第23話 ギャンブル

トゥルルル!

トゥルルル!

トゥルルル!


『…はい、大浪です』

「あ、セイ?俺だよ、俺、俺」

『…詐欺?』

「ライだよ!」

『ああ、ライか…』


電話をかけたら、かなりテンションの低いセイが出た。


「てか、着信表示で分かるだろ」

『今、起きたばかりで…』

「あ、起こしちゃったか。ごめんな」

『ううん…今何時?』

「夜の6時過ぎ」

『嘘…私、何時間寝てた?』

「昼前に帰ったから、すぐに寝たなら6時間以上だな」

『そんなに…』

「まあ、疲れが出たんだろう」


昨日はろくに眠れなかったようだし、精神的負担も大きかっただろう。

本当は鬼電なんかして起こさない方がよかったのだが、どうしてもセイの判断を仰がなければならない話があった。


『あれ?ライは今どこにいるの?』

「今は『品川ダンジョン』の31層」

『は?』


ひえっ…。




「いや、あの、あれだよ…俺はただ、上級ポーションを探そうと思って…」

『ライ?』

「ごめんなさい」


俺はスマホに向かって頭を下げた。


『ガルのご飯分の魔石を取りに行くだけって言ってなかった?』

「はい、申し訳ありません」

『1人でダンジョンに潜ったの?』

「はい、すいませんでした」

『31層って何?』

「あのぉ…何かぁ、気付いたら雪フィールドにいてぇ…」

『気付いたらって何?まさか1人で無茶な探索をしたんじゃないよね?』

「ま、まさかぁ…」

『ライ?』

「仰る通りです。誠に申し訳ありませんでした」


そもそも27層が適正レベルの俺である。

31層にいる時点で無茶してないわけがない。

俺は先んじて罪を認め、自白による減刑に望みを託した。


『大丈夫なの?怪我は?』

「それは大丈夫。ある程度は回復したから」

『回復する前は怪我してたってこと?』

「それは…はい…」

『はぁ…。回復したってことはポーションを飲んだんだよね?』

「いや、ポーションは買い忘れた」

『ライ?』

「いや、でも、それについては俺もやっぱり買っておけば良かったなあって反省してるから」

『本当に大丈夫?ポーション無しで回復ってどういうこと?』

「そうそうそれそれ!実はそれに関して、セイに相談したいことがあって…」


俺はセイにここまで来た経緯をかい摘んで説明した。


「26層からスタートして、ボロボロになりながら31層にたどり着いたら、巨人に殴られて、いつか見た髭の小男を再発見しました」

『…』


多分また怒られるんだろうなと身構えていたら、セイは黙ってしまった。


「せ、セイさん…?」

『お願いだから、あんまり無茶しないで』


…本当にごめん。




数分前。

俺が髭の小男を発見した直後、巨人の接近してくる足音が聞こえてきた。


(まずい!とにかく、逃げないと!)


そう思った俺は、洞窟の中に入って身を隠そうとした。

しかし、洞窟は狭く、子供じゃないと入れないくらいのサイズだった。


「破壊!」


俺は咄嗟に洞窟の入り口を『破壊』した。

入り口を広げて中に入ろうとしたのだ。

だが、この『破壊』で小さな洞窟は崩れてしまい、床も抜けて、俺は地下に落下していった。


「ぐえっ!」


地面に叩きつけられた俺は、危うく落下ダメージで死ぬところだった。

深くはなかったからギリギリ耐えられた。


「う…な、何だここ…」


落下した先も洞窟だった。

そしてそこには髭の小男が沢山いた。

ザッと10体くらいはいる。


「ここは…こいつらの巣か…?」


髭の小男達は間違いなく魔物だ。

だが、俺に向かって攻撃してくる様子はなかった。


「友好的な魔物なのか?」


いや、前に4層で見た時も逃げていたし、単純に弱いだけかもしれない。

俺は落ちてきた穴を見上げた。

巨人が追いかけてくる気配はない。

撒いたか…?


