第22話

 王子は刑を免れた。

 姫王が自分を呪殺しようとした魔女の子どもの命を助けた、という話が不自然な速さで民の間に広がるのを、ハルの風は王都の繁華街まで追跡した。あちこちで噂を語り姫王の情け深さを触れ回る者がいるようだった。

 宰相たちは、王子を助けることで、即位したばかりのエディアに人心が向くように図ったらしい。

 それは成功した。

 公平で慈悲深い姫王エディア──民のエディアに対する人気は高まった。民が不安に感じていたエディアが年若い少女だということも、乙女の気高い純粋さに置き換わって讃えられた。

 王の人気が高いことは為政者にとって都合が良く、そのために王子の命を救っても十分見合うと考えられたのだろう。

 もともと無実なのだし。

 エディアは王子を自分の補佐官に任命した。そばに置いて守るために。それから、王子が自分を支える様子を宰相たちに見せて、王子の働きを認めさせるために。

 それがうまくいっているのかどうか、ハルにはわからない。ハルはマクリーンの小屋に住んでハーブの世話をしたり棚に並んだ書物を読んだりして過ごしていて、エディアが政務を執る城内に行くことはないからだ。

 ただ、風は、『謀反人の子』という家臣の囁きを拾ってくる。

 夜、眠りにつく前に、ハルは自分が蘇らせたマクリーンの光の糸を眺める。

 初めて光の糸を見せてもらったとき、マクリーンはハルにこれを引き継いでほしいと言った。ハルはそれは王家に仕えることと同じだと思ってマクリーンの願いを拒絶した。

 なのに、マクリーンが倒れて、光の糸が消えていくのを見たら、契約の呪文を宙になぞってしまっていた。

 王家に仕える気は今もない。けれど、マクリーンの遺した光の魔法が無くなってしまうのは嫌だ。

 魔法を教えてくれて、いつか倒す予定だったマクリーンが死んだのだから、もう自分がここにいる理由はない。なのに、城を出ようという気持ちが湧かない。

 エディアのことが気にかかるなら魔法で強引にさらって一緒に城を出ればいいはずなのだが、なぜだか自分はエディアに魔法を使いたくない。

 いや、なぜだか、じゃない。好きだからだ。

 で、ついでというか、ほんのちょっとだが、王子のことも気にならないわけではない。

 風は家臣の『謀反人の子』という囁きや褒め言葉に見せかけた皮肉を拾ってはくるけれど、言い返す王子の言葉は拾わない。言い返さないのだ。

「ヘタレが」

 と、ハルは声に出す。

「俺にはさんざんクソな嫌味を言っていただろうが」

 ハルは小屋にひとりで、その声は誰にも聞こえないけれど。

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