第4話 ビッグトロールをぶっ倒せ

『品川ダンジョン』は基本的に5層ごとにフィールドが変わる。

よって、地下40層も相変わらずの沼フィールド。

だが、39層までと違って完全に水没しており陸地が全く無かった。


「最早デカい池だな」


セイは『階層移動階段』の端にしゃがみ込み、沼の中へ伸縮式警棒を突っ込んだ。


「底まで届かない。1m以上はあるね」

「39層も深かったしなあ…」


39層の沼は180cmの俺でも底に足が付かなかった。

40層も似たようなものだろう。

水は茶色く濁っていて、奥まで見通せない。

ダンジョンなので、当然水中には魔物がいる。

泳いで渡るのは不可能だ。


「じゃあ、ガルに乗って行こうか」


ガルには『水操みずぐり』という水上移動スキルがある。

俺達が乗り、セイが合図をすると、ガルは水面に前脚を降ろしてそのまま水上を歩き始めた。




「うちにはガルがいるけど、他の探索者達はどうやって探索してるんだ?」

「41層に降りる階段は結構近くにあるらしいよ」


一部だけ水没してない地面が隠されていて、そこに41層行きの階段があるらしい。

特別なスキルが無くても頑張れば階段までは行けるというわけか。


「最初に40層に来た人達は大変だったらしいけどね。組み立てボートを持ち込んで探索したとか」


ガルに乗って移動すると、すぐに目標の魔物が見えてきた。

沼から頭だけ出して眠っている茶色の巨人。

40層のボス魔物『ビッグトロール』だ。


「あれが『最も怠惰な魔物』か」


ビッグトロールは1日のほとんどを寝て過ごすという。

動いているところを目撃する方がレア、という変わった魔物だ。

しかし、目を覚ませば恐ろしく強い…らしい。

かつてのトップ探索者パーティー『赤風』が全滅したのもビッグトロールに敗れたため…と言われている。

倒さなくても次の階層には進めるので、まともに戦った人がいないから戦闘力については全て噂話レベルだが…。


「じゃあ、倒すか」

「ある程度まで近付くと起きるらしいよ」

「それなら、また水流砲で先制攻撃だな」


水上を進んで『水流砲』の射程圏内まで近付く。


「デカい頭だな」

「多分、沼の底に座り込んで眠っているんだよね?それでも頭が出るってことは、体長は5m以上ありそう」

「5mか…倒せるかな?」

「まあ、うちにはガルもいるし、無理そうなら逃げればいいよ」

「GARU!」


セイが撫で付けると、「もう撃っていいか?」と言わんばかりにガルが吠えた。


「じゃあ、いくよ」

「いつでもどうぞ」

「ガル、水流砲!」

「GARU!!」




『水流砲』は勢いよく飛んでいき、狙い通りビッグトロールの顔面に直撃した。


「NUOOOOOOOOOOOOO!!?」


叩き起こされたビッグトロールは怒りの咆哮を上げて立ち上がった。


「うおっと!?」


立ち上がった拍子に大波が起こった。

セイはガルにしがみつき、俺はセイにしがみついて難を逃れた。


「小舟なんかで来てたら即転覆だったな…」


『水操り』持ちのガルだからどうにか堪えたが、もし転覆して沼に落ちていたら、まともに戦闘などできなかっただろう。


「ガル、行けそう?」


ガルは波が収まるとすぐに走り出した。

右側面から回り込んで敵の背後を取りにいく。

ビッグトロールは頭を回して視線で追いかけてきた。

だが、身体の方は全く着いてこれていない。

素早さはかなり低そうだ。


「セイ、足場!」

「バリア!バリア!」


完全に背後を取ったところで、俺はガルの背中から空中の『バリア』へ飛び移った。


「剛力!!」


『バリア』を踏み台にして更にジャンプし、攻撃力上昇スキルも使って、ビッグトロールの尻を斬りつけた。


「NUOOOOOOOOOOOOO!!!」


尻から血飛沫が舞い、悲鳴が上がる。


(手応えあり!)