「…ん?あれは何だ?」


髭の小男達の背後に『白く光る謎の物体』を見つけた。

丸い雪玉のような物体で、岩棚の上に3つ並べて置いてある。

俺は全身の痛みを我慢して、岩棚に近付き、その謎の物体を手に取った。

冷たくはなかった。

雪玉ではない。


(何かのアイテムか?使ってみるか…)


そう思ったら、謎の物体が急に発光し、消えた。

そして、勝手にステータス画面が開いた。


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:71【71】

攻撃力:61【61】

防御力:61【61】

素早さ:61【61】

魔 力:1/20【20】

 運 :10【10】

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


「何だこれ…うっ!」


無理して歩いたせいか、また貧血症状に襲われた。

頭がクラクラする。

体力は空っぽだ。

今意識を失ったら、2度と目は覚めないだろう。


「ステータス…リセット…」


俺は死にたくない一心で『体力』の項目を触った。


体力:100【71】(+29)

※減少させるステータスを選んでください


攻撃力:32【32】(-29)


確定/キャンセル


確定。




「はっ!」


急に意識がはっきりしてきた。

相変わらず身体中が痛むけど、明らかに体力には余裕がある。

具体的には、体力30くらいの余裕がある。


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:100【71】(+29)

攻撃力:32【32】(-29)

防御力:61【61】

素早さ:61【61】

魔 力:1/20【20】

 運 :10【10】

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


「これは…ステータスポイントを振り直すアイテム…なのか?」


そんなアイテムがあるなんて、今まで聞いたこともない。

何かの間違いかもしれないので、もう一度ステータスを弄ってみる。


攻撃力:60【32】(+28)

素早さ:33【33】(-28)


確定/キャンセル


確定。


「うわ…!」


急に身体の動きが鈍くなった。

素早さが下がったことが感覚的に理解できた。


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:100【71】

攻撃力:60【32】(+28)

防御力:61【61】

素早さ:33【33】(-28)

魔 力:1/20【20】

 運 :10【10】

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


「ステータス画面も更新されてる。右側の【】の数字が移動可能なポイントか…?」


ぱっと見そんな感じがするけど、俺は数字に弱いのでよく分からない。


(とりあえず、2回目のステータス振り直しもできた、けど…)


