第30話 行き詰まる

ハイペースで45層まで攻略した俺達は、現在46層行き階段を降りている。


「う、これは…」

「階段からもう暑いね…」


46層からは火山フィールド。

真っ黒い地面からは蒸気が上がり、溶岩が川のように流れ、遠方には絶賛噴火中の火山が見える。


「これ、気温何度だ?」

「50℃だって」

「マジか…気を付けないと、暑さで倒れそうだな」

「そうだね…あれ?ガルは?」


振り返ると、ガルがいなかった。


「ガルー?」

「GARU…」


セイが呼ぶと階段の上の方から声がした。

階段を戻るとこちらに尻を向けたガルがいた。


「ガル、おいで?」

「GARU…」


普段はセイが呼べばすぐに来るガルだが、この時ばかりは違った。


「やっぱり暑いのは苦手みたい」

「進化してもダメか」


ガルは前から暑いフィールドが苦手だった。

16〜20層の砂漠フィールドでもめちゃめちゃ苦戦して、21層に辿り着くまで1年以上かかった。


「確か、砂漠フィールドって40℃くらいだったよな?」

「そうだったね…」


今回は50℃か…。

これはまた攻略に時間がかかりそうだ。


「ガル、少しだけ様子を見に行こう?」

「GAU…」


こっちを向いたガルは俯き気味。

普段は立っている耳も、今は横に倒れている。

どう見ても元気がない。

そんなに嫌か、暑いの…。

モッコモコだもんな、お前…。




46層には2層へ繋がる転移陣がある。

何かあってもすぐに帰れるよう、転移陣を目指して探索を開始。

溶岩原に足を踏み入れると、より一層の熱気を感じた。

空は真っ黒い雲に覆われて閉塞感がある。

まるで熱気を逃さないための蓋のようだ。


「ガル、足、熱くない?」


地面からも蒸気が噴くくらいである。

靴を履いていないガルの足は確かに心配か。


「一応40℃くらいまでなら、犬の肉球でも耐えられるらしいけど…」

「気温が50℃だもんなあ」


まあ、普通の犬よりは耐えるだろう。

防御力も60あるし。

ただ、耳はずっと寝たままだ。


「ん、あれは…魔物か?」


前方数十メートル先に、跳ね回る炎の塊を見つけた。

炎はユラユラと動いているが、人の形を模しているようにも見える。


「フレイムマンだね」

「炎男か。そのまんまだな」


『フレイムマン』は推奨討伐レベル48。

ボスではない、一般の魔物だ。


「46層の力試しには丁度よさそうか」

「ガル、いけそう?」


セイの呼びかけでガルは顔を上げた。

戦う意志はあるらしい。


「ちょっと距離があるな。水流砲撃てるか?」

「ガル、水流砲撃てる?」

「…GARU!」




ガルの口から水のビームが飛んでいく。

発射までに若干時間がかかったが、威力的には今までと変わりなさそう。


「MERA!?」


『水流砲』はフレイムマンの腹を貫通した。

炎を消し飛ばし、腹にぽっかりと穴が空く。

水と炎で、相性は良さそう。


(ガルが熱に強かったら、ここでも無双できたかもしれないな…)


