第13話

「よう」

 と、ハルが声をかけた相手はエディアだ。そろそろマクリーンの小屋に来るかな、と思って林の小道で待ち伏せしていた。

 王子はすでに小屋の中だ。

 木陰から現れたハルにエディアは目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。

「やあ、ハル。迎えに来てくれたのか?」

 屈託なさそうな言葉に、ハルは目を眇める。

 昨夜は、らしくもなく、感傷的になってしまった。エディアの気持ちをあれこれ想像したりして。

 朝になって、反省した。──俺は盗賊だ。天才魔法使いだ。ほしいものは眺めてないで奪えばいい。

 物だって……女だって。

「俺はそのうちマクリーンを倒して城を出るつもりだ」

「それは──」

 エディアは笑みを消した。

「──難しいと思うぞ」

「うるせえっ」

 ハルは一歩エディアに近づく。本当はもっとそばに行ってエディアを見下ろしたいのだが、今の身長だと見下ろされてしまうので、そこで足を止めた。

「そのときおまえも連れていく」

 凄みを効かせて告げたのだが。

「なぜ」

 ただ不思議そうに聞き返されて、

「お、俺の女にしてやる、ってんだよ!」

 つっかえてしまった。

 エディアは、うん? と眉を寄せ、腕を組む。

「ひょっとして、ハルは私に求婚しているのか? ハルのことは嫌いじゃないし、気持ちは嬉しいが……」

「ちげえよっ」

 思わず怒鳴ってから、ハルは深呼吸して心を落ち着かせた。お笑いをするためにここでエディアを待っていたわけじゃないのだ。大魔盗団で自分より全然年上の男をも屈服させたように、エディアにも俺の言うことを聞かせる。

「おまえは王子みたいに、魔法が効かない、なんてことはねえんだろ?」

 にやり、と唇を歪め、風を呼ぶ。

 小さなつむじ風がハルの周りに巻いて、赤い髪と黒いマントをなびかせる。

「俺の命令に従わなきゃどうなるか、教えてやる」

 風をちょっと操るくらいなら、自分には呪文も命令式も要らないのだが、敢えて声を出した。

「風よ、切り裂け」

 エディアが髪に飾った花を──王子が贈っている花を。

 一瞬。

 束ねられていたエディアの黒い髪が解けてさらさらっと広がった。

 同時に、小さな花束がパサリと地面に落ちた。

 濃紫のラベンダー。

 エディアはハッと髪に手をやった。それから、あわてて地面を見回し、ラベンダーを拾い上げた。ラベンダーを見つめたあときっと顔を上げてハルに向けた黒い瞳には、エディアが今まで見せたことのない感情があふれ出していた。

 怒りと……悲しみ。

 吐き出そうとしていた次の脅し文句が、ハルの喉で詰まる。

 エディアの行動にはためらいがなかった。

 二歩でハルとの距離を詰め、平手でハルの頬を打った。

 パン、と。

 そのままハルの横を通り過ぎる。

「私におまえを軽蔑させないでくれ」

 と、言い捨てて。

 ハルは、動けなかった。

 エディアにハルの魔法は普通に通じた。指でも頬でも好きなように風で切り裂くことはできただろう。だけど、ハルに切れたのは、花を挿した髪留めの紐だけで。

 ──軽蔑、けいべつ、けいべ……。

 エディアに投げつけられた言葉が耳にこだましている。それ以上にエディアの眼差しが心に深く刺さっている。

 ……初めて見た悲しみの色。

 マクリーンに会うまでは、自分が魔法で勝てない相手がいるなんて思ってなかった。王子のように魔法が効かない天敵みたいなやつがいることも想像していなかった。

 でも、今回がいちばんショックだった──魔法で傷つけたくない相手がこの世に存在するなんて。

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