第12話 集団暴走


 けたたましく警告のベルが鳴り響く。打ち捨てられた木箱が割れ、転がり出た麻袋が車輪に踏みつけられ引きずられる。ザラザラと溢れ出した小麦が、白茶けた軌跡を地面に描く。

 

 歯車が唸り、動力装置が煙を噴き上げる音。ほとんど全てのリフトが持ち場を離れ、少しずつ加速を始めていた。駆け足のような速度から、全力疾走、そして人間の出せる速度を超えてもなお。

 その先にあるのは、下層へ向けてぽっかり開いた穴――そして、その前に立つハリエットたち。


「暴走だ!」


 誰かの叫び声が聞こえるより先に、姿勢を低くしたケンが弾丸のように飛び出す。呆然と固まっていた従業員を突き飛ばし、突き進むリフトの軌道から逸らした。そのままリフトの側面を激しく蹴りつけ、横倒しにする。抜き放った刀を制御装置の収まる胴に突き立て、素早く引き抜いた。


「ケンさん」

「使え、弾詰まりジャムってはない!」


 背負っていた頭陀袋の紐を引きちぎり、ハリエットの方へ放り投げる。片手でキャッチしたハリエットが中を見ると、黒光りする自動式拳銃オートマチック・ピストルと装填済みの弾倉マガジンがあった。

 

「ありがとうございます!」


 殺到するリフトから跳躍して距離を取り、その背に向けて一発。覆いが弾き飛び、制御装置が露出した。


(――赤い記憶石)


「ハリエットさん!」


 セブンスの声に顔を上げると、荷物を巻き込んだリフトがこちらに倒れかかろうとしている。地面に身体を投げ出し、転がって避けながら二発目を撃ち込んで仕留めた。倒れたリフトの歪んだ保護プレートを蹴り開け、制御装置を破壊する。赤く輝き、ぼんやりと脈打つように明滅する記憶石が、ゴロリとこぼれ落ちた。


「俺たちが対応する」

「社員の皆さまは屋内へ避難を」


 ガシャン! ガシャン! と穴の縁にあるフェンスにリフトの車体が繰り返し叩きつけられる。自分を阻むしがらみを破って、下へ飛び降りようとするかのように。

 火花が散り、フェンスが歪み、限界を迎えたボルトが跳ね飛ぶ。車体がグラリとかしいだ瞬間、それは耳をつんざく音と共に両断された。上部が落とされてもなお下に向かわんとする胴体に銃弾を撃ち込むと、煙を上げながらやっと沈黙する。


(数が多すぎる!)

 

 ノールックで弾を再装填リロードしながら、ハリエットは唇を噛んだ。リフトの間を縫って走り、縁に到達する前に停止させていく。それでも暴走機械は次々と殺到し、繰り返しぶつかられたフェンスは悲鳴のような軋みを上げ始めていた。


「ギルドへ連絡してくれ」

「それが、他の階層でも暴走が……! それに、通信まで」

「なんだって」

 

 上層から、遠雷のような衝突音と悲鳴が聞こえ始めていた。動揺は波のように広がり、やがて耳を覆うような轟音に変わっていく。


(どうして、こんなことが⁈)


 吹き飛ばされた木箱の破片が頬を切りつける。小さな擦り傷があっという間に増えていく。それにもほとんど頓着せず、ハリエットは動き続けた。並行して、思考を目まぐるしく巡らせる。これまでに得てきた情報を、繋ぎ合わせるために。



 ――最新技術を積極的に取り入れる企業


 ――この子が天気予報をするなんて


 ――誰かの改造


 ――下だけを指す切り替えポイント


 ――リフトに下を見る能力はない


 ――てっきり、管制室で命令を出しているもんだと



 息を呑む。そして顔を上げ、頭上にある「それ」を撃ち抜いた。ごく小さな機械の破壊……しかし、それだけで周囲の空気が一変する。


「ハリエットさん」

「セブンスさん、ここを離れて、急いで、伝えてください」


 未だハリエットのそばにいたセブンスに向け、息を切らせながら声を絞り出す。目の前のリフトたちは、明らかに今までと挙動を変えていた。よろめき、蛇行して――まるで、突然目隠しをされたように。


