第35話 深層転移事件2

サンという配信者はしばらくコメントを見つめていたが、結局良案は出ず。


『…残り1回の『透視』スキルを使って、隣の部屋のキングオークの様子を伺い、隙を見て脱出します』


という強硬策に出た。

サンの顔には悲壮な決意が滲み出していた。


「成功すると思うか?」

「厳しいと思うけど、運が良ければ…」


俺達も何かアドバイスできないかと思ったが、未踏域で、未知の魔物が相手では何も言えなかった。


【現在の視聴者数:5,898人】




サンは撮影用ドローンを持って、隣の部屋が見える位置まで移動していく。

部屋と部屋の間に扉は無い。

隣の部屋には、魚蛇肉を食事中のキングオークの背中が見えた。


〈飯食ってる間にコッソリ歩いて出口まで行くってこと?〉

〈無理無理〉

〈作戦でも何でもないじゃん〉

〈絶対救助待った方がいいって!〉

〈未踏域だから誰も来れない定期〉

〈グロ期待〉

〈派手に4んでくれwww〉

〈はよ逝け〉


「クソコメって通報とかできないっけ。捕まれよコイツら」

「コメント長押しで一応できるけど、アカウントBANがせいぜいじゃないかな…」


サンがキングオークのいる部屋に入っていく。

ゆっくりと、亀みたいな速度でキングオークの背後を通り抜けようとしている。


〈背後から攻撃して56せ!〉

〈無理に決まってんだろ〉

〈何レベ差あると思ってんだ〉

〈ダメージすら入らないだろ〉


部屋は狭く、少しフラついただけでキングオークの背中とぶつかりそうだ。

サンとキングオークのレベル差は60(推定)。

バレれば即死。

そうなれば、一瞬で配信画面は真っ赤に染まるだろう。


〈こっわ〉

〈緊張感エグ〉

〈まだバレてない〉

〈意外と行けそうか?〉

〈やったか!?〉

〈やったかやめろ〉


『ゴクリ』

「あっ!」

「音が!」


緊張からか、サンは生唾を飲み込んだ。

その音は配信越しにもハッキリと聞こえた。

ということは、当然キングオークにも…。


〈何だ今の!?〉

〈何か鳴ったぞ〉

〈唾飲んだ音か?〉

〈終わったーーーー!!〉

〈だから無理だって言ったじゃん!〉


『ガツガツガツガツ!』


〈あれ?〉

〈ん?〉

〈気付かれて…ない?〉

〈飯に夢中で聞こえなかったのか?〉

〈マジかよ!?〉

〈セーーーーーフ!!〉

〈何で気付かんねんボケ!〉


幸運にも、キングオークは振り向かず、食事に夢中になっていた。

唾の音は聞かれなかったようだ。


〈これも運24のおかげか?〉


そして、サンは最後まで気付かれないまま、あばら屋の外へと脱出した。


「よし!」


〈うおおおお!!〉

〈まじかよ!!〉

〈やるやん!〉

〈諦めなければ何とかなるんや!〉

〈諦めたらそこでゲームセットですよ!〉


だが、そこで湖から顔を出していた巨大魚蛇と目が合った。


『GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

『わああああああああああああああああああ!?』

〈あああああああああああああああああああ!!〉

〈終わったあああああああああああああああ!!〉




巨大魚蛇は極太の水のビームを放ってきた。


「水流砲か!?」

『ひっ!』


サンは間一髪で水ビームを回避。

超格上魔物の遠距離攻撃だったが、50mくらい距離があったおかげか何とか避けられた。

ただ、背後にあったあばら屋は巻き添えになって、粉々に吹き飛んだ。


『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』


中で食事中だったキングオークは一緒に吹き飛ばされたらしく、遠くから怒りの咆哮が聞こえてきた。

しかし、今問題なのは魚蛇の方。

1射目が外れたことを確認すると、魚蛇はすぐさま2射目の水ビームを放った。


『バウンド!!』


サンは何らかのスキルを発動し、大きく跳んだ。

スキルの効果か、あばら屋が吹き飛んだ際の爆風が追い風となったのか、サンはまたしても間一髪でビームを回避。

しかし、跳んだ先にあったのは湖で、サンは勢いよく水中に落ちていった。




「どうなった!?」

「分からない!」


水へ落ちる前に、サンはドローンを手放していた。

よって、水中の様子は追えない。

代わりに、配信には外の様子が映っている。


『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

『GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


怒髪天のキングオークが巨大魚蛇に迫っていった。

キングオークの手には、いつの間にか真っ黒い大斧が握られている。

3射目のビームを難なく避けたキングオークは、大斧を振りかぶって巨大魚蛇をぶった斬った。


〈強ええええええええええええ〉

〈いや強過ぎだろ〉

〈多分キングオークがボスで魚蛇は一般魔物なんだろう〉


巨大魚蛇は魔石に変わり、湖に落ちた。

すると、間髪入れず、また別の巨大魚蛇が湖から出てきた。


〈あ〉

〈あそこって…〉

〈サンが落ちていった辺りじゃね?〉

〈ということは、水中で鉢合わせたであろうサンはもう…〉


ああ…。

終わった。

結局、何もできなかった。

助けられるなら助けたかったが、画面越しのコメントだけではどうしようもなかった。


『GISHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』


キングオークの咆哮が轟く。

大斧を振りかぶり、巨大魚蛇の胴体を真っ二つに斬り飛ばす。

またしても一撃KO。

強過ぎる。


(どのみち、キングオークから逃げる方法は無かったか…)


そう諦めかけた時、


〈ん?〉

〈あれって〉

〈何か出てきた!〉

〈チャンネル主か!?〉


切断された巨大魚蛇の胴。

その断面からポロっと人が落ちてきた。

サンだ。


「い、生きてるのか!?」

『バウンド!!』

「生きてる!」


サンは生きていた。

しかも、五体満足で、怪我をした様子もない。

多分、巨大魚蛇には丸呑みにされたが、胃に落ちる前に巨大魚蛇が両断され、そのおかげで脱出できたのだろう。


(運良過ぎだろ!)