怒ったビッグトロールは右腕をぶん回して反撃してきた。

しかし、遅い。

俺はビッグトロールの硬い尻を蹴って、後方に跳んで避けた。


「バリア!」


で、セイの作った『バリア』に着地。

もう一発ぶち込めないかと思ったが、ビッグトロールは完全にこちらを向いて警戒態勢をとっている。


「ライ!こっちに!」


俺は無理せず、一旦ガルの背に戻った。




ガルに水上を走らせて距離を取り、簡単な打ち合わせをする。


「倒せそう?」

「同じことを繰り返せば、多分いける」


一撃では倒せなかったが手応えはあった。

素早さが低い分、攻撃力や防御力は高そうだが、それでも5〜6発も入れれば倒せるはず…。


「NUOOOOOOOOOOOOO!!!」

「うお!?」


突然、ビッグトロールが叫び声を上げて、右腕を空へ振り上げた。


(遠距離攻撃か!?)


と身構えたが、違った。

ビッグトロールは右腕を真下に振り下ろし、水面をぶん殴った。

バシャーン!と音を立てて大量の水飛沫が舞い上がる。


「…?」


しかし、それ以降は静かなもので、特に何も起こらない。

あいつは一体何がしたかったんだ?


「GARU!?」

「うおおっ!?」


今度は突然ガルが跳び上がった。

そのせいで俺は危うく振り落とされかけた。

文句を言おうかと思ったが、跳んだ理由はすぐに分かった。


「また水面に波が!」


しかも、その波はビッグトロールに向かって集まっていく。


「水が吸い込まれていく…」

「なあに、どうせまたすぐ収まるだろ」

「いや、これは…まさか、沼の底を抜いたの!?」

「何だって?」


なんと、ビッグトロールは沼の底の地面をぶん殴って破壊したらしい。


「そんなこと可能なのか?」

「元々すぐ下に空洞があったのかも…」

「待てよ、じゃあ、この波はいつになったら収まるんだ…?」


ガルは飛び退って抵抗していたが、キリがない。

エスカレーターを逆走しているような状況だ。

しかも、吸い込まれていく波の速度は徐々に速くなっていく。


「バリア!」


俺達はたまらず空中へ逃れた。




「どうする。バリアの上で波が落ち着くのを待つか?」

「どうかな…先に私の魔力が枯れるかも」


『バリア』は一度の使用に魔力を1消費する。

持続時間は10秒。


「残り魔力75だから最大で750秒…12分は空中で粘れるけど」

「それくらい待ってれば、流石に水の動きも落ち着くんじゃないか?」

「どうだろう。普通はどこかで止まるけど、ここはダンジョンだからね…バリア!」


1枚目のバリアが消える前に2枚目に飛び移る。


「一旦、階段まで戻るか?」


階層移動用の階段は『安全地帯』だ。

魔物が入ってくることはない。

階段で水の動きが収まるのを待てばいいんじゃないか?


「それもありだけど…どうせなら、色々試してからにしよう」

「マジ?」


どうやらセイはこの『大沼を利用した地形攻撃』を攻略する気満々らしい。

俺の相棒が頼もし過ぎる件。


「ガル、ビッグトロールの脚に水流砲!」

「GARU!」


『水流砲』はビッグトロールの左膝に命中。


「NUOOOOO!!?」


脚を撃たれたビッグトロールは若干ふらついた。


「そうか!何か平然と立ってるけど、あいつだって波の影響を受けないわけがないんだ!」


脚を攻撃し続ければ、そのうち踏ん張りが効かなくなる。

そうなればビッグトロールは転倒し、沼に沈んで死ぬかもしれない。


「今のでを踏むってことは、特殊なスキルで足元が固定されているわけではない…」

「ん?そうだな?」

「それなら、下より上を狙う方がいいかも」

「つまり?」

「頭を思い切り叩いたら倒れて沈むんじゃない?」


なんて分かりやすい作戦なんだ…。


「よし、それでいこう!」




作戦会議中もビッグトロールに動きはなかった。

どうやら遠距離攻撃手段は持っていないらしい。

地形利用が前提の完全近接型魔物というわけだ。


「空中から水流砲を打ちまくるのは?」

「水没フィールドではガルの水操りが生命線だから、あまり消耗させたくないかな。バリア!バリア!」


ガルは『バリア』を飛び移って徐々にビッグトロールへ近付いていった。


「そろそろ敵の攻撃範囲内だ!」

「一度上に行くよ!」


先ほどのように背面から攻撃を仕掛けるため、ビッグトロールの側面を大回りに跳んでいく。

ついでに段々と高度を上げて、ついにビッグトロールの頭よりも上の位置までやってきた。


「やっぱ目で追いかけてきてるな」

「やっぱり二手に分かれる必要があるね。バリア!」


距離は詰めた。

高さもある。

準備は整った。

ガルが新たな足場に飛び移ったら…。

作戦スタートだ!

