第六話『魔法医の錬金術への愛情~または私は如何にして以下略』
ギストと初めて話した日の、夜のうちに、私の要望通りの物品は監禁病棟内の診療室という名の自室に届いていた。私の愛しい壺ちゃん達と、簡単な錬金素材達。
これで、何かしら突破口が見えるかもしれない。だって魔法医よりも錬金術師の方が向いているって、自分で分かっているのだもの。
ギストの話が本当だとして、彼に協力をしたいと思った以上、何かしらギストの魔法以外の方法が必要だ。しかし、彼はあんな状況なわけで、つまり魔法が駄目ならば私が錬金術でどうにかするしかない。
ただ、何をするにも素材が必要な所が錬金術の大変な所だ。
しかし逆に言えば、素材があるのならば幅広い道具を作り出せるのが錬金術の良い所でもある。
魔力さえあれば簡単に色んな事が出来る魔法に取って代わられた技術ではあるけれど、未だに魔法を忌み嫌う人だっていれば、薬の類は錬金術で作られる事だって少なくはない。
ギストが魔法で起こした大爆発を起こすような危険物の類だって、錬金術の正しい知識と技術、そうして素材さえあれば魔力無しで作る事が出来るのだ。
ギストが飲まされたであろう魔力減衰薬についても錬金術によって作られた薬のはず、であるならば私を専属の錬金術師として雇ってくれたら良かったのにと思う。
そのあたりは父の見栄だったのだろう、父はお婆ちゃんを嫌っていた。私が懐いたから尚更だっただろう。父から見てお婆ちゃんは義母。逆に言えば母と私の関係は父と私程悪くはない。錬金術に対しての理解もある。だけれど結局、母も抗えない人間だったということだ。父の命令は絶対、そんな家での生活の中で、私は母の事もあまり良く思えなくなっていった。
とはいっても、父は勿論として、母にも私が此処にいるという話は伝わっているはず、だからこそ多少の口聞きはしてくれると信じたい。弱い人だけれど、良い人ではあるはずなのだ。少なくとも母は。
今の段階ではそれこそ、魔力減衰薬すら作りようがないくらいの素材量しかない。尤も、作りたいのはそれでは無いけれど、錬金素材が全く無いのだ。
個人的には錬金素材はあればある程良い。レシピならば頭の中に叩き込んである。
何せお婆ちゃんが一生懸命、心を込めて厳しく教えてくれた事だ。私にとって厳しいと思った事は一度もなかったけれど、きっとあれは私が錬金術を好きだったからこそ思えた感情なのだと思う。やらされた事は相当な鍛錬だった記憶がある。
本当に、私はお婆ちゃんにこっそり錬金術を教えてもらう時間が大好きだった。
とりあえず、今後の課題は錬金素材だなと思いながら、その日は小さな壺を布でだいぶ厚く巻いてから、それを抱いて眠った。
私は枕が変わると眠れない、どころかベッドも物凄く硬い。ギストの入っている部屋を作るだけでこの病棟を作る予算は消えたのでは無いかという程、寝苦しさを感じた。
明くる日、眼が冷めてうんざりしながら、私はそれでも毎朝のルーティンが出来る事を幸せに思いながら、紅茶のようなものを作る。
「んー……買い出しした後だったら良かったのになぁ……」
もはや溜息をつく余裕すらない。材料を入れた後、数回で無くなりそうな湧き立ち草をパラパラと砕きながら、場所は違うものの、寝苦しいベッドと、起きた瞬間に思い出してしまった現実から一旦逃避する為に、錬金の事だけを考える。
「あぁ……っ! オレンジジャムがない! ぐぬぅ、書き忘れた……」
『沢山あるから使い切れるかなぁ』という懸念が『沢山あるのに腐らせちゃうなぁ』に変わるのはあんまりだ。とはいえジャムだから糖分たっぷり、手作りらしいけれど、平気だと願いたい。
もう何度か必要な物を取りに行ってもらえるチャンスはあるだろうし、その時に考えよう。
ジャムが打開策になるとは思えないものの、もしかしたらという事が……無いだろうなぁと思いながら、やっぱり飛び出してきてしまう溜め息と一緒に、いつもより苦い紅茶のようなものを飲み干した。
「要はどうやって君を使ってあげるかなんだよねぇ……」
壺は言葉を返さない!
