第8話 デルファイ・カンパニー運送部所長の証言
* * *
「――これでも俺たちは今まで、違反行為の一つもしてこなかったんだ。機械の扱いに問題があった? 冗談じゃない!」
憤懣やる方ないといった様子で、男は鼻を鳴らした。角張った顎に点々と生えている無精髭と目の下の隈が、明らかな疲労を物語っている。
連続して四件の暴走が起きたという「デルファイ・カンパニー」運送部事務所の建物は、八層に位置する煉瓦造りの施設だった。その応接間に通されたハリエットたちを迎えた所長は、開口一番に「言いがかりはやめてもらいたい」と警察への不満を爆発させた。
デルファイ・カンパニーは歴史の長い仕入れ・輸送業者だが、積極的に最新技術を取り入れる姿勢によって近年でも順調に勢いを伸ばしていた。販路の拡大に乗り出そうとしていたというこのタイミングで起きた怪しい暴走事件は、彼らにとって頭痛の種でしかないのだろう。
「
「はい、それでわたしたちは、警察の捜査とは違うアプローチを試みておりまして……」
「じゃあおたくらが、悪いのは俺たちじゃないって証明してくれるのかい」
「それはその、結果によるんですが」
「頼むよ、おかしいのは製造業者に決まってるさ。なんとか言ってやってくれ」
「えっと……」
語気を強める所長と向かい合って固いソファに座ったハリエットは、ぎゅっと肩を窄めた。
「――今回の『暴走』は人為的な誤りによるものではなく、機械内部で起こるべくして起こったものだと推測されています。自動更新機構によって高度に整備されたプログラムが、人間の意図を超越した動作を引き起こしたのではないかと」
平板な表情で、セブンスが二人の間に割って入った。途端に訝しむ表情を浮かべた所長に対して、ハリエットがフォローを入れる。
「記憶石のプログラムは、自動更新機構がどんどん新しく、洗練されたものに作り替えてくれますよね。その作り替えの作業が進みすぎて、人間がひと目見ただけでは何のためにそうなっているのか分からないほど複雑なプログラムになってしまったのが『記憶石の変色現象』の理由ではないか、とわたしたちは考えているんです。それで、そのくらい複雑になってしまったプログラムに対しては、機械に対する調査のやり方ではなく『一人の従業員』に対するやり方で調べていった方がいいのではないかと思っています」
「そんな事、ありうるのかい」
「私自身がその、複雑化した記憶石を内蔵している
「なんだって」
驚きの表情を浮かべて、所長は椅子から腰を浮かせた。「セブンス……さん? その……証拠になるものはあるのか」
「肘上までの機構なら、今お見せできます」
初めてハリエットの事務所を訪れた時のように、セブンスは手袋を外して袖をまくって見せた。剥き出しになった腕に何も言わず手を伸ばした所長の顔が、硬質な金属をなぞるうちにいよいよ驚愕に染まっていく。
「ほ、本当だ……」
ドサリと椅子に背を預けた彼は、しばらくの沈黙の後に口を開いた。
「こんな世界を目指すよりもずっと昔に見てた夢が、目の前に飛び出してきたみたいな気分だが……まあ、信じるよ。それじゃあ俺は、あの四台の
そう言って、彼は証言を始めた。
「まず最初におかしくなったのは、六層にあるレールの切り替え装置だった。知っての通り、層構造になってるこの街で荷物を運びたければ、途中で上下移動が必要になるだろ。うちは運搬機専用の空中レールを持ってるから、共用の昇降機で大渋滞してる他の企業より手早く食料品を運べるんだ。
そのレールを切り替えるための装置が、ある日急に変な動きをするようになった。そのポイントには上層へ行くレールと下層へ行くレールの二種類が繋がってて、普段はダイヤに従って自動で切り替わってるんだが、なぜか勝手に下層行きレールに切り替わっちまうようになったんだ。手動モードに切り替えて戻してみても、いつの間にか下層行きになってる。動作自体の異常はないと分かったから制御装置を開いてみたら、記憶石が見た事無い色に変わってて……ゾッとして、慌てて交換したよ。そしたらあっさり直ったから、俺たちもこの件についてはすぐに気にしなくなった。
だがその二日後に、今度は見過ごせない暴走が起きたんだ。兆候も不気味だった。ほら、そこに小さめの
無論、大騒ぎになったさ。なにしろ数百キロを動かすリフトだから、暴れ出したら手がつけられない。慌てて通報して、メカニックの――ああそうだ、ケンさんに制御装置をぶち抜いてもらってようやく抑えた。
頭をガリガリと掻いて、所長は大きくため息をついた。
「……
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