第11話 ヴィル編 

 クリスティーナ様をあの忌まわしい王城から連れ出すことがやっと出来た。


 あんなところ早く辞めてしまいたかった。だが辞めて仕舞えば助けることはできなくなる。


 側妃達の嫌がらせでまともに食べ物も届かない状態だ。それに最近は度々男達を使い襲わせようとやってくる。


 義兄上の息がかかった騎士達が常に側妃にはわからないように警護はしていた。あからさまに動けば騎士達は側妃によってすぐにクビになる。


 だから団長を含め十数人が常に見守ることでクリスティーナ様を守っているつもりでいた。


 陛下はクリスティーナ様の力を知って城から出そうとしない。


 だからと言って優しくもしないし、側妃達の行動を嗜めようともしない。だからさらに図に乗って正妃の娘であるクリスティーナ様を蔑ろにするのだ。


 そのことを何度となく義兄上は、陛下に苦言を呈したが聞き入れられることはなかった。


 しかし今回は流石に陛下も動いた。


 息子が義姉を襲ったのだ。

 それも側妃達が勧めた。俺と団長は側妃達の護衛として王城から出されそのことを全く知らなかった。


 帰ってきた時には……その話を聞いた時、後悔しかなかった。

 何故今日に限って。


 何故もっと早くに無理矢理でも王城から連れ出さなかったのか。


 セリーヌ様の大切な愛娘であるクリスティーナ様。


 俺が一生をかけて守り抜くとあの事件の日に誓った。



 




 目の前で亡くなったセリーヌ様、クリスティーナ様はショックでその時のことを忘れている。


 そして彼女の前に現れた妖精のアクア様。


 アクア様は水の妖精。


 この国の繁栄をもたらしてくれる。陛下はそれをわかってクリスティーナ様をこの王城に連れ戻したくせに大切にしようとしない。現実から目を逸らす。


 目の前にいる娘に向き合うことが出来ないなら手放せばいい。だがそれはしようとしない。


 妖精に愛された愛し子であるクリスティーナ様を蔑ろにすればこの国の水は一瞬で消えてしまう。

 クリスティーナ様の優しさがこの国をまだ守ってくれていることに気がついていない。


 王城に囲い込んでいれば、大丈夫なんて考えは甘い。


 クリスティーナ様はこんな離れでの暮らしに我儘も言わず耐えていた。力のない自分に腹立たしさしかなかった。



 まだ6歳だったクリスティーナ様。


『ヴィー!』

 俺の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってくるクリスティーナ様。

 妹のいない俺にとって彼女は守ってあげたい大切な妹のような存在だった。


 父親からの愛情を与えてもらえず殺されそうになり、身代わりに母が目の前で死んでいった。


 過酷すぎる少女に少しでも笑っていて欲しくてそばにいた。


 8歳を過ぎたクリスティーナ様は時間があると本を読むことが増えた。

 団長の差し入れした本を気に入ったのだ。


 本が好きなクリスティーナ様のためにと俺も本を選んで渡してみた。

 少し彼女には合わなかったらしく、

『ヴィーってこんな本が好きなの?』

 と言われて実家に帰り幼馴染に相談すると怒られた。


『ヴィル、これは女の子が好む本ではないわ』


 俺が選んだのは、戦記や歴史、それに幼い子用の絵本だった。


『絵本はもう幼すぎて読まないと思うわ。戦記や歴史の本は男性が好むものなの。女の子は小説や詩集を選ぶべきだわ』


 それからは俺は幼馴染が選んでくれた本をクリスティーナ様に持っていくようになった。


 お菓子や果物は自分で選んだものを渡した。

 花や髪飾り、服は俺が選んだものはセンスがないと言われ、幼馴染が選ぶようになった。


 クリスティーナ様はとても喜んでくれた。


 姉上がクリスティーナ様の教育係として週に一度離れに通うことは義兄上が陛下に許可を取ったからだった。


 それからは姉上がクリスティーナ様の身の回りのものを選んでくれるようになった。


 男目線ではわからない細々としたものをきちんと揃えてあげられるようになった。


『ヴィーが選んでくれた本はもうここには持ってきてくれないの?』


『クリスティーナ様のものはローズ夫人が選んでくれているので遠慮していました』


『ヴィーのおすすめの本楽しみにしていたのよ』


『あれは幼馴染の子がクリスティーナ様にと選んでくれていたんです』


『ヴィーの幼馴染?いいな、わたしもお友達が欲しいわ。ありがとうとお礼を言っておいてね』


『わかりました』






 クリスティーナ様は一度だけ離れを抜け出し外の世界へ行こうとした。


 アクア様がいるからこの王城を抜け出すことは簡単だろうと思われた。だけど側妃達が常にクリスティーナ様を監視していた為捕まった。


 そして団長がその責任を問われ鞭打ちの罰を側妃達から受けてしまった。


 団長は声を出すことなく耐えたが、鞭打ちをしたのは俺たち騎士団員。

 みんな涙を堪えて団長に鞭を打つ。

 側妃の前なので手を抜くこともできなかった。


 団長は気絶するまで鞭を打たれ、寝込むことになった。



 俺達はみんな団長に頭を下げに行った。



『気に病むな、お前達は仕事をしただけだ』


 そのまま高熱を出された。


 しかし団長は次の日には熱も鞭の跡も完全に治っていたらしい。


 夢の中で妖精が

 “ありがとう、ティーナの代わりに痛い思いをしてくれて”


 “助けてあげられなくてごめん、すぐに治すからね”


 と言って妖精が団長の体に涙を流したらしい。


 “妖精の涙”はどんな怪我や病気も治してくれる。


 そんな言い伝えはある。


 だけど本当に目の前で治ってしまった団長を見て俺たちは驚くしかなかった。

 もちろんこのことは医師も含め内密にすることにして団長は3週間入院してもらった。


 クリスティーナ様はその間団長のお見舞いにずっと来て

『もう二度とこの王城から出て行かない。ごめんなさい』と泣いて謝った。


 団長は『いつかここから出られるように努力しますので』と約束していた。


 俺たちはみんなクリスティーナ様をここから連れ出して幸せになって欲しいと、願いながら守り続けた。








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