「頼めば自宅に無い物も買ってきてくれたりもするとは思うけれど……あまりに露骨だと怪しまれそうだしなぁ……」
壺は言葉を返さない! けれど私は言葉を投げかけるのをやめない。
「そもそも何を作るかって話なんだよねぇ……多分何を作るにしても違法錬金になるんだよなぁ」
壺は言葉を返さない! それでもやっぱり愛おしい。
違法錬金をしてしまえば私の立場も危うくなる。というかギストの言い分が通用しないであろうことは分かっている以上、脱出させる手伝いをするという事になる。そうすると一蓮托生どころか、彼の身の上は何とかなるにしても、次は私が犯罪者として本当に牢獄に入れられる可能性すらあるのだ。
しかし、バレずにどうにかする以外の方法が今の所思いつかない。
そもそも、何を作るべきかも思いつかない。
「とりあえず、一緒にあの人のとこ行こっか」
私はいくつかの壺の中から、一番錬金精度の高いお婆ちゃんの錬金壺を手に取り、落とさないよう手を壺の中に入れギストの牢屋へ向かった。
「はよーセンセ、朝っぱらから手品でも始める気か……?」
ギストは私の部屋のものよりも良いベッドから起き上がりこちらに近づいて私の壺を見つめる。
「まぁ、似ちゃいますよ……っと」
私は一旦丁寧に錬金壺を床に置いてから、ギストがいるほぼ牢屋のようなくらい空間の、私達が歩ける部分の端に粗雑に置かれていた木の机を鉄格子の前まで引きずって、その上に錬金壺を置いた。
「……珍しいモン持ってんだな。旧世代の神秘、か」
――旧世代の神秘。
錬金術がそんな風に呼ばれはじめてもうしばらく経つ。
まだ魔法の研究がまだそこまで進んでいなかった頃は、錬金術師という職業は意外とポピュラーな物だったとお婆ちゃんが言っていた記憶があった。
それが今や魔法に取って代わられ旧世代の技術とされている。それでも神秘と言われるだけ、私にはありがたい。久々に聞いた言葉だった。
「というかその壺、だいぶ重いんじゃなかったか?」
確かに言われると重いかもしれない、錬金壺自体の製法から言えば、面倒な工程をいくつも通っているので、大小それぞれあるものの、見た目よりもずっと重い。
「まぁ、慣れですよね……というか最強の魔法使いでも知っているものなんですね。錬金術」
「そりゃまぁ常識の範囲ではあるだろ。実際習いかけた事はあるが、俺には合わねえから投げ出した」
習いかけたというのは意外だけれど、投げ出したというのは何ともわかりやすくて少し笑ってしまった。
「ふふ、でしょうね。魔力を持っているなら、魔法を使った方が楽なのは当然ですし、やっぱり結局は旧世代の技術なんですよ。私は……好きだけれど……」
それを聞いてか、ギストも少し笑ってみせた。その笑みが妙に素朴で、少し不思議に思っていると、彼は笑ったまま、錬金壺を見つめた。
「良いじゃねえか。魔法医の話をしてる時より余程良い目だ。ギラついてる。センセはこっちをやる方が好きなんだって、言われなくても分かるくらいだよ」
それほど顔に出ていただろうかと恥ずかしくなるが、ともかく私達の脱出の鍵は私が思いつく限りだとこの錬金術に頼るという方法しかない。
彼も私が錬金壺を持ってきた時点でそれには気付いていたようで、錬金壺を見ながら何やら呟いている。
「……素材があれば、おそらく大体の物は。ただ素材がですね……」
「まぁここも一枚岩なわけで、錬金の知識があるやつに見せたら怪しまれるわな。その為のこれだ」
彼はパチンと指を鳴らすと、部屋の小窓のフチに、一見黒っぽい羽根と白い腹部が印象的な小鳥が止まっているのが見えた。
「おっと、鉄格子に触れるんじゃねえぞ。お前に入れ込んでる魔力が飛ぶからな」
彼は何故か、その鳥に向かって話しかけていた。
「御意、というよりも主。その程度の事、このカサギに言うまでもありませんよ」
