第7章【48層】より道

第31話 コーチング

風邪でダウンしたセイに代わって、数日間は俺がガルの散歩をすることになった。


「よし、行くぞ!」


意外にも、ガルは俺の指示をちゃんと聞いた。

移動時は大人しく後ろを着いてきたし、ダンジョンで魔物を倒した時も魔石は食べずに俺の元へと持ってきた。

これならセイが不在の間も何とかなりそうだ。




「よし、魔石10個目!ノルマ達成、早かったな」


『品川ダンジョン』浅層せんそうでの魔石集めは30分ほどで終わった。

本当は5層で狩りをする予定だったが、移動中に遭遇した魔物を狩っていたら5層に着く前に魔石10個集まってしまった。


「どうする?帰るか?もうちょい狩っていくか?」


時刻は昼時。

昼飯のために早く帰ってもいいが、もうしばらくガルを遊ばせておいてもいい。


(もし運動不足でガルが太ったりしたら、セイに怒られるの俺だからな…)


俺にはガルの状態を完璧に把握することはできないので、とりあえずガルのやりたいようにやらせてみる。

ガルは一切悩まず、来た道を引き返していった。

どうやら早く帰りたいらしい。


「お前もセイが心配か?」


そう言うと、ガルは珍しく俺の言葉に反応して、こちらを見返してきた。


「じゃあ、帰るか」


ガルの首の裏辺りを撫でると、モフモフとした感触が手に伝わってきた。




4層から階段を使って1層ずつ上がっていく。

地上までは歩いて15分くらいだ。

ガルに乗ればもっと早いが、『騎乗』スキル持ちのセイがいないと酷く揺れるので、普通に歩きで向かう。


「GARU!!」


そして10分後、2層から1層へ続く階段まで来た辺りで、急にガルが吠え出した。

どうしたのかと思ったら、ガルは俺を置いて走り出した。


「ガル!?おい!」


どこ行くねーん!

慌てて後を追い、階段を駆け上がると、ガルは1層の草原でゴブリンを倒していた。

ガルの足元には倒れている人影が1つ。


「急に走るな…って、何だ?人助けしに行ったのか?」


ガルには『危機感知』というスキルがある。

離れた位置からでも誰かが危険な状態になっていたら察知できるスキルだ。

倒れていたのは小柄な人物で、身長は150cmくらい。

黒いキャップに黒いマウンテンパーカー。

キャップのツバで顔は見えず、すぐには男か女か分からなかった。


(女か?)


長めの茶色の髪がキャップの隙間から垂れているのを見て、そう思った。


「た、助けてください!」


近付いていくと、女の子は俺に助けを求めてきた。


「え、何から?」


ゴブリンは既にガルが倒した。


「な、何って…でっかい狼が!」

「ああ…」


俺は、魔石を咥えて持ってきたでっかい狼に向かって、言った。


「ガル、お前怖いってよ」

「GARU!」

「え…ええ!?」




ガルの首には首輪が着いている。

テイムした無害な魔物であることを示すアイテムだが、彼女はダンジョン初心者だったのか、それには気付かなかったようだ。


「あの…助けてくれてありがとうございました」


女の子からはお礼を言われた。


「いや、俺に言われてもな。助けたのガルだし」

「でも、この狼の飼い主なんですよね?」

「いや?」

「え!?」

「本当の飼い主は今日は風邪引いて休んでる。俺はそいつの代わりに散歩に連れてきてるだけだ」

「あ、そうなんですね…散歩…ダンジョンで…?」

「こんなデカい狼、ダンジョン以外では散歩させられないからな」

「ああ…」


なお、ガルは先程からずっと女の子の尻の臭いを嗅いでいる。

何故犬や猫は尻の臭いを嗅ぐんだろうか…。


「じゃあ、俺達はこれで。ガル、行くぞ」

「い、行っちゃうんですか!?」

「もう散歩も終わって帰るところなんだ」


そう言ったら、服の裾を掴まれた。


「ま、待って!1人にしないで!」

「1人?」


言われて気付いたが、辺りには人の気配が無かった。

今日は日曜日なので、平日よりも探索に来ている人は多いはずだが、昼だったから皆んな飯を食いに引き上げたのかもしれない。


「あー、君も昼休憩にしたら?」

「食べてきちゃったんです…」


知らんがな…。

そう思ったが、彼女は何やら切羽詰まった様子だ。

何か特殊な事情でもあるのかもしれない。


(でも、俺はまだ昼飯食ってないんだよな…)


普通にお腹が空いていたので、できれば早く帰りたかった。

風邪っ引きのセイも心配だし、この子も見ず知らずの他人だ。


(ただ、半泣きの女の子見捨てていくのも若干気が咎める…)


そう思ってガルを見たら、おもむろに座り込んで、その場で毛繕いを始めた。

これは…『話くらい聞いてやれよ』と言っている、のか?




