第14話

 とぼとぼとマクリーンの小屋に帰ったハルは、黙って棚の前に座り、読みかけの書物を開いた。

 窓のそばのテーブルでは、エディアと王子がマクリーンの講義を聴いている。エディアが質問する声も笑う声も聞こえるが、今日は一度もふり向けない。

 軽蔑……もこたえたけれど、エディアが自分に向けた悲しみの視線が胸に突き刺さったままで、痛い。

 エディアが怒った理由はまあわかるのだが、なんであんなに悲しい目をしたのかがわからない。わからなくて胸が痛い。

 授業が終わると、エディアは小屋を出る前にハルに声をかけるのが常だった。

『ハルは今日は何を学んだのだ?』

 とか、

『また明日な』

 とか。

 今日のエディアは黙ってハルの背後を通り過ぎた。予想はしていたが、気持ちが沈む。

 が、別の声が小さくハルに言った。いつもは素通りの王子の声。

「少し話す? ハーブ畑にいるけど」


 しばらく迷ったが、ハルは立ち上がった。

「えーと、ちょっとハーブの様子を見てくる」

 マクリーンの方は見ないで小屋を出た。

 ハーブ畑には心地よい風が渡っている。強過ぎず、弱過ぎず、軽やかに。

 細い葉や白や紫の小さな花穂が風に揺れる中に王子は立っていた。風はふり向いた王子の長い黒髪もさらさらとなびかせる。

「何の用だ」

 思いっきりぶっきらぼうに聞くと、王子は可笑しそうな顔をした。

「エディアもだけど、君も大概わかりやすいね」

「……何の……」

 声が裏返りかけて、ハルは咳払いする。

「何のことだ」

「エディアとケンカしたんだろう?」

 ぐっ、と詰まる。

「原因は何?」

 ……言えねえ。俺の女にしてやる──が始まりだとは。

 それを知った途端、今は嫌味な微笑みを浮かべているだけの王子の表情は悪魔の形相に一変し、自分を全力でボコしに来るに違いない。魔法の効かない王子には、自分は一方的にボコボコにされる以外なくて。

 だが、王子は原因を追及するためにハーブ畑でハルを待っていたわけではなかった。

「エディアは根に持ったりしないから、仲直りをしたかったら、早くエディアにそう言った方がいいよ」

「だっ……誰が仲にゃおり……」

 あれ? 口がうまく回らない。思いがけないアドバイスに。

「だって、君が仲直りしたそうに見えたから」

 黙り込んだハルに、王子は小さく笑った。くるりと体の向きを変える。

「じゃあね」

 去っていく王子の後ろ姿をハルは見つめる。

 エディアと仲直り……したかった。もう一度、明るい目で、自分を見てほしかった。

 ……って、どうやって? 仲直りの方法は?

 自分に対立する者を魔法でねじ伏せてきたハルには、ケンカして仲直り、などという経験はない。

 肝心なことは言わないで行ってしまった、あいつはやっぱりくそ王子だった。

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