第23話

 マクリーンがいなくなってから、季節がひとつ変わった。

 冬咲きのエリカが白い花を零れるように咲かせた。

 マクリーンが亡くなってから、ハルがエディアに花を届けることはなくなった。王になったエディアは中庭にバルコニーの張り出した部屋から城の奥の居室へと移り、庭から花を渡すことはできなくなったのだ。

 王子を牢から出して以来は、エディアに会ってもいない。マクリーンがいないのだから、エディアが学びのために小屋を訪れることも、もうない。もしかしたら、また深夜にハーブ畑に泣きに来るんじゃないかと待ってみたが、それもなかった。

 なので、ハルは自分からエディアに会いに行くことにした。

 ひんやりと白い朝靄の中、ハルはエリカを手折って、城に向かう。林を抜け、小川の橋を渡り……芝地を歩いているとき花壇の陰に座り込んでいる人影を見つけた。

 靄の合い間に長い黒髪が見えて、うっかりエディアかと思って近づいたのが失敗だった。

「……こんなところで何してんだ、ヘタレ王子」

 低く言うと、王子は顔を上げた。

「……君にヘタレと言われる覚えはないんだけど」

 おお、言い返せるじゃないか、俺には。随分と弱々しい声だが。

「何をしているか、聞いてるんだよ」

 王子はハルから目を逸らした。

「マクリーンのところへ行きたいと思ったんだけど」

 墓参りか。そういえば、王子は一度もマクリーンの眠るハーブ畑の片隅を訪れていない。

「これ以上進めなくて」

 ……?

「なぜだ」

 芝地を横切るのに途中で疲れて座り込む年齢ではないだろう。でも、言われてみると顔色はあまり良くない。具合が悪いのか?

「どんな顔でマクリーンのところに行けばいいか、わからなくて」

「顔?」

 王子は組んだ両手を額に当てた。とても苦しそうに。

「謝っても済まないことを、取り返しのつかないことを、僕の母はしてしまった」

 ハルは王子の言ったことを考える。そして、思った──こいつやっぱり面倒くせえ。

 なんでおまえがかーちゃんのしたことを謝るんだ、マクリーンがおまえを恨んだり責めたりするはずがねえだろう──などなど、言ってやろうかとも考えたが、そうするとさらに『でも』とか『だけど』とかぐずぐずした言葉が返ってきそうだ。

 一応、言ってはみた。

「マクリーンはおまえが墓参りに来たら喜ぶと思うぞ」

 王子は顔を上げた。

「でも、僕は……」

 はい、来た。

「おい、くそ王子」

 予想通りの言葉を遮り、王子の目の前に白いエリカの花を突きつける。

 王子は青い目を瞬かせた。

「……僕に?」

「──んなわけねえだろ!」

 どこをどうしたら、そんな発想になるんだ。

「エディアに、だ。直接渡すつもりだったが、俺も忙しいからな。おまえに届けさせてやる」

 ほぼ無理やりな感じで王子に花を押し付け、ハルは来た方向にくるりと踵を返す。

「ちゃんと俺からだって言って渡せよっ」

「ハル……ありがとう」

 背中に王子の声が聞こえたが、ふり向かない。けれど、王子が続けた言葉に、踏み出そうとした足が止まった。

「マクリーンが亡くなって、君はこれからどうするつもりなの?」

 ハルはひとつ呼吸した。無言で歩き始める。

 これからどうするか──そんなこと、もうずっと考えていた。

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