ガルは押しても引いても動かなくなった。

ついさっきまであんなに帰りたがっていたのに。

女性に優しい系狼かよ。

仕方がないので、他の探索者が戻ってくるまで1層で待つことにする。


(まあ、10分もすれば誰かしら来るだろう)


その間突っ立っていても暇なので、彼女の話を聞いてみることにした。


「あの、ゴブリンってどうやって倒せばいいんですか?」

「普通に殴れば倒せると思うけど…」

「倒せなかったんですけど…」


1層のゴブリンは最弱の魔物だ。

体力も防御力も低いから、普通に殴ったり蹴ったりするだけでも倒せる。

強さで言ったら男子小学生並みだ。

それに勝てないというのは…。


「探索者向いてないんじゃないか…?」

「うっ…」


彼女はサバイバルナイフを持っていた。

刃渡は20cmくらい。

ゴブリン討伐には十分な武器だ。


(刃物持って小学生に負ける人間なんかいるか?)


いるとしたら、よっぽど荒事に向いてない人なんだろう。


「で、でも…」


才能が無いならスッパリ辞めればいい。

探索者なんて無理してやる仕事じゃないからな。

しかし、彼女はまだ探索を続けたい様子だ。


「何か、探索を続けなきゃいけない理由でもあるのか?」

「実は…」

「実は?」

「一昨日、学校で友達と探索者の話になって…」

「なって?」

「『ショーコには探索者とか絶対無理だよね』って言われて…」


どうやら彼女は『ショーコ』という名前らしい。


「それで、『出来るし!』って言っちゃって……」

「…………え、終わり!?」


終わりだった。

特に深い理由とかは無かった。




「で、でも、ゴブリンにボロ負けして帰ったら、絶対友達にからかわれるし…あと、買っちゃったサバイバルナイフ代くらいは回収したいし…」

「俗な理由だなあ」

「うう…やっぱり、こんな理由でダンジョンに来たのがダメだったんですかね…」


覚悟も無ければ、戦う理由も無い。

考えてみれば、本気で殺しにくるゴブリンに対して彼女の足がすくんでしまうのは当然の話なのかもしれなかった。


「まあ、俺が探索者になったのも似たような理由か」

「そうなんですか?」

「俺の場合は『何か面白そうだしやるか!』みたいな感じだった」

「かっる…」


話している間に他の探索者が1層に降りてきた。

これにてお役御免…と帰ってもよかったが、乗り掛かった船なのでもう少し付き合うことにする。


「ちょっとゴブリンと戦ってみてくれないか?」

「え?」

「実際に戦っているところを見れば、もうちょい具体的なアドバイスができるかもしれない」

「また、ゴブリンと…」

「もちろん、嫌ならいいけど」

「や、やります!多分、1人じゃ一生ゴブリンに勝てないし…」


こうして俺に弟子(?)のようなものができた。


「俺のことはライって呼んでくれ」

「ライさん…本名ですか?」

「いや…本名は言いたくない…」

「そうなんですか?私は小夏って言います」




とりあえず名前だけ聞いてから、探索を再開。

1層は見通しのきく草原なので、魔物はすぐに見つかった。

注文通りのゴブリンだ。


「じゃあ、早速戦ってみてくれ。俺らは後ろで見てるから」

「は、はい…」


小夏はサバイバルナイフを両手で持って、おっかなびっくりゴブリンに近付いていった。


「GOBU!」


そのうちゴブリンの方も気が付いて、腕を振り上げながら走って向かってきた。

小夏はサバイバルナイフを振るった。


「え、えい!」


しかし、避けられてしまった!


「GOBU!」

「ひぃっ!」


ナイフを掻い潜ったゴブリンが小夏に迫る。


(このままだと、またゴブリンに負けるなあ)


と思った俺は、後方から『雷弾』を撃ってゴブリンを倒した。




「問題点は色々あったな」


戦闘後の反省会。


「まず、サバイバルナイフを両手で持つのはやめよう」


どう考えても両手で持つ武器じゃないし、絶対取り回し悪いだろ。


「はい…」

「あと、ビビり過ぎな。ナイフ振るの早過ぎ。ゴブリンのパンチなんて当たっても死なないんだから、『肉を切らせて骨を断つ』くらいの気持ちで、なるべく引き付けた方がいいと思うぞ」

「で、でも…怖くて…」


死なないとしても、殴られたら痛い。

痛いのは怖いことだ。


「まあ、気持ちは分かるけどな…」


そうなると、武器がサバイバルナイフというのも問題か。

刃渡り25cmのナイフでは、どうしても接近戦にならざるをえない。


「長物ならゴブリンを一方的に攻撃できるようになるから、武器を変えればいいんじゃないか?」


というわけで、俺達は地上1階の武器屋に買い物をしに向かった。

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