魔法使いの担当医

第五話『魔法使いはぶん殴る』

　今までのやり取りで、ある程度は利害の一致を、何となくでも結べそうなのはほっとした。

　だけれど実際の所、検査官的な役割と与えられていたとしても、私がギストの担当医という立場である事は間違いない。とりあえず資料的にはそうなっている。こんなのは適当にこじつけただけだとは思いつつも、何を治療しろと言うのだと考えてしまう。だって私は魔法医なのだから。

――まさか、世界を治せとでも言うつもりなのだろうか。

　こんな事は世の中を、世界を治せって言うのと同じような事じゃないかとも思う。

　とんだ医療行為だ。勇者パーティーと大魔法使いの問題を治す魔法なんてものは存在しない。

　診察記録にはある程度必要な事を書く必要はあるにしても、一旦は、無理矢理だとしても私は魔法医なのだ。一応そのあたりにプライドは存在する。だからこそ、形だけでもまともな診察くらいはしておきたい。

「それで、肝心な話の前に一応、聞いてはおくんですけど、どこかしら身体の異常は無いんですか？」

「あー、センセも真面目だねぇ……あの爆発魔法見てんだろ？　連れてこられる時に飲まされた魔力減衰薬とやらがほんの少し身体で悪さをしている感覚があるくらいだ。でもまぁ、寝てりゃ治る。回復魔法を使う必要もねぇな……」

　彼はそう言って笑いながら未だ煌々と光る鉄格子を三本指で弾く。

「此処でそれを言いますか……一応魔法医院ですからね？　でもまぁ元気すぎるくらい元気なのは伝わりましたよ……」

　口調は荒々しいし強いて言えば性格に難あり？　って思いつつも話が分からない人では無い。であれば最初のドッキリ大爆発はやめてほしかったのだけれど、彼の中では何かしら理由があったのか。それとも私が試されたのかもしれない。

　ともかく、魔法医にされたというのに、魔法医としてすら使われないなんて皮肉が、私としては気に入らない。ギストはともかく、父が気に入らない。

「まぁ、これでも世界最強の魔法使い様だからなぁ……自分の事は自分でどうにか出来るさ。まぁこの部屋についてはどうしようもないけどよ」

「自分で言いますか……とはいえ魔力量は生まれ持った才能ですしね」

　効果の大小によって種類は多いにしても、魔力減衰薬を飲まされてあのレベルの魔法を撃つなんて、流石は勇者パーティーの魔法使いといった所だ。

　その魔力許容量からして、おそらくは相当強い魔力減衰薬を飲まされているはずなのだけれど、それでも抑えきれない魔力があるというのは、生まれ持っている魔力を溜め込む容量の多さ、つまりは純粋で、最強の才能でしかない。要は巨大な湖に大きなスポンジを投げ込んだ所で、どれだけの水を吸収出来るのか、という話のようなものだ。

――そうして、彼の持つ才能は、私に必要で、足りなかった物だ。

「その顔じゃあ、センセは足りん方みたいだな。クソ鉄格子のせいで測れないが、それも野暮ってもんか。初めてこのクソ鉄格子が役に立ったなセンセ」

　彼は手持ち無沙汰にカカカン、という金属音を鳴らしながら、私のコンプレックスをいとも簡単に貫いてくる。その鉄格子は魔法は弾いでも、言葉は弾けない。

「仰る通り、ギストのその魔力量が素晴らしいレアケースだとしたら、私の魔力量は最悪なレアケースってとこですよ。ただギストは配慮みたいなものが圧倒的に足りてないですけどね……」

　もはや実質的には担当医と患者の関係性は薄れているのだから、私も少しだけ態度を崩して反撃とも言えないような反撃をしてみたが、彼にはあまり効かなかったようだ。飄々としている。

「あぁ……まぁその立場じゃ悩むか。わりぃな、確かに配慮が足らねぇ。俺も頭（コイツ）がまだ冷え切ってないみたいだ。しかし気を悪くさせちまったみたいだが、言う程悪い事じゃあない。俺から言えば気にする事じゃあないと思うがな」