――そうして、小鳥が喋っていた。しかも随分と尊大な感じで、物凄く渋めでダンディな声で。
「相変わらずお前は生意気で仕方がねえな」
「仰る通りで、さては主に似たのでしょうな」
笑い合うギストと小鳥を見ながら、私はぼんやりと『魔法使いって凄いなぁ……』なんて事を考えつつも、この滑稽な状況に変な声が漏れ出てしまいそうだった。
「えぇ……?」
実際漏れ出て、そんな声を出しっぱなしにしたまま、ギストと小鳥のやり取りを見ていると、小鳥は明らかにこちらを見て、小さく頭を下げた。
「ご機嫌よう、トリス嬢。主と似た、澄んだ目をしておりますな。色は違えど、美しい朱玉。とても美しい。しかしこの度は大変な事になりましたな」
「え、あぁ……はい。どうも小鳥さん……綺麗なお羽根ですね……」
何とも言えないお世辞の言い合い。とはいえ綺麗な羽根なのは本音だった。
動揺を隠せない私を見て、ギストは楽しそうに笑ったまま助け舟を出そうとしない。
「察するに私、カサギのような使い魔を見たのも初めてと言った所でしょうか。すみませんトリス嬢。はぁ……我が主は本当に意地が悪い」
その主よりも余程丁寧で、紳士的な対応をとる小鳥は、その可愛らしい外見からは全く想像出来ない渋い声で話を続ける。
「カサギは魔法生物。ですが私そのものがカサギという名の魔法生物ではなく、カサギはカサギ、唯一無二の魔法生物。要は主から頂いた名前と姿でございますね。簡単に言えば使い魔と言えば分かりやすいでしょうか。要は主様に飼いならされている従僕であり、魔物とは別の存在でありますな。産み出された恩義と産み出されてしまった縛りによって、主に付き従う哀れな小鳥風情であります。以後お見知りおきを」
非常に、非常に丁寧な説明の中にちょこちょこ嫌味が入っているあたり、この使い魔さんも自由だなあなんて思いながら、私も一応は頭を下げようとする。
「ん、待て待て。序列が変わっちまうぜセンセ。使い魔は使い魔だ。必要以上に丁寧に対応する必要はねぇよ」
「とはいえ……余程ギストより紳士的な使い魔さんに見えますが……」
ギストは少しムッとした表情を見せたが、まさかその事実に気付いていなかったとでも言うのだろうか。一目瞭然というか、私の中ではもはや第一印象の時点でその序列がギストより上にいきそうなくらいだった。カサギ"さん"はカサギ"さん"、ギストはギスト、さん付けの有無を勝手に判断したくなるくらいの第一印象の違いがあった。
見た目は鳥なのに。
「光栄でございますが、主の言う通りですな。あくまでカサギは使い魔ですので、それ相応の対応でよろしいかと。主と協力関係なのであれば、カサギはトリス嬢の言い付けも守るべき立場でございますので……ご自由に使役してくださればと思います」
「これはある種の契約だしな。使ってやらなきゃ使い魔の意義が薄れちまう。だからまぁ、コイツにしか頼めなさそうな素材があればコイツを頼れ。使い魔との契約は使わなきゃ許されねえもんだしな」
誰に許されないのだろうと思いながらも、私はぼんやりと今の状況を考える。
鉄格子の中にいるギスト、鉄格子の外にはいるけれど閉鎖病棟からは出られない私、そうして小鳥の姿ではあるものの、完全に隔離病棟の外にいるカサギさん。
動きやすさでいけばギストの言葉通り、カサギさんを使うのが一番手っ取り早く事が進むだろう。
「じゃあまぁ……何を作るか。または事実をどう信じさせるかって所から考えてみますか?」
「事実の裏付けが上手くいくとして、それらが通るかどうかが問題だろうな……でもまぁ手段は多い方が良いか……そんで、どうするんだセンセ」
考える、考える。
考える事に魔力はいらない。だから私は今まで愛してきた錬金術のレシピをひたすら頭の中で整列させていく。同時に使える魔法から手段も考える、考える。
「んー……嘘を言っていないという裏付けくらいなら、軽い自白剤を作ったらいいだけの話なんですが……」
