第21話
まず、将軍が、エディアに対し片手を胸に当てる礼をとった。
「エディア様、ディアナム様からお離れになってください」
続いて宰相も進み出る。
「エディア、王といえども法をないがしろにはできない。メイジェイルは禁じられた呪法を使った。しかも、王に対してだ。大逆の罪だ。幸いおまえは無事だったが、代わりに大魔法使いマクリーンが命を落とした」
エディアはディアナムを抱いたまま宰相を見上げた。
「そうだ。だが、メイジェイルどのも呪法の失敗で命を落とした。それで終わりではないか。ディアナムに何の罪がある」
「メイジェイルが王となったおまえを呪殺し、我が子ディアナムを王位に就けようとしたことは明白だ。母子で共謀したと考えるのが自然である」
「共謀の証拠は?」
エディアの問いに、宰相は問いを返す。
「では、共謀していないという証拠は?」
「あるぞ」
と、ハルは口をはさんだ。
全員の視線がハルに集まる。表情を失くしていたディアナムさえ、目を動かしていた。
「呪法は失敗した。だから、返しを喰って魔女は死んだ。返しは防げない。共謀者がいたなら、呪法はそいつにも返ったはずだ。だけど、王子はかすり傷ひとつ負ってない」
ハルは自分を見る全員を見回す。
「つまり、王子は潔白だ」
「この者の主張に同意する」
声を上げたのは軍装の魔法使いだった。
「自分にかけられた呪法ならディアナム様は無効にできる。だが、返しは違う。呪ったものにただ返る。それは呪法の理だ。誰にも何にも防げない」
そう言って魔法使いは役人たちのグループを見た。
「同じ内容の意見を、私も申し入れたはずなのだが」
役人たちは魔法使いの強い視線から目を逸らす。
中年の魔女だけが平然として魔法使いに視線を返した。
「そのくらい、言われなくともわかっていますよ。けれど、これは王の御命に関わる事件です。今後のことを鑑みれば、二度とこのようなことが起こらないよう警告として厳しい処分を下すのは至極当然。さらに言えば、どんな小さな火種も残すべきではありません」
「火種とはディアナムのことか」
そう言ったエディアに、魔女は目礼する。
「畏れながら、姫王様、メイジェイル様はご自分の不遇を恨み、今回の事件を起こしました。ディアナム様も、いつかそうなさるかもしれません」
「メイジェイルどのはご病気だったのだ」
魔女は小さく笑った。エディアをたしなめる調子で言った。
「姫王様、ディアナム様もいつかご病気にかかるかもしれませんよ?」
「病なら誰でもかかる。リーラ、おまえも」
リーラ、と呼ばれた魔女は、息を飲む。頬が見る見る紅潮した。
「私は姫王様に真心より忠を尽くしてしております」
「証拠は」
「姫王様は幼いときからお仕えした私を信じてくださらないのですか」
「信じている」
叫んだリーラに、エディアの声が強く被せられる。
「リーラもゼドクルもアシューズも……」
自分と向き合う家臣たちの名を、エディアはひとりひとり呼んでいく。
「……カームも、ラバンも」
最後にふたつの名前をエディアが口にしたときには、家臣たちの後ろで牢番ふたりが顔を見合わせていた。
彼らふたりの名前だったようだ。軍でも下っ端の自分たちの名前を王が憶えていたことに感激したのだろう、立ち並ぶ家臣たちの体の隙間から様子を窺っていたふたりはエディアに向かって膝をつく。
「みな信じている」
通路にエディアの声が低く響いた。
「同じようにディアナムも信じている」
エディアが口を閉ざすと、通路は、しん、と静まり返った。
静寂を破ったのは、宰相だった。ため息を落として、将軍をふり返った。
「ディアナム王子を牢に戻せ」
将軍は深く息を吸った。そ部下たちに頷く。
が、将軍たちの足は王子に向かって踏み出そうとした瞬間に止まった。
「おまえたちは、師を失った私から弟まで奪う気か」
エディアの放った言葉によって。
足を止めた将軍たちに代わり、宰相が一歩を進めた。
「エディア、いや、王よ、情で法を曲げることはできない……」
「ディアナムの無実はここにいるすべての魔法使いが認めた。法は無実の者を罰するのか」
宰相は腕を組んだ。エディアは言葉を続ける。
「私は見せしめのために弟を殺す王になるのか? そうしなければ誰かがまた自分の命を狙うと怯える疑い深い臆病な王なのか? おまえたちはそんな王に仕えたいのか」