　本気で言っているのかと訝しみながらも、彼はどうも本当にそう思っているようで、フザケている素振りは見えない。

「魔力の少ない魔法医ですよ？　割り切っちゃいますけど、天職じゃあないと思いますけどね」

「でもな、そりゃセンセ……魔法医ってのはアンタが選んだ道だろう」　

　やっぱり彼は配慮みたいな物が足りない。この魔法病院の名前にケウスと冠していると勘付く割には、私の境遇までは見据えてはくれないようだ。

「いや……此処ケウス魔法病院ですし、私の名前覚えてますよね？　だったら……」

「それでもアンタが選んだんだろうよ。仕方ねえ事は腐る程あるだろうけどよ。抵抗したか？　出来る事はあったんじゃねえか？　まぁ、俺は出来る事をして抵抗した結果、此処にいるんだけどな」

　ギストは自嘲気味に笑うが、胸の奥にある魔法医としての支えを無理矢理揺さぶられているような気分になる。確かに私は両親に抵抗なんて、した事は無かったのだ。

　話が脱線している事を思い出し、私は咳払いをしてから、話を戻そうとする。

けれど、鉄格子と彼の指が鳴らすカカカン、カカカン、という音が、私の心を揺らし続けた。

――この部屋は、ひどく冷たい。

「んん……話を戻しますが、資料を見た限り壁も相当高質な魔防壁のようですし。脱獄だけはやめてくださいね。私も困っちゃいますし、ギストだって単純に指名手配になるだけですし……」

「お利口さんはそう答えるだろうさ。けれどよく考えてみてくれよセンセ。俺が此処にぶち込まれた理由をセンセに正直に伝えたとして、アンタは良いだろうよ。けど俺はどうなる？」

　確かに、まだ彼が勇者パーティーを追放された理由を聞いていないにしても、彼は此処に連れてこられるような事態に陥っているのだ。

　私だけがその彼の言う貧乏くじを処理出来たとしても、彼の場合はその後更に酷い仕打ちが待っているかもしれない。

　といっても、理由を知らないのだから判断のしようがない。悪い事をしたのならば裁かれるのが正しいとは思う。

「私も鬼じゃないですよ。顔を合わせて話した以上、そうして形式として担当医である以上、患者の為に動くのは当然です。それに聞くからにはってさっき約束したでしょう？」

「そりゃまぁ、お人好しなこって……」

　その言葉から、あまり信用はされていないように思える。だけれど、私だって彼を信用しているわけでは決して無い。だからこそこれからの会話が重要になってくるのだ。

「それでは、随分と話はズレましたが、その理由というのを教えて貰っても……？　ギストとしては、この状態が不服だっていう言い分があるんですよね？」

　返答次第では、今日中に終わってもおかしくはない話ではある。

　だけれど、彼は意味深に『言うからには信じろ』と言ってきた。

――さては、やっぱり面倒事に巻き込まれるのだろうか。

　そんな想いが顔に出ていたのか、彼は苦笑しながら部屋の隅の椅子を引き、立ち往生している私にもそこらに置いてあった椅子を勧めてから、事の顛末を話し始める。

「要は、俺がアイツを気に入らなかった。それだけの話なんだけどよ」

　アイツというのは勇者の事なのだろう。アイツという時に彼の顔が少し歪むのが見えた。どうもギストは勇者について複雑な感情を持っているように見える。執着のような、憎しみともまた違う感情に思えた。

「気に入らない、理由だよな。わーってる」

　何も言ってはいないのだけれど、彼はそのままやや大げさな素振りをしながら話を続ける。

「実際に経験しなきゃ分からねぇ話だとは思うけどよ。勇者パーティーってのはそこそこ……いや、だいぶ自由が許されてんだよ。なんせただの冒険者じゃねーからな。行く先々でギルドなんかを頼って仕事をして路銀稼ぎなんぞしなくてもいいわけだ。まぁ眼の前の敵をぶっ飛ばしてるだけでギルドが発注していた魔物討伐なんてもんが勝手に終わったりするから、魔王城を目指してりゃ良い稼ぎにもなるんだけどな」

