第21話 歓迎
三月の初頭。フリードリヒとユーリカは、総勢二百人近い騎士や兵士と共に、王国軍への入隊式に臨んでいた。
入隊式が行われているのは、王城の広大な中庭。広場のようになっているこの場所に今年の入隊者が集結し、王国軍の各部隊の将も見守る中で王国と王家への忠誠を誓う。
「――この場に居並ぶ諸君は、今日この日、誇り高きエーデルシュタイン王国軍へと迎えられる。王国軍はこの国と王家を守る剣であり、同時に盾である。諸君の持つ力が王国軍の軍旗の下に結集されることで、王国の敵を討ち、王国の全てを守る力となるのだ!」
長らく公の場から遠ざかっている国王ジギスムントはこの入隊式にもやはり姿を見せず、堂々たる態度で入隊者への訓示を行っているのは王太女クラウディア・エーデルシュタインだった。
王都では国王の余命が幾何もないなどとまことしやかに囁かれているが、その噂も案外間違いではないのかもしれないと、王太女の姿を眺めながらフリードリヒは思う。
視線を隣に向けると、そこにはユーリカが立っている。さらに視線を巡らせると、入隊者たちが並んでいる。騎士は若い者が多く、女性も少なくない。兵士はほぼ全員が男で、成人したばかりに見える者から中年に近い者まで様々だった。
王国軍に入る騎士の多くは、代々王家に仕える騎士の家系。あるいは、家も領地も継げない貴族家の次子以下。
騎士家や宮廷貴族家の子弟たちは王家から能力を認められ、今日までに王太女から叙任を受けている。領主貴族の子弟は、実家で家長から叙任を受けてきている。無能な子弟を王家に捧げたとあらばその貴族家は大恥をかくことになるので、彼らも及第点以上の実力は保証されている。
ホーゼンフェルト伯爵家の家臣としてマティアスから叙任を受けて入隊するフリードリヒとユーリカは、騎士の中でもやや特殊な例となる。
一方で兵士たちの境遇は多種多様。親やそれ以前の代から兵士だという者もいれば、腕っぷしを頼りに田舎から出てきたような者もいれば、傭兵上がりもいる。
「皆、今日ここに誓え! 軍旗と王家の旗の下に誓え! 死するか軍を去るその日まで、王国軍人であり続けると!」
王太女クラウディアが高らかに呼びかけ、それに合わせて旗持ちの騎士たちが軍旗と王家の旗を入隊者たちに向けて傾ける。それを合図に、入隊者たちは一斉に敬礼した。
フリードリヒとユーリカも、右の拳を左胸に当てて誓いを示した。
・・・・・・
翌日以降、入隊者は各部隊に配属される。アルブレヒト連隊の者たちは国内にある拠点の要塞に向かい、ヒルデガルト連隊の者たちは国境地帯へと出発し、輸送部隊の者たちはさっそく輸送任務に就く。近衛隊は何年か軍歴を積んだ者から選抜されるので、新人からは兵員を迎えない。
フリードリヒとユーリカは、フェルディナント連隊に配属された騎士や兵士たちと共に、マティアスに連れられて王都内の王国軍本部へとやって来た。
主に近衛隊、フェルディナント連隊、輸送部隊、訓練部隊が使用する軍本部。その訓練場には、フェルディナント連隊の騎士と兵士ほぼ全てが集まっていた。
「――それでは諸君。新たに連隊の一員となった六人の騎士と四十九人の兵士を歓迎しよう。王国軍人としては新米の連中だ。手取り足取り軍務について教えてやってくれ」
「「「はっ!」」」
連隊長であるマティアスの言葉に、皆が威勢よく応える。
「それと、もう一点……我がホーゼンフェルト伯爵家の従士でもある、この二人についてだ」
マティアスはそう言って、フリードリヒとユーリカに手招きする。訓練場の正面側に他の入隊者たちと並んでいたフリードリヒは、ユーリカと一度顔を見合わせ、マティアスが立っている壇上に上がった。
