第12話  公爵令嬢になりました。

 トレント公爵が私に会いに来たのは、この屋敷に来てからひと月が経ってからだった。


 それまではローズ夫人……いやアニタ夫人がこれから公爵令嬢になるからと、細部に渡り丁寧にずっと指導をしてくれた。


 “ティーナ、お疲れ!お嬢様らしくなったな”


 ーーうん、今までは離れでは歴史や算数などのお勉強が多かったけど、今は食事のマナー、お茶の飲み方、立っている時の姿勢、挨拶の仕方、人との会話、もう覚えることが多すぎ!

 だけど一番大変なのはこの国の貴族の名前や性格、家族構成までほとんど覚えないといけないからそちらの方が大変かも。


 わたしまだ社交界デビューすらしていないし、ほとんど人と関わってきていないから、まずきちんとした挨拶も会話も出来ないのよね。


 “ティーナ、いざとなったら笑顔だ!それさえあれば乗り切れるよ”


 ーーアクア、ありがとう。ほんと笑顔を忘れてしまってるわよね。







 そしてトレント公爵の執務室へ行くとーー


「どうぞお入りください」


「失礼致します」


「クリスティーナ様、遅くなりましたが陛下との話し合いは無事終わりました。貴女を我が家の娘として引き取るように話し合いを進めてきました」


「はい……」


「貴女の意思を無視して話を進めてしまったことお詫び申し上げます。しかしあのまま王城にいてもクリスティーナ様が幸せになれるとは到底思えません。

 かと言ってわたし達の娘になったからと言って幸せになれるかはわかりませんが精一杯貴女を娘として大切にしていきたいと思っております。

 ただ、そうなると貴女の名前もクリスティーナと呼ぶことになります。お許しいただけますか?」


「トレント公爵、これまで助けていただいてありがとうございました。アニタ夫人をお母様と、そして公爵をお父様と呼ばせてもらえることを嬉しく思っています」


 ーーわたしは陛下のことをお父様と呼んだことは一度もない。


 だからお父様と呼べることは少し恥ずかしくもあるけど、嬉しくもある。


 自分には無縁だった家族が出来るのだ。



「それから息子二人は隣国の学校へ留学しております。もう少ししたら夏季休暇になり、こちらの屋敷へ帰って来る予定です。13歳と15歳の息子ですが……あのボンクラのアホどものように何も考えず馬鹿な行動はしないと思います。

 慣れるまではお互い気を使うこともあると思いますが、貴女の護衛としてサムとヴィルをつける予定です。なので安心して過ごしてください」


「え?サムもこちらで働くことになったのですか?」


「はい、自分からこちらで働きたいと言って参りました」


「家庭もあるのに……近衛騎士を辞めてしまってよかったのかしら……」


「我が公爵家の騎士団は王宮よりも優秀な者が多いと自負しております」


「ごめんなさいそんな意味ではないの。わたしのせいで仕事を辞めたことを心配してしまったの」


「サムもヴィルも貴女が王城に居たから騎士団にいただけです。気にしなくてよろしいかと」


「わかったわ。ではこれからはお父様としてわたしに接してください」


「では今からは貴女のことを娘として接することに致します」


「はいお父様、世間知らずな娘ですがよろしくお願い致します」


「クリスティーナ……今まで辛い生活をさせて……すまなかった」


「えっ?」

 お父様としての最初の言葉が謝罪なんて……


 それも先ほどまでの公爵としての顔つきとは違い、わたしをとても優しい眼差しで見てくれている。


「お…父様……」


「セリーヌは妻のアニタとは幼馴染だと聞いているね?」


「はい」


「そしてわたしにとってセリーヌは親友の妹でわたしにとっても妹のような存在だったんだ」


「お母様の兄?」


「たぶんほとんど君は会ったことがないからね。君を引き取るとあいつも言い出したんだが、侯爵家では王族に何か言われればどうしても立場が弱い。それに比べれば我が公爵家の力は王族にも匹敵する。

 クリスティーナの後ろ盾としては我が家が一番だったんだ。それにわたしには息子しかいない。娘が出来たことはとても嬉しいことでもあるんだよ」


「いろいろ考えていただいてありがとうございます」





 そのあとアニタ夫人をお母様と呼ぶ練習をした。


「クリスティーナにとって私をお母様と呼ぶのは抵抗があるでしょう?今まで教育係だったのだもの。

 だけどこれからは貴女の母として認めてもらえるように頑張るわ」


「そんなことはありません。ただ……少し恥ずかしいだけです。わたしは今まで家族がいたことがなかったから……どう接していいのかまだ戸惑ってばかりで……ごめんなさい」


 わたしが下を向いてしまうと、お母様がわたしに抱きついてきた。



「クリスティーナ、愛しているわ。ずっと必死で頑張って生きてきた貴女を抱きしめてあげたかった。頑張ったねって言ってあげたかった。厳しいことばかり言ってごめんなさい。

 だけど一度もクリスティーナを憎いと思ったことはないの……幸せになりましょう、セリーヌに幸せな姿を見せてあげましょう」


「はいお母様……わたし幸せになっても……いいんですね?」


「当たり前よ」


“ティーナ、幸せにならなきゃダメだよ!”


ーーアクアもありがとう、いつもそばに居てくれて。



“当たり前だろう?僕が選んだこの国で一番大好きな子なんだから!”





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