第2話 モブ男、主人公になるチャンスを逃す

以前「オークなら豚では?」という意見を貰って「確かに…」と思ったのですが、豚オークだと外見がキツ過ぎたので私の作品ではオーク=牛人間となっています。

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僕の名前は茂野しげのたけし

あだ名はモブ茂武

ごく普通の高校3年生だ。

今は『品川ダンジョン』地下10層の林の中を一人ソロで探索しているところだ。


「お!魔石落ちてんじゃーん!ラッキー!」


地下10層は湖フィールド。

大きな湖が中央に1つあって、それを囲むように林が形成されている。

林の中は見通しが悪く、木陰から急に魔物が現れたりするので、結構危険だ。


「BEEEEE!!」

「げえ、魔物!?」


落ちていた魔石に気を取られていた僕は背後から近付いてきた『蠅男はえおとこ』に気付かなかった。

蠅男は名前の通りデカい蠅の魔物で、飛び付いてくるなり長い針のような口で僕の左腕を刺してきた。


「CHUUUU!」

「くそ、離れろよ!」


慌てて蠅男を殴り付けて、何とか腕から引き剥がす。

蠅男は後方へ飛んでいったが、一定の距離で留まって、空中をブンブン飛び回っている。

僕は腰からロングソードを引き抜き、蠅男に向けて構えた。


「いってえ…しかも、何か痺れてるし…血吸われたかな…」


刺された左腕は上手く力が入らなくなっていた。


(まずいぞ…)


僕の武器はロングソード。

片手でも振れないことはないが、基本的には両手での運用が必要な長さと重さの剣だ。


(よそ見して魔物の攻撃をくらうなんて初歩中の初歩のミスじゃんか。これで死んだらあの世で笑い者にされるぞ…)


いや、まだだ。

まだ慌てるような時間じゃない。

蠅男は大して強い魔物じゃないから、一撃当てれば状況をひっくり返せるはずだ。


「BEEEEE!!」


考えているうちに、蠅男が2度目のアタックを仕掛けてきた。

僕はとっさに剣を振り上げ、そしてスキル『拡声』を使用した。



『ア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



「BEEE!?」


スキルによって僕の声は爆音と化した。

それに驚いた蠅男は突進をやめて身を翻す。


「ここだ!!」


僕は蠅男がUターンして速度が緩んだ瞬間を狙ってロングソードを振り下ろした。

蠅男はその一撃で真っ二つになった。




「血を吸うなら蠅男じゃなくて蚊男だろ…誰だよ名前付けたやつ…」


戦闘後、僕は湖のほとりに座り込んで休んでいた。

左腕の傷は湖の水で洗い、包帯で縛った。

幸い大きな傷ではなく、痺れも段々取れてきた。


「良かった、これなら病院に行く必要はなさそうだ」


それから30分ほどで痺れは完全に取れ、


(よし、そろそろ探索再開しますか)


と思った時だった。


「きゃああ!」


どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。


「林の方だ!」


僕は起き上がり、林の中を声のする方へと走った。

声の主はすぐに見つかった。

やはり女の子で、同年代くらいで、パッと見かなり可愛い女の子。

林の中の開けた場所で、1人で、大柄な魔物に剣を向けている。

そして、頭と腕からは血を流していた。


(あれは…ハイオークか!)


『ハイオーク』は剣を持った牛人間。

2m近い体格の、ここ10層の『ボス魔物』だ。

さっきの蠅男より断然強い魔物である。


(だとしても、助けに入らないわけにはいかない。ていうか、この状況は…)


ネット小説で1億回くらい見たシチュエーションだ!

凶悪な魔物から助け出したことがきっかけで仲間になったり付き合ったりする、王道のパターンのやつ。

僕は俄然やる気が湧いてきた。


(おいおい、ついにこの日がやってきてしまったのか?)


モブの僕が主人公になる日が!




僕は木陰に身を潜めながら移動し、ハイオークの背中側に回り込んだ。


(向こうはまだ僕に気付いていない。例えボスでも、奇襲さえ決めれば何とでもなるはずさ!)


やることは蠅男の時と同じだ。

とりあえず背後から奇襲を仕掛けて、気付かれたら『拡声』で驚かして怯んでいる間に斬り倒す。


(よし、行くぞ!)


意を決し、僕は潜んでいた茂みから飛び出した。

その際、ガサッ!という音が鳴って、女の子とハイオークはこちらに気が付いた。



『ア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



「BUMO!?」


『拡声』による爆音が響き、一瞬ハイオークの動きが止まる。


「今だ、くらえ!!」


僕はハイオークの脳天へ剣を振り下ろした。


「BUMOOOO!!」


しかし、僕の剣はギリギリのところでハイオークの剣に防がれてしまった。


「マジかよ!?」


想定よりも怯み硬直の時間が短かった。

まずいぞ!

正面から組み合ってしまったらパワーの劣る僕に勝ち目は無い!


「BUMOOOO!!」


鍔迫り合いから何とか押し切れないか頑張ってみたが、その前にハイオークの前蹴りをくらって吹き飛ばされた。

元いた茂みに背中から突っ込む。


「げ、げほっ…!」


す、すごく痛い!