俺は岩棚を見た。

白い玉は残り2つのみ。


「よし、セイに相談しよう!」


こういうことは馬鹿な俺じゃなく、頭の良いセイの管轄だ。




「で、電話したってわけ」

『なるほどね…』

「セイはこれ、どう思う?」

『実際に見ていないから何とも言えないけど…ステータスの振り直しはまだできるの?』

「それが、電話している間にできなくなった。時間制限あるっぽい。5分くらいかな?」

『5分か…』

「これ、売ったら結構高値がつきそうじゃないか?」

『まあ、そうだね。ステータスリセットアイテムなんて聞いたこともないし、貴重なアイテムなのは間違いないと思う』

「だろ?あと2つ残ってるから、1個5千万で売れたりしないかな?」


そうなれば、2つ共売ったら1億円だ。

ステータスをリセットしたところで、ガルの脚は治らないだろう。

しかし、リセットアイテムが高値で売れれば、1億円の上級ポーションが買えるようになるかもしれない。


『…1億円は無理だと思う』

「え、無理か?ステータスが振り直せるなんて、凄いアイテムなんじゃないのか?」

『凄いけど、探索者向けのアイテムだから、普通の人には売れないと思う』

「あ、そうか…」


高レベル探索者なら使い道があるかもしれないが、そうではない一般人には大して恩恵がない。

富裕層の人間が危険なダンジョンに潜ることはほとんどないだろうから、このアイテムに高値が付くことはない、か…。


「ダメか…」


一瞬見えた希望の光はすぐに消えた。

やはり1億円の壁は高過ぎる。

貴重なアイテムなのは間違いないだろうから、数千万円程度なら手が届いたかもしれないのに…。


『それに、1度ステータスを弄ったんでしょ?戻すためにはもう1つ使わないといけないから、残るのは1つだけ。アイテム1つ売って1億円は流石に無理だと思う』

「確かに…」


体力回復と検証のために、今の俺の素早さは33になっている。

戦闘において素早さは重要。

このままにはしておけない。

必ずもう一度リセットアイテムを使わなければならない。


「じゃあもう、最後の1つを売った金で、ギャンブルでもするしかないか…」

『ライ…』


例えば、リセットアイテムを500万円で売って、競馬で20倍に賭けて1億円とか…。

流石に無理か…。

分かってる。

何の確証もないギャンブルに頼り始めたら、人間いよいよ終わりだよな…。


『ライ…実は私も、ずっとそれを考えてた』

「え!?マジ!?」


競馬で一攫千金を!?




セイがギャンブル…だと…!?

似合わねえ…。

そういう運否天賦からは1番遠い人間だと思っていた。


「落ち着くんだ、セイ。自棄やけになったら人間お終いだぞ。競馬なんかそう簡単に当たるわけないぞ」

『誰も競馬をするなんて言ってない。まあ、何の確証も無い賭けって意味では、似たようなものだけど』

「競馬じゃない…?パチスロ?」

「違う」


セイには何か考えがあるようだ。


『リセットアイテムはあと2つあるんだよね?』

「ある」

『それなら、もう1回使っても、元に戻すことはできるってことだよね』

「ああ、そうだな」

『それなら、2個目のリセットアイテムで運を100くらいまで上げれば、ギャンブルの勝率を限りなく高めることができるんじゃないかな?』

「おお、なるほど!」


『運』は幸運も不運も込み込みのステータスと言われている。

上げ過ぎると、幸運もやってくるが、酷い不運にも見舞われて、最悪死ぬらしい。


『でも、リセットアイテムですぐに戻せるなら、幸運だけを享受した後、不運がやってくる前にステータスを戻すことができるかもしれない』

「いや、でも待ってくれ。それだとリセットアイテムを2つとも使うことになる。1つは売らないと軍資金が集められないんじゃないか?」


ギャンブルで稼ぐにしても元手がいるはず…。

いや、貯金を全額突っ込めば何とかなるか?

不人気馬に100万突っ込んで万馬券(100倍馬券)的中させれば1億円にはなる…。

あれ、結構いけるか…?


『一回競馬から離れてもらっていいかな?私が想定しているギャンブルは、ダンジョン内でできるギャンブルで、お金は必要ないよ』

「金を使わないダンジョン内ギャンブル…?」

『魔物のレアドロップに賭ける』

「ああ!」




レアドロップの確率は1%。

しかし、それは運が10の場合の話だ。

運100なら単純に考えて確率10倍。

10分の1でレアドロップが発生するはずだ。

確証は無いし、レアドロップが発生しても上級ポーションが出るとは限らない。

しかし、俺達はその案に賭けた。


『そもそも、31層から帰ってくるには素早さを上げるために1回リセットが必要。そこで使って5分で競馬場に行くのは無理』

「前みたいに救助を頼めば…ダメか。貴重なアイテムを抱えている今、あんまり他の探索者とは会いたくない」


毎回武蔵さん達のような親切な人が救助に来てくれるとは限らない。


『今、ステータスの割り振り案を送った』

「サンキュー!」

『くれぐれも、運の調整は1番最後にしてね」

「分かってる。よし、やるぞ!」


俺は2個目のリセットアイテムを使用し、セイの案の通りにステータスポイントを振り直した。


ーーーーーーーーーーーーー

【ステータスリセット】

名 前:ライ

レベル:32

体 力:73【73】(-27)

攻撃力:40【40】(-20)

防御力:1【1】(-60)

素早さ:70【33】(+37)

魔 力:0/0【0】(-20)

 運 :100【10】(+90)

S P :0

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


「うぐっ……!!」


体力と防御力を減らしたら一気に力が抜けた上に、とんでもない激痛が襲ってきた。

防御力には苦痛の減少効果もあるから、こうなることは事前に分かっていた。


(分かっていたけど、くっそ痛え!)


