第22話 死線

ガッシャンガッシャン!

と騒音を奏でながら歩いている魔物がいた。

『亡霊武者』だ。

鎧兜に甲冑姿。

だが、兜の奥に頭は無く、甲冑の中にも身体は入っていない。

鎧だけが独りで歩いているアンデット系の魔物だ。

討伐推奨レベルは30。


「雷弾は…効かなそうか…」


痺れる身体自体が無さそうだ。

となると、斧で斬って倒すしかないが…。


(できれば、ハードプラント戦くらい楽に勝ちたい)


今の俺は何もしなくてもスリップダメージで死にそうな状態だ。

これで敵の攻撃なんかくらったら、最初の一撃目でお陀仏かもしれない。


(何か良い手はないか…)


その時、『破壊』を検証していた時のセイの言葉が頭に浮かんできた。


『木を倒して、敵の進路を塞ぐとか』

「それだ!破壊!」


俺は近くの木に『破壊』を使用した。

木は折れ、亡霊武者に向かって倒れていく。


(進路を塞ぐより、倒木を直撃させた方が手っ取り早いだろ!)


と思ったのだが、


「MUN!!」


木を『破壊』した時のバキバキ!という音で気付かれ、ゆ〜っくりと木が倒れていく間に避けられ、亡霊武者はこちらに走ってきた。


「あ、全然ダメだこれ!」


『だから言ったのに…』と俺の頭の中の想像上のイマジナリーセイからツッコミが入った。




亡霊武者は腰の日本刀を引き抜いて斬り掛かってきた。

俺はそれを大斧で防いだ。


「っ〜〜〜!ご、剛力!」


左腕の痛みを堪えつつ、力任せに斧を振るう。

亡霊武者は一旦退がって距離を取った。

しかし、またすぐに突っ込んでくる。


(中身が無くて軽い分、パワーは俺の方が上で、素早さは向こうが上)


とはいえ、攻撃力にも素早さにも大した差はない。

だから、必然的に武器と武器の打ち合いになる。


「ぐぅ…!!」


通常の打ち合いなら、不利になるのは俺の方。

片腕で、ダメージもあり、大斧では小回りも効かないから、防戦一方になってしまう。

敵の攻撃を捌くだけで必死だ。


「MUN!!」

「うわっ!?」


亡霊武者は足で土を蹴飛ばし、目潰しをやってきた。


(しまった!見えない!攻撃がくる!)


俺は慌てて大斧を振るったが手応えなし。

空振った!

やむなく左腕を盾にしようとした時、俺の脳内に電流が走った。


「雷弾!」


死んだ左腕でも魔法の発射台にはなる。

身体の正面に『雷弾』を放つとガシャン!という音がした。


(当たったか!?)


痺れなくてもいい。

視力が戻るまで、ほんの一瞬足止めできれば…。


「MUN!!」

「ぐあっ!?」


至近距離から亡霊武者の声がして、左肩口に熱が走った。

斬られた!

痛え!!


◾️残体力19→4




「うおあああっ!!」


俺は前蹴りを放って亡霊武者を蹴飛ばした。

蹴った反動で自分も倒れ、尻餅を着き、右腕で左肩を押さえる。


(傷口が燃えるように熱い…けど、まだ浅めで済んだか…)


直前に放った『雷弾』のおかげか?

それに、左肩で助かった。

これが右なら両腕が使えなくなっていたところだ。


(痛え…痛いけど…右腕はまだ動く)


目潰しの効果も切れて、視界もマシになってきた。

立ち上がろうとする鎧武者の姿が見える。


(俺も…立ち上がらないと…!)


そう思うのだが、脚に力が入らない。

いよいよガス欠だ。

起き上がった亡霊武者はほぼ無傷。


(…こうなったら、奥の手を使うしかない)


俺は起き上がるのを諦めて、座ったまま大斧を握った。

そして、それを亡霊武者へ向けてブン投げた。


「投擲!!」


これが俺の奥の手。

ワイバーンも倒した大斧投擲攻撃。

だが、今はセイがいないので、『転送』による回収は不可能。

外せば武器を失ってしまうギャンブルアタックだ。


「当たれ!!」


斧は真っ直ぐに亡霊武者へ向けて飛んでいった。

『投擲』スキルの補正効果のおかげだ。

距離はわずか数メートル。


「MUN!!」


飛来する大斧に対し、亡霊武者は半身になった。

そして、身体の前に日本刀を出して、盾とした。

避けるのは間に合わないと見て、ダメージ範囲を減らす防御の構えだ。


(受け切られたら俺の負け…!)


