第11話 勝利と窮地

「お頭! ……くそっ! 駄目だ!」

「お頭がやられた! 逃げろ!」


 自分たちを率いる頭領の死を受けて、未だ生き残っている十数人の盗賊たちはそれ以上の抵抗を諦めた。もはや勝機はないと見たらしく、逃亡を図った。


「フリードリヒさん、追いますか!?」

「……いや。逃げるに任せよう。どうせもう何もできないよ」


 帰路でも沿道の建物から投石などの攻撃を受け、さらに数を減らす盗賊たちを見ながら、フリードリヒは言う。

 あの調子なら、ボルガを脱出できる盗賊は十人にも満たないだろう。掃討はそのうち領都からやって来る領軍の本隊に任せればいい。

 下手に今、自分たちで追撃しようとすれば、ここにいる者たちが味方の投石攻撃に巻き込まれかねない。味方への誤射を避けながら盗賊だけ狙って攻撃するような練度や判断力は、この民衆には期待できないのだから。

 仮にあの盗賊たちがこのまま逃げおおせたとしても、おそらく問題ない。戦闘不能になった盗賊の中には単に重傷を負って動けないだけの者もいるので、これほど大勢の盗賊が出現した理由を調べる尋問相手には困らない。

 その尋問も、自分たちではなく領軍の仕事。盗賊たちの大半を戦闘不能にして残党を敗走に追い込んだ時点で、ボルガの戦いは終わった。


「僕たちの勝ちだ。皆が勇敢に戦ってくれたおかげだよ。ありがとう」


 フリードリヒが宣言すると、ボルガの住民たちは一斉に勝ち鬨を上げた。


「すげえ! 俺たちが盗賊の大群に勝っちまった!」

「生き残った! 家族も土地も守ったぞ!」

「フリードリヒさんのおかげだ!」


 口々に喜びを語る住民たちを見て、フリードリヒも笑みを浮かべる。

 生き残った。全員が生きてこの危機を乗り越えた。

 書物の知識だけをもとに策を練ったが、これほど上手くいくとは思っていなかった。奇跡的な、夢のような勝利だ。


「……勝利は決まったけど、まだ終わりじゃないよ。生きている盗賊を捕虜にして、戦闘の後片付けもしないと。とりあえずこの場にいる力自慢の者は、二人一組で捕虜の拘束をしていこう。路地の片付けは――」


 そこでフリードリヒは言葉を途切れさせ、深呼吸をひとつ挟む。


「――片付けは、沿道にいる皆に任せる。誰か伝えに行ってほしい」


 指示を受けて皆が動き出し、戦闘の後処理が始まる。

 それを横目に、フリードリヒはその場に座り込む。深く息を吐き、小刻みに震える自身の手を見つめる。


「フリードリヒ、大丈夫?」

「……うん。多分、初めて人を殺したから少し衝撃を受けてるだけだよ」


 直接手を下したわけではないが、自身の策で数十人もの人間を殺した。相手が盗賊だとしても、大勢の命を奪った。その実感が急に湧き起こった。

 あまり事を深く考えていないのか、ボルガの住民たちは少なくとも今のところは平気そうにしている。彼らが羨ましいと、フリードリヒは少しだけ考える。

 そしてユーリカも平然としている。彼女の場合はおそらく、盗賊の頭領に剣を突き刺して殺したという自覚が明確にある上で微塵も動揺していない。実に頼もしい。


「大丈夫だよ、フリードリヒ。私がついてるよぉ」


 にこりと笑いながら隣に座り、寄り添ってくるユーリカに、フリードリヒも笑みを返す。彼女に腕を抱かれ、彼女の体温を感じていると、手の震えも次第に収まってくる。


「あの、フリードリヒさん」


そのとき、フリードリヒに歩み寄って声をかける者がいた。ユーリカが腕を離し、フリードリヒは立ち上がる。


「……ブルーノ」

「ありがとうございます。おかげで生き延びました」


 へこへこと頭を下げながら笑うブルーノに、フリードリヒも笑顔で頷いた。生き延びた安堵もあり、今ばかりはブルーノが相手でも朗らかに笑えた。


「君も逃げずに頑張ってたね。よくやってくれた」

「へへへ、どうも……あの、それで、戦いの前に話した件なんすでけど。見込みがありそうだったら騎士に推薦してくれるって話。あれって、結局どうなりますか?」


 媚びるような笑みで問いかけてくるブルーノに、フリードリヒは何の話だと思いながら呆けた顔になり、間もなく思い出す。


「ああ、あれか……悪いけど、あれは嘘なんだ」

「う、嘘?」

「というか、あれだけじゃなくて全部だね。僕は貴族の息子じゃない。英雄の血は引いてない」

「……」


 目をこれ以上ないほど見開き、口をあんぐりと開けて固まっているブルーノに、フリードリヒははにかむ。


「嘘ついてごめん」


 面白い表情で固まるブルーノと、可愛げのある笑みで両手を合わせるフリードリヒ、クスクスと笑うユーリカ。不思議な空気が場を包む中で、広場の南の方がにわかに騒がしくなる。


「……なんだろう」


 固まったままのブルーノを放置し、民衆がざわついている方にフリードリヒが向かうと、大通りから騎士の一団が広場に入ってくるところだった。

 その数は二十騎を超え、どの騎士も質の良さそうな鎧を身につけている。明らかにドーフェン子爵領軍の貧乏騎兵部隊ではない。エーデルシュタイン王国軍の騎士たちと思われた。

 率いているのは、一際質の良さそうな鎧を着た若い騎士。おそらくは貴族家の人間か。


「我々はエーデルシュタイン王国軍、フェルディナント連隊の先遣隊である! 大盗賊団が迫っているとの報告をこの都市の代官より受け、本隊に先立って救援に来た!」


 若い騎士の言葉を聞いて、ボルガの住民たちのざわめきは大きくなる。

 どのような経緯で領軍より先に王国軍が来たのかは分からないが、助けを呼ぶというヘルマンの言葉は少なくとも嘘ではなかったと証明された。


「すぐに本隊もやって来る。だからもう大丈夫……おい、これはどういう状況だ? 盗賊はもう来たのか? まさか、お前たちだけで撃退したのか?」


 広場を見回し、その一角で縛り上げられて並べられている盗賊たちを見た若い騎士は、怪訝な表情を浮かべる。


「そうです! 俺たちが!」

「皆で力を合わせて勝ちました!」

「フリードリヒさんが――あの人が作戦を考えて、指揮してくれたんです!」


 無邪気に答えながら、住民たちはフリードリヒの方を指差す。

 若い騎士に視線を向けられ、フリードリヒは一人、顔を強張らせた。

 さっき、あの騎士は自分たちの所属をフェルディナント連隊と言った。

 エーデルシュタイン王国軍フェルディナント連隊。かつての偉大な王の名を冠した部隊。

 指揮官の名は有名なので知っている。マティアス・ホーゼンフェルト。フリードリヒがその息子を騙った、生ける英雄。


「……まずい」


 よりによって、自分が私生児を騙ったその本人が来る。

 まずすぎる。ここに至ってとうとう運が尽きた。

 フリードリヒは、隣にいるユーリカの手を思わず握った。ユーリカはすぐに握り返してくれた。

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