体力も限界まで落とした。

元々体力71でガス欠だった。

それをまた73まで落としたので残り体力は2ポイント分くらいだ。

痛みと疲労感で意識が飛びそうになるが、堪える。

そして、ギャンブルはここからだ。


「呼吸!剛力!」

「NOM?」

「すまん!!」

「NOM!?」


俺は近くにいた髭の小男を斧で殺害した。

予想通り、髭の小男は弱くて、一撃で死んだ。

計算上、今の俺のレアドロップ率は1/10。

そして、この場には10体の髭の小男がいる。


(無抵抗の魔物を殺すの、結構ツラい…)


しかし、これもガルのためだ。

無抵抗でも魔物は魔物だ、と思い込む。


「きた!レアドロップだ!」


髭の小男が消滅すると、後には液体の入った小瓶が現れた。

初手で1/10を引くとはマジで運が良い。


「しかも、ポーションっぽい!」

『何色!?』

「白だ!白ポーションって…何だ?」


目当ての上級ポーションは紫色のはず。

下級が緑色で、中級は青色なので、白ポーションなんて見たことも聞いたこともない。

じゃあ、ポーションじゃない?

いや、上級ポーションより上の回復ポーションの可能性もあるか?


『とにかく、レアドロップが出たなら切り上げよう。それを持って早く戻ってきて』

「待ってくれ。未発見ポーションなら高く売れるかもしれない。他の髭小人も倒せば…」


と、そこで異変に気が付いた。

髭小人達が全員で俺を睨みつけている。


(それに何か…デカくなってる?)


髭小人は小学生くらいから中学生くらいに成長していた。

しかも、更に膨張してどんどん大きくなっていく。


「「「「「NOOOOOOOOOOM!!!」」」」」

「う、うおおおおお!?」


俺は、白い液体の入った小瓶を持って、巣穴から飛び出した。




外へ出た俺が背後を見ると、元小人達も続々と穴から出てきた。

めちゃめちゃ怒っていて、完全に俺をロックオンしている。

まあ、急に仲間を殺されたのだから、当然か。


「てか、あいつら、さっきの巨人じゃねえ…?」


怒りのパワーか何かで巨大化した小人共は、先程俺を殴り飛ばした巨人とそっくりな姿になっていた。

小人達は巨人の幼体だったのかもしれない。


「「「「「NOOOOOOOM!!!」」」」」


巨人の群れは俺に向かって走ってくる。

今の俺はとても戦える状態じゃないので、4層転移陣へと走って逃げた。


「NOOOOOOOM!!!」

「うげっ!?」


雪道を走っていくと、進行方向に新たなスノームが現れた。

というか、よく見たらそこら中にスノームが集まってきていた。


(さっきの叫び声で集まってきたのか!?)


迂回しようかと思ったが、そんな隙間すら最早ない。

完全に囲まれている。

現在俺の残体力は2、防御力は1だ。

多分、タンスの角に小指をぶつけただけで死ぬ。

戦闘は無理だ。


(一か八か、突っ込むしかねえ!!)


俺は素早さ70と運100を信じて、巨人の群れに正面から突撃した。


「うおおおおおお!!!」

「NOOOOOOOM!!!」


正面の巨人が攻撃のために右腕を振り上げる。


(ここだ!)


腕1本分空いた隙間に飛び込んで、振り下ろされるブン殴り攻撃もギリギリで避ける。

巨人のすぐ背後には転移陣があった。

俺はそこへ飛び込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る