通路にふたたび沈黙が降り、宰相が白い顎髭を片手で撫でる。
今度の沈黙は長かった。ディアナムを抱くエディアを見ていた家臣たちの目は、ひとり、またひとり、と宰相に向けられて。
「……法は厳正であらねばならない」
やがて、宰相は重々しく口を開く。自分を見る家臣たちを見回して。
「是は是、非は非である。もう一度諸君の意見を聞かせてもらおうか」
空気が揺らめいたようだった。戸惑いと警戒とかすかな安堵が入り混じって。
宰相が踵を返すと、ひとりの大臣があわてたように声をかけた。
「宰相どの、エディア様もご一緒に……?」
「王の意見は承った」
「あの、では、我々の意見をまとめる間、ディアナム様は牢に戻さなくてよろしいのですか?」
宰相は大臣に微笑んだ。
「ディアナムは逃げぬし、エディアはディアナムを逃がしたりせんよ」
去っていく宰相に、家臣たちは従う。それぞれにエディアに礼をして。
最後に魔女が残った。
「エディア様」
静かな声で魔女に呼ばれ、エディアはディアナムを離して立ち上がる。
魔女はエディアに近づき、エディアの耳に声を落とす。ハルは風にその声を拾わせた。
──生きている方がお辛い場合もあるのですよ。
風は、魔女に囁き返すエディアの声も拾った。
──ディアナムは私が守る。
ハルは床に膝をついて項垂れている王子に目をやった。
いつもの澄ました顔はどうしたよ、と思う。家臣どもに得意な嫌味のひとつも言ってやれよ、と。
ヒュン──耳元を風が鋭く過ぎて、ハルは顔を上げた。
魔女と目が合った。
自分がこっそり放った風を荒っぽく返されたのだ。
「マクリーン様が弟子にしたという力は私も認めますけど、調子に乗るんじゃありませんよ」
底冷えする声で、魔女が言う。ハルは思わず身構えたが。
「あなた、自分の言ったことに覚悟はあるのでしょうね。子どもだからと甘えてもらっては困りますわ。中途半端な気持ちでお味方しても、あとで苦しむのはエディア様なのですよ」
「──へえ、じゃあ、あんたはどんな覚悟があるんだ、おばさん?」
とりあえず言い返したら、頬がピッと切られた。反撃しようとしたハルの前にエディアが両手を広げて立ちはだかる。
エディアの腕の向こうで、魔女がため息を落としていた。
「ディアナム様の処刑を主張する以上、その死に対する非難も責も負う覚悟はありましたよ。──エディア様に憎まれることを含めて」
「リーラ」
驚いたようにふり向くエディアに、魔女はマントを指先でつまむ優雅な礼を取り、くるりと背を向ける。
手から離れたマントがふわりと舞った。
魔女を見送ると、エディアはもう一度ディアナムの前に膝をついた。
「……エディア……僕は……」
ようやく顔を上げたディアナムをエディアは抱擁する。
「大丈夫だ、ディアナム。おまえは私が守る」
エディアの優しい声を聞きながら、ハルは気持ちが動揺しているのを自覚していた。
魔女はエディアのために王子を処刑しようとしていたらしい。もしかしたら、それが王子のためだとも考えて?
いつかマクリーンが言っていたっけ? ──何が正しいか、後になってわかることもある。これは正しい、あれは正しくないと単純に決められないことある。
王子の無実が認められたとしても、もともと『魔女の子ども』だった王子は、これからは『王を呪殺しようとした魔女の子ども』になる。王子に向けられる視線はこれまでとは比べものにならないくらいに冷たくなるだろう。
そんな王子を守ろうとすれば、エディアには王子が弱点になり重荷になる。そんなこと、王子だって望まないんじゃないのか?
魔女が『覚悟』と言ったのは、そこまで呑みこんで王子の命を救おうとしているのか、そんなエディアと王子をこの先もずっと支え守るつもりはあるのか、ということだろう。
ハルがエディアについてここまで来たのは、エディアが王子を逃がそうとしているんだと勘違いして、面白そうだから乗っただけだ。──ほんの少しは自分にも王子を助けたい気持ちがあったかもしれないけれど。
だが、王子を助けたあとのことなんて、もちろん、考えていなかった。
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