砂漠の迷宮

海湖水

砂漠の迷宮

 ガチャリと扉の開く音がした。周りの人々はガヤガヤと喋り、入ってきたその男には目もくれない。だが、私にはなぜかとても目立って見えた。

 革で出来た丈夫そうな、見たことのないような服にはロープやナイフなどがついている。背中には大きなカバンを背負っており、何を詰め込んでいるのか、パンパンに膨れ上がっていた。


 「あら。また来たの?」

 「ああ、通れるようになったって聞いたからな。前回来たときはこの先は行けなかったし、今度こそは迷宮ラビリンスを攻略してやる!!」

 

 私の母さんが、他の客に酒を運ぶ片手間に、彼に話しかけている。男は自分のあごに蓄えたひげを触りながら、それに答えていた。いや、待て。あいつ今、迷宮ラビリンスに行くって言ったか⁉


 「迷宮を攻略するなんて、バカなことをしようとするねぇ。命が惜しくないのかい?」

 「俺は死なねえから大丈夫なんだよ。ところで、何か迷宮ラビリンスに関する情報を……」

 「おじさん、迷宮に挑戦するの?」


 私は気づけば、男に話しかけてしまっていた。私に話しかけられたことに、男は初めは驚いているような目をしていた。だが、少し考え込むような顔をして、その後、すぐに思い出したように手を打った。


 「ああ!!嬢ちゃんか!!前来た時はこの子は何歳だった⁉」

 「3歳ね。あんたが来たのは10年前だから、もうこの子は13よ」

 

 それを聞くと、男は昔を懐かしむような眼をした。10年前に私もあったことがあるらしいが、全くと言っていいほど、こんな髭面男は覚えていない。しかし、そんなことにすら私は関心がなかった。ただ、先ほど男が放った言葉が脳裏に焼き付いている。


 「でさ。おじさん、迷宮ラビリンスに挑戦するのは止めた方がいいよ。特に、あの『砂漠の迷宮』は他の迷宮ラビリンスとはわけが違う」

 「ああー、なんで親子二人とも俺をとめようとするかねえ?俺は色々な迷宮を攻略してきた『プロ』だ。まあ、証拠がないから誰にも信じられないが……」

 「まあ、迷宮ラビリンスって攻略されると消滅するしね。けど、迷宮ラビリンスを攻略したんなら、財宝の一つくらいあるでしょ?」

 「全部、旅のための金にしてんだよ」


 男はそう言うと、なにかを閃いたような顔をした。そして、私に向かって手を差し出し、こんなことを言い出した。


 「嬢ちゃん、契約しねえか?さっきの口ぶりじゃあ、あの迷宮ラビリンスに詳しいみてえじゃねえか」


 それを聞いた私は、思わず嫌な顔をしてしまった。そして、その差し出された手から手を遠ざけようとしたが……それはある人物に阻まれた。


 「よし、乗ったぁ!!」

 「ちょっ、母さん⁉」

 「よし、じゃあ頼むぜ!!出発は明日な!!」


 そう言うと、男を店を飛び出した。なんだったのだ、あの男は。いや、それよりも……。


 「母さん⁉何であんなこと言ったの⁉あの人、本当に迷宮ラビリンスに行っちゃうよ⁉」


 私がそう言うと、母さんは笑みを浮かべながら私の核心を突くことを言い始めた。


 「だってあなた、すごい迷宮ラビリンスに詳しいじゃない。金になるし、いいじゃないの」


 その言葉に、私は黙り込むことしかできなかった。

 私が迷宮ラビリンスに詳しいというのは正しい。正直、この町では最も詳しいとさえ思う。迷宮ラビリンスの中には沢山の危険な魔物やトラップがあるが、外側は基本的に安全である。そのため、外側ならば、たとえ私のようなガキンチョでも安全に過ごすことができる。

 特に、私には専門にしている迷宮ラビリンスがある。それは……。


 「さあ、砂漠の迷宮に向かおうか!!」


 翌朝、私は男と家の前で合流した。家兼酒場である私の家は、朝頃は開いていない。そのため、夜にはガヤガヤとし始めるこの地域も、今は静まり返っていた。


 「おじさん、本当に砂漠の迷宮に挑戦するつもりなの?あれって本当に危険だよ?」

 

 砂漠の迷宮へと向かう間、私はひたすら男と話していた。砂漠の迷宮の話や、男の昔住んでいた国の話。男の口から語られる話は全てばかばかしい程、信じられるものではなかったが、それを男は懐かしむように話していた。


 「それでな、俺の生まれた故郷ではしゃべる箱があってな!!その箱は触ると光って、いろんなことができるんだよ。それで」

 「おじさん、着いたよ」


 何もない、ただの砂漠が目の前に広がっているように見える。だが、実際は違う。

 私は少し前まで走ると、男を手招きした。

 

 「これが砂漠の迷宮。中央政府からは『特別地下建造ダンジョン』に指定されている、世界トップクラスに危険な迷宮ラビリンス


 私たちの前には小さな洞穴がぽっかりと開いていた。洞穴は地下まで気が遠くなるほど続いており、先なんて、もちろん入り口からは全く見えない。


 「じゃあ、行くか」

 「ノリが軽いね……」


 そんなことを言いながら、私たちが迷宮ラビリンスに入ろうとしたとき、男はこちらを振り向いて、じっと私を見つめ始めた。そして、今までとはまるで違うような、真剣な声色で私に声をかけた。


 「嬢ちゃんはここにいろ。危険だ」

 

 その言葉に、私は当然だと思った。迷宮攻略に子供を連れていくことはできない。当然、大人ですら死ぬ危険があるこんな場所に子供は連れて行けない。しかし、私としては、迷宮ラビリンスの中を見てみたかった。数年間ずっと研究してきた迷宮ラビリンスなのだ。

 そんな言葉を、私は喉元で飲み込んだ。男もこちらのことを考えてこのようなことを言っている。私をこの迷宮ラビリンスに連れて行けば、十中八九、私は死ぬだろう。


 「じゃあ、頑張ってね」


 そんな言葉しか私の口からは出なかった。しかし、その言葉を聞いた男はニィッと笑みを浮かべると、私の頭を少しクシャクシャとし、そのまま迷宮の奥へと消えていった。



 「よお」


 日も暮れかけてきたころ、男は迷宮ラビリンスの中から出てきた。片手には、戦利品であろう、装飾のついた革の靴が握られている。

 正直、かなりの時間がたち、男も死んでいると思っていたので、私は飛び跳ねるように驚いた。


 「生きて帰ってこれたの⁉」

 「まあな。最深部までは行けなかったから、攻略することはできなかったがな」


 そう言うと、男は私の方へ手に持っていた靴を放り投げた。


 「やるよ。今日の報酬だ」

 「え⁉でも、これって迷宮ラビリンスで手に入れた大切なやつじゃ……」


 そう言うと、男は笑いながらその場に座り込んだ。


 「お前、本当はついてきたがってたろ?だがな、さすがに今のままじゃ確実に死ぬ。だから、将来は入れるかもしれないように、やるって言ってるんだ。迷宮ラビリンスの中の財宝は変な力を持っている。将来、それを使って迷宮攻略するのも一興だろう?まあ、こんな仕事、したもんじゃないがな」


 そう言うと男は立ち上がり、街へと戻り始めた。それに気づいた私は、すぐさまそれを追いかけた。全身傷だらけでボロボロの彼の背中に、将来の自分を重ねながら。

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