第1章【40層】美女と野獣と柄シャツ男
第1話 アグリーダック
日本には大きなダンジョンが3つある。
全20層の『名古屋ダンジョン』。
現在38層まで探索が進んでいる『北九州ダンジョン』。
そして、日本最大規模のダンジョンである『品川ダンジョン』だ
「お、向こうに何か落ちてる」
「本当だ。何だろう…服かな?」
ここは『品川ダンジョン』の地下39階層。
通称、沼地フィールド。
泥沼と水草ばかりのフィールドだが、一部には水没していない地面もある。
そんな貴重な地面の上に、ボロボロになった布切れが落ちていた。
「拾いに行くか」
「気を付けて。何かの罠かもしれないから」
近付いて拾い上げると、どうやら上着の残骸のようだった。
「知り合いの服じゃないよな?」
「多分…」
その服に見覚えはなかった。
面識のない『ダンジョン探索者』のものだろう。
辺りを見回すが、近くに人の気配は無い。
上着の周りには、俺達の足跡の他に、2種類の足跡が残っていた。
1つは人間の靴跡。
もう1つは先端が三又に分かれた異形の足跡。
魔物の足跡だ。
「泥
「遺品だね…それも、死んで間もない感じ」
ダンジョン内では、死ぬと人も魔物も灰になって消滅する。
その際、服や装備品も一緒に消えるのだが、今回は『ドロップアイテム』として上着だけが残されたようだ。
俺達は目を瞑り、この見知らぬ探索者の冥福を祈った。
「…じゃあ、行こうか」
数秒後、セイがそう言った。
「どこに?」
「犯人探しに」
「おお!行こう!」
見知らぬ探索者の仇討ちをするため、俺達はまず現場検証から始めた。
「足跡が2種類なんだから、犯人はこの『三又の足の魔物』で間違いないよな」
「そうだね」
「足跡から魔物の種類とか分かるか?」
「流石に無理。でも、この足跡、少し先までで途切れている」
言われて見れば、魔物の足跡は泥道を少し進んだところでプッツリと途切れていた。
うーむ…。
これでは足跡を辿って犯人を探すのは無理だな。
「草地や水辺までは結構距離がある。近くには木も生えていないし、石も無い…」
「それが?」
「足跡を残さずに移動するのは難しいと思うんだけど、この魔物はどこへ行ったんだろうね?」
「確かに…」
もう一度周囲を見回すが、近くに魔物の姿は無い。
隠れられるような場所も無かった。
あるのは泥の地面のみだ。
「分かった!魔物も一緒に死んだんだろ!」
「相打ちになって一緒に消滅した、ってこと?」
「そう!それなら足跡が途切れていて当然だ」
「多分違う。魔物の分のドロップアイテムが無いから」
魔物からのドロップアイテムは『魔石』という石である場合がほとんどだ。
稀に魔石以外の物が出ることもあるが、そもそもこの近くには何も落ちていない。
となると、この魔物は消滅したわけでもないのに、煙のように消えてしまったということになる。
「…何か、ミステリーみたいになってきたな?」
「飛行系の魔物の仕業じゃないかな。鳥とか」
「ああ、何だ鳥か」
そう言われると、三又の足跡は鳥の足跡にしか見えなくなった。
犯人が鳥系の魔物なら、犯行後に飛び去れば当然足跡は残らない。
「じゃあ、ミステリーじゃないか…」
「動物が犯人のミステリーも結構あるけどね」
「へー」
「ポーとか」
ポーか…。
「カワノナカニ、イシガアル!コノカワ、フカイ!」
「それはボー」
見上げる空は鼠色。
昼設定のフィールドなので暗くはないが、鳥は1匹も飛んでいなかった。
「もうどっか遠くに飛んでいったのかもな」
だとしたら追跡は不可能だ。
「そうかもしれないけど、もう少し頑張ってみよう。ガル、この服の匂いを追える?」
セイがそう言うと、俺達の背後に控えていた巨大な狼が服の臭いを嗅ぎにきた。
この狼の名前はガル。
全身青色で、体高は2m弱。
頭の先から尻尾の先までなら4mほどもある巨大狼だ。
ガルはボロ布の匂いを嗅ぐと、カッ!と目を見開いた。
「あ、臭かった?ごめんね?」
フレーメン反応ってやつだ。
「猫かお前は」
「GARURURU…!!」
ガルは俺に向かって唸ってきた。
犬でも賢い
魔狼のガルは身体が大きく、その分頭もデカいので、多分脳みそもデカい。
煽ったり馬鹿にしたりするとちゃんと理解して怒る。
俺達はガルの先導で沼地を進んでいった。
泥道をジグザグに歩いていくと、段々背の高い水草が増えてきた。
「狼の嗅覚は人間の100万倍らしいよ」
「マジか。靴下の臭いとか嗅がせたら死ぬんじゃないか?」
「嗅ぎ分ける能力が高いって意味だから、死にはしないと思うよ」
数分進んだところで、ガルは草むらに顔面を突っ込んだ。
(何してんだ、この犬?)
