第14話 ノームと転移罠

翌日、『品川ダンジョン』受付に行くと、インテリジェンスソードの査定額が出ていた。


「50万!凄い!」

「あんなクソうるさい剣でも売れるもんだなあ」


俺達はハイタッチして喜んだ。

これにて今月末の家賃支払い問題は解決だ。

貯金もできて一安心。


「とはいえ、まだまだ貯金は少ないし、引越し費用も貯めないといけないし、中層にも辿り着いていないから、毎日探索は継続します」

「了解!」




で、ダンジョンに潜っていったのだが、今日は土曜日のため朝から人が多かった。


「1層でガルのご飯分の魔石を稼ごうと思ったけど、他の人の邪魔になりそうだね」

「2層行くか」


しかし、2層、3層も人が多く、結局4層で魔石集めを行った。


「そこだね、ワームのいる地面」


4層の林には土の色が若干濃くなっている場所が何ヶ所かある。

ボス魔物の『ワーム』が出現するポイントだ。

推奨討伐レベルは6。


「ガルだけでやれそうか?」

「多分ね。ガル、いっておいで」


セイが地面に石を投げると、土中からワームが姿を見せた。

全身紫色のヤツメウナギみたいな魔物だ。


「GARU!!」


一応ボス魔物だったのだが、ガルの『爪撃』1発で消滅した。


「4レベも差があると流石に余裕だな」

「よくやったね、ガル。その魔石食べていいよ」


ワームの魔石は1個550円。

4層の魔物の魔石は大体500円前後なので、


「5個食べたら2500円か」

「私達より高い物食べてるね」


高い魔石は美味かったようで、ガルはその場でクルクルと回り出した。


「何やってんだこいつ…」

「可愛い!!!」


セイは満面の笑みでスマホを構えて、ガルの写真を撮り始めた。




豚猫ファットキャットだ!」

「ガル、GO!」


ガルは猫耳の生えた豚に襲いかかり、やはり今回も一撃で倒した。

これで倒した魔物は3体目だ。


「あと2体だね」

「4層で魔石集めしても特に問題ないな」

「今後は1層〜4層をローテーションとかにしようか?散歩も兼ねてるわけだし、毎日同じ階層じゃ飽きちゃうよね」


ガルが持ってきたファットキャットの魔石は回収して、リュックにしまった。

晩ご飯用にするらしい。

おあずけをくらったガルはショックを受けたのか、挙動不審になった。

最終的にはその辺を走り出した。

どこ行くねーん。


「あ、俺もちょっとトイレ行ってくるわ」

「いってらっしゃい」


当然だが、ダンジョン内に公衆トイレなど存在しない。

よって、もよおしたら木の陰などで済ませるしかない。

防御力を上げると忍耐力も上がるので、結構我慢もできるが、最悪1階受付まで戻って用を足す場合もある。




「ふう…」


セイ達からやや離れた木の陰で立ちション。

スッキリしたところでふと脇を見ると、魔物がいた。


「うお!?」


しまった、油断した!

いつもは1層で魔石集めをしていたから、周囲の警戒なんて全くしていなかった。

しかし、今は4層。

1層の見晴らしのいい草原とは違い、ちょっとした木の陰から不意に魔物が現れることもある。


(イエロースライムか!)


『イエロースライム』は名前の通りの黄色いスライム。

普通のスライムよりも体液の酸性が強めで、肌に触れられるとただれて、痺れるような痛みがある。

慌ててズボンを引き上げたのと同時に、イエロースライムが俺に向かって飛び掛かってきた。


「危なっ!?」


間一髪でかわしたが、バランスを崩して尻餅を着いてしまった。

追撃に備えて腕を前に出し、盾にする。

とにかく急所だけは守らなくてはならない。


「…あれ?」


しかし、追撃が来ることはなかった。

イエロースライムは木の根にくっ付いて、全く動かなくなった。


「一体何をして…あ、そこは!」


さっきまで俺が用を足していた辺りだ…。


「まさかこいつ、俺の小便を吸収してるのか…?」


うわぁ…。

水系の魔物だから水分補給は重要なのかもしれない。

しかし…こいつが黄色いのって、日常的に小便を吸収してるからじゃないだろうな…。


「何か、武器でも触りたくなくなってきたな…」


しかし、俺は探索者。

魔物は倒さねばならない。

意を決して斧を振るうと、イエロースライムは一撃で消滅した。




「うえ…あれ?ドロップアイテムが魔石じゃない」


イエロースライムを倒すと、魔石の代わりに1本の小さな瓶が出てきた。

瓶の中には緑色の液体が入っている。


「これ、レアドロップだ!」


『レアドロップ』は魔物100体に1体くらいの確率で発生するレア現象。

魔石の代わりに別のアイテムが落ちるのだが、今回は下級ポーションがドロップしたようだ。

下級ポーションの買取相場は一本2万円。

魔石1個500円の4層で2万円のポーションが出たのはかなりラッキーだ。

ラッキーなのだが…。


(俺の小便を吸収したイエロースライムから出てきたポーションか…)