「大丈夫!?」


向こうから女の子の心配気な声が聞こえてきた。


「大丈夫……じゃないかも…」

「嘘!?あんた、助けに来てくれたんじゃないの!?」


いや、そうなんだけどぉ…。

やっぱり格上のボス魔物相手は無理があったっていうかぁ…。


「何しに来たんだよ!このバカ!」


くぅっ、こんなはずでは…。

女の子も顔は良いけど、何か性格キツそうだし…。

ラノベの女の子なら何かもっとこう、優しい感じの子が多いのに…。


(クソ!どうして現実は思うようにいかない事ばっかりなんだ!)


僕が現実のクソっぷりを嘆いている間も、ハイオークは特に動きを見せなかった。

僕と女の子のことを交互にキョロキョロ見ているだけ。

どうやら、どちらを仕留めに行くか迷っているらしかった。


(今のうちに打開策を考えなくては…)


僕は1秒考えて、すぐに諦めた。

無理。

あんな奴倒せませんわ。


「…とすると、奥の手を使うしかないか…」

「何でもいいから早くしてよ!」


その大声に反応したのか、ハイオークは女の子の方へと向かって行った。


「ひっ!?」


一瞬「あの子を囮にして逃げようかな…」とも思ったけど、助けに来た意味が無くなるので、流石にやめておいた。

僕は大きく息を吸い込んで、スキル『拡声』を発動した。



『誰か助けてくださあああああい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



これが僕の最終奥義『拡声爆音救助要請』だ。

いつどんな状況からでも他人に助けを求めることができる!


「ダサッ!」


僕の大声は10層全体に響き渡り、


「雷弾!!」

「BUMO!?」


幸運にもすぐに助けはやってきた。

電の塊がハイオークを吹き飛ばしていった。




「大丈夫?」


助けに来てくれたのは金髪の男女だった。

女性の方は長髪で、全体的に色素薄め。

男性の方は短髪で、黒スーツの下は派手な柄シャツを着ていた。

2人共美形だったが、僕の視線は2人の乗っている巨大狼に釘付けになった。


「うわ、魔物!?」

「ああ、この子は平気。人に危害は加えないから」

「こ、この子…?」


巨大狼はハイオークの倍くらいの大きさ。

どう見てもハイオークよりヤバい魔物だ。


「そういえば、ハイオークは…」


見れば、ハイオークは丁度塵になって消えていくところだった。

さっき飛んで行った雷魔法1発で倒されたらしい。

あんなに強かったのに…。


「怪我してるね。回復魔法ヒール使おうか?」

「あ、お願いします…」


女性の方が狼から降りて、僕に『ヒール』をかけてくれた。

蹴られた腹の痛みが治っていく。

彼女は背が高く、スタイルも抜群。

一瞬「外国人かな?」と思ったけど、顔立ちは日本人っぽかった。


「よっと。そっちの子も大丈夫か?」


金髪の男の方は女の子の様子を見に行った。


「あ、あなたは…うっ…」

「酷い怪我だな。とりあえず、魔法薬ポーション飲め」


女の子は重症っぽかったが、ポーション1瓶で全快した。

回復効果が凄いから、多分あれは『下級ポーション』ではなく『中級ポーション』だろう。

15万円くらいする高級品だ。


「服もボロボロだな。これ着とけ」

「あ、ありがとうございます」


男が着ていたスーツを女の子に差し出すと、女の子は顔を赤らめてそれを受け取った。


OMGオーマイガー…その役は僕がやりたかったやつ…)


強くて美形で急に現れて女の子を助けていくとか、まるで主人公みたいな人達だな、と僕は思った。




「あたし、森山もりやま舞花まいかっていいます!あの、名前とか聞いてもいいですか?」


森山舞花…略したらモブ森舞だな…と僕は思った。


「う…名前は…言いたくない」

「え…?」

「ごめんね。この人、名前にコンプレックスがあって。ライって呼べばいいから」

「そ、そうなんですね?」

「私はセイ。こっちの狼がガル」

「…あ、僕は茂野武。あだ名はモブです」

「モブ?」

「モブ…」


セイさん達は高レベル探索者で、下層探索の帰り道だったらしい。


(通りでハイオークが瞬殺されるわけだ)


かなり危険な目にあったので、僕も森山さんもセイさん達と一緒に地上へ帰ることにした。

帰る途中にも魔物は現れたが、


「お、バブルスライムか。久々に見たな。雷弾!」


ライさんによって瞬殺された。


「すごーい!」

「つえー…」




僕達は問題なく地上1階の受付まで帰りつき、そこで解散する流れになった。

森山さんはしつこくライさんの連絡先を聞こうとしていたけど、断られていた。


「で、でも、ポーションの代金とか…」

「あー、別にいいよな?」

「そうだね。非常時だったし。運が良かったと思っておいて」


セイさんもライさんもめちゃめちゃ良い人で、特に何の見返りも求めず、笑って去っていった。

一方、フラれた舞花ちゃんはガックリと項垂うなだれていた。


「じゃあ、あたしも帰るから…」

「あ、はい」


当然と言えば当然だが、僕の連絡先が聞かれることはなかった。

まあ、正味何もしてないからな…。

ダンジョン受付に1人残され、僕は思った。


(現実はなろう系のようには上手くいかない)


…さーてと。

帰って、カクヨムのハーレム物小説でも読むか!


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モブ男もモブ子も今後出ることはありません

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