけ語られて、苦労は民衆からは見えない。それくらいが丁度いいんだ」
オリヴァーに続いて、フェルディナント連隊の弓兵大隊長ロミルダと、歩兵大隊長の一人であるリュディガーが語る。彼らの言葉に、フリードリヒはひとまず納得して頷く。
「……いよいよ、主役の一人がご登場だな」
呟いたのは、もう一人の歩兵大隊長であるバルトルトだった。
彼の言葉通り、死体の片付けられた死刑台に、新たに罪人が一人、上げられる。
後ろ手に縛られたエルンスト・バッハシュタイン公爵が、死刑台の中央に座らされ、静かに首を垂れる。
処刑されるのは彼一人だった。彼は妻とは昔に死別しており、娘であるリーゼロッテ嬢は謀反の計画をまったく知らされていなかった。
謀反に直接関わっておらず泣きじゃくる令嬢を、民衆の面前で殺すのは印象が悪い。王家が厳格を通り越して残酷に見える。そのような政治的判断もあり、彼女は世俗を捨てて人里離れた修道院に入ることで生存を許された。それでも当人にとっては、不自由で不幸な結末だったが。
既に娘との今生の別れも済ませたエルンストが死を待つ横で、クラウディアがその立ち位置を変える。まるで、処刑を宣言する役割を他の誰かに明け渡すように数歩下がる。
そして新たに、壇に上がる人物がいる。
その姿を見た民衆の間に、今度は大きなどよめきが広がった。
檀上に立ったのは、頭上に王冠を戴いたジギスムント・エーデルシュタイン国王その人だった。
「国王陛下の御成りである! 皆、礼を!」
クラウディアが呼びかける。この展開を事前に知っていた貴族たちは落ち着いて、未だ驚きに包まれているその他の者たちは慌てて、深く頭を下げる。
「……面を上げよ」
ジギスムントの厳かな、よく通る声に引き上げられるように、皆は顔を上げた。
老いた病身のジギスムントだが、その声は彼が国政の表舞台に立っていた数年前までと何ら変わることなく、民に畏敬を感じさせる凄みを持っていた。
ジギスムントが言葉を発するだけで、広場全体の空気が変わった。王ここにありと、ジギスムントはその存在感をもって示していた。
首を垂れているエルンストを睨み、ジギスムントは再び口を開く。
「当代バッハシュタイン公爵エルンスト。この者は謀反を首謀し、アレリア王国の軍勢を神聖なるエーデルシュタイン王国領土に招き入れた。王国貴族にあるまじき大罪には、ただ死のみがふさわしい。この者の首を刎ねよ」
斬首のための剣を手にしてエルンストの傍らに立つのは、近衛隊長であるグスタフ・アイヒベルガー子爵。エルンストの身分を考慮した人選だった。
グスタフは刃をエルンストの首の後ろに静かに当て、そして振り上げる。
「エーデルシュタイン王国の民よ! ルーテシア人の誇り――」
人生最後の数秒間で、しかし自身の訴えを皆まで言うことは叶わず、エルンストの首は落とされた。民衆はただ、大貴族の斬首という劇的な光景に大きく沸いたのみで、彼の最期の言葉を顧みる者は皆無だった。
「……ご苦労なことだ」
ため息交じりに呟いたのは、騎兵大隊長オイゲン・シュターミッツ男爵。彼の言葉が聞こえた幾人かが、彼に共感するように呆れのこもった苦笑を零した。
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