吹き飛ばした腹は、すぐにまた炎で覆われた。


「スライムみたいな奴だな」

「そうだね。炎版のスライムって感じ。斬撃も効かないらしいから、狙うなら体内の核だね」

「了解。ガルの足も重そうだし、今日は俺が先陣を切るわ」

「お願い」


俺は走ってフレイムマンに近付いていった。


「MERA!」


という叫び声と共に、火の球が飛んでくる。

俺はそれを大斧を振るって掻き消した。

火の球なのに火力は低めだった。


「遠距離魔法は苦手みたいだな!」


もう何歩かで斧の間合いに入る。

そう思った時、フレイムマンの右腕が伸びてきた。


「うお!?」


不定形の炎でできているフレイムマンにとって、腕の伸び縮みくらいは朝飯前らしい。

咄嗟に後退して何とか避けたが、フレイムマンは間髪入れずに左腕も伸ばして追撃してきた。


「バリア!」


フレイムマンの左腕はセイの『バリア』に阻まれて止まった。


「助かった!」

「正面にもう1枚張る!バリア!」


セイの張ったバリアを盾に攻撃を避け、最後の1歩を詰め切る。


「放電!」


至近距離まで迫って、電撃。

フレイムマンの体表を覆う炎を吹き飛ばした。


「見えた!剛力!!」

「MERAAAAAAAAAAA!!?」


露出した核に斧を打ち込むと、フレイムマンは絶叫して消滅していった。




フレイムマンの魔石を拾って探索を再開すると、ほどなく転移陣に着いた。


「今日のところはもう引き上げようか」

「ガルがヘバってるもんなあ」


転移陣に乗ると、すぐに景色が草原に切り替わった。

見慣れた2層の草原だ。


「あー暑かった」

「ガル、大丈夫?」


ガルは伏せてぐったりとしている。

セイは鞄からミネラルウォーターを出し、ガルの頭にぶっかけた。

ガルは目をつぶってじっとしている。


「気持ちいい?」


すぐに水を使い切り、ガルは立ち上がって体を震わせ、水気を切った。


「復活したか」

「次に火山フィールドへ行く時は、水を沢山用意して行こうか」


その後、地上受付に戻って魔石を換金。

フレイムマンの魔石は1つ10,500円で売れた。


「一般魔物でも1万越えるようになったか」


正直、これ以上先に進む必要性はあんまりない気がするな。

真面目に魔物を狩り続ければ、年収2,000万円はいくだろう。

探索者の稼ぎとしては十分。


「ガルがどうしても火山無理なら、先に進むのやめて、海フィールドに戻ったっていいけど、どうする?」

「どうしようね。海はガルの得意フィールドだし、事故が起きる心配もほとんどないんだけど…」

「けど?」

「海はドロップアイテムの回収が面倒臭いんだよね…」

「それな…」


近くの魔物のドロップアイテムなら何とでもなるが、遠距離の魔物を『水流砲』とかで倒した場合は紛失する可能性が高い。

セイの『転送』があるので5mまではどうにかなるが、稼ぎ場にするには不向き。


「かといって、40層まで戻るのもな…」

「沼地はジメジメしてるしね…」


雪フィールドも寒いから嫌だし…。

そこまで遡ったら流石に収入も減るだろう。


「まあ、無理せず、行けるとこまで行く感じでいいか」

「そうだね」




火山フィールドの探索は、案の定あまり捗らなかった。

頑張って46層をクリアした頃には、探索開始から20日ほどが経っていた。

海フィールドは数日で1層クリアできていたことを考えると、結構な差だ(海フィールド攻略が早過ぎたのもあるが)。

そして、同じ頃、世間ではビッグニュースが流れていた。


「百鬼夜行の50層突破動画見たか?」

「見た。ありそうだとは思っていたけど、やっぱり51層以降もあったね」


ついに、武蔵さん達『百鬼夜行』が50層ボス部屋を突破した。

50層攻略も51層到達も初の偉業であり、パーティーメンバーのレベルも全員が60以上。

名実共に日本史上最強のパーティーである。

各種メディアでも大きく取り上げられ、ダンジョン探索者としては無類の認知度となっていた。

なお、現役No.2パーティーの俺達は、今は2層でガルの魔石集めに励んでいるところだ。

だいぶ差があるなあ…。


「51層からは『深層』って呼ぶらしいな」

「75層まであるのも確定的って言われているよね」


『品川ダンジョン』は25層刻みにボス部屋があるから、51層があったなら75層までは存在すると考えられる。

51〜75層までが深層。

76層以降もあるかは現状不明だ。


「もし、100層まであったら何て呼ぶんだ?超深層とか?」

「最深層とか?」


仮に100層まであるなら、俺達はまだ半分も来ていないことになる。

とんでもないな。




「ただ、51層は地下都市みたいなフィールドで、結構過ごしやすそうだったよね」

「俺も思った。環境だけなら下層よりも楽そうだよな」

「当然、魔物は下層よりも強いんだろうけど」

「でも、フィールドがまともなら金稼ぎには向いてそうじゃね?」

「51層まで行きたいって話?」

「だって、深層の魔石は1個5万円で売れるらしいじゃん?」


今も別に金に困っているわけではないが、魔石1個5万は流石に夢があり過ぎる。

普通に年収1億いくぞ。


「あれは初めての魔石だから高めに査定されてるだけだと思うよ。標準価格なら15,000円くらいじゃないかな?」 


あ、そんなもんか…。


「まあでも、地下都市ならガルも苦手フィールドじゃなくなるし、行けそうなら行きたいよな」

「問題は、そこまで行けるかどうかだね」

「それはそう」


俺達が51層へ行くには、あと4階層分の攻略が必要になる。

苦手な火山フィールドの4階層だ。

ショトカ直通の46層でさえ攻略には20日かかったから、47層以降の探索は(特にガルにとって)更に厳しいものになるだろう。


「雑に計算して、まず47層を2ヶ月くらいで攻略するだろ?48層で3ヶ月。49層で4ヶ月。50層はボス部屋で、推奨レベル60以上って話だから、しばらくレベリングも必要となると…」

「まあ、1年以上はかかるだろうね」


中層の砂漠でも1年かかったわけだから、そうだろうなあ。


「1年で踏破できれば御の字って感じかあ」




そして、1年の月日が流れた。

探索者になってから3年目の夏。

俺達は未だ48層の攻略中だった。

皮算用の通りには全く進まず、火山フィールドの探索は難航していた。




「クシュン!」


そんなある日のこと。


「風邪か?」

「そうかも…」


珍しいことに、セイが夏風邪を引いた。


「探索者でも風邪引くことあるんだな」

「防御力上げてもウィルスは防ぎきれないのかあ…」


一応医者にも行ったが、普通の風邪だった。

回復魔法やポーションは使ってはいけないらしいので、セイは数日間家で安静にすることになった。


「ごめん、ガルの散歩お願いしていい?」

「任された」


こうして、俺はガルと2人で『品川ダンジョン』に散歩しに行くことになった。

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