「このフリードリヒは、目立つ髪色をしているので覚えている者も多いだろう。昨年、ドーフェン子爵領に出現した大盗賊団を策略をもって撃退した功労者だ。その後、私が従士として取り立て、グレゴールに鍛えさせた上で騎士に叙任した。稀有な聡明さと、大胆にも私の私生児を詐称した勇敢さを見込んでのことだ」
その言葉で、訓練場に笑いが起こる。
「今後、フリードリヒは私が傍に置いて使う。連隊本部で、智慧をもって働かせる……隣のユーリカはフリードリヒの幼馴染だが、単純に強さを見込んで叙任した。剣を握って三か月足らずで私の小手調べの一撃と、その後の本気の一撃を防いだ実力者だ」
その言葉で、今度は訓練場にどよめきが広がった。
「私が最後に実力を見たのは二週間ほど前だが、おそらくこの連隊の中でも上位に入るであろう強さだった。ユーリカもやはり連隊本部に置き、直衛として使う……二人とも能力はあるが、まともに訓練を受けてからまだ半年程度。軍人としては新米どころか赤ん坊もいいところだ。お前たちが皆で親代わりになってやれ」
マティアスが紹介を終えると、連隊の皆はそれぞれ好き勝手にフリードリヒユーリカへと言葉を投げかけた。歓迎の言葉もあれば、親しみをもってからかうような野次もあった。
「……頼もしいね。親代わりがこんなに」
「ふふふっ、そうだねぇ」
微苦笑しながらフリードリヒが冗談を言うと、ユーリカはいつもの笑顔を見せて答えた。
・・・・・・
入隊者の中でも、ユーリカは一際大きな注目を集めた。
「なあ、あんた。名家の出身でもないのに、女で騎士になるなんて珍しいな」
「俺のこと憶えてるか? ボルガで馬の乗り方を教えてやっただろう」
「ホーゼンフェルト閣下の攻撃に二回耐えたって本当? 凄いわね」
マティアスによる入隊者の紹介が終わった後、瞬く間に連隊の騎士たちに囲まれたユーリカは、目を丸くしてきょろきょろと視線をめぐらせる。
「それだけ強いなら、連隊本部じゃなくて是非ともうちの小隊にほしいものだな」
「ええ? それはちょっと」
騎兵部隊の隊長格らしき一人の言葉に、ユーリカは露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだ、そんなに連隊本部に置かれるのがいいのか?」
「名誉な仕事なのは間違いないけど、手柄を挙げる機会はきっと少ないぜ?」
「そうじゃなくてぇ……私は彼の護衛として、彼を守るために軍に入れてもらったから」
そう言ってユーリカが指さしたフリードリヒのもとに、騎士たちの視線が集まる。
「……」
ああ、こういう状況は苦手だ、とフリードリヒは思う。
本物の騎士たち。確かな家柄の生まれで、少しばかり賢しいだけの自分とは違って真の強さと立場と教養があるからこそ、騎士に任ぜられている者たち。社会の勝ち組で、人生の勝ち組で、自信に満ち溢れていて、孤児上がりの自分とは真逆の者たち。
今、一体どう思われていることやら。彼らにこうやって注目されていると思うだけで劣等感が刺激される。
「なあ、確かフリードリヒって言ったか? あんた……」
一人の騎士が歩み寄ってきて、フリードリヒの肩を叩き、そして――ニヤリと笑った。
「ユーリカと幼馴染だって話だが、もしかしてユーリカの男なのか?」
「え、まあ、そうですけど……」
「ははは、やっぱりな。あいつの言い方と、あいつがあんたを見る目で、ただの幼馴染じゃないってすぐに分かったぜ」
「凄いな。どうやってあんな美人を惚れさせたんだ?」
「よかったらこいつに教えてやってくれよ。こいつ、死ぬほどモテないんだ」
皆、今度はフリードリヒを囲んであれこれと話しかけてくる。予想外の流れに、今はユーリカではなくフリードリヒが驚く。
「あら、もう女持ちなの? 可愛いからあたしがいただいちゃおうかと思ったのに」
一人の女性騎士がそう言って笑いながらフリードリヒに歩み寄り、その頭を撫でると、ユーリカが素早く騎士たちの間を抜けてフリードリヒに駆け寄り、女性騎士の手を払いのける。