　確かに、魔王を倒す事を目的としている勇者パーティーがいちいち路銀を稼ぐ為に何日も移動せずにいるというのは効率が悪い。私自身全く詳しくは無いが、理屈としては理解出来る。

　それに魔物討伐という点で言えばそりゃ貢献をしていないわけがないだろう。なんせ勇者パーティーは猛者を集めているのだから。

「まぁ、ここまでは何となく理解しました。興味が無かったので知らない事でしたが、理解は出来ます。ということはお金絡みですか？」

「興味がないってのは、センセも正直なもんだな。でもまぁ、それだけじゃ済まねぇ話になってきたわけだ。金絡み、ソイツもそうだわな」

　彼は何かを思い出しているのだろう。苛立ちが鳴りを潜め、悲壮感が顔に浮かぶ。

「だけじゃないと？　では人間トラブルとか？　確かパーティーには女性の方もいましたよね？」

「あぁ？　勇者様と僧侶様は出発して数日でガッチャンコだったからトラブルも何もねえな。戦士様はおむずかりだったが、まぁそこらへんは好き好きだから仕方はねえよ。勇者パーティーだって人間だ。トラブルの元になる可能性があろうとも、恋をしちゃいけない理由なんざねぇさ。しないのに越したことはねぇけどよ」

　ギストが勇者や僧侶、戦士を名前で呼ばないあたり、そうしてわざわざ嫌味っぽく様を付けて呼ぶあたり、何となく彼らとの不和を感じさせる。ただ、彼自身の恋愛関係のこじれでどうにかなっているわけでは無いようだ。

「性格はまぁ、それぞれだろうよ。性質もまぁ、同じくそれぞれ、相性も生まれも何もかも全部それぞれだけどよ。それぞれだけじゃ済まねえ事も、あるんだよ」

　ギストは意味深に溜め息を吐いてから、あくまで彼自身の言い分としての、追放の真実を語り始める。

「勇者の野郎が、調子に乗り始めた」

　なんと端的な言葉だろうと思った。意味深に言う事かと突っ込んでやろうと思ったけれど、その眼光があまりに鋭かったから、少しだけ恐怖を怯えながら私は次の言葉を待つ。嫌味混じりの『様付け』も、無くなっていた。

「まぁ、大きくまとめりゃ勇者パーティーがそこぞこの村や街の支援を受けられんのはさっき言った通りだけどよ。いつからか『搾取』を始めやがったんだよ。ただでさえ金は持ってんのにな」

「つまりは必要以上の支援の要求、と？」

「あぁ、金品もそうだ。僧侶は無駄にギラついた装飾を勇者から貰って、戦士のバカには女まであてがい始めた。これじゃあ少し頭が冴えてる魔物達や盗賊達と何が違うんだって話だ」

　確かに、彼の話がその通りであれば、勇者パーティーの評判が落ちるどころの話では無い。勇者を称える街ばかりではないだろうに、随分と危ない橋を渡るものだ。

「でも、それじゃあ街々から事情を聞けば……」

「勇者パーティーが馬鹿の集まりならな、良かったんだけどよ。小狡い馬鹿野郎だったんだよ」

　つまり、支援の量を見極め、次の街へ、それを繰り返していたのだろう。

　であれば勇者パーティーが責め立てられていないのもうなづける。

「行く場所でちまちまちまちま、貧困の村でもギラギラギラギラさせやがって、あの宝石一つでどれだけ助かる人がいたってんだよ。挙げ句の果てに自分らの食い扶持にも困ってるような村とびっきりの馳走に陰でケチまでつけてよ。要はアイツらは、戦えるクソの集まりなんだよ」