…いやまあ、色も違うし、別にイエロースライムの体液から生成されたってわけでもないだろう。

でも、なあ…。




「ただいまー」

「おかえり。遅かったね?」

「それが用足してたら魔物が出てきてさあ」

「大丈夫だった?」

「怪我とかは大丈夫。ただ、魔物倒したらレアドロップがあった。ほら、弱ポーション」

「え、凄い!レアドロップ初めてじゃない?記念に取っておこうか」

「いや、売ろう」

「でも、ポーションはいつか絶対使うでしょ?どうせいつか買い戻すのなら、持っておいた方がお得じゃない?」

「いや、売ろう」

「?…確かに今はお金が必要だけど、下級ポーションなんて2万円程度だし、別に持っていてもいいと思うんだけど」

「いや、売ろう」

「待って、何でそんなに売りたがってるの?」


俺はレアドロップまでの経緯を話した。


「じゃあ、売ろう」

「うん」




5個目の魔石探しに移動を再開。


「しかし、あれだな。最近は何か運が良いな」


昨日はインテリジェンスソードを拾って、今日はレアドロップだ。

2日の探索で52万円の収入は上層探索者にしては破格である。


「ダンジョン犯罪者共に殺されかけた不運の反動が今来てんのかもな」

「そう考えると、ちょっと微妙じゃない?」

「そうか?」

「52万円の収入と言っても、病院代と中級ポーション代を引いたら+20万円程度。犯罪者に殺されかけた分にしては安いと思わない?」


そう言われるとそうだな。


「まあ、まだ何かあるのかもしれないぜ?」

「例えば?」

「何か…凄いレアな魔物を発見しちゃうとか?」

「NOMU?」


話をしていたら、1体の魔物と遭遇した。

顔中が白いヒゲに覆われていて、頭には三角の帽子のような物を被っている。

顔だけ見ると老人のようだが、体格はゴブリンよりも更に一回り小さい。


「小人?」

「人型だけど、魔物だよな?でも、4層にこんな魔物いたっけ?」

「見覚えないね」


こんな小さい人間がダンジョンにいるはずないので、魔物であることは間違いないと思うが…。


「…もしかして、レア魔物?」

「マジ?」




ヒゲの小人は俺達に気付くと、背後の茂みへと逃げていった。


「あ、逃げた!」

「ガル、GO!」


ガルに先行させて俺達も後を追う。


「新発見の魔物って見つけたらどうなるんだ?」

「魔石がちょっと高めに売れる!」

「え、それだけ!?」


どうもそれだけらしい。

金銭問題がある程度解決しつつある俺達にとってはそこまで魅力的な報酬でもないな。


(でも、せっかくだし、第一発見者になっときますか!)


…みたいな気持ちで茂みを越えたら、地面に描かれていた魔法陣のようなものを踏みつけた。


「ん?」

「え?」

「GARU?」


気が付くと、俺達は林から雪原に瞬間移動していた。




「え?…どこだ、ここ?」

「もしかして、さっきの魔法陣…転移罠?」


『転移罠』とはダンジョン内に存在するワープ装置。

現代科学では解明不可能の超技術による代物で、名前の通りトラップの一種とされている。


「雪フィールドってことは、多分31層かな…」

「マジ?」


『品川ダンジョン』では既にいくつも転移罠が見つかっている。

見つかった分は全て公式サイトに公開されていて、転移先も固定なので、高レベル探索者はショートカット装置として使ったりするらしい。

しかし、4層にも転移罠があるというのは聞いたことがなかった。


「未発見の転移罠ってことか?」

「そうみたい」


俺達は雪原に生えた針葉樹の近くに『転移』させられていた。

空は薄曇り。

雪は降っていないが、日差しも弱く、寒い。

風が吹き抜けていくと、凍えるような冷たさだった。

気温は間違いなく10℃未満。

コートを受付に預けてきている俺達には厳しい寒さだ。


「とりあえず、受付に電話して救助要請だね」


セイが救助要請を入れている間、俺とガルで周囲を警戒。

幸い近くに魔物の姿はなかった。

ここが30何層であるなら、出現する魔物は30レベ以上のはず。

もし出会ってしまったら、俺達の勝ち目はゼロだ。


「本当ですか!よろしくお願いします!」

「救助にきてくれそうか?」

「うん。しかも、丁度雪フィールドを探索しているパーティーがいるから、連絡してみてくれるって」


近くに他のパーティーがいるなら救助は早いかもしれない。

今日が人の多い土曜日で助かった。




救助を待つ間ずっと突っ立っているわけにもいかないので、俺達は身を隠せる場所を探して移動した。


「洞穴だ!」


雪原は結構勾配があり、その雪の斜面の一部に洞穴を発見した。


「良かった!救助が来るまでここに隠れていよう」


中に入れば寒風も多少は凌げるはず。


「う、でも、まだ寒いな…雪山で暖を取るにはどうしたらいいんだ?」

「複数人いる場合は、抱き合って温め合うのが1番いいと思う」

「え、マジで!?」

「だから、ガルを抱こう」

「ですよね!」


俺も暖かそうなモフモフだなって思ってました!

俺とセイは洞穴の中でガルを挟んで座った。

ガルは両側から俺達に引っ付かれ、窮屈そうにしていた。

すまんな、ガル。

今日のお前は湯たんぽ代わりだ。


「そういえば、結局あのヒゲの小人はどこに行ったんだ?」

「もしかしたら、この辺りの魔物だったのかもね」

「あー」


つまり、ヒゲ小人はこの階層から4層行きの転移陣を踏んで4層に来ていて。

そして、俺達に見つかったので30何層行きの転移陣を踏んで帰っていった、というわけか。


「じゃあ、別にレア魔物じゃなかったのか」

「そうかも。でも、代わりに未発見の転移罠は見つけたから」

「未発見の転移罠って見つけたら何かあるのか?」

「さあ、どうなるんだろうね?」




セイと話したりして時間を潰し、10分くらいしたところで人の声が聞こえてきた。


「おーい!」

「誰かいるかー!」

「救助に来ましたー!」

「今の声、救助だ!」

「行こう!」


俺達は穴から出て、声のする方へ向かった。

救助に来たのは全員20代ぐらいに見える若い3人組の探索者パーティーだった。


「あんたらが要救助者か。俺達は『百鬼夜行』。あんたらを助けに来た。俺の名前は武蔵。よろしくな!」

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