第20話 事故

それは『品川ダンジョン』27層の探索中に起きた。




山道を登っていると、唐突に地面が大きく揺れた。

頭上に影が差し、見上げると巨大な岩が山頂から転がり落ちてくるところだった。


「あれは、岩石魔人!?」


『岩石魔人』は27層のボスだ。

ゴーレム系の魔物で、普段は人型。

だが、身体を丸めて一塊の岩石のようになることができ、その状態で山道を転がって攻撃してくる。

元々防御力の高いゴーレム系。

岩石形態の時はどんな攻撃も弾くため、戦う場合は人型の時を狙え、と攻略サイトには書かれている。


「バリア!」


俺は飛び退いて、転がり攻撃の進路から外れた。

セイは『バリア』を張って、受け止めようとした。

防御力80のセイの『バリア』はこの階層の魔物の攻撃を完全に防ぐことができる。

しかし、今回だけは例外だった。

破裂音と共に『バリア』は一瞬で砕けた。


「嘘!?」


岩石魔人の転がり攻撃は攻撃力に依存しない、単なる大質量の衝突だった。

時速100kmで走る10tトラックと正面衝突したようなものだ。

とても防げるものではなかった。


「GARU!!」


巨岩がセイにぶつかる寸前、ガルがセイを突き飛ばした。


「ガル!?」


岩石魔人はそのまま山を転がっていった。

突き飛ばされたセイはギリギリで岩を避けて無傷。


「ガル!嘘、やだ…!」

「セイ、ヒールを!いや、中級ポーションを使うぞ!」


セイを守ったガルは逃げ遅れた。

大岩の下敷きになり、下半身が潰れて血塗れになっていた。

後ろ脚2本と尻尾は潰されて千切れ、原型が無くなっていた。




ガルにポーションを飲ませ、包帯を巻き、俺が背負って、セイの『ヒール』をかけながら地上へと戻った。

道中遭遇した魔物には斧を投げて怯ませ、その隙に走って逃げた。

30分ほどで地上に戻り、即座に動物病院へ電話。

しかし、魔物は管轄外と言われ、『品川ダンジョン』近くにある『魔物研究所』に行くことを勧められた。


「これは酷いね」


研究所に着くなり医師風の白衣の男からそう言われた。


「とりあえず、施術室に運んで」

「ガルは治りますか!?」

「どうかな…でも、仮に助かっても、二度と歩くことはできないでしょう。それでも手術しますか?恐らく断脚しなくてはならないから、手術費用は50万円程度。当然保険は使えないし、成功したら5日〜10日は入院してもらうから、更に15万くらいはかかりますけど」

