第19話 下層探索開始

「…セイ、俺は常々思っていたことがあるんだが」

「何?」


俺は、山道に落ちていた木の棒を咥えて上機嫌なガルを見て、言った。


「やっぱこいつ、ただのデカい犬なんじゃないか?」

「犬じゃないよねー、狼だもんねー?」




26層からは山フィールド。

1層からの直通階段を降り切ると、山の裾野付近に出た。

見上げる山は緑色。

高さは2,000mくらいはある。


「これを登っていくのか」

「そうだね。攻略サイトによると、27層行きの階段は山の中腹にあるらしいから。大体2〜3時間コースかな」

「降りるために登るって何なんだろうな…」

「それはまあ、ダンジョンだからね」


早速山に入っていくと、草も木も好き放題に伸びていた。

一応、道のようなものもあったが、落ちている枝や石ころのせいで足元はかなり悪い。

見るからに体力消耗が激しそうなフィールドだ。

一般人より何倍も体力がある俺達でも、ここでの戦闘はキツいかもしれない。


「いつもより元気なのはガルだけか」

「元々5層の森に住んでる魔狼だからね」

「あー、ホームに帰ってきた感じか」

「頼りにしてるよ、ガル〜」


ガルは木の棒を咥えていて喋れなかったので、鼻息で返事をした。

ふんすふんす!




木々の間を抜けて上へ上へ進んでいくと、前方20mくらいの位置に人影が現れた。

半裸で、腰にはみのを巻いていて、靴は履いておらず、右手には槍を持っている。

そして、顔には四角い仮面を着けていた。


「他の探索者?」

「魔物だよ。名前は首狩族くびかりぞく

「やっぱそうか」


『首狩族』は動かず、俺達の方をジーッと見つめていた。


「戦うか?」

「単体だし、戦ってみよう」

「下層の初戦闘だな。相手のレベルは?」

「29」


格下か。

それなら倒せそうだな。


(そういえば、ガルは…)


俺はガルの様子を伺った。

戦闘中も木の棒咥えっぱなしだったらどうしよう?と思ったのだが流石にそんなことはなく、ガルも既に臨戦態勢になっていた。

咥えていた木の棒は足元に落としている。


「よし、じゃあ…」

「UOOOOOOOOO!!」


こちらが動く前に、首狩族は雄叫びを上げて飛び上がった。

近くの木に登っていき、更にその木から別の木へと飛び移った。

そして、樹上を移動しながら俺達の方に近付いてきた。


「上からくる系か!雷弾!」


上方へ『雷弾』を放ったが、簡単に跳んで避けられた。


「こいつ、結構速いぞ!」




首狩族は木々を跳び移って俺達の周りを旋回。

更に、木の枝から何かを毟り取って投げてきた。


「バリア!」


投擲物はセイの『バリア』が弾き返した。


「何だ?何かの実か?」


落ちた物体を確認しようとしたら、先に二投目が飛んできた。


「バリア!」


防御はセイに任せて、俺は『バリア』に弾かれた物体を拾った。

やはり木の実だ。

小さくて、丸くて、胡桃のように硬い。

当たったら結構痛そう。


「お返しだ!投擲!」


『投擲』スキルを使って木の実を投げ返す。

だが、やはりジャンプして避けられた。


「ダメだ、全然当たらない!」

「いつもなら、こういう素早い魔物の足止めはガルの担当なんだけど…」


ガルはさっきから唸っているだけだ。

素早さ的には多分ガルの方が上だが、空中を移動されるとシンプルに攻撃が届かない。

これだから上からくる系の魔物は厄介だ。




「どうする。地面に叩き落とさないとどうしようもないぞ」

「…あの槍、跳ぶのに邪魔そうだね」

「槍?」


言われてみれば、首狩族は跳躍時に毎回槍の向きを調整していた。

ある時は地面に水平に、ある時は自分の身体にピッタリくっ付けるようにして跳んでいる。

結構な長さだから木の枝とかに引っかからないようにしているんだろうが…それが何だ?