 

「ガル、GO!!」


ガルは『バリア』に着地するなり、何も無い空中へ思い切り飛び跳ねた。

急激なスピードアップ。

一瞬、ビッグトロールは目でも追えなくなった。


「バリア!」


セイは『バリア』を後出しして、ガルはそれに着地。

そして、また間髪入れずに空へとジャンプ。

跳んで『バリア』、跳んで『バリア』を繰り返し、どうにか追いつこうとするビッグトロールの回りをグルグルと回る。

捉えられそうで捉えられない絶妙な位置取り。

トロールの意識は今、完全にセイとガルに釣られていた。


「今!」

「剛力!」


そして、途中で別れて空中のバリアに留まっていた俺が、ビッグトロールの無防備な後頭部に襲いかかった。


「ぶっ倒れろ!!」


俺は斧を横向きにして、野球バットのように振り抜いた。

幅広の側面がビッグトロールの茶色い頭をぶっ叩く。


「NUOOOO!?」


超高身長のビッグトロールは頭を弾かれてバランスを崩し、前のめりに倒れていった。


「やったか!?」

「NUUUUUUU!!」


しかし、ビッグトロールは尋常ならざる筋力で転倒を拒否!

持ち堪え、倒れかけた身体を無理やり起こしてきた。


(くそ、もう一押し足りなかったか!?)


そう思った瞬間、俺の視界、ビッグトロールの向こう側に、青色の狼が映った。


「ガル、水流砲!!!」

「GARU!!!」


身体を起こしたビッグトロールの頭に『水流砲』が命中する。

ビッグトロールは今度は天を仰ぐようにして倒れていった。


「NUOOOOOOOOOOOOO!?」




ザッパーン!!!

ついにビッグトロールは倒れた。

大飛沫を上げて沼に沈んでいく。

しかも、自分の開けた穴の辺りに倒れていき、そのまま沈んでいった。


「ライ!手を!」


俺も攻撃後から空中を落下していたが、水に落ちる前にセイ達に回収してもらった。


「助かった!」

「ライも良い攻撃だったよ」

「でも、倒したのガルじゃん?」

「ライがあそこまで押し込んでくれたから、ビッグトロールが身体を起こそうとする力を利用して逆にひっくり返らせることができたんだよ」


ザバァッ!

と音を立て、ビッグトロールの足が水面に現れた。

どうやら沼の底で暴れているらしい。

しかし、水面に出てくるのは脚だけで、頭は一向に出てこなかった。


「もしかして、泳げないのか?」

「動き鈍かったしね」


沼地のボスなのにカナヅチだったビッグトロールは結局浮上することなく、数分後には大人しくなった。


「あ、何か出てきたぞ!」

「ガル!」


沼から飛び出てきたのは巨大な魔石だった。

ガルを近付かせて、セイがキャッチする。


「うわ、すごく大きい。手の平に収まらない」

「これがビッグトロールの魔石か」

「両手が塞がるとバリア張りにくいから、持っててもらっていい?」

「オッケー」


セイから渡された魔石はメロンくらいのサイズだった。

本当にデカい。


「これは…売ったら高そうだな!」

「初討伐だと高めに買い取ってくれるらしいし、結構いくかもね」

「今日はもう上がっちまうか!」

「そうしようか。それ持ったまま探索するのも大変そうだし」




俺達は地上に戻るため、41層行き階段を降りていった。

41層には9層へ通じる『転移陣』があるので、それでショートカットして地上に帰るつもりなのだ。

ついでに、初めて入る41層がどんな感じかも見ておこう。

『品川ダンジョン』は5層ごとにフィールドが変わる。

36層から40層までは陰気な沼フィールドだったが、41層からは…。


「うおお、海だー!!」


青い空、白い雲、黄色い砂浜に、ヤシの木のような緑もある。

そして、どこまでも広がる海。

…に、ダッシュで突っ込んで行ったガルが初めての塩水にビックリして吠えていた。

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