「お願いします!どうか、ガルを助けてください!」


手術の間、セイはずっと項垂れて泣いていた。


「私のせいだ…私が判断を誤ったから…」

「セイが悪かったわけじゃない。あれは不運な事故だった。どうしようもなかった」


道を歩いていたら突然トラックが突っ込んできたようなものだ。

歩いていたら雷が直撃したとか、その手の不運な事故と同じだ。

ただ、そういう事故が頻繁に起こり得るのがダンジョンという場所。


「でも、もし助からなかったら…」

「セイ、ガルが体を張ったのはセイを悲しませるためじゃない。いつまでも泣いてたら、ガルが不安がるぞ」


セイはガルを溺愛していたし、ガルはセイによく懐いていた。

もしかしたら『テイム』の効果で従順だっただけなのかもしれない。

でも、俺はこの2年間でセイとガルの間には本物の信頼関係ができていたと信じている。

だから、ガルのことは褒めてやるべきだ。

その方がきっと、ガルは喜ぶ。




手術は5時間に及んだ。

ガルはかろうじて一命を取り留めた。


「体力が高かったのが幸いしたのかもしれません」


医師の先生にはそう言われた。

麻酔で眠っているガルを見た後、俺達は家に帰った。

翌日も『魔物研究所』に行くと、ガルには個室(と言っても物置のような小部屋だが)が与えられていた。

大きなゲージの中で丸くなって眠っている。


「会って興奮させるのはまずいんじゃ…」

「ガルはそんなヤワじゃないだろ。行こう」


俺達が個室に入ると、すぐにガルは目を覚まして、上半身を起こした。

下半身には包帯が巻かれている。


「GARU!」


ガルは前脚だけで身体を動かし、格子の間から鼻を出した。

その様子を見てまたセイが泣き出した。


「ガル…ごめんね…」

「セイ」

「…うん、ごめん…。ガル、助けてくれてありがとう」


セイが泣くから、ガルは不安そうにソワソワとしていた。


「ガル、よくセイを守ったな。偉いぞ」

「GARU!」


俺が話しかけると、ガルは不満そうに吠えた。

『お前に褒められても嬉しくないわ!』とでも言っていそうだった。


「なんだ、思ったより元気そうだな。これならすぐに退院できるだろ」

「うん…そうだね…」


退院が早ければ入院費も多少は抑えられる。

これまでの探索で貯金はそれなりにあるが、今後のことを考えると、出費は抑えられるに越したことはない。


(ガルはもうダンジョン探索には連れて行けない。多分、セイも無理だ)


歩けないガルを家に置いてダンジョンに潜るのはガルが可哀想だし、ガルを置いて気もそぞろなセイをダンジョンに連れていくのも危ない。


(今後は俺1人でダンジョンに潜らなきゃいけない)


だが、俺にソロ探索の経験はない。

急にソロになって、今まで通りの探索を続けられるかといったら、まあ無理だろう。

中層に戻ればレベル差でゴリ押しできるかもしれないが…収入は確実に減る。


(それでも、俺しかいないんだから、俺が頑張るしかない)


それに、全く希望がないわけでもない。


「昨日調べたんだけどさ、上級ポーションなら欠損も治ることがあるらしい」

「…私も同じこと調べた」

「まだアメリカのダンジョンでしか見つかってないし、値段もヤバくて買えないけど、いつか手に入れたらガルに飲ませよう」


『上級ポーション』を見つけたのはアメリカの最強探索者パーティー、『DDD』。

彼らが実際に使ったところ、欠損直後の腕がくっ付いたらしい。


「…でも、ガルはもう1日経ってるから無理かもしれないけど…」

「それなら上級ポーションより効果のあるポーションを探せばいいだけだ。超級ポーションでも神級ポーションでもな」


そんなものがあるかは知らない。

でも、無いと思って諦める理由も特に無い。




「じゃあ、俺はダンジョンに潜ってくるわ」

「え、上級ポーションを探しに?でも、アメリカの上級ポーションはレベル60の魔物からドロップしたって…」


今の俺達のレベルは31。

そして、現在までに日本で確認された最高レベルの魔物は54レベだ。

『品川ダンジョン』48層ボスの『火の鳥』がそれで、48層は攻略最前線でもある。

つまり、今の日本では60レベの魔物が存在する階層にさえ誰も辿り着けていないのだ。


(『品川ダンジョン』が50層で終わりだったら、60レベの魔物自体いないかもしれないしな…)


もし、日本のダンジョンから上級ポーションが産出しないなら、金で買うしかない。

しかし、過去1本だけ売りに出された上級ポーションは1億円以上の値段で売買された。

流石に今の俺達では手が出ない。


「いや、ガルの飯の分の魔石を集めにいくだけだよ」

「それなら、私も行く」

「やめとけ。酷い顔だぞ。ろくに寝てないだろ」

「でも…」

「ガルよりセイの方が体調悪そうなくらいだぞ。今のセイじゃゴブリンにだって負けそうだ。俺1人で行ってくるから、セイは家に帰って今日は寝ておけ」

「…分かった」




『魔物研究所』を出て、セイを家に帰した俺は、1人で『品川ダンジョン』に向かった。

そして、1層に降りて手早くゴブリンとスライムを5体倒した。


「さて…行くか」


ガルのご飯分の魔石を集め終えた俺は、その足で26層直通階段を降りていった。

ガルは自分の仕事を全うした。

だから、次は俺の番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る