　聞けば聞く程、ひどい話ではある。一番近くにいたギストが言うからには本当なのかもしれない、だけれど一つ疑問が沸く。

「ギストは、何もしなかったんですか？」

　さっき彼は、私の人生について、抵抗しなかったのかと聞いた。

　それをやり返したわけではないが、それだけ苛立っていて、そんな惨状を見ていたならば、何か出来る事もあったはずだ。

「してなきゃセンセにあんな事言えねえよ。俺が此処に来る時に俺が没収されたのは、杖だけだ。ギルドから定期的に受け取った金は必要な奴らにくれてやったさ。けどよ、ちまちまちまちまやってんのは俺も同じ。結局の所、勇者パーティーが責め立てられないのと同じで、俺の味方も現れねえんだよ」

　言い得て妙で、それでいて皮肉な話だ。大きく動かなければ、善行も悪行も目には付かない。

　確かに個々人レベルで勇者パーティーに疑問を抱く人や、ギストに感謝をしている人はいるだろう。

　だけれど、そもそも勇者パーティーに逆らえる人間もいない。であれば実力で捻じ伏せるわけにもいかない。出来るとするなら、まさに自分を大魔法使いだと言ってのけるギストくらいだろう。

　もしこの話が本当であれば、勇者パーティーの糾弾は免れない。

　次の実力者達がまとめられて旅立つということになるのだろうか。詳しいことは分からないが、それでも彼の言う事が真実なのだとしたら、大問題もいい所だ。

「昼間っから酒を飲んでる勇者をぶん殴ってやって、寝転んでた僧侶のネックレスを千切ってガキどもにぶん投げてやって、宿屋で女抱いてる戦士のケツを蹴り飛ばしてやったら、このザマよ。勧善懲悪が歪んでやがる」

「いやいやいや……このザマよじゃなくって！　ギストも大概ですって！」

　女性に手を出さないあたり、ギストの性格は何となく見えてくるものの、やっている事は実際最悪だ。

　ただ、やったことだけを考えたら暴行に強奪に暴行。

　言ってる事ややっている事は中々に破天荒ではあるものの、今の時点ではかなりまともに話が出来ているという感覚がある。そんな彼が安易にするような事とも思えなかった。

「わーってるよ。でもよ、キレるってぇのはこういう事なんだろうな。そのままとんずらこいてやろうと思って逃げてたら、アイツらが集団で来やがったってわけだ」

　キレる。確かに彼自身の経験を聞いただけでもキレても仕方がないだろうとは思うけれど、その前に何とかならなかったのだろうか。というのはきっと野暮だ。

「抗議くらいは、してたんでしょうね……」

「ったりめーだろ。アイツらに切れたのは丸め込もうとして俺に女をあてがってきた次の日だよ。なぁセンセ、その子よ。泣きながらなんて言ったと思うよ？」

　思い出して怒りがこみ上げてきたのだろう。彼が鉄格子を思いきり掴んで揺らそうとする。

　触るだけで魔力が吸われていくだろうに、彼はその怒りを、魔力を思い切り放つように、言葉を続ける。

　私は思わず耳を塞ぎたい気持ちを抑えながら、そっと彼の手に、自分の手を添えた。

　すると、鉄格子の揺れは止まり、ポタリ、と俯いたギストの下に雫が溢れた。

「その子はよ。泣きながら『勇者様達にこの身を捧げられて、光栄です』だってよ……」

　思わず、私の手にまで力が入る。

　その話が本当ならば、本当だとするならば、本当であってほしくないと思う程の、悪魔達とギストは旅をしていたという事になる。

「もう、もう良いです。良いです、ギスト。大丈夫」

「あぁ……わりぃ。ちょっと、やっぱりまだ冷めてねぇや」

　彼は即座に後ろを向いて顔をこすり、涙の跡を足で消した。気づかれているのは分かっていただろう。だけれど彼はそれを隠したのだ。だから彼も分かっているだろうけれど、私は気づかなかったフリをした。

　一方の事実だけを聞いたけれど、余程演技と話をでっちあげるのが得意じゃなければ、あんな話は出来ないと思った。鉄格子を掴んだあの怒りと、溢れた一粒の涙を、私は信じたいと思った。