だが、受けそこなえば…、


「MUU!!?」


大斧と日本刀が衝突すると、日本刀は真っ二つに折れた。

大斧は勢いそのまま亡霊武者の身体に突き刺さった。

鎧が本体の亡霊武者は、その場に膝を着き、前のめりに倒れ込んで、消滅した。


「あ、危なかった…」


紙一重の戦いだった。

日本刀は切れ味は良いが、耐久力は無かったらしい。

おかげで何とかガードを貫けたが、少しでも何かが違えば、負けていたのは俺だった。




28層に降りると、すぐにボスの姿を発見した。

筋肉ムキムキの老婆で、名前は確か『山姥やまんば』。

28層には初めて来たので、名前しか知らない初見の魔物だ。

推奨討伐レベルも分からないが、ボスなので多分格上だ。


(…流石に、今戦うのはやめておこう)


階段で少し休みを取ったが、体力はほとんど回復していない。

この状態で格上のボス戦はいくら何でも無理がある。


(一般魔物ならまだ同レベル以下のはず…そっちを探そう)


俺は山姥から隠れて、茂みの中を進んでいった。

だから、茂みの緑色に視界を塞がれて、2匹のゴリラの存在に気が付くのが遅れた。


(しまった!白黒ゴリラだ!)


50メートルくらい先の崖の上で、2頭のゴリラがこちらを見下ろしていた。

俺の存在にも気付いている。

『ブラックゴリラ』と『ホワイトゴリラ』という魔物だ。

どちらも近接パワー型。

だが、2体が揃うと特殊な合体技を放ってくることで有名。


「「UHOOOOOOO!!」」


2体が両腕を繋ぎ合うと、間にできた大きな円から極太のビームが放たれた。


「くっ、剛力!!」


満身創痍の身体を、スキルによるバフだけで無理やり動かして前方へ飛ぶ。

一瞬後、自分がいた空間をビーム砲が消し飛ばしていった。


「ぐううっ!!」


地面を転がると全身が痛んだ。

特に、左腕と左肩に激痛が走る。

しかし、今はとにかく逃げなければならない。

振り返って見れば、ビーム砲が通った後には草木の1本も残っていなかった。


「めちゃくちゃな威力してやがる…!何だよそのチート技!」


距離が開いている以上、遠距離ビームを持つゴリラ共の方が圧倒的に有利。

そもそも2対1で勝てる状態ではない。

俺はとにかく山を登った。

29層行き階段は、そう遠くない場所にあるはずだった。




「ゼー、ゼー!」


白黒ゴリラから何とか逃げ切って、29層行き階段に辿り着いた俺は、また休憩を取っていた。

28層では一度もまともに戦わなかったのに、もう全く動ける気がしなかった。


(とにかく、体力回復を…)


そこで、俺は気が付いた。


(馬鹿か俺は…これじゃあダメだ)


俺の目的は上級ポーションの入手。

入手方法は魔物を倒した時のレアドロップだ。

それなのに、俺はさっきから戦いを避けてしまっている。


「目的見失ってんじゃねえよ…」


戦わなければ。

通常の探索ではないのだから、戦わずに階層だけ進んだって何の意味も無い。

『呼吸』スキルで息を整え、俺は29層行き階段を降りていった。

ここから先は一般魔物でも格上の魔物が出てくるようになるはずだ。


(それでも戦うぞ。俺はそのために来たんだ)




階段を降りると、狭い洞穴に出た。

すぐ先に光が見えて、穴から出ると絶景が見えた。


「山の頂上か…」


青い空と地平線、山々と緑色の樹海。

圧倒されるほどの大自然。

どうせなら、セイとガルと3人で見たかった。


「行こう…」


30層行き階段は山の中腹にあるらしい。

山道を降りていくと、すぐに魔物と遭遇した。

上半身裸の、女のような鳥のような魔物。

『ハーピー』だ。

両腕の代わりに鳥の翼が生えている。

こいつの推奨討伐レベルは知っている。

33レベで、29層のボス魔物だ。


「流石にボスは呼んでない…」

「KIEEEEEEE!!」


ハーピーが翼を振るうと、強風が俺の身体を襲った。

左腕と斧を前に出して身を守ったが、全身に切り傷がいくつもできた。


(風魔法か…!)


風が止んだ頃には全身血まみれ。

貧血の症状が再び現れた。

クラクラする。

日差しが眩し過ぎて、視界が白く飛んだ。


◾️残体力4→3


「KIEEEEEEE!!」


2度目の強風。

俺は膝を着いた。

もう立ってもいられない。


(し、死ぬ…!このままだと次の攻撃で終わりだ…!)


俺はまた一か八か斧を投げようかと思ったが、寸前で踏みとどまった。

こんな強風の中に斧を投げたって当たるわけがない。


(直接斧を叩き込むしかない…!)