を、今すぐに止めてください!!!」



   * * *



「――君の見立て通りだったよ、ハリエット」


 警察隊の蒸気空船スチームシップが何台も停められた、デルファイ・カンパニー運送部事務所。非常用のガスバーナーで沸かしたミルクティーをそっとテーブルに置いて、イライザは静かに告げた。


「管制システムの記憶石メモリー・ストーンは真っ赤になっていた。ここで確認できる映像自体に異常はなかったから、見落としていた――各層のカメラを通して得た情報を、社内すべての機械マシナリーと共有していたんだね」

「怪我人は、いませんでしたか?」

「避難の途中で転倒して、軽い怪我をした従業員が数名いるくらいだ。今回の同時暴走事故は自動化を進めすぎたせいで起きた事だったけれど、その分機械のそばにいた人が少なかったのが幸いだった」


 歴史ある企業でありながら、なおも積極的に新しい風を取り込み成長し続けていたデルファイ・カンパニー。彼らが目をつけたのが、社内機械マシナリーの制御を一元化するシステムだった。


「あの茶運び少女ウェイトレス・ドールも、毎日のエネルギー供給時に管制システムから天候に関する情報を受け取るように改造されていたらしい。記憶石の変化と共に、やり取りされる情報データも増えていたんだろう。何か、彼女の不安を煽るようなね」


 詳しくはこっちの捜査を待っていてくれ、とイライザは眉間を揉みながら言った。しばらく彼女たちは、激務に追われることになるはずだ。

 

「後片付けは心配するな。ひとまずゆっくりするといい。あとは……彼の話を聞いてあげてくれ」


 ハリエットの隣に座るセブンスに、イライザは視線を向けた。俯いた彼の表情は硬く、血の通っていないはずの頬が青白く見える。そしてその両手はハリエットの手を包むように強く握られ、額のあたりに掲げられていた。


 イライザが部屋を離れると、彼はのろのろと顔を上げて口を開いた。


「……心配、しました」


 ハリエットの手を握ったまま、か細い声で語る。


「私には戦闘の能力がありません。銃器や刀剣の扱いも知らない。あの時、なんのお手伝いもできなかった」

「十三層からここまで昇降機より早く、それに息も切らさず駆け上がれるあなたがいなかったら、わたしたちはもっと苦労していました」


 しばらくの沈黙。


「……私には、触覚がありません」

「?」

「あなたはもう大丈夫なのだと、この目で確かめるだけでは不安が消えてくれないのに。あなたの手に触れていても、熱も手触りも感じられません。こうして持ち上げた時の、ほんのわずかな重みしか」


 震えるはずのない彼の冷たい手が、かすかに震えているように感じる。


「暴走した彼らが『もどかしさ』に狂った気持ちが、今は分かります」


 ハリエットはパッとセブンスに向き合って、空いた手で彼の手を包んだ。そして身体を傾けて、ぐっと体重をかける。顔に手が触れるほど重みをかけてから、ハリエットは笑いかけた。


「……ほら、大丈夫。ちゃんといますよ」


 どうして急に、そうしたくなったのかは分からない。ただ、彼を見ていると堪らない気持ちになって、その表情を和らげてあげたい、と強く感じたのだ。

 セブンスはかすかに目を見開いて、笑うハリエットを見た。彼の手はあくまでも冷たく、頑丈な金属の質感だけが布越しに伝わってくる。けれどその表情は、もうぎこちない機械のものとは思えない。


「お願いします。……もう少し、このまま」

「はい」


 ささやくような声で呟く彼の方に、ハリエットは再びもたれかかった。


人間と機械わたしたちはこれから、どこに向かうんだろう)


 感情を持ち、人間に近づいた機械は、それでも人間とは別の存在だ。

 人間のものさしだけで彼らを見れば判断を間違えるかもしれないし、かといって機械たち自身もまだ自分の中に生まれたものを持て余している。


 今回の暴走で、多くの人が機械に起きていることを知るかもしれない。

 変化を拒む人も、きっといる。

 けれど新しく見つけられることも、必ずあるはずだ。


 例えば今こうやって、互いを感じることを知ったわたしたちみたいに。



 ――二人はしばらく、そのままじっと寄り添いあっていた。


 

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