「えげつない話をするもんだな……センセ、ほんとに医者か?」
「いやいや! しょうがないじゃないですか! 回復魔法で容易に治せる範囲のオリジナルの自白剤を作って、効果の証人と、ギストの言葉の証人がいれば話はまとまりませんか?」
選択肢としては、一番安易であるとは思う。自白剤を作るのも違法錬金ではあるけれど、自体が自体だ、黙殺するのが父のやり方のはずだ。
正当性を訴えるだけならばそれが一番早い。
「まぁいいけどよ……俺、そういった類の耐性はだいぶ強いぜ?」
「大丈夫です。効き目の証人と同じ物を飲ませるという所に意味があるので、ギストに自白剤が効かないとしても、事実を話しているという裏付けは取れます」
「……主、確かにトリス嬢の話は言い得ています。状況的にも納得は出来る物になるかと、ですがトリス嬢……自白剤など、作る事で出来るのでございますか?」
カサギさんがフォローしてくれるあたり、良い使い魔さんだなと思ってしまう。
しかし鳥である。
何とも直視しがたいギャップに目をそらしながら、私は微妙な顔をしているギストに向かって頷く。
「素材があれば大抵の物は……ただ作る理由を私がでっちあげないといけないのが問題って所ですかねぇ……」
「自白剤なんざ、そう簡単に作れてたまるかってモンだった気がすんだけどなぁ……」
実際、ギストの言う通りで、簡単に作ってたまるかという物ではある。だからこそ入念に彼との信頼関係が出来ているという話をでっちあげて、然るべき手順を踏まなければ実現しないだろう。
当のギストは私の根回しの懸念など知る由もなく、こちらに背を向けて、魔防壁をコンコンと叩く。
「まぁいいか。センセは俺の話を信じたんだ。こっちも一つ信じてやろうじゃねえか。だからカサギを呼んだ。そんでセンセ、一体何が必要なんだ?」
とりあえず自白剤で真実を話してもらうという事については了承を得たと判断して、私は一般の商店では買いにくいであろう物や、野草等の類を幾つかメモに書き、ギストに手渡す。
「よく覚えてるもんだな……よく使うって事は無いよな?」
「そりゃ勿論、初めてですよ……」
彼は少し驚いた素振りでそのメモを見ていた。
「魔力量を才能と呼ぶこの世界が、皮肉に思えちまうな」
彼は小さくそう呟きながら、カサギさんにメモを見せてから、折り畳んでその口に咥えさせた。
「貴方が言うのは嫌味ですよ、主。しかしこの錬金素材の数をこの短時間でお書きになられるとは、余程錬金術がお好きなようですなトリス嬢。ではこのカサギめが少量ずつなれどお運び致しますので、幾日かお待ちを」
そう言ってカサギさんは羽根を開き青空へと飛び立っていった。
黒っぽく見えていた羽根が開かれた時に陽の光に透けて青く輝いていて、私は妙に目を奪われてしまっていた。
「なぁセンセ、爆弾ってどうよ? 魔防壁とは言え物理には弱いんじゃねえか?」
そんな、鉄格子から見える青空へと綺麗な小鳥が羽ばたいていくという、数少ない眼の癒やしを打ち砕くような台詞で、私は現実に引き戻された。
そんなギストの提案に、私はジトッとした視線で否定を示しながら「では、今日の診察はこの辺で~」と話を打ち切って自室へ引き上げた。
帰り際に何かしら彼が言っていたような気はするものの、爆弾を使うという手は流石に無いだろう。
出来れば壊してやりたいという点においては私も賛成ではあるし、魔法が通用しないだけで、物理的な衝撃にはそこまで強くないはずだから壊す事は出来る。だけれどそれじゃあギストだけが逃げられて、私は監獄行きだ。
しかし、此処は仮にも病院だというのに、自白剤やら爆弾やら物騒な話ばかりだと、今日も私は溜め息をつきながら、自室に戻り、可愛い壺ちゃん達を磨くのであった。
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