　だけれど、それらが明るみに出されずに、彼が今此処にいるという事は何らかの力が動いているかもしれない。随分とややこしくなってきた。

「信じます、信じますよ。嘘だってんなら馬鹿を見ましょう。でもこんなの、信じた所で馬鹿を見る話。真実だとしても、ものすごーく面倒な事に巻き込まれてますよね、私達」

「だから貧乏くじだってんだよ。勇者共は勿論あのやりたい放題を突かれたら否定するだろうよ。だけれど今この時点で何も言わねえのはそれこそちまちました所からの糾弾を恐れてんだろうな。今頃手回ししてる。勇者パーティーは『マキュリアっちゅう世界の希望』、後ろ盾は山のようにある。だからそもそも三対一どころか。大方被害者も口封じもされて味方は増えない。それでまぁこれをセンセに信じて貰えるとして、何が出来るんだろうなぁってな」

　彼は諦め顔で最後にピンと鉄格子を弾く。

「まぁ、そうでしょうね。ただ一つ違うのは味方は一人いるって話ですか。私も大概馬鹿ですが、理解もしたし、納得もしました。やり方はあったでしょうけれど」

――私がもし何処かでキレていたら、きっと人生も違った。

　彼は、そのタイミングが悪く。私はそれを起こせなかった。

　私達は、何処か似ている。

「ククッ、心強くて泣けるな。でもそもそも、だ。センセが頼まれた事ってのも、俺になんとかして「俺が全部悪いんですぅ」って言わせろって話なんだと思うぜ？」

　魔法でも、人の心は覆しきれない。もしそれが魔法だと分かってしまえば尚更だ。

　鉄拳制裁に出たとはいえ、彼を此処までするという事は、元々彼自身が勇者達の行為を咎めていた時点で目はつけられていたのかもしれない。それに彼が気付いていたか、それとも私の思い過ごしかは分からないが、あまりにも対応が早すぎる。

「ギストは勇者さん達の搾取には関与していないんですよね？　勇者さん達への暴力的な仕打ちは別として、真実が明らかになったなら、ギストが勇者パーティーにやった事にも多少の……本当に多少の正当性は生まれるかと」

「そりゃブチキレちまってぶん殴ったのはやいのやいの言われても仕方はねえよ、後悔は無いけどな。でもこの俺が正々堂々と一人ずつ話をしてきた。その結果だからな。それにぶん殴ったんだぜ？　魔法の一つも使わないで」

　私は会話が始まってからずっと書き込んでいた診療記録をクシャクシャに丸めて、ポケットにしまう。それを見て、ギストが少し驚いた顔を見せる。

「何が悪事かを判断するのは、私達じゃあない。それでも、一個人としての私は、抗うべきだと思います……」

「この、檻の中でか？」

　私の言葉を遮りながら彼は鼻で笑う。諦めの嘲笑、まずはそこからどうにかしなければいけないと思った。

「私は、檻の外ですけど？」

　私は立ち上がって、グルグルに丸めた資料で、パラララランと鉄格子を叩いた。

「とりあえず続きは明日にしましょう。ギストの話は……信じます。だから本当に、ほんっとーに魔法を使うのはやめてくださいね。なるべく対応は良くするようにと口添えしておきますんで」

　また爆発魔法を使われるのだけは勘弁願いたい。これ以上彼の心象を悪くするのは、私達がやる事から考えると悪手でしかないのだ。

「まぁ……構わんさ。センセが何をしてくれんのか、楽しみに待ってるよ。じゃあな、センセ」

　彼は相変わらず、諦めを感じさせる声を私の背中に投げかけていた。

「善処はしますよ、担当医ですから」

――抗った事はない。けれどまさか、初めての抗いが、こんな事になるとは。

　それでも、だからこそ私は、ほんの少しだけ笑いながら、頭の中でこれから必要になるであろう物を考えていた。

　その笑みはもしかすると、彼への笑みではなく、これからしでかそうとする事への、両親を困らせてやる為の、ちょっとしたワクワクから出た笑みだったのかもしれない。

　さぁ、この状況の打破の為に何を作ってやろうかと、私の頭の中は錬金術の事でいっぱいになっていた。