第24話 鼻紋

「あ、危なかった!!!」


4層への転移が間に合った俺は、周囲の景色が林になっていることに安堵した。


『大丈夫!?』


繋ぎっぱなしのスマホからセイの声が聞こえてくる。


「ああ、何とか切り抜けた」

『じゃあ、早く3つ目のステータスリセットアイテムを使って!』

「そうだった!」


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:73【73】

攻撃力:40【40】

防御力:61【1】(+60)

素早さ:100【70】(+30)

魔 力:0/0【0】

 運 :10【10】(-90)

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


まず、運を10に戻した。

これで幸運も不運も寄ってこないはずだ。

先ほどの巨人大集合が運100の影響かは分からないが、とにかくあんな目には2度と遭いたくない。

運から引いた分で防御力を戻し、また素早さにも追加した。

素早さを上げたのは5分以内に地上まで戻るためだ。


「急がないと!」


俺は素早さ100の状態で林を駆けた。

体力は怪しいが、防御力は戻ったので、痛みは多少和らいだ。

見かけた魔物は全部無視して、階段まで一直線。

4分くらいで地上1階受付まで帰り着いた。




「すいません!弱ポーションを1つ!」

「あら、ライさん。そんなに慌ててどうし…」

「いいから早く!!」

「は、はい!」


俺は受付カウンターに万札を叩きつけて弱ポーションを要求した。

ステータスリセットの残り時間は1分未満!


「ど、どうぞ」


礼を言う間も惜しんで弱ポーションを引ったくって飲む。


◾️残体力2→12


「よし、体力回復!」


そして、またダンジョン内に戻っていった。

何故かといえば、ステータスチェックはダンジョン内でしかできないからだ。


「ええ…何なの…?」


階段を駆け降りながら、俺はステータスウィンドウを開いた。


「ステータス!ステータス!よし、開いた!えっと、セイの案は…いや、もう時間がない!大体で適当に振ろう!間に合え!」


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:63【63】(-10)

攻撃力:65【40】(+25)

防御力:61【1】

素早さ:65【35】(-35)

魔 力:20/20【0】(+20)