「ガル、この木の棒借りるね?」

「GARU!?」

「ライ、あいつに雷弾を!」

「雷弾!」


言われた通りに『雷弾』を撃ったが、やはり跳んで避けられた。


「転送!」


そこへセイがガルの木の棒を『転送』。

『転送』された木の棒は木の枝に引っかかり、更に首狩族の槍に引っかかった。


「UOOO!?」


首狩族は空中でバランスを崩して地面に落ちてきた。


「ガル、GO!」


首狩族は10mほど先に落下した。

そこへガルが襲いかかり、首筋に『鋼の牙』を突き立てた。

首狩族はジタバタと暴れて抵抗。

槍を振るって、ガルの毛を切り飛ばした。


「ガル!!」

「投擲!!」


俺はもう1個の木の実を拾ってブン投げた。

咄嗟の行動だったが、スキル補正のおかげで首狩族の顔面に命中。

抵抗が弱まったところにガルが爪と牙を立て、それで首狩族は消滅した。




「ガル、大丈夫!?」


戦闘後すぐ、セイがガルに駆け寄って行った。

見た感じではガルは無傷。

だが、セイはガルを溺愛しているので、回復魔法をかけようとしていた。


「待て待て、落ち着け」

「でも、さっき槍がかすってたし!」

「毛先がちょっと切れただけだろ。ガルを見ろ、元気そうに舌出してるぞ」

「舌を出すのはただの体温調節で…本当に大丈夫?」


俺は辺りを見回し、地面に落ちていた良い感じの木の枝を拾った。


「ほれ」

「GARU!」


放り投げると、ガルは口で枝をキャッチした。


「な?」

「確かに元気そう…良かった」


また咥える物が手に入ってご満悦のガルを見て、セイはようやく安心したようだった。




首狩族の魔石を回収してから探索を再開。

戦闘後なので、少しペースを落として山道を進む。

ちょっとでも体力を回復したかったのだが、そんな事情にはお構い無しに、魔物はすぐに現れた。


「普通の大きさの白い兎?」


あれも…魔物か?

見た感じ、本当に普通の兎なんだが。


「気を付けて!暗殺兎アサシンラビットだよ!」


随分物騒な名前だなと思ったら、突然兎が視界から消えた。


(どこに行った!?)


と思った瞬間、俺の喉元に刃が迫っていた。


「うおっ!?」


ギリギリで身を引くと、俺の目前でアサシンラビットの攻撃が空を切った。

アサシンラビットはまたすぐにどこかへ消えた。


「バリア!」

「あっぶな…セイ、気を付けろ!こいつも速い系だ!」

「だから言ったのに!」


しかも、さっきの首狩族よりも速い。

俺達は『バリア』の裏に隠れて、せめて敵の向かってくる方向を制限した。


「あの兎、刃物か何か持ってるのか?」

「爪だよ。普段は隠していて、攻撃の瞬間に伸ばすらしい」

「なるほどね」


どうやら、素早さとちょっとした刃物があれば人間は殺せるということに気付いてしまったらしい。


「ガル、GO!」


ガルは木の枝をペッと捨て、迷いなく走り出していった。

俺もセイもアサシンラビットの姿を見失っていたが、ガルだけはちゃんと位置を把握していたようだ。


「いた!あそこ!」


ガルの走る先に白兎が見えた。

アサシンラビットは速くて小さいので、目で追うことさえ難しい。

だが、身体の大きいガルを目印にすれば、何とか俺達でも動きを追いかけることができた。


「そこか!投擲!」


何かに使えるかと思って回収しておいた木の実を、アンダースロー気味に投げる。

木の実は地面スレスレの軌道でアサシンラビットに向かって飛んでいった。

だが、今回の的は先ほどの首狩族よりも更に速い魔物だ。

案の定、投擲攻撃は軽いジャンプだけで避けられた。


「GARU!!」


しかし、そのジャンプで生まれた一瞬の遅れで、ガルが追い付いた。

着地して更に逃げようとしたアサシンラビットに『爪撃』を叩き込む。


「KYUUUU!?」


その一撃でアサシンラビットは消滅した。


「あれ、もう終わり!?」


終わりだった。

素早さに全振りした分、防御力は低かったようだ。

ガルは魔石を回収して俺達の元へ歩いてきた。


「偉いね、ガル〜!」




アサシンラビットをサクッと倒せたのは良かったが、1つだけ問題があった。


「ガルがほとんど1人で倒したから、俺に経験値が入ってこない」


魔物と戦わなければレベルは上がらない。

このままでは俺だけレベルアップが遅れてしまう。


「というわけで、次は俺がメインで戦うぞ!」

「大丈夫そう?」

「任せてくれ!」


そう意気込んで山道を進むと、何だか見知った魔物と遭遇した。

全身を金属鎧で包んでいるが、兜の奥から見えるのは牛の頭。

オーク系の上位種、『オークジェネラル』だ。

26層のボス魔物である。


「…じゃあ、頑張って」

「イキってごめんなさい。手伝ってください」

「冗談冗談」


ボス魔物のオークジェネラルは普通に強かったが、3人で囲んでボコボコにして倒した。


「よし!下層も結構何とかなりそうだな!」

「油断しないで。何が起こるか分からないのがダンジョンなんだから」

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