しかし、ハーピーは何十メートルも先にいる。

そして、相手は遠距離魔法を持っていて、魔法だけで十分に俺を殺せる。

向こうから近付いてくるわけもなかった。


◾️残体力3→2



「ぐ、き、効かねえな…!そよ風にしても弱過ぎるぜ…!」

「KIE!KIE!KIE!」


挑発してみたら、爆笑された。

まあ、誰が見たって効いてるって分かるか…。

煽りもイマイチだし。


(ダメだ…もう頭が回んねえ…)


俺は元々馬鹿なんだ。

ここから逆転する方法を急に閃くなんて、そんな都合のいいことが起こるはずもない。


「KIEEEEEEE!!」


3度目の強風攻撃。

吹き飛ばされて地面を転がる。


◾️残体力2→1


おまけに、転がった拍子に斧を手放してしまった。


(ギリ…死んでねえ…)


奇跡的に死ななかった俺は、斧を求めて地面を這いつくばった。


「KIEEEEEEE!!」


ハーピーの声が近付いてくる。

風魔法の範囲外まで飛ばされたのか、武器を落とした隙に直接攻撃で潰そうと思ったのか。

とにかく、向こうから近付いてきてくれている。


(か、カウンターを…)


だが、斧に手が届かない。

あとほんの数センチだが、もう身体が動かない。

きっと斧に手が届く前に俺は殺される。


(ここまでか…)


我ながら馬鹿なことをしたと思う。

無茶だというのは初めから分かっていた。

でも、俺は馬鹿だから、早く何とかしなきゃって思っちまったんだよな。


(ソロでもやれることを証明して、全然問題無かったぜって、セイに言うつもりだったのにな…)


しかし、現実はこのザマだ。

何の成果も無く、俺は死んでいく。


(ごめん…セイ…)


…その時、俺の脳裏にガルの姿が過った。




「…は、破壊!!」


俺は地面に『破壊』を撃った。

音を立てて地面に亀裂が入る。

そうして生まれた段差によって、少し先にあった斧が傾き、俺の手の中に滑り込んできた。


「ううおおおおおおおおおあああああああ!!!」

「KIEEEEEEE!!?」


俺は最後の力を振り絞り、ハーピーの鉤爪に斧を打ち込んだ。




ガルはよくやった。

自分がボロボロになるのも厭わず、セイを助けた。

だが、あいつの1番の功績は別にある。

それは、ちゃんと生きて帰ったことだ。

もし死んでいたら、セイは今よりもっと落ち込んでいただろう。

だから、俺も生きて帰らないと…。




(…どこだ、ここは?…さ、寒い…)


気が付くと、俺は山フィールドを抜けて、31層の雪フィールドに立っていた。


(…そうだ。俺はハーピーを倒して…)


そして、レベルが上がったんだった。


「ステータス」


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:ライ

レベル:32(+1)

体 力:71(+10)

攻撃力:61

防御力:61

素早さ:61

魔 力:1/20

 運 :10

S P :0(-10)

スキル:剛力、破壊、雷弾、投擲、呼吸、帯電

ーーーーーーーーーーーーー


格上の魔物を倒すとレベルが上がりやすいというが、どうやら本当らしい。

俺はレベルアップで獲得した全SPを体力に振った。


◾️残体力1→11


それで無理やり体力を回復して、どうにか29層と30層を抜けて31層までやってきた、という経緯だった。


「眩しい…」


見渡す限りの雪原に、陽の光が反射している。


「そういや、ここに来るのは久しぶりだな…」


以前、転移罠を踏んで雪フィールドに飛ばされた時のことを思い出す。

あの時はセイもガルも一緒だった。

今は俺1人。


(もう、帰ろう…流石にこれ以上は進めない。31層には4層行きの転移陣がある…)


上級ポーションは手に入らなかったが、とりあえずソロで31層まではやってこれた。

ソロでも探索はできるし、魔物も6体倒せた。

初めてのソロの戦果としては上々ではないか?


(そうでもないか…この身体じゃな…)


俺の身体は全身ズタボロ。

治療には中級ポーションが必要になるだろう。

左腕にいたっては中級ポーションでも治るかどうか…。

かろうじてくっ付いてはいるから、欠損まではいっていないが…。


「中級ポーションは…今は確か20万…」


2年前に飲んだ時と比べて10万円も安くなったが、それでも高額だ。

魔石6個の売却分では確実に赤字。


「上級ポーションも得られず、怪我だけして、儲けも無しか…」


全然上々の結果じゃなかった。

良いとこ無しだ。

泣きたいような気分になってきた。

凍えるほど寒い雪の上を、肩を落としてトボトボと歩く。


「NOOOOOOOOOM!!」


声に顔を上げれば、髭モジャの巨人が目の前に立っていた。

大きさは3mくらい。

間違いなく魔物だ。

知らない魔物だが、31層に出る時点で格上の魔物以外あり得ない。


(ああ、散々だ)


結局、俺は生きて帰ることすらできないらしい。




大斧を構えようとしたが、腕が上がらなかった。


「剛力…!」


無理やり斧を持ち上げたところで、巨人のパンチが飛んできた。

避けられないと見て、とっさに斧を間に挟んだ。


「ぐっ…!?」


しかし、ろくな緩衝材にもならず、俺の身体は宙を舞った。

そして、雪に顔から落ちていった。

薄れゆく意識の中、泣いているセイの顔が脳裏をよぎった。


「セイ…」

「NOM?」


名前を呼んだら返事があった。

もちろん、セイの声ではない。


「…ん?」


俺が突っ込んだ雪の先。

そこには横穴が空いていた。

そして、横穴の中には髭モジャの小男が立っていた。


「お、お前は…」


それは、2年前に4層で見て、31層まで追いかけたけど見失ってしまった、あの謎の小人の魔物だった。

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