サンは水面に向かってスキルを発動。

身体が少しだけ浮き上がって、すぐ近くの細道の上に着地した。


『た、助かっ…』

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』


ザッパーン!

と音を立てて魚蛇の死体が湖面に落ちた。

舞い上がった飛沫の中を、憤怒の形相のキングオークが走っていく。


『ひぃっ!!』


まだサンは助かってなどいなかった。

キングオークはもう目と鼻の先。

このままではまた捕まる。

捕まれば、待っているのは死だ。


「そうだ!ステータス!」

「何だって?ステータス?」


セイは素早くコメントを打ち込んだ。


〈ステータス!〉

『ステータス!』


そして、サンはどこかへ消えた。




〈どうなったんだ?〉

〈チャンネル主消えたんだけど〉

〈死んだよ〉

〈キングオークもどっか行っちゃったんだが?〉

〈ドローンが移動してる?〉

〈みんな4んだのか?〉

〈洞窟しか映ってなくてつまんねえ〉

〈アホか?貴重な深層未踏域の映像記録だぞ?〉


コメント欄も困惑している。

一体、何が起きたんだ…?


「セイが何かしたのか?」

「私は何も。ただ、あの魚蛇を倒したことで、配信者の子はレベルアップしたのかもしれない」

「いや、魚蛇倒したのはキングオークだろ?」

「そうだけど、うちだってガルが倒しても経験値入るでしょ」

「ああ、そういえば…」


魔物が魔物を倒した場合でも、その戦闘に参加していれば経験値は入るのか。


「深い階層の強い魔物を倒すほどレベルアップは早くなる。10レベの子が70レベの魔物を倒した(戦闘に参加していた)ということになれば、レベルは一気に上がったかもしれない」

「仮にレベルアップしたとして、何で急に消えたんだ?」

「新しいスキルを覚えたのか…もしくは、SPを全部素早さに振って、ものすごい速さで逃げたのかも」


セイにも確証は無さそうだった。

普通にブン殴られて死んで消滅しただけかも、とも思った。

だが、少しして配信のコメント欄に、


〈サン:生存報告!〉


というコメントが流れてきた。


「セイ、これ!」

「無事みたいだね、良かった」


〈うおおお!?〉

〈サンちゃん!!〉

〈これ本物!?〉

〈生きとったんかワレェ!?〉




探索者用のドローンは同期しているスマホに向かってオートで飛んでいくらしい。


〈おいあれサンじゃね?〉

〈本当に生きてた!〉


戦闘終了から5分後、ドローンはサンの元に辿り着いた。

サンは生きていた。

洞窟に座り込んで休んでいる。

サンはステータスを開くと、ドローンに映して見せた。


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:25(+15)

体 力:21

攻撃力:25

防御力:10

素早さ:120(+90)【MAX】

魔 力:0/3

 運 :24

S P :0(-90)

スキル:バウンド、透視、隠密、衝撃緩和、一閃

ーーーーーーーーーーーーー


セイの予想通り、サンのレベルは爆上がりしていた。

獲得したSPは全て素早さに振り、それで爆速で逃げたようだ。


「ステータスって120でMAXなのか…」

「初めて知ったね」


しかし、まさかあそこから生還するとは…。


〈やはり運24か〉

〈ワイも運上げるか…〉

〈やめとけやめとけ〉

〈お前も深層に飛ばされるぞ〉




未踏域では助けは来ない。

よって、サンは地上を目指して歩き出した。


〈ここ何層?〉

〈知らん〉

〈オークキングがいたから70層くらいじゃないか?ってさっき誰かが言ってた〉

〈70レベならもうちょい浅めの層かも。50層のボスの地竜が討伐推奨レベル60だから〉

〈60層くらいってこと?〉

〈55層までいけば百鬼夜行が助けにいけるけど〉

〈ワンチャンいけるか?〉

〈いや無理だろ深層やぞ〉


そうだ。

サンは未だ急場を凌いだに過ぎない。

生還するには未踏域を1人で登っていかないといけない。


『あ、階段あった!』

「マジ!?」

「うわ、しかも、登りだ」


〈見つけるのはっや〉

〈もう1層目クリアってこと?〉

〈はやすぎぃ!〉

〈流石運24〉

〈運24何でもありかよ〉


「俺もちょっと運上げるか…」

「やめな?」


その後、サンはカンストした素早さと幸運を駆使して、未踏域を異常なスピードで駆け上がっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

サンが脱出できたかどうかは、また別のお話。

…というか前作『一般的なダンジョン配信者さん』で書いたのでそちらをお読みください。

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