「ちょっと、駄目、フリードリヒは私のだから……」
「あらあら、妬いちゃったの? 冗談だから安心して。あたしもう婚約者いるから」
女性騎士は小さく吹き出しながら、今度はユーリカの頭をわしわしと撫でた。そのやりとりに明るい笑いが起こり、ユーリカはまた目を丸くしながら周りを見ていた。
ユーリカがそのようにからかわれている姿は、フリードリヒから見ても新鮮だった。ボルガにいた頃は侮蔑されるか敬遠されるばかりだった彼女には、大勢から好意的に接せられ、囲まれるというのは未知の体験であるらしかった。
その強さと性格故に、ボルガでは自分以上に浮いた存在だった彼女にとって、王国軍が良い居場所のひとつとなるのであれば嬉しいとフリードリヒは思った。
「さぁて、それじゃあホーゼンフェルト閣下もお認めになった気鋭の騎士の腕前を見るか」
「おお、いいな。愛する男を守る実力がどんなものか、皆で試してやろうぜ」
「一番手は俺に務めさせろ。これで俺が勝ったら、俺も閣下に認めてもらえるってことだよな?」
騎士たちはわいわい騒ぎながら、いつの間にかユーリカが皆の前で模擬戦を行う流れになる。
訓練場の隅に引っ張られ、木剣を手渡されたユーリカが、フリードリヒを向いて首を傾げる。フリードリヒが頷くと、彼女はにんまりと笑って木剣を構えた。
騎士だけでなく兵士たちも見物に訪れ、大勢が囲む中で模擬戦が始まる。
「騒がしくて悪いな。あれでも皆、歓迎しているつもりなんだ」
そのとき。戦いの様子を眺めていたフリードリヒの後ろから声がかけられた。
フリードリヒが振り返ると、若い騎士が横に並び、模擬戦の見物に加わる。
おそらくフリードリヒよりも少し年上。暗めの金髪を短く切っている彼の顔に、フリードリヒは見覚えがあった。
「あなたは……確か、ボルガへの先遣隊を率いていた?」
「よく憶えていたな。と言いたいところだが、自分を縛り上げた男の顔は忘れないか」
若い騎士はフリードリヒに視線を向け、笑いながら言う。
盗賊討伐を終えたボルガにやってきた先遣隊の指揮官。マティアスの私生児を詐称したフリードリヒを、連隊長の判断を仰ぐまで拘束されていてくれと言いながら縛り上げたのも彼だった。
「騎士オリヴァー・ファルケだ。フェルディナント連隊の騎兵部隊で、第二中隊長兼、副大隊長に任ぜられている。よろしく頼む」
「よろしくお願いします……あの、畏れながら、オリヴァー様はファルケ子爵家の関係者でいらっしゃいますか?」
フリードリヒが尋ねると、若い騎士――オリヴァーは少し驚いた表情になった。
「ほう、王国東部の田舎貴族をよく知っているな」
「王国の貴族家は、家名と概要だけですが全て憶えました。領主貴族家に関しては領地の位置も記憶しています」
「……なるほど。そんなことまで教えられて、当たり前のような顔で全て憶えたと語るとは。閣下が期待なさるのも納得の賢さだな」
オリヴァーは感心したような様子で呟く。
二人が話している間に模擬戦はユーリカの勝利に終わり、二人目の騎士が彼女に挑んでいる。
「確かに俺はファルケ子爵家の人間だが、現当主の三男だ。家は継がないし、結婚して家庭を作れば実家から外れてただの騎士になる……それに、王国軍では家柄は関係ない。だから様付けは不要だ。敬語も要らないぞ。お前も騎士なのだし、歳も俺とそう離れていないようだからな」
「分かり……分かっ、た」
フリードリヒがぎこちなく答えると、オリヴァーは笑った。
「それでいい。仲良くしよう、騎士フリードリヒ」
フリードリヒの肩を親しげに叩くと、オリヴァーは模擬戦を囲む人だかりから離れていった。
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