 運 :10【10】

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


「大体こんなもんだろ!」


間もなくステータスリセットの効果は消えた。

全てを均等にすることはできなかったが、まあまあいい感じに振り直しできただろう。




「疲れた…あいてててて!」


全てのミッションを終えて気が緩んだ途端、激痛に襲われた。


「うおおお…!!」


痛みに呻きながらも階段を上がると、


「ライ!」


丁度セイが受付に入ってきたところだった。


「来たのか…セイ…これ…白ポーション」

「ボロボロじゃん!動かないで!ヒール!すみません、中級ポーションをください!」

「ええっと、中級は1本20万円で…」

「いいから早くして!」

「は、はい!」


セイに飲ませてもらった中級ポーションで、俺の身体はだいぶ回復した。


「大丈夫?どこか痛いところない?」

「ああ、もう大丈…いたぁっ!?」

「全然大丈夫じゃないじゃん!」


大体の怪我は治ったが、散々盾にした左腕と、貧血症状は治っていなかった。


「早く病院に行くよ!」

「ま、待った!先にこれを鑑定してもらおう」


『鑑定』は他者の能力を見ることができるスキルだ。

ダンジョンには『鑑定士』という人が常駐していて、ダンジョンから持ち帰った魔石やアイテムを日々鑑定して金額を算出している。


「…分かった。救急車を呼ぶから、待ってる間に鑑定してもらおう」


セイが救急車を手配する間に、俺は受付に白ポーション(仮)を持っていって鑑定を依頼。

受付嬢は奥の部屋へ引っ込んで、1分後には戻ってきた。


「こちらのアイテムですが、ポーションではありませんでした」

「う、嘘だろ!?」

「残念ながら…」


俺は意識が飛びそうになった。

あれだけ色々やって、結局成果無しなんて…。


「こちらは『進化の秘薬』というアイテムだそうです」

「進化…?」

「秘薬…?」

「詳しくは分かりませんが、鑑定結果としては『魔物に飲ませると魔物が進化する薬』だそうです」




その日は別の場所で事故でもあったのか、救急車の手配が難しい日だった。

病院からは『歩けるなら歩いて来てください』と言われたそうだ。

俺はこれ幸いと病院を後回しにし、先に2人で『魔物研究所』に向かうことにした。


「GARU!」


職員さんに頼み込み、隔離部屋で寝ていたガルを連れてきてもらった。

ガルはセイの顔を見るなり、駆け寄ってこようとした。

後ろ脚がないので、前脚だけで身体を引きずってこようとする。

下半身の傷が開きかねないので、職員の人達がガルを抑えて、俺達の方からガルに近付いていった。


「ガル、1人で寂しかった?ごめんね」


セイが抱きしめるように撫でると、ガルは少し大人しくなった。


「その小瓶が『進化の秘薬』…ですか?」


俺の持つ小瓶を見ながら担当?の先生が言う。


「聞いたこともない薬ですが、本当に使うんですか?」

「はい」


『魔物を進化させる薬』なんて売ったところで大した金にはならないだろう。

それなら、ガルに使って、奇跡が起きることに期待する。


「セイ」

「…うん」


俺はセイに小瓶を手渡した。

ここから先はセイの役目だろう。


「待ってください!」


突然、担当の先生が叫んだ。


「…何ですか?」

「未知のアイテムを使用する瞬間です。残業してる職員を集めてきてもいいですか?」

「はあ?」

「こっちは急いでるんで…」

「時間はかけません!1分だけ!1分だけ待っていてください!」


仕方がないので1分待つと、施設内に残っていた職員が10人くらい集合した。

もう7時回ってるけど、結構残業してる…。




「お待たせしてすみません。では、どうぞ」

「はあ…ガル、飲める?」


『進化の秘薬』を近付けると、ガルは臭いを確認して、特に抵抗もせず薬を飲んだ。


「GARU…!」


薬を飲んだガルはビクンビクンと痙攣した。


「失敗か!?」


そう思った時、ガルの身体が一回り大きくなった。


「おお!」

「な、何だこれは…!」

「どんどん大きくなるぞ!」

「警戒しろ!」

「GARURURURURU…!」


ガルは唸りながら膨張していく。

皆んなが狼狽する中、俺だけはその現象に見覚えがあった。

ついさっき見た光景だ。

髭の小人が段々大きくなり、巨人へ変わっていったのと同じ。


(あれが進化だったのか)


騒然とする室内で、ガルの大きさは体高2メートル、体長3〜4メートルほどになって止まった。

元々大きかったガルだが、今は以前から倍くらいに大きくなっている。

これだけ大きければ背中に人が乗れそうだ。


「ガル…なの…?」


セイもこの変貌には驚いていた。

元は灰色だった毛色も、変色して青みがかっている。

同じ狼だが、大きさも違うし、色も違う。

もしかしたら、全く別の個体と変わったのではないか?とさえ思った。


「GARU!」


セイが腕を伸ばすと、巨大狼は頭を擦り付けた。


「ガル…!」


セイは涙を流して、ガルを抱きしめた。


「…おい、大丈夫なのか、あれ?」

「本当に同一個体か?」

「見ろ!後ろ脚も生えているぞ!」

「ここはとにかく、一度検査を…」


無粋な職員達が騒ぎ出したので、俺が手で制した。


「あれはガルです」


と言っても、俺にガルの見分けがつくわけじゃない。

ただ、セイがガルを見間違えるはずはないから、あれはガルだ。


「良かったな、ガル。脚もちゃんと生えて」


俺がそう声をかけると、巨大狼はプイっとそっぽを向いた。


「おい、無視したぞ」

「反抗的だ」

「やはり別個体なのでは?」

「いや、こいつは俺に対してはいつもこうです」


むしろ今ので確信したわ。

相変わらずで何よりだよ、犬野郎。




その後、ガルを家へ連れ帰ろうとするセイと、検査させてほしいと懇願する職員達の間で攻防があり、最終的にガルはもう1日預けて各種検査を受けることになった。


「う…」

「ライ!?」


俺は倒れて、病院に担ぎ込まれた。

雰囲気を壊さないよう平気そうな顔をしていたが、流石に限界だった。

救急車が来なかったので、研究所の人に車を出してもらい、病院まで送ってもらった。


「えー、大野サンダーさんね。凄い名前してるね。左腕は見かけ酷いけど、神経とかは切れてないですね。中級ポーション飲んだ?じゃあそれですね。とりあえず、今日は点滴打つから入院してもらって、明日問題なさそうなら退院してください」




翌日、貧血も治ったので無事に退院できた。

左腕は吊ったままだが、数日で完治する予定だ。

セイと2人でガルを迎えに行くと、『魔物研究所』の人達から熱烈な歓迎を受けた。

『進化の秘薬』に関して根掘り葉掘り聞かれたが、隠す必要もないので全部話した。


「ちなみに、こいつって本当にガルで合ってました?」

「ライ!」

「いや、一応念のためにさあ…」

「姿形は変わりましたが、鼻紋が一致したので、ガル君で間違いないだろうという結論になりました」

「おお!良かったな、セイ!」

「初めから疑ってないのに…」




それから数日が経ち、左腕も完治。

俺達はすぐに『品川ダンジョン』へと向かった。


「1つだけ問題があります」


ダンジョンへの道すがら、セイが言った。


「ガルの巨大化の結果、家が手狭になりました」


デカくなったガルの体高は2メートル。

天井に頭を擦るほどではないが、家の中にいるとやはり窮屈そうな印象を受けた。


「早急に広い家へ引っ越す必要があります」

「それなら、もっと深く潜って、もっと金を稼ぐしかないな」


こうして、俺達はダンジョンを更に深く潜っていくことに決めたのであった。

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