と思ったら、草の中から布の切れ端が出てきた。
「おお!さっきの上着の別の切れ端か!よく見つけたな!」
俺は素直な気持ちでガルを褒めた。
しかし、ガルはプイっとソッポを向いた。
「こ、この犬…」
「しっ!向こうに何かいる」
草むらの先は大沼になっていた。
そして、その沼には1体だけ魔物がいた。
全長2mほど、茶色い身体に黄色い嘴を持つ、巨大な
(水鳥か!空を探しても見つからないわけだ)
ガルの嗅覚に、落ちていた布切れ、鳥系の魔物という事前予想にも合致する。
まず間違いなく、あいつが犯人だ。
「よし、
「待って、先に魔物の情報を検索してみる」
セイはスマホを取り出して『品川ダンジョン』の公式サイトを開いた。
「あった。魔物の名前は
「アヒルって飛ぶのか?」
「確か飛ばないけど、魔物だし。鴨なら飛ぶよ」
「まあ、何にしても飛ばれたら面倒だ。まだ気付かれていないみたいだし、先制攻撃ぶち込んで倒そう」
アグリーダックまでの距離は15mほど。
沼の中にいるので、歩いて近付いたらバシャバシャと音が鳴ってバレてしまうだろう。
ジャンプして飛びかかるのも厳しい距離だ。
「それなら遠距離攻撃だね。ガル、合図したらお願い」
ガルは『水流砲』という遠距離攻撃系スキルを持っている。
俺も一応『雷弾』という雷魔法を使えるが、『水流砲』の方が威力は高い。
「攻撃が当たったら俺が突っ込んでトドメを刺す。ただ、この階層の沼は深いから、セイは足場を作ってくれ」
「分かった」
方針は決まった。
後は、アグリーダックが背を向けるのを待って…。
「ガル、今!」
「GARU!!」
セイの合図でガルが『水流砲』を発射。
ガルの口から大量の水がビーム砲のように飛んでいった。
「GUWA!?」
攻撃に気付いたアグリーダックは翼を広げたが、飛び立つ前に『水流砲』が直撃した。
「GUEEEEEEEEEEEE!?」
「よし、セイ!」
「バリア!」
セイは『バリア』というスキルを使った。
空中に半透明の四角い盾を作るスキルだ。
ただ、今回は盾ではなく、空中の足場として使っていく。
『バリア』を出せる距離はセイの手の平から1m以内。
15mの距離が13m半くらいになるだけだが、高い位置の『バリア』を踏み台にすれば飛距離を稼げる。
「うおおおおお!!」
俺は大ジャンプしながら、右手で握った大斧を思い切り振り上げた。
「GUWA!?」
「くたばれ鳥野郎!!」
体勢を崩していたアグリーダックは飛ぶことも泳ぐこともできず、俺の攻撃に全く対応できなかった。
大斧を振り下ろし、脳天から真っ二つにする。
割れた頭からは大量の血が噴出。
直後、アグリーダックは灰となって消滅した。
同時に、嘴に引っかかっていたらしい服の切れ端が解放され、空へヒラヒラと舞っていった。
(仇は討ったぞ、名前も知らない探索者よ)
せめて、安らかに眠ってくれよな…。
…みたいなモノローグを胸に抱きながら、俺は泥沼の中へと落ちていった。
ドッボーーーーン!
ゴボボボボボボボ!
コノヌマ、フカイ!
ダレカ、タスケテ!
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